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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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2.兄妹

 

 ティアはそのまま中庭へ続く道を歩いて行く。


 とても自然な感じの離れ方だった。忍者のような娘だ、と悠真は感心する。


「ティアさんとのお話は、もういいんですの?」


 オルガにはティアと昼休みに会う話はしてあった。こういう場合は、むしろ下手に隠そうとしない方がいい。


「あの特例戦以来、ティアとは魂殻や戦闘技術に関する情報交換をする機会ができてな。彼女との会話は糧になる」

「わたくしとの会話も糧にしてほしいですわっ」

「栄養にはなっているさ。それで、もう昼は済ませたのか?」

「ええ。七崎くんは、もう済ませましたの?」


 昼食を済ませてから悠真を捜しにきたようだ。


「ああ。今日はいつもの栄養補助食品で済ませた」

「七崎くんは本当にあれが好きですわね」

「味が好みでな」


 昨日、雨の中で傘も差さずにベンチで項垂れていたオルガを発見した時は心配したが、今ではすっかり元気を取り戻していた。


 ちなみに悠真が昨日学園へ足を運んだのは、ティアから連絡があったためである。


『このところ黄柳院オルガが精彩を欠いています。今日は特にひどい様子ですね。おそらく七崎悠真の不在が原因でしょう。一応、報告だけしておきます』


(黄柳院オルガの中で”七崎悠真”の存在が大きくなりすぎている、か……いや、違うな。この娘はそこまで弱くはない……自分で立ち上がれる人間だ。むしろ――)


 実は悠真も、オルガには複雑な感情を抱いていた。


(離れがたく感じているのは、むしろ俺の方かもな……)


 オルガが広場のベンチを指差す。


「いかがかしら、七崎くん?」


 一緒に座ろうと言っているのだろう。二人並んでベンチに座る。


「そういえば、ご実家の用事はもう済みましたの?」

「いや、実はまだかかりそうでな。またしばらく学園を休むことになると思う」

「そうですか……残念ですわね。でも、どうして一時的に戻ってきましたの? 何か忘れ物でも?」

「おまえのことが、気がかりだったんだ」

「わ、わたくしのことが?」

「俺が欠席してばかりだと、おまえに特例戦を申し込む人間がいるかもしれない。だから用事を切り上げて一旦戻ってきた。言ってみれば、存在を忘れられないための姿見せみたいなものだ」



 オルガの表情が輝きを増す。


「わたくしのために……嬉しいですわ」

「それからタイ料理を食べに行く約束も、例のジムに一緒に行く約束も忘れていない。つき合えるのは、諸々の用事が済んでからになりそうだが」

「はい! もちろん、その諸々の用事が済んでからで十分ですわっ」

「…………」

「七崎くん? どうかしました?」

「悪くないな、と思ってな」

「悪くない? 何がですの?」


 悠真はオルガに微笑みかけた。


「おまえと一緒にいると……不思議と、気が休まる感じがする」


 オルガの白い顔がみるみるピンク色に染まっていく。彼女は綺麗に揃えた膝をもじもじさせると、下を向いた。


「き、聞いてもよろしいかしら?」

「なんだ?」

「七崎くんは、その……どういったタイプの女性が好みですの?」

「ん? 異性の好みを知りたいのか?」

「ええ……き、興味がありますわ。あ……答えたくなければ、もちろん答えなくても――」

「難しい質問だが……品性のある人間には、好感が持てる」

「品性?」

「抽象的すぎるか?」

「ええっと……出自が貴族や華族だとか、社会的地位があるとか……そういう意味ですの?」

「いや、血筋や社会的階級は関係がない。品性とは、どんな血筋や階級の人間であっても備えることができるものだ」


 オルガは必死に悠真の言葉を咀嚼しようとしていた。


「そうだな……至極簡単に言えば、相手に対する想像力を持てる人間と言えるかもな。思いやりを持てる、と言い換えてもいいかもしれない。そういう人間には自然と品性が宿る。俺はそう考えている」

「品性が、宿る……」


 ただしその品性を持つがゆえに生き残れない世界というものもある。勝敗や損得、利益が重視される世界では、品性を捨てた下劣さを持たねば生き残れないケースもある。


 恐る恐るオルガが尋ねた。


「わ、わたくしにはその品性が感じられますか……?」

「俺は、感じられるがな」

「ほんと、ですの?」

「ああ、本当だ」

「よかった!」


 嬉々として手を打ち鳴らすオルガ。しかし彼女はすぐに疑問符を頭に浮かべた。


「ですが……どこがどうなって七崎くんの言う品性になっているのかが、わたくしにはわかりませんわ……」

「そういうものだ。おそらく品性というものは、自然と宿るもので――」


 悠真はそこで言葉を切った。


(あれは……)


 言葉を切ったのは、正門の方からこちらへ歩いてくる二人の男子生徒を目にしたからだった。


 先頭を歩いていた小柄な男子生徒――黄柳院冴が、立ち止まった。その後ろには鐘白虎胤もいる。


「オルガ」


 冴が妹の名を呼んだ。


 風鈴のような冷涼な音色だが、その声には、古い名刀の持つ格式高い威厳のようなものが付与されている。場の空気すら引き締まる感じがあった。


 名を呼ばれたオルガが、身体を強張らせる。


「お兄、さま……」

「近々おまえに話さなければならない案件がある。だが、それはあくまでとしてのおまえが認められた結果によって生じたものだ」


 悠真は察した。話すべき案件とは、おそらく例の特設部隊の話だろう。


「つまり、黄柳院としてのおまえが認められたわけではない。それを、ゆめゆめ忘れぬことだ」


 オルガが膝の上の手をキュッと握りしめた。その表情には決意が宿っていた。


 逃げてはいけない。


 そう自分に言い聞かせたような顔だった。


「わかっておりますわ、お兄さま……ですが卒業までに学園のランキング一位になれば、わたくしを黄柳院の人間として認めていただけますのよね?」

「ランキング一位になれば、その約定は守られるだろう。だが――」


 冴はたおやかにまつ毛を伏せた。


「もし認められたとして……屋敷に住む者たちが、今さらおまえを心温かく迎え入れると思うか?」

「それは……」


 言い淀むオルガ。


「黄柳院オルガは、確かに魂殻使いとしてはそれなりに優秀かもしれぬ。しかし黄柳院の人間としては不適格……余は、そう考えている」

「…………」

「事実を事実のまま話すなら――」


 無慈悲を帯びた声で、冴は静かに叩きつけた。



「今の黄柳院に、おまえの居場所など存在しない」



 オルガはうつむき、すっかり黙り込んでしまった。代わりに言葉を返したのは、悠真だった。


「少し言い過ぎではありませんか、黄柳院先輩」


 不届きな輩を嗜める瞳で、冴が悠真へ視線をやる。

 

「誰が貴様に、発言を許可した?」

「なんとなく、あなたらしくないと感じたもので」


 ベンチに相手の身体を縛りつけるような強い圧をまとい、冴が悠真をねめつけた。



だと?」



 ていの放つ厳圧げんあつは、黄柳院冴の備える純潔的な耽美さと合わさることで、得も言われぬ氷性の畏怖を相手へ抱かせる。


「どの口がそのような無礼を吐く? 貴様が一体、余の何を知っているというのか?」

「……すみません。不適切な発言であったことは、お詫びします。ですが――」

「黙れ、下郎」


 仕草でようやくわかるほどの細いため息を、冴が吐いた。


「余にとって貴様は、依然として路傍の石と同等でしかない。もしやこの前の”訂正”程度で自分が余にとっての何者かになれたとでも錯覚したか? だとすれば、愚かと言わざるをえんな」


 この場で最も体躯の小さいのは冴だが、しかし、見る者が見れば冴の存在が最も大きく見えるのかもしれない。


「身の程をわきまえることだ、七崎悠真」


 その時、


「違いますわ、お兄さま」

「………」

「七崎くんは……お、愚かな人などではありません」


 震える声音で、オルガが言った。


「わたくしのことなら、なんと言われてもいいですわ……ですが、七崎くんのことをそんな風に言うのは……やめて、ください」


 滑らかに冴が双眸を細める。そして身体の向きを変えると、ゆったりと歩き出した。


「その娘にずいぶんと好かれたものだな、七崎悠真……だが余にとって貴様は、無用の存在にすぎない。それだけは、よく覚えておくことだ」


 冴は去ったあとも、虎胤はまだその場に残っていた。冴の後ろ姿が見えなくなったのを確認してから、虎胤が口を開いた。


「今の冴はさ、無意味にあんなきついこと言わないと思うんだよなー……だからさ、オルちゃんもあんま深刻になんない方がいいと思うよ?」

「お、オルちゃん……?」


 ニッと虎胤が笑う。


「だって”オルガちゃん”だと、なんか語呂悪くない?」

「は、はぁ……」


 緊張の糸が解けた感じに、返事をするオルガ。虎胤が首を傾げる。


「だめ?」

「まあ……わたくしはその呼び方でも、別にかまいませんけれど……」

「よかった!」


 虎胤には隠された意図や邪気があるようには思えなかった。まさに思うままを口にしているという感じである。


「それとさ、悠真っち」

「…………」


(悠真っち……)


「冴が怒ったのはさ、たぶん悠真っちが冴に”らしくない”みたいなことを言ったからだと思うんだよなー……よく知らない人から自分のことをわかってるみたいに言われるの、冴は嫌いだから」


 虎胤はまたもや、無邪気な笑みを浮かべた。


「ま、そういうわけだからさ! できればさっきの冴の態度も大目に見てやってくれよな! つーか冴って、すっげぇいいやつで――って、おれもそろそろ行かなきゃ! また鏡子郎にどやされる!」


 虎胤が踵を返し、手を上げた。


「てわけだから、じゃあな! オルちゃん! 悠真っち!」


 言って、虎胤は駆け去った。


 虎胤を見送りながら、悠真はオルガに尋ねた。


「そういえば、五識の申し子とは過去に面識はあるのか?」

「いいえ。実は、お兄さま以外とはありませんの」

「そうか」

「あの、七崎くん」

「ん?」

「さっきはわたくしのことを庇ってくれて、その……嬉しかったですわ」

「気にするな。それに、庇ってくれたのはおまえも同じだろう」


 横顔を見る限り、オルガはそう落ち込んでもいないようだった。


 悠真はホッとしつつ、虎胤の消えた方角を見た。


(おまえにもいい仲間がいるみたいだな、冴……)


 オルガの心情を慮って反論こそしたが、冴にも何か事情があってオルガにああいう物言いをしたのは悠真もある程度、察していた。


(ただ……あの場で”冴らしくない”という発言は、確かに失言だったな。つい、口が滑ってしまったよ……)


 黄柳院冴には真柄弦十郎として強い思い入れがある。だからこそいつもの平静さをわずかに失い、つい口が滑ってしまったらしい。


 悠真は改めて気を入れ直した。


 誰がホワイトヴィレッジへの密告者なのか?


 あの家の誰が、どのように黄柳院オルガに関わっているのか?


 そして黄柳院オルガを殺そうとしている人物は、何者なのか?


(やはり一度、あの魔境は深奥まで調べる必要があるな……)


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[気になる点] 品性が自然に宿るなんて有りえません。躾と教育、それから環境によって大きく左右されます。こんなことは常識です。人なんて親次第でどうにでもなります
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