第二話
タクシーは順調に国道を進み、市街地を抜けて県境の工場地帯へと差し掛かっていた。大きな緑色の円形ガスタンクがいくつも視界に入ってきた。6本も並んだ白い煙突は灰色の煙を吐き出していた。私はそこでチラッと時計を見て、この男の相手をしているのも大変だが、マンションに到着するにはまだ結構な時間がかかることを確認した。
「なるほど、政府の方達もお忙しいのに大変でしょうね。わざわざ、福島まで出向いて来て、子供時代のあなた一人をずっと見張っていなければならないわけですから」
男はそこで微笑みながらゆっくりと首を横に振った。彼は何か取っておきの情報を持っているようだった。
「こんなことを言ってしまうと、知ったかぶりするなと叱責を受けてしまうかもしれませんが、政府にはそういうことを専門に請け負う特別な機関があるのです。つまり、要人を保護したり、また逆に見張ったりする機関ですね。例えば、大災害が起こったときなどに、要人とすぐに連絡を取りに行き、救出するような命令を受けている機関です。ただ、こういう行為が公になりますと、やはり国民から金持ちだけを優遇するなと非難を浴びますから、一般にはこうした機関の存在は極力伏せられていますけどね。あなたがたもテレビや映画で黒服にサングラスをかけたスパイというものをよく見ると思いますが、大衆にわかりやすいように任務をぼかしていますが、ああいう存在は古今東西どこの国家にもあるのです」
「では、家族の話に戻りますが、あなたと両親とはあなたの話の通りだとしますと血は繋がっていないわけですが、幼い頃から関係は上手くいっていましたか?」
「それは愚問ですよ。両親は私が本当の息子でないということで、養育にそれほど熱心ではなかったですし、私が異星の人間ということにも、政府との交渉から年月が経ってしまうと次第に興味も薄れていったようで、愛情は抱いていなかったようです。まあ、時折、『あんたは理屈っぽいねえ、とても私の子供とは思えないよ。いったい誰に似たのかねえ』などと、それらしきことを臭わしたりはしますが、本当のことはもちろん言いません。私自身が地球人でないことを知ってしまうと、子供心に大きなショックを受けてしまうと考えたようですが、私は両親のそんなよそよそしい態度から、自分がこの星の人間ではないことを必然的に嗅ぎとってしまったんです。だが、私はとっくに秘密を知ってしまっているわけですから、大人になった今も時折両親にそれとなく尋ねてみるのです。『俺は実はあなたたちの実の子供じゃないんだろ?』とね。両親はせせら笑ったり、テレビに視線を移しながら話をうまく反らしたりして、まだ本当のことは語ってくれていませんが、彼らもいつかは真実を語る日が来るであろうことは知っているのです」
「本当に両親の子供か云々は一般の家庭でもよく交わされる会話ですし、親子関係が疎遠な家庭も今は普通にありますから、そのことだけで、自分は異星人だなどと、そこまで思い詰めることはないのではないですか?」
「おっしゃる通りですよ。まったく、人間なんてものは、そもそも一つにまとまって生きていくことに無理があるようですね。学校や家庭など、比較的親しい人間が集まるところでさえも、身体だけでなく、心でも押し合いへしあいながら生活しているわけです。苦しいときはみんなで団結しようなどとよく言いますが、あれはまったく理不尽な言葉ですね。それぞれが別の嗜好や目的を持って生きているというのに、協力なんてできるわけないですね。これは家族関係についても同じですよ。家族だからってお互いの主張にすべて同意しながら生きていくわけではないですよ。生活の中で身近に接している者であればこそ、そうした心の対立が日ごとに鮮明になり、鼻につくようになってくるものです。政治・宗教・信条、お互いの境遇、そして金銭の問題、好みのアーティストまで違うとなると、そりゃあ生活のすべてで対立するはずです。そもそも、これまでの半生で出会った友人や知人、そして恩人などの人間関係や、見てきたものが全く違うわけですからね」
「でも、家族はやはり頼りになるでしょう? 悩みができたり、困ったときなどに……」
「とんでもない! うちの家族なんてなんの役にも立ちはしませんよ。私が困っていても、余計に混乱させるようなことばかり言って、事態をさらにおかしな方向に持って行きますからね。だいたい、一家そろって誰も大金を持ってませんからね。困るんですよね、政府が配っている明るい家庭ポスターの写真などに騙されて、この国の家庭は仲の良い明るい家庭ばかりだと勘違いしてしまう人が多くてですね」
「では、あなたがこの星で一番頼りにしている人は誰ですか?」
「もちろん、友人がいますよ。かなり年配の方なんですがね。老人ホームに入っていて、聞いた話では最近は満足に箸も持てないような状態らしいですが、頭脳明晰で大変信用できます」
「その方とは話が合うわけですね? どういう話をするんですか?」
私がそのことを尋ねると、男は嬉しそうな顔をして、私の方へ身体を擦り寄せてきた。
「実はですね、私が実は宇宙人で、政府に疎まれている人間だということも、その老人が教えてくれたのです。彼はすでにかなり痴呆が進んでしまっていて、家を勝手に抜け出して数キロも離れた町まで歩いて移動してしまったり、電気を消して暗くすると大声でわめいて狂乱状態に陥ったりしてしまうため、家族に促されて今の施設に入ることになったのですがね。歳はもう70を過ぎていまして、戦後に日本を支えた、どんなことでも我慢できる世代ですから、飯はまずい、介護者も少ない、虐待すらあるような、ろくでもない老人ホームですが、彼はいつもニコニコとしていて、今の生活を甘んじて受け入れているのです。その老人はかなり卑屈な人ですから、若いときから誰に対してもペコペコと頭を下げていて、喧嘩をするような意気地もないんですが、世の中の裏に潜んでいる真の情報を知っているのです。その情報は、彼にしか知られていない特定のルートから入手しているようです。一般の人は何も知らされずに生きていますが、彼は世間一般の、情けないひ弱な老人たちとは違いますから、簡単に娘夫婦に捨てられたりはしないわけです。彼は普段は静かですが、何かの拍子に突然唸り声をあげるんです。それは、一般の人間には到底理解できない獣のような声ですが、それを使って私を呼び付けることがあります。そして、話すのです……」
「何をです? それは秘密に関わることですか?」
私はあえて彼と歩調を合わせるように、この場にあえて緊迫感を持たせた。
「もちろんです。政府の秘密、行政の秘密、官憲の秘密、そして誰もが心の内に持っている秘密を彼は何でも知っています。問題は彼が言葉を話せないことなんです。彼は身体を大きく揺り動かしながら、ベッドのへりを両手で力いっぱい叩き、顔を強張らせ、目を見開いてアーアーウーと叫びますが、我々が理解できるような言語には、なかなかならないのです」
「あなたはそれでもその老人が何を伝えようとしているのか、理解できると言うんですね?」
「もちろん、彼は常に言っています。『これらはすべてまやかしの人生、来世に栄光がある。時代を戒めて生きろ』とね」
「彼は言葉を話せないのに、あなたはどうやってそれを知るんですか?」
「目の光です。瞳の輝き方でわかります」
私は一つ大きなため息をついてタクシーの進行方向を見た。タクシーは都内を循環する高速道路に入ったが、渋滞に巻き込まれてしまったようだ。もう少し、彼の話相手をする必要がありそうだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。今夜中に完結します。




