その10
さて、鬼気迫る気配を漂わせるお姉ちゃんを視野に入れながら私は逃げ出す方法を模索するのだけど…ねぇ、これって無理じゃない?
私の瞳に唯一の脱出口の扉を見つめる。
この部屋から逃げ出すにはあの扉しかないんだけど…どうしろって言うのよ?それってお姉ちゃんの後ろなんだけど?
「さあ、さあ、さあぁ~、どうするのぉ~?」
狂喜に満ちた瞳で楽しげな表情を浮かべるお姉ちゃんをチラ見…まじかぁ。
殺す気満々の姿に私はげんなりとした表情で小さく溜息を漏らすしかないわよ。
そんな絶望的な状況で…あんたら何してるのよ?
私はお姉ちゃんの背後にいる存在に気付いて思わずジト目を浮かべちゃったわよ。
だってね…私が顕現したはずの四大精霊達がお姉ちゃんの背後に隠れるようにしてドキドキした表情で私を見つめてるのよ?
大事なことだからもう一度聞くけど……あんたら本当に何をやってんのよ?
私がジト目で見つめるとあいつら一斉に視線を逸らしやがったわ。
「いやいや、あんたら…顕現解除…えっ、なによ?その何で?って表情は…当然でしょう?」
私の言葉に「…………っ!?」って驚いた表情を浮かべてるけど……あとで憶えときなさいよ?
後悔させてやるんだから!
徐々に薄れていく自分たちの姿に四大精霊達は縋りつくようにお姉ちゃんにしがみついているけどーーざぁ~ねんでした。貴方たちを顕現したのは私だから優先権は私にあるんですぅ~。
でもね、そんな四大精霊達の必死な姿にね…。
「うんっ?貴方たち解除されそうなの?」
朧気な姿になりつつある四大精霊達の視線に小首を傾げるお姉ちゃん。そのお姉ちゃんにコクコクと必死に頷く四大精霊達に……なんだろう、嫌な予感がするんだけど?
「じゃあ、私と契約してみる?」
はいっ、でましたぁ~。
お姉ちゃんのとんでも発言。
お姉ちゃんの基本スキルって狂戦士ですよね?
私みたいに精霊魔法なんて微塵も使えないですよね?それなのに………。
なんで、契約が成立してるのよ!
理不尽でしょうが!
しかも、朧気だった姿がお姉ちゃんの「ふんっ!」の気合いの入った一言で何で活性化するのよ?しかも、私が顕現したときよりも明らかに進化してるじゃない!?
あんた達って私が顕現したときには人型になんてなれなかったわよね?
それなのに……それなのに!何で、お姉ちゃんの足元に縋りついてるあんた達は人型に進化してるのよ!!しかも、何で……ポン・キュッ・ポンのナイスバディの女形なのよぉ~!
心の叫びが出そうになるのを必死に堪えながら私は身体をプルプル震わせながら睨みつけるように四大精霊達に視線を向けるとーーあいつらぁ~!
自慢げな表情で私を見下しやがったのよ!
そりゃあ、私は人より発育が悪いわよ?人から幼児体型って言われるわよ?でもね………仕方ないじゃないのよ。
成長なんて人それぞれなんだから……うん、かるぅ~く殺意が芽生えたわ。
「あんたら、私に刃向かうつもり?」
顕現した主を蔑ろにするその態度、その喧嘩…喜んで買うわよ?
怒りを抑えながら震える声で四大精霊達に殺気を向けると何故かお姉ちゃんがニヤリと不敵な笑みを浮かべたの。
「じゃあ、この子達の庇護者として私が守らなくちゃあねぇ~」
楽しそうにガンッ、ガンって大剣を床に何度も突き刺しながらお姉ちゃんのボルテージが最高潮に達してるご様子、うん……私、死んだな。
ねぇ、ここって戦場だったかしら?
物凄い殺意が充満しているんだけど?これって、ねぇ、私ってば本当に死ぬんじゃない?
うん、逃げよう。とりあえず、お姉ちゃんの居ない世界まで全力で逃げよう。
んで、あいつらの制裁は逃げ延びてからじっっっ~~~くりと誰が本当のご主人様か教えてあげるからね。というわけで……とりあえず、逃げよう。
チラリっとお姉ちゃんの背後にある唯一の脱出口である扉に視線を向けながら私は気付かれないように魔力を自分の足に込めていく。
お姉ちゃんに悟られないように極力魔力を抑えながらバレないようにある術式を起動していく。
精霊術士ってスキルは何も精霊達を従えて顕現するだけじゃない。自ら契約した精霊の固有スキルをそのまま使用することも出来るってのが本来の精霊術なの。
それで、四大精霊達の術の中で私が最も得意としているのが実は風の精霊術。素早さを極端にあげてくれるのが一番の特徴ね。
魔物を攻撃する時や逃げるときなんかに物凄く重宝する精霊術で…って、うん?
いまさらだけど、もしかして……。
私の渾名って、もしかしたらこれが原因?
まぁ、いいけど…とりあえず今は殺意に満ちたこの場所から逃げ出すことが優先よね。
「風の精霊術、風の疾風ーー」
ボソリと私が呟くと足下に溜めた魔力が一気に開放して激しい突風が足回りに取り憑いていく。
その突風の勢いを利用して私は一気に駆けだす。
「なっ!?はやっ!?」
流石のお姉ちゃんも私の奥の手、風の疾風ーーいわゆる『逃げるが勝ち』には驚いたみたいね。ふふふっ、逃げ足だけはお姉ちゃんにだって負けないんだから!
バッコーーーン!
駆け出した勢いのままお姉ちゃんを横切って、背後の扉を木っ端微塵にしながら通路に飛び出していく。ふふふっ………痛いわ。
思っていたよりも頑丈だった扉に私は泣きそうな痛みに耐えながら通路を滑走していく。
「こら、まて!逃げるなぁ~~!!」
背後で怒声と物凄い威圧感が押し寄せてきて思わず身震いしそうになるけど無視、無視…だって、まだ死にたくない。
全力で駆け抜けながらその声を振りきる。
だって、少しでも気を緩めると背後から迫ってくる凶悪な殺意にあっさりと飲み込まれるから。
でも、闇雲に逃げてもいずれは捕まるわよね…。
とりあえず、どこに向かえば良いかしら?
そういえば……。
ギルド本部には冒険者から買い取った素材を保存する倉庫があったわよね。
確か、地下一階の一番奥の倉庫……冒険者仲間の間でお宝部屋って呼ばれる場所。
そこなら、私が集めたあの素材のはいったバッグもあるはず…逃亡資金も必要だし、先ずはそこを目指した方がいいわね。
何をするにしてもお金は必要。
むふふ、ついでに他の素材も退職金代わりにもらっても罰は当たらないわよね?
よしっ、目的地は決まった。
あとはそこを目指して突き進むのみ!
全力で駆け抜ける私を視認できる人間なんて、そうそういないからギルドにたむろする冒険者達は私が通り過ぎた後に不思議そうに首を傾げてる。
そんな人達を横目に目的地に向かって全力で通路を駆け抜けていたら…。
「おっとと?なになに?どうしたの?」
疑問系で呟きながらもハッキリと私の姿を視認する女冒険者の声に少し興味を惹かれた。
私を視認できるってかなりの凄腕よ?
あの人か……誰だろう?
遠離っていく声の主に少し危機感を憶えたわ。
だってね、私の逃亡生活の敵になるかもしれないじゃない?その可能性のある人物って事は気になるのは当然じゃない?
正直いって振り返る時間も勿体ないけど、将来的に私にとって害があるかもしれない人物は網羅しておかないとね。
危険の実は早いうちに知っておかなきゃ。
あっ、これは冒険者として一般常識だからね。
情報収集は一流冒険者にとって当たり前のことだもの。と、言うわけでーー。
キキキキキッーーーー。
一気に速度を落として立ち止まって振り返ってマジマジと見つめてみたけれど……。
誰?あの人……。
全く記憶にない女冒険者が私を和やかな笑みを浮かべて見つめながら手を振っていたの。
私の目には隙だらけに見えるのに…なんだろう、私の直感が危険人物だと告げている。
「はぁ~い、ソニアちゃん」
立ち止まった私に気さくに声をかけてくる。
なんで、私の名前を知ってるの?ってか…だれ?
訝しげな表情でその女の人を見つめる私の瞳の片隅に…おぉぅ、真っ黒なオーラを全身に漂わせたお姉ちゃんがゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「ひっ!?」
引き攣った表情で後退る私と背後から迫り来るお姉ちゃんを楽しげに見つめる赤髪の女冒険者。
「あら、どぅしたの?そんな狂乱モードで?」
楽しげに私とお姉ちゃんを交互に見つめる呑気な瞳にイラッとして思わず睨みつけたら「ふふっ」って瞳を細めて余裕の表情を浮かべてたわ。
なんなのよ?この余裕は……?
お姉ちゃんの狂乱モードよ?
普通の冒険者なら巻き込まれないように脱皮の如く逃げ出すぐらい危険なのよ?
現に私達の周囲には誰も居ないじゃない…。
なのに、なんでそんなに平然としているのよ?
この冒険者ってば、おかしいんじゃないの?
私の中で疑問だけが渦巻いていく。
なのに…近づいてくるお姉ちゃんに臆することなく話しかけてるなんて…嫌な予感しかしないわ。
十二時にもう1話投稿します