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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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9.空の下、観察の時間


 授業は滞りなく進行している。


 授業風景は、真柄弦十郎が高校生だった時代と根本の空気は変わっていないように思えた。

 四限目の体育はグラウンドに出ての短距離走。外向きには殻性者用の特殊科目がピックアップされがちだが、こういった連綿と続く基礎科目もカリキュラムにしっかり組み込まれている。


(さすがに更衣室までは同行できないからな……いや……手を回せば、更衣室の映像をリアルタイムで送る手もないではないが……)


 その案は実行可能だったが、自主的に却下した。あとで久住に何を言われるかわかったものではないし、個人的にも踏み込むべき領域ではないと感じたからだ。

 少なくとも、この案件に関しては。

 もし万が一にも発覚してオルガに知られるようなヘマをやらかせば、今後の護衛に支障をきたすのは確実。それに、更衣室には他のクラスメイトもいる。誘拐が起こる確率は低いと見ていいだろう(ごく低確率ながら、突発的な殺害が起こる可能性は捨てきれないが)。


(仮にさらわれた場合は、どうあっても取り戻すがな……仮に、海外に連れ出そうとも……)


 短距離走は男女とも同じ競技場を使用する。

 体操着は制服と同じく紅白色がベースとなっていた。時代が移り変わっても男女ともに体操着はさほど大きな変化がないらしい。


「うおぉっ! やっぱ速ぇな、黄柳院さんっ!」


 準備運動中だった男子の一人が感嘆を発した。

 走る順番は女子からだった。ちょうど今、黄柳院オルガが100m走をしている。


「あのご立派な胸がなければ、もっといいタイムが出るのかもなぁ……ふぅ……」

「え? なにおまえ? 夢と希望の詰まったあの 胸 ファンタジーが、もっと現実的リアルな大きさでいいわけ?」

「んなわけあるか! ていうか、あれこそ俺にとっての現実リアルだわ!」

「てか、あれだよな……」

「おれの現実宣言をスルーか」

「……揺れるな」

「ああ、揺れてるな」

「黄柳院さんって、着やせするタイプなのかもなぁ……ふぅ……」

「う、うん……そんな気がする、かも……あーあ……黄柳院さんと将来つき合うような男が現れたとしたら、おれ、そいつが本気で羨ましいよ……」

「やめろ……来たるべき現実なのかもしれないが、今はまだ想像したくない……」

「まあ、その相手がおれだったらアリだけどさ……」

「もし何かの間違いでおまえだったら、おれはおまえを生涯許さん」


 悠真は口を斜めにする。


 ああいうところも、昔と変わっていないようだ。


 殻性者といっても年頃の男子らしく異性には興味津々らしい。一方の悠真も、準備運動を続けながらオルガをずっと観察していた。オルガはもう走り終えて、今は息を整えながらタオルで汗をぬぐっている。


 走る姿は美しかった。


 運動能力も高いとみていい。太ももからふくらはぎにかけてのしなやかな筋肉のつきかたは、見事と言う他ない。学園のカリキュラム外でも自主的な訓練をこなしていると思われた。戦いに身を置く者としては、理想的な体型である。

 心の中で悠真は素直に称賛を送った。制服姿よりも身体のラインや筋肉のつき方が出やすいあの体操着は、観察するのにはありがたい。


「しーちさーきくーん?」

「ん?」

「ナニナニナニぃ? さっきから食い入るように黄柳院さん見つめちゃって……転入生の七崎クンも、やっぱ隠れファンの多い黄柳院さんが気になっちゃってるわけ?」


 二人組の男子がからかい半分に声をかけたきた。


「ああ、ものすごく気になっている」


 二人は回答に唖然となった。


「えっと、今のって……黄柳院さんの身体が気になるって意味、だよね?」

「今のところ、ほぼ全身くまなく興味があるな」

「えっ!? 全身、くまなく……っ!?」


 二人組は狼狽し、上体を軽くのけ反らせた。


「い、一切の照れなく堂々と答える姿……おれ、ちょっぴり彼をカッコイイと思ってしまったぜ……」

「七崎クン、タダモンじゃないな……」

「つーか、やっぱり素はそういう感じの口調なのね」


 言いたいだけ言って、二人組はそそくさと離れて行った。

 今の二人組はとりあえず気の悪い生徒ではなさそうだった。

 悠真は、女子たちが軽蔑の眼差しで男子たちを睨んでいるのに気づく。


「男ってほんっとアホだよね……猿かっつーの」

「いやいや、それ、猿に失礼だから」

「言えてるわ。あれじゃ猿以下だわ」

「まー……誰に視線が集まってるかが露骨すぎて、なんかなーって気もするけどねー……」

「つーか、短距離走とかだるー……あたし、汗かくの嫌いなんだよなぁ……」

「汗でファンデ剥がれるー」


 女子の方は、時代の流れで変化しているのかどうか悠真にはよくわからない。わかるのは、オルガがクラスの中で浮き気味なことくらいだった。一人だけわかりやすく他の女子と距離を置いている。ただし、オルガから距離を取っているのか他のクラスメイトが距離を取っているのかは、今の段階では判然としなかった。


「ねぇねぇ、七崎クンずっとこっち見てない?」

「七崎クンってなんか雰囲気が大人っぽいと思うんだよねー」

「顔の偏差値もけっこうイイ線いってない? 見た目はクール系、っていうかさ」

「おーい、七崎クーンやー! なーんちゃってー!」


 女子の一人が手を振ってきた。後々のちのち、オルガの情報を得られるかもしれない。ここで無視してわざわざ女子の印象を悪くしておく必要もあるまい。


「って、手挙げてくれてるじゃん! 七崎クン、けっこーやさしー系かも!」

「他の男子と違って、落ち着いたカンジあるよね」

「あれで霊素値がイケてたらねぇ……」

「けど、イケメンオーラで言ったら”カラゴ”には敵わないっしょ」

「イヤイヤイヤ、カラゴは別格だから」

「ていうかあたし、カラゴがいるから殻識にきたみたいなもんだし」


 カラゴとはなんだろうか。


(今度、誰かに聞いてみるか……)


 とはいえ、優先順位の高そうな単語でもなさそうだ。会話の流れから察するに、女子に人気のある一部の男子生徒を総称した造語――その略称か何かだろう。


「おらー男子どもー、おめーらの番だぞーっ、走れ走れーっ! 殻性者でも、青春ダッシュだーっ」


 体育教師の手打ちに促され、男子がスタート位置周辺にぞろぞろと集まる。


「短距離、だっりぃ……四月も半ばだからか知らねーけど、あちぃー」

「おらー、柴崎ー! 聞こえてんぞーっ!」

「タッチャン地獄耳すぎ……あの口調さえ直れば、フツーに美人なんだけどなー」

「え? おまえ、年増好きなの?」

「え? おまえ、タッチャンの実年齢知ってんの? おせーて!」

「うぉらぁ聞こえってぞ、てめーら! さっさとタイム測定すっぞ! 時間、ねーんだから!」


 ああいった教師と生徒の微笑ましいやり取りも昔と変わっていないようだ。


「じゃー最初は、愛宕ぉーっ」


 一番手の男子がスタート位置につく。


 ピッ、ピッ、ピッ


 電光掲示板がカウントダウンを開始。


 ビィーッ!

 

 ディスプレイの色が赤から緑色に変わり、最初の男子が走り出す。

 スタートと告げる合図の方法は、真柄弦十郎の時代と少し変わっていた。


(今のところはこの授業で目立つ意味はない、か)


 男子のタイムも出揃い、体育の授業はつつながなく終了。


 ちなみに七崎悠真のタイムは可もなく不可もない、実に平均的と呼べるタイムだった。


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