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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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6.カメレオン


「あ、小山さん。おはようございます」

「ああ、おはよう」


 警備員から挨拶された男は、エントランスのセキュリティゲートのパネルに社員証をかざした。


 ピッ


 ゲートランプがグリーンに切り替わった。このランプが赤に切り替わると、待機している警備員が駆けつけてくる仕組みになっている。


「今日は早いんですね」

「うん、いつもより早く出社する用事があってね」

「あれ? そのお荷物は?」


 警備員が大きめのサイズのバッグに目を留める。小山翔――に変装している五百旗頭築は、バッグを軽く掲げてみせた。


「なんと、今日は泊まり込み」

「珍しいですね」


 軽薄な苦笑いを浮かべる。


「でしょー?」


 ゲートを通る。


 誰も偽物だとは思っていない。


 朝の出勤時間帯よりもやや早めの時刻。


 夜に侵入しなかったのには理由がある。


 キュオス本社は夜の時間帯から早朝にかけてまで、急激にセキュリティレベルが跳ね上がる。五百旗頭と言えど、その時間帯のセキュリティを破るのは不可能に近い。調べてみると、それほど高いレベルのセキュリティだった。


 ただしキュオス本社としては、社員が頻繁に社屋の内外を行き交う時間帯に関してはそこまでセキュリティレベルを上げる必要を感じていないようだ。調べてみると、最高レベルのセキュリティシステムを24時間設定にしなかったのはコストの問題もあったようだが。


「あれ? 小山さん?」


 女子社員が声をかけてきた。五百旗頭は、立ち止まって振り返る。


「何?」

「今日、早いんですね」

「君も珍しいと思う?」

「え、ええ……」

「どうしたの?」

「いえ……なんか今日の小山さん、いつもよりカンジがいいような……って! すみません! やだ……あたし、何言ってんだろ……っ!」


(カカッ……女の勘ってのは、マジであなどれねぇな……)


「ひどいなー! 俺、普段からカンジいいでしょー?」

「ははは……そーですよねー? 失礼しまーす……」


 今度は強く小山翔を意識して喋った。


 すると女子社員は勘違いだったと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。そして一つ会釈すると、彼女はそそくさと駆け去っていった。


 ひと気がないのを確認し、五百旗頭はエレベーターで地下フロアへ降りた。


 地下フロアにつくと、一直線に例の秘密の部屋を目指す。


 そして秘密の部屋の付近の壁に、四角を描く四本の溝を見つけた。


 カコッ


 爪を引っかけ、蓋を外す。


 出てきたのは、網膜と指紋を認証する感知モニター付きのパネルだった。


 まず、特殊素材で作られた指紋シートを感知させた。当然、読み取らせたのは小山の指紋である。


 クリア。


 次は、これまた特殊素材で作られたコンタクトを装着した右目を、感知させる。


 クリア。


 二段階認証を終えると、横手で秘密の部屋へと続くドアが開いた。


 ひと気がないのをもう一度確認してから五百旗頭は部屋へ足を踏み入れる。真柄が用意してくれた図面によれば、ここからさらに地下へと続く階段があるはずだ。


 部屋の隅に階段を見つけ、おりる。


 階段が終わると、廊下が現れた。事前に得た図面によれば、この廊下の先に保管庫があるはずだ。


 ただ、一つ障害がある。


 廊下に張り巡らされた赤外線センサーだ。赤外線に何かが触れると、警備室に情報が伝わり、すぐに屈強な雇われ警備員たちがなだれ込んでくるだろう。


 左目に装着した特殊コンタクトレンズの赤外線センサー可視化システムを作動させる。


 計8本のセンサーが、一定時間ごとに位置を変えているのが視える。


 一見すると赤外線はランダムな配置に映る。だが、実は10秒ごとに八つのパターンを繰り返しているだけだ。なので8パターンの赤外線の位置を覚えさえすれば、回避しつつ前へ進むのも不可能ではない。


 ただ、バッグを持ったままでは無理だ。


 五百旗頭はバッグをその場に置くと、スーツのポケットから携帯機器が落ちないようにしてから、慎重に廊下を進んだ。


 柔軟さとバランス感覚には自信がある。


 臆病な軟体生物のように、廊下を進む。


 10秒という時間を自分の感覚で正確に測りながら移動するのは難しい。


 なので今日はアナログな腕時計を持ってきた。微細な針の動く音を耳で聴き、10秒を測る。


 10分後、ようやく廊下を抜けた。


 汗がワイシャツにじっとりと染みているのがわかった。


 額の汗をぬぐう。


「カカッ」


(こいつは完全にだな、真柄……)


 ドア横にパスワード入力のパネルがあった。


 ボタンは0〜100までの数字が並んでいる。


 五百旗頭はミニチュアサイズのスプレー缶を取り出した。無色のスプレーをパネルに吹きかける。そのあと、左目コンタクトレンズの特殊フィルターを作動させた。


 八つの数字のボタンが青く光っている。青く光っているのは人の指先から付着した脂の成分。


 つまり、あの八つのボタンの組み合わせのどれかが正解のパスワードにつながっている。


 五百旗頭はパスワードを破るための特殊な小型機器を、パネルの下部端子につなげた。そして、小型機器に先ほど割り出した八つの数字を入力していく。


 あとはその八つの数字をもとにこの小型機器がパスワードを総当たりで”裏口”から入力してくれる。ちなみに0〜100の数字ですべて計算させようとすると、マシンパワーの問題で計算に時間がかかりすぎてしまう。


 ピッ


 パネルに青のランプがつき、ドアが開いた。パスワードを解除したのだ。


 そこはホコリくさい小さな部屋だった。


 ここにはキュオスの超極秘機密資料が大量に眠っているのだろう。人によっては宝の山に違いない。しかし長居が危険なのは重々わかっている。


 手もとを照らす可動型ライトの組み込まれた腕時計を作動させ、五百旗頭はファイルの名札を確認していく。すると、


(『新エネルギー』……『霊素』……『純霊素』……『純霊素に関する報告資料』……これか……)


 該当ページを細い円筒型の小型スキャン装置で読み取っていく。ただ、万が一このスキャンが上手くいっていなかった時は今回の潜入が無駄になってしまう。なので、純霊素の正体の部分だけは一応自分で目を通しておくことにした。


 カカッ


 思わず、乾いた笑いがこぼれる。


(確かにこいつは、とんでもねぇな……世界がひっくり返る可能性までありやがる……なるほど……どいつもこいつも、必死になるわけだ……)



     ▽



 帰りの赤外線センサーの廊下を通り抜けた五百旗頭は、ドアのロック等を元通りにすると、元の地下フロアへ戻った。


 盗聴器の音声受信スイッチを入れる。


 エントランスのセキュリティゲートの横にあった簡易警備室。その警備室の死角になっている壁に、警備員の目を盗んで小型の盗聴器を取り付けておいた。


 すると、気になる音声を拾った。


『なら、さっき出社してきたという小山は誰なんだ……っ?』

『いえ……ですが、あれは確かに小山様だったと……』

『ええい! そんなわけがあるか! そいつは、どこに行ったっ!?』

『すみません……わ、わかりません……その……問い合わせても、誰も居場所を知らないと……』

『何ぃ!? わからないだと!? まったく、ふざけおって! とにかく、小山に成りすましたその男を急いで探せ!』』


(ほぅ? 思ったより早くバレたらしいな……カカッ……小山翔め……不安になって、危険を覚悟で父親あたりに昨日のことを打ち明けたか……?)


『本社の出入り口とその周囲に警備員をありったけ配置しろ! 契約しているセキュリティ会社にも連絡を! やつを、絶対に外へ出すな! 何が起きてもだ!』


「なるほど。なら――」


 五百旗頭は慌てず、普段と変わらぬ様子でつぶやいた。


「プランBってやつに、移行してみるか」


 てのひらサイズの粘土のかたまりに似たもの。


 それをバッグから取り出し、壁際の床に置く。他にも距離を離して、いくつか置いていく。


 次にペットボトルを取り出し、その灰色のかたまりに水を数滴垂らす。


 かたまりがシュワシュワと音を立て始める。すると、そのかたまりから煙が立ちのぼってきた。この煙はせき込むことはあるが、成分は人体にとってほぼ無害に近い。かたまりは数滴の水で化学反応を起こし、最後は跡形もなく消えてしまう。表の市場には出回っていない代物である。


 それから五百旗頭は改造ライターを手にし、天井の火災報知器に火をあてた。


 警報ベルが鳴り、スプリンクラーが作動する。


『なんだ!? 火事かっ!?』

『おい、見ろ! 地下から煙が!』

『侵入した小山の偽物の罠かもしれん! 警備は、監視の目を緩めるなよ! 絶対に逃がすな!』


 警報ベルがけたたましく鳴る中、五百旗頭は水を滴らせながら濡れた上着を脱ぐと、荒々しくネクタイをほどいた。口はいつも通り笑っている。


「起きるのが遅ぇよ、スケープゴート」



     ▽



 消防車と救急車が到着し、消防士たちがキュオス本社へ駆け込んでいく。


「身を低くしてそのまま外へ出てください! ただし、慌てないで!」


 外で指示を出す消防士。


 巨大なキュオス本社ビルで火災となれば、その規模も大きくなる可能性がある。現場にはけっこうな数の消防車が駆けつけていた。


「おい、キミ!」


 体格のよい一人の消防士が、走っていた別の消防士を呼びとめた。


「どこへ行くんだ!?」

「あっちの方で手を貸して欲しいと言われまして! キュオスの雇った警備員が指示に従ってくれなくて、揉めてるとか!」

「わかった! ……おい、そこのキミ! 今、そっちはどうなってる!?」


 体格のよい消防士が、また別の消防士を呼び止めた。


「すみません! 作業の邪魔になるからと言っても、警備員の人たちがなかなか指示に従ってくれなくて……っ!」

「くそ! ふざけやがって! こんな時に何を警備しようっていうんだ! とにかく、警備員が邪魔だ! どうにかして、どかしてくれ!」

「はい! やってみます!」


 もうもうと煙を吐き出すキュオス本社。


 だが、火の手があがっているようには見えない。


「火元はもう……鎮火、してるのか……?」


 体格のよい消防士はそうつぶやき、そびえ立つビルを見上げた。


 そして――その体格のよい消防士に背を向けて、現場から走り去る者が一人。


 先ほど、体格のよい消防士に呼び止められた男だった。



 その男は、を着ている。



 顔には消防服用のマスクをし、手には大きなサイズのバッグを持っていた。


 この場から彼が離れるのを妨害する者はいない。


 今この場を消防士が歩いているのは、何も不自然なことではない。


 その消防士は現場から離れた場所まで行くと、素早く路地裏へ折れた。そして急にやたらと余裕のある足取りになって、ゆっくりと消防用マスクを上げた。



 マスクの下から現れた顔は、五百旗頭築。



 持ち込んだバッグの中には、消防服一式が入っていた。そして今バッグの中には、スーツなどの小山翔に変装するための道具一式が詰め込まれている。


 小山翔に成りすました男は、まさに煙のごとくキュオス本社から消えてしまったのだ。


 ――カカカッ――


 声を出さずにほぼ息だけで作られる、乾いた笑い。これは五百旗頭がたまにする独特の笑い方だった。


「エスケープ、成功」


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