表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
95/133

3.絡まる糸を、解きほぐすために


 放課後にオルガと別れると、悠真はそのまま自宅へ戻った。そして、真柄弦十郎の身体と入れ替わった。


 缶コーヒーを冷蔵庫から出し、デスクチェアに座る。


(天野虫然と戦ったビルの最上階にあったノートPC……そこから吸い出したデータを、もう一度洗い直してみるか……)


 コーヒーを飲みながらデータを見直していると、久住彩月から着信が入った。スマートフォンを耳にあてる。


「何か用か、久住?」


 躊躇う間があった。


『最近……わたしを避けてないか?』

「今回の件、なかなか複雑な状況になってきている……だから今のところ黄柳院オルガの護衛任務については、最低限の報告だけを上げるようにしている。不安に感じさせたなら、悪かったな」


 久住彩月の所属する四〇機関は渦中への直接的な関与こそ避けている感があるものの、オルガを狙うホワイトヴィレッジ側の勢力である。


 しかし久住の上司である水瀬兼貞は現在、個人的事情により所属する四〇機関の意に反する行動を取っている。


 そして水瀬の部下である久住と氷崎はその上司の行為に加担している。


 最悪の事態に陥っても、二人には火の粉が降りかからぬよう配慮する――そういった旨の話を、水瀬が過去にしていた。


『最近わたしと距離を置き始めたのは……その複雑な状況とやらに、わたしを巻き込むのを避けるためなんだろ?』


 相変わらず、察しがいい。


「黄柳院オルガの件は、ただの護衛任務で終わりそうにない……この一件、思ったより根が深いようだ」

『ふむ……実は黄柳院オルガを狙っている勢力の予測リストの情報などが、急に上から回ってこなくなったんだ。その複雑な状況とやらと、何か関係がありそうだな』


(つまり水瀬兼貞は、久住たちへ今回の件の情報をなるべく渡さないようにしている……久住彩月と氷崎小夜子は”黄柳院オルガを守れ”という自分の指示を忠実に遂行していたにすぎない――最悪の場合、そういうシナリオに持っていくつもりか……)


 水瀬兼貞が久住彩月に求めたのはあくまでベルゼビュートとのパイプ役。


 それが果たされた今、これ以上、久住彩月が黄柳院オルガの件に深く関わる必要はない。だから今の段階では、できるだけ久住たちに情報を与えない。


 水瀬はこの件から久住たちを切り離しにかかっている。


 真柄はそう推測した。


 もし水瀬が久住をただの便利な捨て駒として利用するつもりだったら、水瀬に対して真柄は穏やかではないアクションを仕掛けただろう。


 しかし水瀬の行動からは、この件にこれ以上久住たちをかかわらせたくないという配慮が感じられた。


(まあ、氷崎は水瀬兼貞の意図をすでに理解しているかもな。ただ、氷崎の性格を考えると……久住を守るためにあえて黙しているケースは、十分考えられる……)


 氷崎としてはこの件に久住を深く関わらせたくないはずだ。彼女なら、久住の”保身”を最大限優先するはずだ。


 そして真柄としても、むしろその方が好都合である。極力、久住に危険が及ぶのは避けたい。


『わたしはどうすればいい? サポートが必要なら、わたしは快く力を貸すつもりだが――』

「ありがたい申し出だが、今は必要なさそうだ」

『そうか……だが、何かあれば遠慮なく言ってくれたまえ。いつでも力になるよ』

「ああ、助かる」

『この件に関しては、今まで通り君のやりやすいように動いてくれていい。まあ、その……君の行動には、間違いがないからな』

「そんなことはない。俺だって、いくつも間違えているさ」

『そうなのか? ふむ……例えば、過去に何を間違った?』


 思考に迷いが生じ、そのせいで返答がかすかに遅れた。


「おまえに何も言わず、この国を離れた」


 そこで一度、久住は言葉に詰まった。


『ん……その、な……真柄、わたしは――』

「いや、すまない」


 真柄は首を振り、久住の言葉を遮った。


「つい、変に過去を蒸し返すようなことを言ってしまった。今のは忘れてくれ」

『いや、こちらこそ……配慮に欠けた質問で、悪かった』


 沈黙。


 あの時の別れは、苦い思い出として互いの記憶に刻まれているようだった。


 今回はこれで会話を切り上げようとした時、久住が言葉を発した。


『真柄』

「ん?」

『私が巻き込まれないように君が配慮するということは……相手は、かなり危険な勢力なんだな?』

「まあ、厄介ではあるな」

『頼むから……その、死ぬなよ?』

「とりあえず死ぬつもりはない。この世には、まだ強い未練があるしな」


 久住が微笑みを漏らした。


「どうした?」

『いや……君に強い未練があるというのが、なんだか似合わないと思ってな。君はなんというか……この世の物事に対して、強い未練など持たないイメージがあったから』

「当時はそんな自分を、俺も意外だと感じたよ」

『ふむ? 正直、君がそんな強い未練を抱く物事とやらにはとても興味があるな』


 やれやれ、と真柄は思った。


(まさに今、こうして話している相手になんだが……)


「秘密だ」

『ふふ……ケチくさいぞ、真柄?』


 先ほどのようなシリアスな空気にならないよう、あえて冗談っぽい言い方をしたようだ。


「実は、これでもけっこうな貧乏性でな。それに、性根がケチな人間ほど金持ちの素質があると聞く」


 久住が鼻を鳴らした。


『君には、こういう言い合いで勝てる気がしないよ』


 小さく肩を竦めている久住の姿が想像できた。


「その未練の話については、いずれ話す時もくると思う」

『なら、その時がくるのを期待しているよ。では……またな、真柄。気をつけるんだぞ?』

「ああ」


 通話を切ると、途端に室内が色褪せたような感覚が襲ってきた。そこには、滅多に覚えることのない孤独感があった。


 スマートフォンをデスクの上に置き、無機質なディスプレイを眺める。


(おまえは本当に変わらないな、久住……)



     ▽



 真柄はディスプレイと睨み合いながら、例のデータに入っていた情報を洗い直していた。


(今後につながりそうな情報は、特になさそうだが……やはり一つ、気になる情報がある……)


 それはある部隊の情報だった。


 その部隊は、黄柳院家の所属となっていた。


 しかし総牛の私兵部隊ではない。


 すでに特殊なデータベースを使ってその部隊の隊長の名前は照合してあった。あの放棄地区にいた本隊と比べれば、これといって注目に値する人物ではないようだ。


(皇龍の私兵部隊か……?)


 真柄は疑問を列挙していく。


 まず、この部隊はあの放棄地区に来ていたのか?


 ベルゼビュートや五識の申し子に倒された部隊の中にいたのか?


 放棄地区には来ておらず、ティアや五百旗頭たちに撃退された部隊の中にいたのか?


(あるいは……動いていなかったという可能性も、なくはないが……)


 しかしもし動かなかったのだとすれば、その理由はなんだろうか?


(黄柳院側が五識の申し子が動くという情報を事前に掴んでいて、皇龍が動かすのを躊躇った可能性はある……冴が止めたという線も、ありえないとは言い切れない……まあこれは、もしその部隊がまだ健在ならばの話だが……)


 この件については、ここにあるデータとにらめっこしていてもこれ以上の情報は手に入りそうになかった。


 次に黄柳院周辺の人物を一度整理し直すため、地下駐車場で水瀬から得たデータを呼び出す。


 真柄はコーヒーを口に含み、ディスプレイを見つめた。


 当主の座を退いてはいるがいまだ絶対的な権力を持つ――黄柳院皇龍。


 現当主――黄柳院総牛。


 総牛の息子で、次期当主の――黄柳院冴。


 冴の異母きょうだい――黄柳院オルガ。


 別県の屋敷に住む冴の母親――紫条しじょう月子つきこ


 同じく別県の島に住む、オルガの母親。


(ふむ……血縁者の中でもう一人、この殻識島に住んでいる人物がいる……黄柳院の屋敷には、住んでいないようだが……)


 画面をスライドさせる。


(現住所は殻識山の近くか……黄柳院の屋敷と、そこまで距離があるわけではないが……)


 その人物とは、紫条月子の父親――紫条しじょう良正りょうせい


 彼は総牛の叔父にあたる人物で、冴にとっては母方の祖父にあたる人物だ。


(妾の子であるオルガが、何かの間違いで黄柳院の次期当主に選ばれる――その可能性に怯えた良正か月子が、このホワイトヴィレッジの件に乗じてオルガを殺そうとしている……決してないとは、言い切れない話だが……)


 昔から冴は母親の話をほとんどしたがらない。だから真柄も、母親や母方の祖父のことはあまり気に留めてこなかった。冴が触れてほしくないと感じるなら、そのままにしておくべきだと思ったからだ。


(黄柳院にとって、オルガは忌み子とされている女児……そして冴と違い、オルガはすでに女として社会的に認知されている。つまり家の慣習的に考えて、オルガが跡取りになる可能性はほぼ皆無と言っていいはずだ……)


 オルガを殺そうとしている人物からは、何か、奇妙な執着的殺意を感じる。


(いずれにせよ、次期当主候補には冴がいる。だからオルガが当主として家を継ぐ可能性は低いはずだ……そんな無害に近いオルガを、なぜ殺そうとまでする? あるいは何か、俺の知らない理由があるのか……?)


 魔境の内部には何かがある。


 何かが、あったのだ。


(それに、皇龍と良正の関係性もまだ見えてこない。互いの意思は一致しているのか? それとも、互いに何かズレが生じているのか……)


 それともう一つ、調べておきたいことがあった。


(オルガの持つという、純霊素……あくまで勘のレベルでしかないが、どうにも、すべてがこれにつながっているように感じられてならない)


 そもそも、護衛依頼も”純霊素を持つオルガがその身を狙われている”というところから始まっている。


(オルガを殺そうとしている黄柳院内部の”何者か”の動機も、あるいはこの純霊素が秘密を握っているのかもしれない……)

 

 黄柳院。


 四〇機関。


 キュオス。


 ホワイトヴィレッジ。


 すべての事柄は、黄柳院オルガが持つという純霊素によってつながっているのだろうか?


(だとすればずいぶんな重荷を背負わされたものだな、オルガ)


 スマートフォンを手に持ち、操作する。


(フン、くだらんな……黄柳院オルガは、つまらん大人たちのエゴに人生を振り回されていい娘ではない……)


 通話相手が出た。


『仕事か?』


 声の主は、五百旗頭築。


「おまえに手伝ってもらいたい仕事がある」

『何をする?』

「端的に言えば、スパイごっこだ」

『ハハッ! そいつはなんとも楽しそうだ! まったくもって期待感しかねぇな! で、どいつがターゲットだ?』


 PCのディスプレイに映るその名前を、真柄は横目で見た。


「ターゲットは、キュオス本社だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ