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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
最終章 SOB 極彩色の世界
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1.偽装と秘密


 先日、殻識島の開発放棄地区で建物の”倒壊事故”が起こった。


 しかし世間は現在、大物政治家の汚職事件と人気ミュージシャンの薬物乱用発覚で揺れていた。


 殻識島で起こった”倒壊事故”になど誰も興味を示さない。死傷者は発表されていないし、興味をかき立てられるような衝撃映像も残っていない。そんな地味な記事よりは、誰もが顔をしっている有名人のスキャンダルの方が興味をひく。


 スマートフォンで閲覧していたニュース記事――その”倒壊事故”の記事は何度も”次へ”ボタンを押さないと辿りつけない場所にある――を確認してから、七崎悠真はそのサイトを閉じた。


(手を回したのは四〇機関だろう……このタイミングでの同時発覚はいささか都合がよすぎる。どちらも、こういう時のために大事なネタとして温めていたわけだ……)


 本当に隠したい事件は、別のスキャンダルで覆い隠す。


 真実はいつもこうして静かに意識の射程圏外へと離れていく。そこへネット発の無数のフェイクニュースまで被せられるのだから、まさに情報洪水の波に翻弄される時代と言っていい。


(起こった事柄を完全にもみ消さないのもミソか……これなら”現場の後始末”のために人や車両が”事故現場”に出入りしていてもそう不審には思われない……)


 ただし実際に起こったのは”倒壊事故”ではない。



 起こったのは、ある一人の少女を狙う者たちと、その少女を守ろうとする者たちの戦いであった。



「なるほど」


 校舎裏の木の幹に寄りかかり、ティア・アクロイドが言った。


「その”倒壊事故”が起こった場所にいたのが、あなただったというわけですか」

「そうだ」


 悠真はスマートフォンをポケットにしまい、肯定の意を示した。


 七崎悠真が”ベルゼビュート”――真柄弦十郎であるという事実を、先ほどティアに伝えた。


 真実を知った直後はさすがに驚いていたが、カラクリを知ったことで、彼女が抱いていた様々な疑問に対して納得がいったようだった。今では憑き物が落ちたような雰囲気すらある。とはいえ普段のクールな態度や表情は、そのままだが。


「オルガを守ってくれた件については、改めて礼を言わせてほしい」

「大した働きはしていません。それに――」


 煌めく金色の瞳が悠真を射抜く。


「あなたはあなたで、私以外の誰かを別に動かしていましたね?」

「さすがだな、気づいていたか」


 保険のとして黄柳院オルガの護衛を頼んでいた五百旗頭とマガラワークスの従業員。彼らの存在を、ティアは察知していたようだ。


「私への害意がなったので、あえて接触は避けましたが」

「連絡をしなかったのは、悪かった」

「まあ、あなたにもあなたなりの事情があったのでしょう」

「物わかりがいいな」

「褒めても何も出ませんよ?」

「何かを引き出そうとするなら、もっと打算を込めた褒め方をするさ」

「…………」

「まだ何か引っかかっているという顔だな」


 一度誰かいないか周囲へ目配せしてから、ティアは足もとに視線を落とした。


「あなたがあの伝説の傭兵だという話、実はまだ半信半疑なのです」

「さっきは、納得した風だったが」

「それは、あなたがその年齢で、魂殻も使えないのに極端に強い理由に対して納得がいっただけです。特に、深い経験に裏打ちされていると感じられた一切の動きについては、これで完全に納得がいきました」

「では、何が引っかかっている?」

「それは――」


 ティアが靴のつま先同士を擦り合わせる。


「あの蠅の王が私の目の前にいる……それも、他の人間の身体を借りて。何より、魂だけを移動させる技術など……オーバーテクノロジーもいいところです。これは、今すぐ信じろという方が難しいでしょう」


 真柄弦十郎は特殊な技術によって”七崎悠真”という人間の肉体を借り、黄柳院オルガのボディーガードとして殻識学園に潜入している。


 この話についても、依頼主こそ伏せたが、先ほどティアに明かした。魂を移動させる例の技術の話をしてもいいかどうかは、昨日の夜、氷崎小夜子に確認をとった。


『真柄君が必要だと思うなら、話してもいいわよ』

『そう言ってもらえるのはありがたいが、そんなにあっさり了承していいのか?』

『彩月が言ってたのよ。自分は色んなことをよく間違えるけど、真柄弦十郎という人間は何一つ間違えることがないって』

『ふむ……久住がそう言っていたから、俺は信用に足ると?』

『そうよ。だって、私も同意見だもの』


 そんな具合で、氷崎はあっさり了承してくれた。


「別に無理をして信じる必要はない。ただ、話しておくべきだと思った……俺たちの今後を考えても」


 取り澄ました顔でティアが息をつく。


「とはいえまあ、信じない理由もないわけですが」

「フン……素直じゃないな、おまえも」

「否定はしません」


 ティアが視線を上げる。


「ちなみに……ホワイトヴィレッジの方は、もう片がついたと考えてもいいのですか?」

「さあな。一応、攻め手を変えてくる可能性も考慮はしているが」


 これまで得た情報では、これ以上の戦力投入は予定されていなかった。


(天野虫然以上の手練れを、短期間でそう何人も用意できるとは思えない。何よりあの五識の申し子が敵に回ったと判明した今、向こうにも躊躇が出ているはずだ……)


「もうしばらくおまえにオルガの護衛を頼んでもいいか?」

「それはかまいませんが……今後、あなたは何を?」

「少し、調べたいことがある」

「そうですか、わかりました」


 それ以上、ティアは追及してこなかった。


 必要な情報交換を終えたので、校内へ戻ることにした。歩き出した悠真にティアが続く。


「しかし……黄柳院オルガの恋人だと宣言しているのに、他の女生徒とこうして校舎裏でコソコソ会っているというのもどうなのでしょうね? 気を払っているとはいえ、目撃されている可能性は十分ありますし」

「俺たちは特例戦でやり合った仲でもあるからな。少しくらい親密な関係になっていても、さほど不思議には思われないだろう」

「そうですか?」

「目に余るような不純異性交遊をしているわけでもないからな。それに思っているより人は、他人など気にしていないものだ」


 むしろこういう場合、堂々としている方が意外と違和感を持たれない。挙動や言動が不審になるから、人の注意を引いてしまうのだ。


 ちなみにひと気のない校舎裏を選んだのは、会話内容を誰かに聞かれるのを避けたかったからだ。やはり重要な内容ほど、直接会って話した方が秘匿性は保持できる。


 最高レベルの”秘密”とは、どう作り上げればよいか?


 それは口伝のみで継承していくことだ。


 もちろん記憶力に絶対的な自信が必要となるし、過酷な拷問にかけられても絶対に秘密を吐かないという強固な信念が必要とされるが。


「ところでティア」

「はい?」

「そのリボンは、何か心境の変化か?」


 今日のティアは長い銀髪を、赤いリボンで二つに結っていた。


「いめちぇんです」

「…………」

「似合いますか?」

「ツインテールか」

「違います、ツーサイドアップです」

「……ツインテールと、何か違うのか?」

「完全に、違います」


 完全に違うそうだ。


 ティアがあごを上げ、小さな手でリボンに触れる。


「実年齢より幼く見られるのは、あまり心地よいものではありません。ただ、幼く映るのを逆手に取るのも意外と悪くないと思いまして」

「コンプレックスを、強みに変えることにしたわけか」

「はい。大抵の人間は警戒心を薄めてくれるので、正体さえ割れていなければ、ターゲットにも接近しやすくなります。不意もつきやすくなります。仮に犯罪傾向のある幼児性愛者に狙われても、私であれば容易に撃退できますし」


 確かにリボンをつけてツーサイドアップにすると、心なしか年齢が下がったような印象を受ける。


 と、ティアが両手で自分の胸を下から持ち上げた。


「世の中には”ロリきょにゅー”というミクロカテゴリーが存在するのを確認しました。ですからこの胸の発達も、そう大した足枷とはならないでしょう」

「…………」


 下地を作るためにどんな情報源を使っているのか、少し心配になる悠真であった。


「それよりも、七崎悠真……迎えがきたようですよ?」

「ん?」


「七崎くーんっ」


 昇降口からこちらへ小走りに駆け寄ってくるのは、黄柳院オルガだった。


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