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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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27.エゴイスト


 最上階へ続く階段をのぼり切ったところで、真柄弦十郎は何者かから銃撃を受けた。


 物陰に身を隠し、神経を集中させる。


(今の銃撃……それなりに腕の立つ相手だな。気配は一つ……天野虫然か? しかし――)


 窓枠から注ぎ込む月の光。その光が点々と溜まった廊下に、大仰な拍手が響いた。


「ベルゼビュートの名にふさわしい反射神経だ」


 真柄は闇にまぎれると、廊下を通らず、迂回ルートを選んだ。


「おやぁ? 気配が遠ざかったぞ? そっちから、迂回するつもりかね?」


 察知力に優れた男だ。


 しかし気にせず隣の部屋へ移動する。廊下よりは光量の少ない部屋だった。ところどころに濃い闇が溜まっている。


 甲高い銃声と、ガラスの破砕音。


 廊下側の窓の向こうから、敵が銃撃してきたのだ。


「あぁ、耳を澄ますとよくわかるよ……耳障りな、蠅の羽音が……」


 直後、立て続けに四つの銃声が響いた。敵は真柄の移動に合わせてさらなる銃撃を続けた。弾切れになったあとも、引き金を引く乾いた音が、何度か響いた。


「一発も当たらないか! やはり本物のベルゼビュートなのかな!?」

「その真偽を知ったところで、おまえになんの得がある?」

「本物の蠅王の鳴き声を、私は奏でてみたいのさ」

「……なるほどな」


 沈黙。


「おやぁ? 急に気配が――」


 真柄は、闇から飛び出した。


「うおっ!? そこから来るかね!? いつのまに、そこまで移動していたんだ!?」


 虚を突かれた反応を示した男だったが、弾倉が空になった銃を放り捨てると、すぐさま手元の刃の長いナイフを構えた。


 飛び出した直後、局所的に光が迸るのを確認できたが、あれは魂殻展開時の光だったようだ。見ると、男の右手には魂殻が装着されている。


(あのナイフが、魂殻武器か)


 真柄のナイフの刃を受けとめ、男は歯をのぞかせて笑った。


「ほぅ? さっきまでは、私の察知能力を測るためにあえて気配を濃くしていたわけか。思い返してみれば、気配の濃度が段階的に下がっていた……ああ、素晴らしいなぁ。これこそ私の追い求めていた、一級品の楽器だ」


 拮抗する二本のナイフ。ただし、普通のナイフと魂殻のナイフ――この二つの強度の格差は、歴然として存在している。


 真柄のナイフに、わずかなヒビが走った。


 男の笑みが角度を増す。


「スクリームだ」


 それが男が名らしい。


「初めまして、ベルゼビュート」


 自己紹介は返さず、真柄は黙ってスクリームに近接戦を仕掛けた。スクリームは鮮やかなステップを踏みながら、ジグザグに後退を始める。そして、真柄の攻撃を迎撃しつつ間合いを取った。


「私はおしゃべりをしたいのに、冷たい男だなぁ」


 スクリームは腰の後ろから拳銃を取り出すと、躊躇いなく銃撃してきた。真柄を追いかけながら連続する銃撃。真柄は、隣の部屋へ飛び込んだ。


 壁を背にしながら、尋ねる。


「俺とのおしゃべりが望みか?」


 素早くマガジンを交換する音。


「会話も私の演奏の内だからねぇ」

「フン……なら、少しだけおしゃべりをしてやろう。おまえが、この本隊のまとめ役か?」

「そうだ。どうだ? 私を見直してくれたかね?」

「では次に、全部隊の規模と、今後の作戦予定をすべて話してもらおう。他にも今回の件に関する重要な情報があれば、洗いざらい吐け」


 鼻で笑うスクリーム。


「そんな情報を親切に話すわけがないと、君もわかっているだろう?」

「だろうな」

「まあ……もし、君が私を倒せたなら話すかもしれないがねぇ? しかし……私からも、一つ聞きたいんだよ」


 真柄は沈黙で返した。ナイフを宙に放ってキャッチすると、スクリームが逆手に持ちかえる。


「なぜあのベルゼビュートがこの件に咬んでいる? 君の存在はホワイトヴィレッジから聞いていなかった。これは、私の推測だが……君はおそらく、四〇機関にも五識家にも肩入れしていないんじゃないか? 何か、個人的な事情で動いている……違うかね?」

「それは、おまえが知っても無意味な話だ」

「くくくく、照れずとも大丈夫だよ……わかる……私にはわかるぞ、ベルゼビュート?」


 スクリームが目を細め、あごを撫でる。


「君が傭兵として暴れていた頃の伝説は、いくつも耳にしている……例えば、戦場にあっても人の尊厳を守ろうとする崇高な精神の話、とかね」

「…………」

「”臓物卿”も悪しざまに言っていたよ。”あいつの中には善性の心がある。そいつが心底、おれは気に入らねぇ”とね。くくくく……君が今回の件で、あの憐れな黄柳院オルガに肩入れしたのも……あるいは、その善人の精神ゆえなのかなぁ?」

「かもな」


「ならば、君は私に勝てないな」


 スクリームが前傾姿勢を取る。


「この世に善人が存在するのは確かだ。完璧な善人は滅多にいないが、善の比重が多い人間は実在している。先日死んだかつて保安官と傭兵だったあの憐れな夫婦も、その心の骨密度は、ほぼ善性に満ちていたと言っていい……」


(さて……現在のやつの手持ち武器は、今のところ魂殻のナイフが一本と、銃が一丁か……)


「蠅の王に聞こう。なぜ人々がフィクションの世界のスーパーヒーローを熱望するか、わかるかね?」


(天野虫然の力量がまだ不明な状態での”極弦”の使用は、できるだけ抑えたいところだが……しかしあのスクリームと名乗る男がそこそこ腕が立つのも、事実……特にナイフの扱いは、癖が強いものの、完全に一心同体となっている……)


「簡単な話だよ、ベルゼビュート。思いやりを持った善人よりも、傍若無人なずる賢い悪人の方が現実では得をすると、みんな知っているからさ……つまり――」


(刃物の扱いに独特の癖が出やすいのは、主に殺人鬼に多くみられる傾向だ……ああして価値観をひけらかしたがるのも、自己顕示欲が強くなりがちな殺人鬼の特徴だが……)


「善人は現実において、ひたすら悪人たちに喰いモノにされる……そう、正義は悪に勝てない。いいかね!? 善性とは、自由を奪う鎖なのだよ! 善性ゆえに、善の戦士は巨悪に勝てない! 事実、悪の側である私は善の者を思うまま、喰いモノにし続けてきたからねぇ!」


(それと、あの魂殻……おそらくあの柘榴塀小平太の魂殻のように、部分的な加速能力を備えている。強度はわかったが、最大加速力の方はまだ未知数か……)


「思いやりや倫理観など、所詮は動きを縛る鎖でしかない! だが! その善なる者たちの精神を美しく破壊していく我が演奏こそが、この私にとっての、最高の娯楽なのだよ!」


 刃にヒビの入ったナイフと、ソードブレイカーを握り直す。


(やるか)


 糸の起点を、生成。


「あぁ! 私にはわかる! ベルゼビュートの残した過去を聞き、確信したのだよ! 君は善性の人間だ! ゆえに……私には勝てない! しかし安心するといい! だからこそ君は、最高の楽器になれる! さあ……私という邪悪を存分に味わいたまえ、ベルゼビュート!」


「悪いが、俺を買い被りすぎだな」


 スクリームから、約2メートルほどの距離。


 真柄はそこへ一瞬で躍り出た。


「!?」


 スクリームからすると、まばたき一つ程度の間に、いきなりベルゼビュートがそこへ現れた――そんな風に、見えたかもしれない。


「だが、対処は間に合うがね!」


 スクリームのナイフが、魂殻能力によって加速。


 銃を持つスクリームの左腕に、真柄はナイフの刃を突き入れた。そして、魂殻のナイフの刃をソードブレイカーの溝に引っかけた。ソードブレイカーの刃には、相手の刃を引っかけるための凹凸が存在する。


 スクリームは左腕の痛みを気にした風もなく、ソードブレイカーに絡め取られた自分の魂殻のナイフへと、意識を注いだ。


「ははははっ! そのソードブレイカーはどこかで使ってくると思っていたよ! だが魂殻のナイフの威力を少々、甘く見すぎ――なっ!?」


 、スクリームの意識を手元へと向けさせた。


 ソードブレイカーは意識を逸らすための撒き餌にすぎない。


 スクリームに、意識の隙が生じる。


「くっ!? なんだ、この、速っ――」


 体さばきでスクリームの懐にもぐり込むと、掌底で、思いっ切り相手のあごを強打。スクリームの歯が、何本か割れる。


「ぐ、がっ!?」


 目玉が飛び出さんばかりの凄絶な表情で、スクリームがのけ反る。そこから肘のあたりを抱え込むと、真柄は、魂殻を装着しているスクリームの右腕を、思いっ切りへし折った。


 ベキッ


「ぐ、ぎゃあぁぁああああっ!?」


 先ほど、スクリームが手放した拳銃。床へ落下中だったその拳銃を足先で蹴り上げると、それをキャッチし、素早く二発の銃弾を撃ち込む。スクリームの両膝が、銃弾で撃ち抜かれた。


「ぐあぁ゛っ!?」


 体重を支えきれなくなり、スクリームがその場にへたりこむ。


「ぐっ……がっ……!? なんだ、今のは……っ!? 今の速度と、尋常ではないあの攻撃力は……なんだっ!? に、人間とは思えないっ! 魂殻も、ないのにっ……強化ドラッグでも、あ、あんな風にはっ……これが、あのベルゼビュートだというのか……っ!?」


「そうらしいな」


 銃口を、スクリームの額に向ける。


「くっ! 私を殺せば、こ、これ以上の情報は手に入らないぞ……?」

「向こうの部屋に、ホコリを被っていないノートPCがあった。とりあえず、あそこに入っている情報で我慢するさ……まあ、殺人鬼気質の人間には几帳面な性格の者が多い。記録はしっかり、残してあるだろうがな」

「ぱ、パスワードを解けなければ……データは、自動消去になるよう設定されている……っ」

「優秀な電子マニアが知人にいてな。そいつは強固に守られたパスワードを解析するのも得意だし、木っ端微塵に消えたデータのサルベージも得意だ。それも、人並み外れてな」

「ぐっ……! わ、わかった……なら、私の報酬の分け前を――」


 言いかけて、スクリームは項垂れた。そしてすべてを諦めたみたいに、憐憫的な、低い笑いを漏らした。


「いいや……君のような人間は、金で動くような人間じゃないものなぁ……わかったよ……私の、完敗だ……」

「…………」

「最後に一つだけ、私の話を聞いてくれないか? そうしたら、パスワードを教えるよ……そうすれば、この場ですぐにあのPC内のデータを閲覧できる……余計な手間を、取る必要はない」


 沈黙を続ける真柄。


「私の父は、母に暴力を振るう男だった。普通の暴力じゃない……とてもひどい暴力だ。私もたくさん暴力を振るわれたよ。父は私に言った。”母さんの悲鳴は、美しいだろう? そして、おまえのうめき声も美しいんだ。これは、家族みんなでやる演奏会なんだ……どうだ? おまえは、演奏する側か? それとも……される側か?”とね……」


 顔を上げたスクリームの目は、深い哀切に満ちていた。


「わかるだろ? 私の母は善人だった。そしてよい悲鳴おとを鳴らす善人は、楽器の側に向いている……幼い私は、その概念を父から叩き込まれた。そして私は、父に選ばされたのさ……演奏する側になるか、演奏される側になるかを……」


 スクリームが嗚咽し、しゃくりあげた。


「私は、生きたかった……だから、演奏する側を選ぶしかなかったっ……だけど思うんだ……私があの時、勇気を出して父さんを殺し……母さんを、助けていたらって……私はね、今でも母さんのあの声が忘れられないんだ……」


 子どものように、べそをかくスクリーム。


「私の意識にへばりついたあの声を消すためには……母さん以上の善人を殺さなくちゃいけない……ふぐっ……ぐひっ……だから、は――」


 銃声が二発、響いた。


 スクリームの折れた右腕とナイフの突き刺さっている左腕に、真柄は、銃弾を撃ち込んだ。


「ぐあぁぁっ!? ぐっ……な、何をする……っ!?」


 スクリームが狼狽し顔を上げる。真柄は、無感動にスクリームを眺めた。


「下手な芝居だな」


「な、にぃ……っ!? き、貴様ぁ……っ!」


「さも同情してほしいと言わんばかりのその”打ち明け話”で、今までどれだけの人間をあざむいてきた?」


 スクリームの言う”思いやり”や”善性”を持つ人間の中には、今の話を聞いて同情してしまう人間も、それなりにいたのかもしれない。


 真柄は息をついた。


「今の話が、仮に本当だったとしよう」


 スクリームが身体のバネを使って飛びかかり、噛みつこうとした。しかし真柄は、前蹴りでみぞおちをえぐり、吹き飛ばす。


「ぐふっ!?」


 さながら死刑執行人のごとく、ゆったりとした不穏な足取りで歩み寄る蠅王。


「しかし……だとしても、これまでおまえがしてきた残虐な行為が正当化されるわけではない。同情すべき過去が、おまえの身勝手な行為を相殺することはない。そして……おまえのような人間を、俺がここで生かす道理もない」


 蠅王は告げる。


「俺に、同情の義務などない」


「ひっ!? 待て! くそっ……は、話が違うじゃないか”臓物卿”め! こいつは、善人なんかじゃない! こ、こいつは――」


 額を、撃ち抜く。


 スクリームが最期に発したのは、奇しくも、死を拒む 絶叫 スクリームであった。


「言ったはずだ……おまえは俺を、買い被りすぎだと。もっと言えば、俺には悪の美学すらない」


 銃口を下げる。こと切れているスクリームを、真柄は静かに見おろした。


「俺は、ただのエゴイストだ」



     ▽



 昔レッドページから贈られた特殊なUSBメモリ。それを使ってノートPCからデータを吸い出すと、真柄はそれを保管用のポケットにしまった。


(ある程度の時間、スクリームを大声でわめかせてみたが……最後までが動く様子はなかった……)


 このビルにはまだ、屋上が残っている。


 手早く準備を済ませると、真柄は、このビルにおける最強の敵が待つであろう屋上へと足を運んだ。


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