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魔物のような人  作者: つっちーfrom千葉
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第四話

「あなたは信用できる人ですしね。お話しますよ。私はどこへいてもどうせ見張られていますから、どうせなら、ここで話してしまった方がいいでしょう。政府は恵まれない境遇にある我々が、さらに困難な状況に陥るようにと画策しているのです」

「なぜ、政府はあなたがただけにそのような不幸を押し付けようとするのですか。何かよほどの理由がなければそうはならないと思いますが」


「それは私たちがもし順調に出世して、企業の重役などになれば、その意見が社会的に重視されるようになってしまい、それが世論を今と違う方向へと喚起し、政府にとっていろいろと不都合なことが起こるからですよ。そうに決まっています。……ここだけの話ですがね。先ほど話した焼き芋屋の親父などは、実はイタリアのある特権階級の貴族の末裔だそうです。驚くなかれ、現代のお金で数百億もの資産を所有しているらしいです。これは数日前に新宿の裏通りに居座っている、高名な占い師に見てもらって判明したことなんです。しかし、彼は自分が大変な資産家であることが周りに知られてしまうと、大騒ぎになってしまい、一般人からの妬みによって、さらなる迫害を受けることになるので、それをひた隠しにしているのです」


「では、あなたがたは、自分がそういう特別な身分にあると思い込んでいる一派というわけですね?」


「その通りです。しかし、あなたはまだ一般人の思考から抜けきっていない……。だいぶ疑いの目をお持ちですね。まあ、お聞きなさい。我々は幸運にも、そして不幸にもそのような選ばれた身分に生れついてしまったわけですから、それを受け止めて生きていかねばなりません。そんな懸命に生きる我々を、政府や愚かなる大衆は傍観しながらも迫害し、そして実際は何か不穏な動きを起こさないか、始終見張っています。この世の中のシステムそのものが、例えば、一般人の誰かが何らかの大きな行動を起こせば、たちまちにして、我々の一味が必ず不幸になるように仕組まれているのです。企業による新製品の発明はもちろん、スポーツ選手の海外での活躍、新しい法律の制定や改正、NASAによる新たな天体の発見、魅惑たっぷりの団地妻の不倫、その全てが我々の生活にはマイナスとなって降り注いでいるのです。彼らは我々がある程度長生きできるようにと願い、時には短時間の恵みの雨を降らせることもあります。なぜなら、もし、我々がまだ若いうちに変死などすれば、それはたちまちマスコミが嗅ぎ付けることとなり、世間一般の大衆に糾弾されることになり、政府が行ってきたこれまでの悪事が暴かれてしまうことになるからです(宇宙船の発見から始まって、我々の活動を妨害してきたこと全てですよ)。ですから、彼らは利口にも、我々に直接その手を下さず、時々は餌を与えながら、苦々しくもその行動を見張るだけにとどまっているのです」



その話に耐え兼ねて窓の外を見ると、車の渋滞は二重三重の長い列を作っており、タクシーはゆっくりとは進んでいたが、まだ高速の出口までは少し距離があった。隣の車線に並ぶ赤い車の後部席には5歳くらいの子供がぬいぐるみを抱いて遊んでおり、私はその子に向かって手を振ってみた。男の子は私に気がつくと明るい笑顔で応えてくれた。その車は名古屋ナンバーだったので、まだまだ長い旅になりそうだが、彼が退屈していないようで良かった。私は振り返って再び不思議な男の方を見た。


「ずいぶんと社会を敵視してらっしゃるようですが、これまで政府や社会から何らかの干渉はありましたか?」

「もちろん、ありますよ。まあ、敵も直接は手をかけてきませんから、第三者から見るとそれとはわからないような、間接的な攻撃が多いですけどね。例えば、近所のうるさ型のおばさんが我々の活動中に突然現れて、夜中にこんな場所に人を集めてうるさいだの陰気だのと文句をつけにくるのです。そして地下室で重要な会議を行っているときに聴こえる犬の遠吠え、また上空からのジェット機の騒音などに姿を変え、我々に干渉してくるのです」

「では、そういう干渉によって、政府はあなたがたに何を求めているのですか?」


「先ほども言いましたが、政府やその直属の機関は我々を直接攻撃することはできません。自分達の悪事を公にできないからです。しかし、彼らとしても、我々数人が夜な夜な集まって密談していることを黙認はできないわけです。我々がいつ真理に、つまり、彼らの悪事の大本にたどり着いてしまうか知れないからです。彼らは我々をひどく怖れています。そこで、我々の同士がこれ以上増えないように、せめてもの抵抗をしているというわけです。本当は政府もかなり追い詰められています。少しずつではありますが、我々の活動はアリのように前進していますからね」

「では、あなたは今この時点でも見張られているわけですか?」


「当然ですよ。何と言っても、私は首謀者ですしね。宇宙人ということもありますから、他のメンバーよりもきつくマークされています。さっき通り過ぎた信号にも監視カメラが備え付けてありましたよ。気づかれましたか? それと……、いまさらこんなことは言いたくないですが、タイミングよく我々の前に現れたこの運転手も怪しいですね。一般人より目付きが鋭いですし、政府の犬かもしれませんね」


「いいたかないですが、私も相当に底辺の人間ですよ。あなたほど重症ではないですが……。残念ですけどね、政府とは関係を持ったことはないですし、何も命令を受けていませんよ。だいたい、勝手にこの車に乗り込んできて、秘密とやらをわめいているのはあなたの方でしょうが……」


 半笑いしながら、あきらめ顔で運転手はそう応じた。彼はこの件にはもう関わりたくないようだった。この職業をやっていれば、年に数回は、今日のようなあまり相手にしたくない客を乗せなければならないこともあるのだろうが、それでも我慢ならないらしく、私たちに早く降りてもらいたいと願っているようだった。


「ほらほら、今のを聞きましたか? 政府に雇われている小役人は、私に問い詰められると、いつもこういう反応をして話をはぐらかそうとするんです。つまりですね、仕込みをしている本人ですら、まるで自分の使命を忘れてしまったかのような表情や振る舞いをして、我々に安心感を与えようとする。しかし、その実はしっかりと我々二人の反応を見ていて監視を怠らないわけです」

「では、そういうことでいいですよ……」

運転手は力無く返事をした。彼はこの辺りから、すっかり不機嫌になってしまった。


「政府の関係者はこうやって一般の目には気づかれずに雑踏に紛れ、また時には一般市民を装って、馴れ馴れしく私に近づいてくるのです。行き慣れたパン屋の店員や、駅前でポケットティッシュを配布している派手な格好をした娘さんたちも怪しいですね。あるいは政府の犬かもしれません。目配りや動きが相当に訓練されていますからね……」

私は虚ろな目で彼の話に聴き入っていたが、そんな話をしている間も、タクシーには電波無線が絶え間なく入ってくる。

「ガーガー、田中さんが丸々団地の入り口で待っています。そこから向かえますか? ガーガー」

「今のは、何の暗号ですか? 今の無線で政府のお偉方からどんな指令を受けたんですか?」

男はガバッと前のシートにかぶりつき、そう尋ねた。運転手はそのしつこさが嫌になったらしく、返事をしなくなり、代わりに「チッ」と舌打ちをした。


「世間では他人の何気ない行動にすぐに腹を立て、自分は何ら実害を受けていないにも関わらず、相手に対して、まるで大きな不利益を被ったかのような物言いをする人が時々いますが、我々はそういう偏屈な輩とは違います。そういう人間ははっきりとした病気なんです。我々はしごくまともです」

「もちろん、あなたがおかしな人だとは思っていませんよ。しかし、今まで生きてこられて、多少なりとも、現実の世界の他の人と比べて自分の想像力が進みすぎていると思われたことはないですか?」


「ああ、これらはすべて私が自分で作り出した妄想だと言いたいのですか? 例えば、被害妄想というのがありますが、あれは幼い頃、他人から受けた差別やいじめが背景にある心の傷が原因ですが、私は違いますよ。どんなひどい目に遭っても普通に日常の雑事をこなしてきました。障害や困難から逃げたことはありません。目的がはっきりしているからです。政府の打倒という目的がね。ただ、私は一度こういう話を始めてしまうと止まらなくなり、自分の言っていることの中に自然と反論や矛盾を見つけ出してしまい、それがために脳内で勝手に自分の架空の敵を作り出してしまって、余計に熱くなってしまうのです。自分の作り出した妄想の中の敵に対しての思いが止まらなくなって、それと勝手に戦ってしまうのですよ。会話の相手に言葉をぶつけているわけではなく、自分の心にいる何者かと戦っているのです。それで、私の話の中に幾つか聞き苦しい点があったかもしれませんが、それはお許しいただきたい。私が悪いのではなくて、私をこんなにした社会が悪いのです。もし、社会が優しかったら、私はこんなにひねくれることはなかったろうし、苦しまなくても済んだのです」


 タクシーはついに大川にかかる橋を渡り、私の住むマンションの地区へ到達した。都内に入ったその頃から、男は窓の外が気にかかってきたようで、しきりに辺りを見回してソワソワとし始めた。

「大丈夫ですか? だいぶあなたの家から離れてしまったんではないですか? そろそろ降りて戻った方がいいですよ」

「いえいえ、私の住まいのことなど気になさらないで下さい。あなたといる今の時間の方が貴重なんです。しかし、すっかり長居してしまいましたね。そのお詫びに、最後に一つだけ、あなたにとって、とても有益な情報をお知らせしましょう」

「有り難いことです。どんなお話でしょう?」

「今から、四年前に函館の競馬場である人と出会ったのですが、実はその人は異能者でしてね。少し話しただけで、すっかりと意気投合してしまいまして、二、三度電話や手紙でやり取りをするうちに、うちの会にぜひ入りたいと申し込んできたのです。私も喜んで承諾して、他の会員にも相談したいから、こちらに来てくれるか? と尋ねましたところ、彼は仕事の都合でしばらくは都心には行けないから、会員証があるなら送って欲しいと言うのです。その後も何度か電話でやり取りをしまして、他のメンバーの承諾も得られたので、彼を正式にうちの会に招くことにして、手書きの会員証を送付したのです」


「仲間が一人増えたのですか? 良かったじゃないですか」

いったい、この話のどこが私にとって有益になるのか、さっぱりだったが、退屈な話を盛り上げるために相槌を打ってみた。


「ところがです。彼は一年ほど前に『誰にもやれない、他人は思いつきもしない、自分だけがやれる仕事を見つけたからそれを始める。その仕事に目処が立ったら上京する』という連絡を最後に消息を絶ってしまったのです。しかし、私は落ち込んでいませんし、我々の会は彼がいつでも戻って来れるように、入会の手配はしてあります」

「先ほど、彼を異能者だと言っていましたが、その人はどんな能力を持っているんですか?」

「端的に言えば、彼は他人の願いを叶えることができるのです」


 私はそれを聞いて一気に脱力してしまい、こんな話を聞かされている我が身の情けなさに、にやけ笑いを浮かべずにはいられなかった。

「そもそも、ささいな願いですとか、ちょっとした手助けや援助でもいいというのであれば、多くの人間に同じようなことができそうですが、そういうこととは違うのですか?」

「そういった手助けとは違います。あくまでその人間の願望達成能力、まあ、言い方を変えれば誇大妄想ですね。それを最大限まで高めることによって、その人の人間としての質そのものを引き上げ、願いを叶えさせるわけです」

「それができるのなら素晴らしいと思いますが、そのようなことが現実に可能でしょうか?」


「単純に言えば、夢や希望を増幅させることが彼の能力です。彼に励まされてしまうと、大抵の人間は自分が持っている能力以上のことができると思い込むようになり、行動力が大幅に上がります。さらにそのままの調子でおだてると、高揚感がまるでマッターホルンのように高まり、それからの毎日が夢見心地のまま過ぎ去って行くと言います。長い幸せが持続し、自分はいつどういう過程を経てお大尽になるのだろうかという取り留めない想像を心に秘めながらの普通の日常に、大いに満足するわけです。それはもう、限りない夢想に取り付かれた、幸せ真っ只中の人生になりますよ。初めて彼に出会う人はさすがに疑ってかかるらしいですが、彼の説教じみた小憎らしい言動にすぐに共感してしまい、三日もすれば先生や神様と崇めるようになり、教育過程がすべて終わっても、まるでブッダの弟子のごとく、彼の後をついて歩く有様です」


「彼は宗教家ですか? それとも金銭を取ってそういうことをしているわけですか?」

「彼が持っているのは慈愛だけですよ。今はまだ独りの身ですが、都会に来ればすぐに信望を集めるようになり、多くの人に慕われる人間になると思います。我々の一派も彼と出会える日を心待ちにしているのです。彼が仕事を終えて帰って来る日をいつまでも待っています。そして、我々をあの元の位置、輝かしい地点まで早く戻して欲しいと願っているのです」

彼は力強くそう言ってから、私の手を握りしめた。


「もちろん、あなたも我々の同士です。まったく恵まれない地位にいらっしゃることが一目でわかりましたよ。これからは一緒に虹の橋を渡って行きましょう。北海道の同志の消息がつかめたら、最初にあなたのところへ向かうように言っておきます。なぜって、全人類の目をきちっと覚ます前に、まずあなたを救ってあげねばなりません。あなたがこの国で最初の覚醒者になるのです。一緒に幸せになりましょう」

 彼の口から入会を促す言葉がついに出てしまったが、いつ来るかと身構えてはいたものの、どう反対すればいいのかわからず、緊張して声が出てこなかった。

「あなたも自分が本当は優れた人間なんだとわかれば、今の私のように、もっと充実した日々を送れるようになります。まがい物の現況に苦しめられている自分を早く救ってあげてください」


 彼はそこまで一気にまくし立てると、前の席にいる運転手の肩をぽんぽんと叩き、車を止めるように指示を出した。タクシーが路肩に止まると、一度だけさっと左手を上げて、それが彼流の挨拶をなのだろうが、颯爽と車を降りていった。彼はコートのポケットに手を突っ込みながら、一度も振り向かずに歩道をひたひたと歩いていった。堂々としたその後ろ姿には何のけれんも無いように見えた。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

気軽に感想をいただければ幸せです。小説家になろうには他にもいくつかの作品を掲載しています。そちらもぜひご覧下さい。

 この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。他にもいくつか作品がありますので、できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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