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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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26.四特秘装


「この円形のフィールドの中に、閉じ込められているわけではなさそうだが――」


 骨介が周囲へ注意を払う。今のところ、円筒状のフィールドが出現した以外には何も起こっていないに等しい。だが攻撃を中断するほどには、鏡子郎の魂殻が起こした現象に対し何かを感じ取ったようだ。


「むしろ着目すべきは、貴様の空気の変化か。今までは本気を出していなかったと見える」

「さぁな」

「ふむ……魂殻の優劣がすべてを凌駕する、か」


 足を滑らせながら、骨介が一歩前へ踏み込んだ。


「そう考えるに至ったその魂殻の力、是非ともこの身で味わってみたいものだ」


 鏡子郎は息をつく。


「身の程知らずって言葉、知ってるか?」

「ボクらが身の程知らずかどうかを判断するには……まだ少し、早いんじゃないですか?」


 弛緩した構えを取る円。どこか居合いの構えを彷彿とさせる。円は警戒こそしていたものの、朱色のフィールド自体に戸惑いは見せていない。


「オレとの戦力差をくつがえせるだけの実力をまだ隠し持ってやがるなら、それはそれで歓迎するがな」


 鏡子郎は鼻を鳴らした。


「世の中には魂殻なしで学園トップの魂殻使いに勝っちまうような、そんな面白ぇやつもいる。ただ――」


 鏡子郎は、脱力気味に剣を構えた。


「オレの魂殻は、嫌になるくらい反則級でよ……この世界における最強格にふさわしい力は、魂殻の力だと、そう思えちまうほどには――」


 一点の曇りもない響きで、鏡子郎は続けた。



は、あまりに敗北を知らない」



 ジャリッ


 砂を踏みしめ、円が楽しそうに微笑む。


「うーん……やりがいがあるなぁ、これは……」


 鏡子郎は片手を挑発的に突き出す。


「全員まとめて、相手をしてやる」


 激しくなった霊素の嵐に髪をはためかせながら、鏡子郎は前へと進む。


「少しでもオレを驚かせてみな、キリシマセンジン――」


 構えも適当に、魂殻剣を振りながら躍り出る鏡子郎。


「できる、もんならな!」


 まともな戦い方を学ぶ必要などなかった。


 やれば、できてしまう。


 戦いの場に立てば、勝ててしまう。


 そんな人間が剣術を学ぶ必要を、感じるはずもなく。


 手癖でやれてしまうのだ。


 勝ててしまうのだ。


 他の斬組が戦闘態勢に入る。何か察したようだ。最初に斬り伏せた傭兵たちでは、今の段階で、あの気を尖らせた戦闘態勢には入れまい。この斬組が敵の中において上位の強さを持っているのは、事実のようだ。


 だが、それでも――


「ぼーっとしてんじゃねぇぞ、キリシマセンジン!」


 朱川鏡子郎は、敗北を予感しない。


 ゆうに20閃を越える斬撃が、へ、襲いかかった。


 斬りつけた鏡子郎自身の剣の刃は、骨介が受け止めている。


 しかし、他の斬組にも、鏡子郎の魂殻剣が描いたのとの赤い刃が襲いかかったのだ。


 フィールド内にいる者すべてに、同質の斬撃が浴びせかけられる。


 今の斬撃で、実に斬組の半分が、斬り伏せられた。


「一旦、退避だ!」


 斬組の一人がそう叫ぶと、鏡子郎の瞳がさらに赤味を増し、円がさらに範囲を広げた。



 朱の円形フィールド。その場に立つ者すべてに対し、鏡子郎の放った攻撃と同質の攻撃が襲いかかる。


 それが、彼の魂殻の能力。そして――


「ぐぁぁっ!?」


 後退しかけた斬組の男の身体を、逆袈裟の斬閃が襲い、駆け抜けた。


 しかし今度は、鏡子郎は斬撃を行っていない。


 だというのに、さらに数名の斬組が朱い斬閃にその身を斬られ、膝をついた。


 自動発生の、返し刃。


 その返し刃の威力の値は、鏡子郎の初撃から算出された攻撃力をベースとして、弾き出されている。


 鮮やかに霊素の朱刃を弾くと、円が感心した声を出した。


「面白い能力ですね」

「まだ来るぞ、円!」


 骨介の素早い警告。


 警告と同時に、骨介が、刀を縦に振り下ろした。


 朱の光刃を、魂殻刀で真っ二つに斬り裂く。


 今度は、鏡子郎の周囲に出現したいくつもの巨大な朱の霊素刃が、斬組へと襲いかかった。


 それはまるで、朱色の花が鏡子郎の周りに咲き誇り、その花びらが牙を剥いて飛びかかってきたかのような、そんな光景であった。


 ギロチンの刃さながらの鋭さを持って飛来した光刃によって、さらに数名の斬組が戦闘不能へと陥った。この光刃も、原理は先の返し刃と同じである。


 今この場において両足で立っている斬組は、骨介と円を含めて、たった五人となっていた。


 朱刃が飛び交う中、鏡子郎は、自らの出した結果に感じ入ることもなく、次々と血しぶきが上がる景色を傍観していた。そして興味を失ったような表情になり、ぶっきらぼうに、剣の腹で自分の肩を叩く。


「よく防いだじゃねぇか。だが――」


 ――カチッ――



 赤々と光を発するトリガーを、鏡子郎が引いた直後――無数と思える朱刃の雨が、空から降り注ぐ。


 この円形のフィールドにおいて、これまでに発生したすべての攻撃エネルギー。


 それらが増大され、刃の雨として襲いかかったのである。 


 目を見開き、狂的な香りを滲ませ、円が笑みを浮かべる。


「面白い」


 降り注ぐ、斬撃の雨。


 残った五名の斬組は迎撃姿勢を取り、神速の刃撃で、雨の刃を次々と弾き飛ばしていく。


 骨介と円を除く三名は、咆哮しながら、斬雨に斬り負けまいと、決死の形相で刀を振るう。


 雨が、やむ。


 その場に立っているのは、骨介と円のみであった。


 二人とも致命傷は負っていない。頬や身体に裂傷こそあるが、どれも細かなものであり、深手には至っていない。


 一つとして、失血を危惧するような傷は存在していない。


 何より二人は息一つ上がっていなかった。


 浮かべる色こそ違うが、両者ともに涼しい顔をしている。


「なかなか、愉快な余興だった」


 骨介が言った。


「さて……お次は、どんな技を見せてくれるんでしょう?」


 円が自分の胸のあたりを掴んだ。


「でも、本当に久しぶりですよ……こんなにも血がたぎったのは。やはり五識の申し子……相手として、不足なしです」


 しかし意気を発する二人に対し、鏡子郎は、踵を返した。


「まさかここで逃げるのか、朱川鏡子郎?」

「うるせー」


 円の靴底が砂を噛み、乾いた音を立てた。


「悪いですけど、最後までつき合ってもらいますよ? こんな感覚は……本当に、久しぶりなんだ」

「もうオレは、戦わねぇよ」


 これで、のトリガー。



 ――カチッ――



 銀の月色に変化したトリガーを、鏡子郎は引いた。


、てめぇらの負けは確定してるからな」


「傷?」


 反射的な動きで、円が頬の傷に触れた。彼の頬の傷が朱色に発光している。見れば、あの刃の雨で負った傷のすべてが淡く発光していた。


「これは、一体……」

「むっ?」


 骨介が違和感に気づいた。


「身体が、動かない……だと?」


 円も、違和感の正体に気づいた顔をしている。


「これ、は……?」


 これまでの攻撃で一筋でも傷を負った者すべてに、その能力は発動する。


 どんなに細く、小さな傷であっても。




四番目のトリガーフォーストリガー




 肩に剣を担ぎ、鏡子郎は背を向けたまま、顔だけで振り返った。




「””」



 

「絶対遵守、だと……?」

「一定時間、てめぇらはオレに逆らえねぇ上に、オレの命令を絶対に遵守しなくてはならない」

「馬鹿、な……」

「ああ、オレも馬鹿げた能力だと思うぜ? ま……ああいう段階を踏む必要があるおかげで、味方の側には使えねぇ能力だがな」

「これが、朱川鏡子郎の真の魂殻能力……なるほど……おれたちの負けがすでに確定していたとは……こういう、ことか……」

「言っただろ、終わりだってな」


 鏡子郎は深く息を吐き出す。


「あぁ……ちょうどいいじゃねぇか、キリシマセンジン」


 首を曲げ、鳴らす。


「せっかくだ……どっちかが戦闘不能になるまで――おまえら二人で、やり合えよ」


 骨介と円の表情に、鋭い感情の線が走った。


「そうくるか、朱川鏡子郎」

「これは、まいったなぁ」


「ふん、別に命までは取らねぇさ。他の斬組の連中も、戦闘不能になったやつは攻撃対象から外しておいてやったしな」

「ずいぶんと甘いのだな、朱川鏡子郎」

「るせーなぁ……宗彦の方針で、当面はオレたちと戦った敵をなるだけ生かしておくことになってんだよ。ちょっとした事情で、オレたちの力を外に示す必要があってな。だからてめぇら斬組にも、このオレの無敵さを示すための生き証人となってもらう」

「なるほど……そういう、ことか……だがここでおれたちを殺さなければ、またおまえに挑みにいくかもしれんぞ?」


 この期に及んで怯えを抱いていない二人の”キリシマセンジン”に、鏡子郎は、わずかばかりの好意的感情を覚えた。


「その意気込みは、買ってやる」


 ぶっきらぼうに言ってから、鏡子郎は、骨介と円から視線を外した。


「まさかここでおまえと本気でやり合うことになるとはな、円」

「コースの途中でとっておきのデザートを先に食べてしまうみたいな気分ですよ、朽波さん」

「だがこれも、それほど悪くはないか」

「そうですね、意外と悪くない気分です」

「では――」

「ええ、いざ――」


 背後で、剣戟が始まった。


(ちっ……どっかズレた連中だぜ……あの二人、どっかネジの位置がズレてやがるな……)


 熾烈な刃音を遠くに感じながら、鏡子郎は、さえざえとした月を見上げた。


(そう、は敗北を知らなすぎる……)


 苛立ちを覚え、舌打ちする。


(結局、今のに敗北を刻みつけることのできる人間が、いるとすれば……それは、つまり――)


 宗彦の言葉を思い出す。


『冴の”龍泉”に勝てる可能性のある魂殻が存在するとすれば、それは、おまえの”四特秘装フォーストリガー”をおいて他にあるまい』


「いや……やっぱそれはねーよ、宗彦」


 憂いを表情に秘め、鏡子郎はひとり言のようにつぶやいた。


「そもそもオレが……あいつに、この魂殻を使えるわけがねぇだろ……」


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