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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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4.存在しないはずだったもの


 要件を告げたあと、真柄は半地下のバーで五百旗頭と落ち合った。


 五百旗頭は先に着いたらしく、奥にある特別第二個室で待っていた。


 特別第二個室はいわゆるVIPルームというやつらしい。聞けばここは五百旗頭築専用の部屋だという。


 ある意味ここは、このあたりではどこよりも安全に秘密の話し合いができる場所と言えるのかもしれない。


「キュオス本社に忍び込んで調べてほしいのは、純霊素の情報……だったか?」

「ああ」


 キュオスはこれまでも五百旗頭に調べてもらっていた。しかし純霊素の情報は引っかかってこなかった。ただ、もしキュオスが純霊素の存在を疎ましく思っているのだとすれば、キュオスは純霊素の正体を知っているはずである。


 真柄はビジネスバッグから数枚の用紙を取り出し、大理石のローテーブルに置いた。それを五百旗頭の方へ押し出す。


「情報屋から手に入れたには存在しない施工図と竣工図のコピーだ。本社社屋に関する他の書類もいくつか揃えた。改築後の関連情報も集めてある。これで、キュオス本社の社屋構造は把握できるはずだ」

「信頼性は?」

「実績のある情報屋だ。取り引きも今回が初めてではない」

「まあ、あんたがそう言うなら信頼できるだろう」


 裏の情報屋にあたるとそれなりにこういったものも調達できる。昔は城の情報を秘匿するために建築に携わった人間を殺すような時代もあったと聞く。今の時代は幸いそれほど野蛮ではない。ただし、それゆえにこういった図面が金銭目的で闇の市場へ流れてくるケースもある。


 図面へ仔細に視線を走らせる五百旗頭。ふとその視線が止まり、彼はあるスペースに指先を置いた。


「完成時に部屋がある」


 五百旗頭の言う通り、地下階の一角に不自然な大きさのスペースがあった。その場所は途中で予定が変わり、完成後は”何もないスペース”になったとされているようだ。


「ここにがあっても、おかしくはないな」


 その部屋にアナログな方法で保管された機密情報が眠っている可能性はある。


 ネットから隔離されたスタンドアローンPC。口伝の次に機密性が高いのは、通信から隔離された状態での保管である。


 五百旗頭が図面を手に持ち、手の甲で軽く叩いた。


「いいだろう、こっちはオレがなんとかする」

「任せていいのか?」

「今回は多少後ろめたいコトもやるだろうしな……だから、あんたは結果だけ待っとけばいい。つまらない汚点をつける必要はねぇよ。それより――」


 一枚のSDカードが差し出された。


「あんたが調べていた黄柳院について、オレの方でも独自に調べてみたんだが……少し気になる情報が引っかかった」

「気になる情報?」

「出生記録だ」


(出生記録……)


「この情報にはかなり厄介なプロテクトがかかってた。オレが途中でやや不安を覚えるくらいには、強固なプロテクトだったからな。そこいらのクラッカーじゃ、あれを破るのは厳しいだろう」


 SDカードを手に取る。


「何が気になった?」

「結論から言うぜ。これは、あくまで可能性の話だが――」


 五百旗頭が神妙にあごを撫でる。彼にしては、珍しく真剣さの純度が高い。



「今の黄柳院にはもう一人、表の記録には存在していない”誰か”がいるかもしれない」



 これには真柄もいささか驚きを覚えた。


「冴とオルガの他に、黄柳院の子がいるということか?」

「まだ可能性の話だがな……得た情報に、黄柳院総牛の子がもう一人いたとも受け取れる記述が存在している」


 


 過去形だった。


「つまり……すでにこの世にいないのか?」

「わからねぇ。記録上では、生存とも死亡とも記されていない……そこが、妙に引っかかってな」


(総牛の代に、男児は生まれていないとされている……)


 真柄は仮説を立てる。


(どこかの家から男児を引き取って、総牛の子として育てようとした……? しかしその目論見がなんらかのトラブルによって途中で破綻し、黄柳院の出生記録から抹消された子がいる……そういうことなのか?)


 五百旗頭がソファに深く寄りかかる。


「そんなわけで、あんたはそっちを当たってみるべきかもな。今のあんたにとっては、純霊素の正体と同じくらい黄柳院の調査とやらも大事なんだろ?」

「ああ……あの魔境には、何かがある。それを調べてみないと、黄柳院の内部にいる敵の正体や目的も掴めそうになくてな」


 真の敵が誰かを見定めなくては真柄も動きようがない。事の本質を知らぬまま闇雲に動き回れば、いたずらに状況を悪化させかねない。


(黄柳院一族の出産関係は、確かK府の大学附属病院が受け持つのが慣例となっていたな……)


「五百旗頭……なら、悪いがキュオスの方はおまえに――」

「ああ、任せておけ」


 言い終える前に、五百旗頭がうなづいた。


「手間をかけさせてすまない」

「気にするな。あんたが気に入ってるから協力してるのもあるが……何よりあんたには、でかすぎる借りもあるからな」


 少し温くなったアイスコーヒーを口にする。


「おまえこそ、俺への借りなど気にしなくていい。もしあの時のことを借りだと感じていたとしても、もう十分すぎるくらい返してもらっている」

「ならこいつは、オレの趣味だ」


 五百旗頭がきっぱりと言い切った。


「オレはあんたと関わること自体に価値を感じている。で? あんたは、そいつにケチをつけるわけか?」


 不敵に微笑みながら、五百旗頭がめ上げてきた。真柄は鼻を鳴らし、立ち上がる。


「素直じゃないな、おまえも」

「カカカッ……冗談を言っちゃいけねぇさ、真柄」


 舌を出し、五百旗頭があんぐりと口を開ける。


「オレほど素直に生きてる人間が、他にいると思うか?」



     ▽



 五百旗頭と別れたあと、真柄はとある人物に電話をかけた。


(K府の、大学病院……)


 電話がつながる。


『君からの着信でびっくりしたよ。ずいぶん久しぶりじゃないか、真柄』

「今、大丈夫だったか?」

『ああ、問題ない。どうだ、君は元気でやってるのか?』

「ああ、それなりに元気でやってるつもりだよ。おまえの方も元気そうだな、草壁くさかべ


 草壁は大学時代の友人の一人である。


 久住や氷崎以外にも真柄には何人か大学時代の友人がいる。草壁もそのうちの一人だった。ちなみに、彼は久住や氷崎と直接の面識はない。


 そして現在、草壁はK府の大学病院に勤務している。


『昔話をしに、というわけではなさそうだな……何か困りごとか?』

「わかるのか?」

『声のトーンでわかるさ。医者を騙すのは、意外と難しいよ』

「さすがだな」

『で、僕に何を頼みたい?』

「可能な範囲でいいんだが――」


 車のドアを開け、シートに座る。


「おまえの勤めている病院の件で、直接会って少し話したいことがある」



     ◇



 五百旗頭いおきべきずくは、真柄弦十郎と別れたあと、早速キュオス本社へ潜入する準備に取りかかってた。


(あっちのに比べて、殻識島の方は動かせる駒が少ねぇからな……まあ、特に問題はないが……)


 一度、五百旗頭はマガラワークスの事務所へ戻った。


 事務所から与えられている第二ガレージへ行き、ホログラフィックPC群を起動させる。


 真柄から受け取った図面などの書類を長方形の作業デスクの上に並べていく。その手並みは、捜査資料を並べる捜査官のようでもある。


 次に、ホログラフィックPCで必要な情報を検索して音声入力でリストアップしていく。リストができあがるたびに、五百旗頭の眼球は忙しなく動き回っていた。


 そしてリストアップを終えると、壁際のアナログなホワイトボードの前に立った。目を閉じ、両手の指先をこめかみに添える。


 成功までの過程を、思考上で組み上げていく。


 PCの冷却ファンの音だけが室内を漂っていた。


 しばらくして、五百旗頭は目を開く。


 勢いよくペンのキャップを外す。


 必要な情報を、次々と巨大なホワイボードに書き込んでいく。


 大事な仕事をする時、五百旗頭はいつもこうやってプランを組み立てている。こうしてペンでホワイトボードにアウトプットするのも、彼にとっては必要なプロセスである。


「よーし」


 キュッ


 書き込みが終わると、五百旗頭は振り向かずに背後へペンを放り投げた。見事にペンがゴミ箱に入る。ペンはちょうど、インクが切れたところだった。


「今回のプランは、これでいくとするか」


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