5.罪深き者に、さようなら
殻識島の歓楽街からやや外れた地区に五百旗頭築はいた。
時刻は深夜3時。
今頃、真柄はもうK府に入っているだろうか。
「キズクー、これでよかったんだよね?」
話しかけてきた女が誘惑的な目をして、腰に手を回してきた。しかし五百旗頭はいつもの笑みを浮かべたまま、特にこれといった反応することはない。
ここはいささか値の張るビジネスホテル。五百旗頭はそのホテルの一室にいた。
半脱ぎ状態のワイシャツ姿の男がベッドの上で眠りこけている。
五百旗頭は手元の社員証を眺めた。
いびきをかきながら寝ている男は、キュオス本社に勤めている男だ。
五百旗頭はまずキュオス本社に勤めている社員たちの情報を調べ上げた。その中で児童買春に手を染めている社員に辿り着いた。
名前は小山翔。
「キズクのメイクスキルのすごさもあると思うけどー……あたしって、まだ13でイケるってことかな? ていうか、キズクはこーゆー系の子が好きなの?」
好みに合わせるため、小山に接触させるのはなるべく童顔で背の低い女を選んだ。
「年齢なんざ関係ねぇよ。オレにとって人の魅力の基準とは魂の純度だ。わかるな?」
「ジュンドー? 何それ? わかんなぁい」
「カカカッ! 雲一つねぇ空ってのは、綺麗で気持ちがいいもんだろ?」
「きれーだよね! そういう日って、気持ちいいしー」
「そういうことだ」
「なるほどー……んー? じゃあ、あたしは? あたしはそのジュンドってゆーの、高いのー?」
「高いからこそ、こういう頼みごとができる。誇るべき天の才だ」
「そっか! よかったー!」
椋鳥澪。
彼女は五百旗頭の”コミュニティ”に属するメンバーの一人だ。ここではまだ勢力を広げ切れていないが、殻識島にも五百旗頭の築いたコミュニティが存在している。
「で、この人どーするの? 警察に突き出す? それとも、強請るの?」
小山はアンダーグラウンドの出会い系サイトを利用していた。
狙い通り、小山は13才だと偽って声をかけた澪にあっさり喰いついてきた。
澪の代わりに五百旗頭がチャットを打ち、絶妙な言い回しで”キュオス本社に勤めている”という一文を小山から引き出した。
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”えー! コヤマさんすごーい! キュオスって、すごい有名企業じゃないですかー!(*^_^*)”
”へー! 澪ちゃんその年でキュオス知ってるんだ!? 澪ちゃんこそすごいね! もしかして社会勉強とかも熱心なコなのかな?”
”そんなすごいところに勤めてる人だったら、ちょっと会ってみたいかもです!o(^o^)o”
”試しに会うだけ会ってみる?(笑)”
”でもコヤマさんって、ほんとにキュオスの社員さんなんですか?(・_・)”
”そうだよー! もしかして、疑ってる?(笑)”
”もし私と会うためにコヤマさんがウソとかついてたら、けっこうショック大きいかも(>_<)”
”そういうとこ気をつけてるのはさ、澪ちゃんがしっかり者の証拠だよ! ていうか、俺もガードかための方が逆に安心できるしね!(笑)”
”なんか、疑っちゃってごめんなさい(・_・;)”
”気にしなくていいよー! でも、どうしよ?(笑)”
”会社の人の運転免許みたいなやつ? シャインショー? とかいうの持ってきてくれたら、信じるかも(ー_ー)!!”
”社員証だねー! いいよー! じゃあ、連絡用に俺の番号教えるね!”
”じゃあ、私の番号も教えますね!(^^♪”
”あ、澪ちゃんはここで番号教えなくて大丈夫だよ!”
”え? なんでですか?(゜_゜)”
”澪ちゃんみたいな純真な子の番号がこんなトコに書き込まれたら危ないからね! 社会的な危険を引き受けるのは、男の役目だよ!(笑)”
”なるほど! お気遣いありがとうございます! コヤマさん、いい人そうで安心しました!(=^・^=)”
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チャットを終えて澪が電話すると、小山はすぐに会おうと言ってきた。
ホテルの近くで落ち合った小山はひと目見て澪を気に入ったらしかった。ホテルのカフェで時間を過ごしたあと、ここのホテルに部屋を取ってあるからと強く誘ってきた。澪の童顔を隠すためか、小山はご丁寧に深めの帽子まで用意してきていた。
そうして五百旗頭は小山と澪のあとをつけ、二人が入った部屋のフロアで澪からの連絡を待っていた。
そして現在この部屋には小山、澪、五百旗頭の三人がいる。
備えつけのシックなナイトテーブの上に、酒の入ったグラスが置かれている。そのグラスの中には特製の睡眠薬が入っている。小山がシャワーを浴びている間に澪が混入したのだ。小山は、薬の効果であと半日は起きないだろう。
五百旗頭はベッドに乗ると、真柄から借りた機械を使い小山の網膜をスキャンする。さらに別の機械で小山の指紋を読み取る。ついでに小山の指紋が付着したグラスからも、特製キットで指紋を採取した。
次に社員証をスキミングする。一応、スマートフォンの内部データもコピーしておいた。
小山の話し方や声は澪に持たせた盗聴器を通して録音してある。五百旗頭は、試しに小山の声を模倣して喋ってみた。
「澪ちゃん、すっごいカワイイじゃん!」
初めて澪の姿を目にした時、小山が口にした言葉を真似てみた。澪が目を輝かせ、拍手する。
「うわ! キズク、やっぱりすっごーい! 今の声、ほんとこいつにそっくりだった!」
「澪、一万だけそいつの財布から抜いとけ」
「え? なんで?」
「おまえが金目当てでそいつと会ったと思わせる」
「いいけどさ、ぜんぶ抜くんじゃないの?」
「クレジットカードも、大事な社員証も無事……十万以上入っていた財布の中身からは、一万しか取られていない。児童買春なんつー危険な犯罪行為に手を染めてるやつが、そんくらいの被害で警察に持ち込むわけがねぇからな」
小山は口をつぐむ選択をするはずだ。今日のことをしばらくは誰かに話すこともしまい。
(まあ……こいつがアホだった場合は、代議士の親あたりにあっさり打ち明ける可能性はあるがな……)
「なるほどー! さすがキズクだね! はい、これ!」
澪が小山の財布から抜き取った一万円札を差し出してきた。その一万円札を自分のものにしようという考えがないのだ。澪のこういうところに、五百旗頭は奇妙な好感を覚えるのだった。
「いらねぇよ。そいつは、おまえの手間賃だ。もらっとけ」
「いいの?」
「協力してくれた小遣いの方も、あとで渡してやるよ」
「そんなの別にいいのにー」
「カカッ! わかってねぇなぁ、澪! きっちり受け取って、おまえがこの国の経済を回すんだよ」
「んー? つまりー……あたしはお金を使えばいいんだね?」
「だが、買うのは必要なモンだけだ。いいな? 金の使い方で、そいつの人間性の純度も変わってくる」
「出たー、噂のジュンドー! うん! わかった! よく考えて使うね!」
澪が着替えている間、五百旗頭は深い眠りの中にいる小山を見おろす。
小山は親のコネでキュオスに入社した男だった。普段は仕事と関係のないモノで溢れ返ったデスクにふんぞり返り、ネットやゲームで遊んでいるという。それでも彼は親の影響力のおかげで社内では厚待遇を受けており、セキュリティ関連でも上位のアクセス権限を与えられていた。
そんな生活を送る一方、趣味の女遊びに飽きていた小山は、いつからからアンダーグラウンドの児童買春に手を染めるようになっていた。しかも人のよさそうなふりをして近づき、性的な関係をもったあとは少女たちの弱みを握って、いいなりにしていた。
そして小山がこれまでしてきた悪行の証拠は、現在、ほぼすべて五百旗頭の手中にあった。
様子をうかがうみたいにしてダラっと首を傾けると、夢の中にいる小山に、五百旗頭は凶悪な表情で笑いかけた。
「どうやら……火遊びが過ぎたみてぇだなぁ? だがそろそろ、てめぇの人生も終わりらしい……今のうちに、イイ夢を見とくといいさ。では――」
小山翔と同じ顔、同じスーツを着た五百旗頭築が、小山翔と瓜二つの声で言った。
「罪深きスケープゴートよ、さようなら」