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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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7.シキの真実


 真柄弦十郎は目的のK府の大学附属病院に来ていた。ここは全国でも有名な大病院である。


「急に訪ねてきて悪かったな、草壁」


 並び立って広場を眺める二人の男。


「いや、こっちこそ待たせて悪かった。それに君が訪ねて来るとなれば、むげにはできないさ」


 真柄の隣に立っている清潔感のある中肉中背の男。彼が大学時代の友人、草壁である。白衣のせいもあるだろうが、昔から清潔感のある男だった。


「医者としての生活は順調みたいだな」

「それなりに上手くやってるよ。渡世も含めてね」

「まあ……おまえならどこだろうと、上手くやっていけるか」


 自嘲の微笑みを浮かべる草壁。


「今はな」


 よく手入れされた芝生を踏みしめて、草壁が感傷的に言った。


「僕が医者として今ここにいられるのは君のおかげだ。君に助けられていなければ、僕は大学を辞めざるをえなかった」

「”助けた”なんて、言い方が大げさだ」

「君がどう感じようと僕はそう感じてるんだよ。少なくとも、恩義を感じてる」


 病院の敷地内にある広場。そこには穏やかな陽光が降り注いでいた。二人はしばし並んで、光の照らし出すその平和な風景を眺めた。


 草壁が言った。


「何か、僕に頼みごとなんだろ?」

「…………」

「言えよ、真柄」

「正直に言うと、今になって迷いが生じている」

「僕が何かに巻き込まれるんじゃないかって?」

「ああ」

「馬鹿を言うなよ、真柄。君の要望に応えたのが原因でクビになっても、別にかまいやしないさ……それくらい、君には借りがある」

「草壁、おまえは――」

「いいから」


 草壁が強く言葉を遮った。いいから要件を言え、と促す調子。自分のヒゲを二度ゆっくりと撫でてから、真柄は踏ん切りをつけた。


「とある高名な旧家がある。で、その旧家の出産に関する情報が必要なんだが……必要な情報を、この病院が持っている可能性が高い」


 草壁が病院の建物を眺めた。


「心当たりがある」


 表には出回らない情報。草壁には思い当たる節があるようだ。


「この病院には”開かずの間”と呼ばれる古い保管庫があってね。地下二階の保管庫スペースの奥に、特注と思われる錠前が掛かっている部屋があるんだ。まあ……あそこに用事があるなんて人は、ここに来てからまだ見たことがないけど」


 事前に調べた情報によればその部屋に窓はない。


 通気口はあるが、細くて人は通れない。格子も嵌っている。また通気口の侵入口は人目につきやすい場所にある。そこからの侵入は難しいだろう。


 デジタルなセキュリティではないから、ネットワーク上からハッキングで鍵を解除することはできない。


 草壁が話した特注の錠前。おそらく一般的なピッキングツールで解除できる代物ではあるまい。


 そしてのちにも侵入を気づかれないためには、錠前に細工の形跡が残ってはいけない。


「普通に考えたら、鍵なしで入るのは難しいだろうな。鍵の方も厳重に保管されてる。限られた人しか鍵は持ち出せない。ああ、ちなみに僕は一度も入ったことがないよ。用事がないからね」


 草壁が周囲を見渡し、尋ねてきた。


「いつ帰る?」


 時間を確認。


「夕方には、K県に戻る予定だ」

「そうか……力になれなくて、悪かったな」

「いや、気にしないでくれ。俺こそ急に押しかけて悪かった」

「……少し待っててくれるか? 君に、みやげがある」


 草壁は歩き出し、病院内へと消えて行った。そしてしばらくしてから戻ってきた。


 手に紙袋を持っている。近づいてくると、草壁はもう片方の手から何か落とした。しかし落とした何かには気を留めず、草壁は手もとの紙袋を差し出してきた。


「大したものじゃないけど」


 真柄が紙袋を受け取ると、草壁は声をひそめた。


「ああ、しまった。急に古い倉庫に用事ができて、そこの鍵を取りに行ったんだが……そういえばあれは”開かずの間”の鍵だったかもな……」


 周囲を警戒しながら、草壁が続ける。


持ってきちまった」


 横目で背後を示す草壁。


「しかも困ったことに、どうやらここへ来る途中で鍵をどっかに落としちまったらしい」


 真柄は黙って聞いていた。


「ま……きっちり探せば、見つかるだろ」


 2時間以内に落とした場所へ鍵を戻しておいてくれ、というメッセージ。


「いやはや、困ったもんだよ」


 肩を竦める草壁。


「年を取ると脇が甘くなる」

「フン、まだそんな年じゃないだろう」


 草壁が苦笑する。


「だといいけどね。でも、あの頃とは違うさ」

「……おまえに危険な橋を渡らせてしまってすまない」

「他ならぬ君の頼みだからな。断言する。後悔はしないよ。ここで突っぱねた方が、きっと僕は後悔する」

「万が一の話だが……もしこの病院を辞めるようなことがあったら、真っ先に俺へ連絡をくれ。おまえの腕なら紹介できるクチはいくらでもある。ただ、海外になる可能性もあるが……」

「英語とドイツ語、それと中国語もそこそこできる。ま、僕のことはそんなに気にするな。言ったろ?」


 草壁はニヤリと笑った。


「今ならどこだろうと、上手くやっていける」


 真柄は鍵の落ちている芝生の方へ歩き出す


「恩に着る」

「それと、真柄」

「ん?」

「君はヒゲを生やしても似合うからずるいよな。僕じゃあ、そんなにはサマにならないぜ」


 口もとを和らげ、鼻を鳴らす。


「おまえの場合は、ない方が清潔感があってていい」


 背後で、草壁が微笑んだのがわかった。


 大学時代、よくこんな無意味なやり取りをしていた。それは真柄弦十郎にとって貴重な無意味さだった。真柄はそれを懐かしく思い、また、その思い出をこれからも大切にしたいと思った。


「機会があればまたいつか飲みにでもいこう、真柄」

「ああ……またな、草壁」



     ▽



 病院に出入りしている業者はすでにリストアップしていた。ハッキングで手に入れた予定表によれば、今の時間は清掃業者が入っているはずだ。


 病院へ出入りしている清掃業者。その業者の作業着を身につけ、真柄は病院へ侵入した。ちなみに作業着は”備品屋”から調達したものだ。


 帽子を目深まぶかにかぶり、監視カメラに姿をとらえられないよう気をつけながら清掃道具を手に地下へ向かう。


 目的の”開かずの間”の前まではなんの障害もなくあっさり到達した。歴戦の兵士たちが四六時中警備する中東の反政府組織のアジトと比べれば、はるかに難度は低いと言える。


 ただしアナログな扉のセキュリティに関しては、手もとの鍵の力を借りるしかない。


 カチッ


 南京錠に似た錠を解除し、滑り込むように部屋へ侵入する。


 以前、本の蒐集家の書庫画像を目にしたことがあった。それがこんな感じだったと記憶している。適度に華美で、適度に重々しい内装。


 しかしどんな雰囲気だろうと、今は関係ない。感に入る必要もない。


 今必要なのは真実だ。


 必要な情報を手早く集めにかかる。極薄の手袋に包まれた手の指先。それを機械的に動かしていく。


 あるところで、指先が停止。


(”黄柳院”……これか……)


 和綴じにされた古びた本の傍らに、ファイルが並べてあった。和綴じのものは大分昔のものだろう。


 ファイルを手に取り、黄柳院皇龍の前後世代の出生記録の項目を探す。


(ん? これか……)


 丹念に目を通していく。


 視線を止める。


(存在しなかったことになっている黄柳院の子……その記録があるとすれば、このあたりか……)


 そしてある記録に目が留まった時、真柄は眉をしかめた。


 勘違いかもしれないと思い、もう一度その箇所に視線を走らせる。


(これは、誤記か……? いや、ありえないな……黄柳院一族の出生記録で誤記をするなど、ありえるはずがない。こればかりは、細心の注意を払うはずだ。つまり――)


 この記述は、真実。


 少なくとも現時点においては。


(三人目の子など、存在していない……元からそんな子どもはいなかった……)


 そう、総牛には最初から二人の子しかいなかったのだ。


(引き取った男児などいなかった。黄柳院には最初からしか生まれていない。しかし――)


 目にした真実。


 それは、



(黄柳院オルガは、総牛と月子の間にできた子だった……?)



 消されていた記録とは、だったのだ。


 つまりあの二人は異母姉妹ではなかった。


 黄柳院冴と黄柳院オルガは正真正銘、父と母を同じとする本物の姉妹だったのである。


(だが待てよ? 冴とオルガは瞳の色が違う。あの青い瞳は……カラーコンタクトか? いや、オルガはコンタクトを使っていない……もし日頃から購入していれば、検診記録や購入記録が残るはず……しかしオルガの周辺情報を調べてもそんなデータは出てこなかった。だからカラーコンタクトの線は、ないと考えていい)


 普通に考えればあの青い瞳は、母親から受け継いだ瞳の色だと考えるのが妥当だ。


(オルガの瞳の色は、あの島にいた北欧系の母親と同じ……母親の瞳が青いのは調べた時に確認している。そして総牛も月子も瞳は青くない。俺もオルガの母親は、あの島で会った女だと思っていたが……)


 思考を別路線へと切り替える。


(待てよ……ひょっとして逆なのか? むしろ、あの島にいた女が――)


 推測がスピードを上げていく。


、あとから”母親”として選ばれた?)


 真柄は思い出す。


 かつてイギリスにいた頃、霊素の力に目覚め、自らの身体にとある変化を起こした幼き少女――ティア・アクロイドのことを。



     □



 霊素の影響でごくまれに髪や肌、瞳の色が変異するケースがある。



     □



 同じ父母から生まれた冴とオルガの瞳の色が違う理由。


 父の総牛も母の月子も瞳は青くない。


 二人の子であるオルガの瞳が、青い理由。


(そうか――)


 それは、



か……っ)


 

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