その14
趣味の悪い装飾品を眺めながら依頼者の居る病室を目指していて、ふと診療所経営って儲かるんじゃない?って疑問が脳裏を掠めたわ。
だってね、通路に飾られてる悪趣味丸出しの装飾品って鑑定スキルのない私でも高価って分かるのよ?…って事は儲かるって事じゃない。
ちょっと本気で私も診療所やってみようかしら?
なにげ何とかなりそうな感じなのよね。建物は冒険者時代の伝手を頼れば何とかなりそうだし…一番重要な回復魔術が使える人間を確保できれば今からでも始められそうよね。
チラッ。
前を歩く神父様をチラ見する。
「………っ!?」
ビクッと身体を震わせて私に視線を向ける神父様に私は今までにない満面の笑顔を向けてみた。
「…な、なんでしょ?」
声が震えてるわよ?
「転職してみない?」
私の言葉に大量の汗を流し始める神父様。
「わ、私は神にこの身を捧げていますから…」
この教会の神様って商売の神だったかしら?
違うわよね。えっ?そんな「お金大好きですっ!」て顔に書いている貴方が?聖職者?
「…給料、弾むよ?今の二倍の額ならどう?」
ピクッ。
あっ、反応した。
「はははっ、ご冗談を。私は聖職者ですよ?俗世の誘惑に打ち勝つ修行をしていますから金額の問題ではなくてですね」
渇いた笑い声で否定する神父様…だけど、瞳のお金マークがより一層輝いてるわよ?
もう一押し?
「じゃあ、三倍」
無表情で三本指を神父様に向ける。
「………っ!?」
驚愕の表情を浮かべて口をパクパクさせてるわ。
「少し考えさせてください……三倍、ふふふっ三倍、それだけあればアレもソレも買える……ふふっ」
口元をニヤケさせながらも一応は否定してくる神父様。そうよね、神父様だから世間体もあるわよねぇーーまぁ、雇うわけないけど。
だって、お金で動く人間なんて信用できるわけないでしょうに……少しだけ夢を見させてあげるわ。
まぁ、ただ世も末よね、人を導く神父様が金額に揺れ動くなんて惨めだわ…うん?なによ?私はいいのよ。冒険者は一攫千金を夢見るお仕事だものーーー元だけどね。
神父様のにやけた顔を眺めて口元に悪い笑みを浮かべながら歩いていると不意に周囲の雰囲気が変化したの。
今まで自慢げに飾っていた悪趣味な調度品は成りを潜めて、清潔感のある白を基調としたフロアに辿り着いて私は興味深げに周囲を見渡した。
長い廊下の左右には幾つかの引き戸があって、それぞれが各病室に繋がっている。
行き交う教会の人の服装も衛生面に気を使っているのが手に取るように分かる姿で、まさに診療所って言葉がふさわしい雰囲気になったわね。
しばらく歩いていると神父様はとある病室の前で立ち止まって振り返ると何故か満面の笑みを向けてきた。
「こちらの病室になります。彼女は重症患者でしたので特別室での処置をさせていただきましたので……言いにくいのですが少々治療費の方が高額にーー」
言いにくそうにしてるけど、その満面の笑みだと意味がないわよ?
さっきの話に乗り気なのね…不憫。
まぁ、ただ神父様の説明だと高額医療請求ってやつね。さぁ~て、この強欲神父様がどこまで請求してくるのか楽しみだわ。
とりあえず依頼者と会わないとね。
「案内してくれてありがとう。だけど、ここからは依頼者と保険屋とのやり取りになるから神父様は席を外してくれる?」
何故か一緒に病室に付いてくる気満々の神父様をジト目で一瞥して退場してもらう事にする。
「ですが、今後の治療方針等も説明しておきたいですし何より治療を施した私が居た方が何かと説明がしやすくなりますよ?」
私のジト目にも負けず食い下がる神父様。
隙あらば小金を稼ごうとするその心意気、もう神父なんてやめて商人にでもなれば?貴方の場合、絶対にそっちの方が向いてるからーー。
「保険規約があるから駄目……まじで殺される」
最後のは本音ね。
第三者である神父様を同席させたのがバレたら、あのアリスに冗談じゃなく本当に殺されかねない。
いや、マジで……。
地獄絵図を想像して身震いする私の姿にガックリと肩を落として残念そうな表情を浮かべる神父様。
「そうですか、残念です……では、先程の話は前向きに考えますので……その時は」
転んでもただで起きない神父様、さっきの給料三倍話にかなり乗り気のご様子。
「うん、善処する」
コクリと頷く私に満面の笑みに戻る神父様、単純ね……まぁ、善処するわよ。善処はね……いい言葉ね、善処って。
「では、お話が終わりましたら私の部屋へお越し下さい。最終的な請求金額を窺いたいですから」
どこまでもお金に執着する彼に頷いてみせると、スキップでも始めるんじゃないかってぐらい軽やかな足取りで去っていったわ。
本当に大丈夫なのかしら……あの神父様。
まぁ、そんなことよりお仕事優先。
私は目の前の引き戸をノックすると室内から聞き覚えのある女性の声が返事をしてきた。
「どなたですか?」
少し警戒心のある声に私は意味が分からずに小首を傾げながら応える。
「ギルド専属の保険屋…依頼を受けてきた」
簡潔に答える私に依頼者は直ぐに判ったみたい。
「あぁ、見積もりをお願いしていた保険屋さんですね。開いていますからどうぞ入ってください」
私は扉を開いて室内に入ると依頼者の女性、ニルバーナ・カエスが窓から射し込む陽光に照らされた金色の髪を靡かせながら少し不思議そうな表情で私を見つめてくる。
うん、気付いたわね……。
「もしかして…あの時の冒険者?」
少し驚いた表情を浮かべる依頼者もとい私にとって人生を狂わされた諸悪の根源。
ほぉ~ら、やっぱり憶えてた。
ってか、この子って私と出会って直ぐに意識を失ったから事の顛末を知らない。だから、私が保険屋として来たことに驚いているみたいね。
「うん、あの時の冒険者……おかげさまで今は冒険者廃業して保険屋してる」
私の説明に「……あぁ」って呟いて気まずそうにニルバーナは私から視線を逸らす。
何となく予想が付いたのね…そうよ、その通りよ。そりゃあ、初っぱな貴方を見捨てようとしたわよ?でも、助けてあげたから今の貴方があるんじゃない!ちょっとは感謝して欲しいわよ。
「まぁ、『救済の指輪』の映像を確認したから廃業をしただろうなぁって思ってたけど……なんで、再就職先が保険屋さん?」
あぁ……見たんだ。そりゃ仕方ないわ。
全く……つくづく『救済の指輪』って私から見たら救済どころか奈落に突き落とす呪われた指輪にしか見えないわ。
「……あ、あのぉ?もしもし?」
死んだ魚の瞳で遠くを見つめながら過去の過ちに思いを寄せる私にどこか不安げな表情で声をかけてくるニルバーナ。
そりゃあ、あくまで間接的だけど自分がきっかけで廃業した冒険者が保険屋として現れたら不安になるのは当然よね。
やめて……そんな目で見ないで。
「色々あって…今は保険屋さんしてる。大丈夫、仕事はちゃんとする……じゃないと殺されるから」
遠ぉ~い目をする私に不安げな表情で見つめてくる依頼者ニルバーナ。
依頼者を不安にさせちゃいけないわね…よし。
「大丈夫、任せて」
安心させるためにキリッとした表情で依頼者を見つめながら胸を張る私、まぁ死んだ魚の瞳がジト目に変わっただけだけどね。
「それで今回の依頼は治療費を保険で支払いたいって事らしいけど?」
依頼の確認をすると彼女は溜息交じりに頷いて、傍らにあった請求書の束を私に手渡してくる。
「あまりにも高すぎて……」
手渡された請求書の束に私は眉間に皺を寄せる。だって、あまりにも多すぎるもの。
重症患者の治療の請求にしてはかなり多い。
他の教会の治療請求書はたとえ先進医療だとしても、ここまで請求書が多くなるはずがない。
私の脳裏に瞳をお金マークにした神父様の姿が自然と浮かんできたわ。
「…とりあえず確認する」
請求書の1枚を確認して私は今すぐに部屋を飛び出して神父様を全力で殴りたくなったわよ。
だってね、手渡された請求書には事細かに請求金額が書かれているのだけれど……えっと、何なの?この日当たり代って。
もしかして、部屋に射し込む日の光も請求されているって事なの?
他にもあり得ないぐらい高額な食事代は勿論だけど、それに輪をかけてスプーン1つから食器一枚まで全てが個別の請求対象になっているのよ?
しかも、患者に確認もせずにね。
どんだけよ……あの強欲神父様は。
「うん、不当請求がかなりある……ってか、かなり悪質。普通の相場はこの半額……」
請求書の不当な部分を赤線で消していって新たに計算をやり直して正規の請求金額をはじき出してみると……見事に半額になったわ。
その請求金額を見せると彼女も唖然とした表情で半額になった請求書を見つめていたわ。
「本来はこの金額…あれは流石にやりすぎ」
私の言葉に彼女はホッとした表情を浮かべたの。
「……良かった。最初に請求金額を見たとき本当にどうしようって思ったもの…けど、この不当な請求って本当に支払わなくていいの?」
不安そうな瞳の彼女に私はコクリと頷くと鞄から彼女が契約した保険証書の写しを取り出して一つ一つ説明することにしたの。




