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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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24.青白い月の下で


 廃棄地区の一角で、濁った悲鳴が上がった。


「ぐぶっ!?」


 太い腕に叩き飛ばされた傭兵がコンクリートの壁にめり込む。


「みんな、さ、下がれ! 下がるんだ!」


 大剣型の魂殻武器を手にしたスキンヘッドの男が、及び腰の傭兵たちの前へ出た。黄色い歯をむき出しにし、男が笑う。


「こいつは、楽しめそうだ」


「うぉぉ”熊殺しベアキラー”のダンナぁ! やっちまってくださいよ! あ、あんたなら――」


 今ほど”熊殺し”と呼ばれた大男が20メートル先まで吹き飛ばされた。希望を見い出しかけた傭兵たちの表情が、絶望に引き戻される。


「あ――ぁ……な、なんなんだよ……こいつ……っ」


 コンクリートの壁に虎の頭部の影が映り込む。本来なら虎にはありえないはずの角が、頭に生えていた。


「狼男ならぬ……虎男? 悪い夢でも見てんのか、俺は……?」

「これも、魂殻の力なのか……?」

「じ、冗談じゃねぇ……こんな魂殻、聞いたことがねぇぞ……っ」


 白い虎人間――鐘白虎胤が、声を発した。


「んー? 確かムネが、おれたちの魂殻はテンガイコンカクだって言っテたケど……おれ、難しイことはよくわかんねーからサー」


 元の虎胤より目に見えて体格が大きい。身体にまとう魂殻はメカニカルな雰囲気ではなく、生物的な生々しさがあった。機械的な宗彦の獣型魂殻とは対照的と言える。


 コンクリートに映る影が、変形を始めた。


 メリメリと音を立てながら、頭部の角が形を変えていく。身体には突起物が増え、異形化していく。


「最初は人間の身体に虎の頭がくっついただけだったのに……どんどん姿が変わっていく……この、ば、バケモノがぁぁああああっ!」


 三点バースト射撃。


 そこから火蓋を切ったように、他の男たちも次々と虎胤に銃弾を撃ち込んでいく。


 しかし虎胤の身体に命中した弾丸は、粘土の壁にめり込んだような状態となり、すぐに弾き出された。


「銃で撃たれるト、ものによってはちょっと痛いんだよナー……えっとサ……こレ、適当なところデとめないと……一定時間、おれ、理性ガなくナるみたいなんだよネ……暴走、ってやツ? 降伏してくれタら、全員優しく気絶させてあげるんだけド……どーかナ?」

「だ、黙れぇ! 目だ! 目を狙え!」


 立て続けの銃撃音。


 虎胤は、腕で目を防御した。


「だかラ、撃たれたら一応痛みはあルって言ってるじゃンかー」


 銃撃と同時に、左右へ回り込んでいた魂殻使いたちが一斉に攻撃を仕掛ける。虎胤は飛びかかってきた敵たちを殴り、あっさり叩き落とした。


「ぐはっ!?」

「ごふっ!?」


「手加減でキる時間も限られテるからサー……おれ的には、降伏の方がおすすメだと思ウよ?」


 その間にも虎胤の異形化は進行していく。


 足し算式、掛け算式。


 魂殻内で駆動し続ける式。


 頭部に虎の面影がやや残っているが、もはや虎人間とは呼び難い姿であった。人型である点を除けば、もはや異形の”何か”。


「ちくしょう……こ、こいつの姿……まるで……まるで――」


 典外魂殻――”六六六式ケモノシキ”。


 魂の抜けたような声で、傭兵の一人がつぶやいた。


「まるで、悪魔だ」



     ◇



 空から降ってきた100に近い天使と悪魔が猛禽類のごとく逃げ惑う傭兵たちを捕まえては、牙で咬みつき、爪で切り裂いていく。


「ぎぃぇぇええええっ!」

「うわぁぁああああっ! 来るな、来るなぁぁああああっ!」

「霊素弾はだめだ! 魂殻武器で戦え!」

「ちくしょう! けど、キリがねぇ!」

「この魂殻の使い手を探せ! 近くにいるはずだ!」

「クソがぁぁああああ! これが魂殻の能力だっていうのかよ!? こんなの……おれたちが持ってる魂殻とは、次元が違いすぎる! これが、同じ魂殻なわけがねぇ! あぁぁああああっ!」


 錯乱し、マシンガンを乱射する男。


 必死に魂殻の武器で抵抗する男。


 しかし天使や悪魔の数は減らない。逆に男たちの数はどんどん減っていく。


 目の縫い付けられた天使が、切れ味鋭いナイフのような歯で咬みつく。


 口を縫い付けられた悪魔が、死神の鎌のような爪で切り裂く。


 天使型魂殻と悪魔型魂殻を使役する魂殻。


 典外魂殻――”双魔使いウィッチ


 廃墟ビルから突き出た鉄骨の上に座りながら、青志麻禊はその阿鼻叫喚の光景を眺めていた。


「さすがはホワイトヴィレッジ……しっかり腕の立つのを集めてあるみたいだ。どの傭兵もレベルが高い。僕も感心したよ。普通の作戦なら、さぞイイ働きをしたんだろうなぁ。まあ――」


 片目を開き、酷薄に微笑む。


「相手が普通じゃなかったのは、ご愁傷さま」


 感情の薄い瞳で、禊は傭兵たちを見下ろした。


(ただ……この妙な感じはなんだ? 何か、とてつもないのがいる……肌が痺れるようなこの感じは、一体……)


 遠くの廃墟を眺める。


(向こうの方角か? まだ姿を見せていないファイアスターターか、キリシマセンジンか……それともやはり、宗彦ができるだけ注意するよう念押ししていた天野虫然……?)


 鮮血の付着した白と黒の羽根が宙に舞っていた。青白い月光を受けた羽根の輪郭が、妖しく輝いている。


(この傭兵たちは斥候……悪く言えば、捨て駒だろう……)


 気絶した傭兵を天使が抱え上げ、禊の前へ持ってくる。


(ヘルメットに小型のCCDカメラ……)


 禊は理解する。 


(これで映像を送ってたちの能力を知りたかったわけだ。冴の”龍泉”がないと、こういう電子機器はいずれ厄介になるかもな……)


 鉄骨の上で立ち上がると、微風が長い前髪を揺らした。


(心情的にはキョウの側だけど、やっぱり冴がいないと何かと不便なのは否めない……)


 強烈な気配を感じた方角を見据える。


(こっちはもう片づいたし……偵察がてら、行ってみるとするか)



     ◇



 二十名以上の傭兵が、戦闘不能状態で地面に転がっていた。


「見事な腕だな」


 統一された装束を着た、刀を手にした集団がゾロゾロと姿を現す。


 先頭の男が鯉口を切りつつ、口を開いた。


「おれは朽波骨介だ。この斬組の、副長をしている」


 魂殻剣を手にした朱川鏡子郎は、骨介を見た。


 朽波骨介という男には、本来なら相反するはずの無骨さと上品さが同居していた。いずれかが彼の本質で、もう一方は後天的なものなのであろうか。


「ふん、ようやく骨のありそうなやつがきやがったか。だがテメェの名も、斬組とやらの名も聞いたことはねぇな」


 骨介が魂殻展開し、魂殻刀を右手に握る。


 他の男たちも魂殻を展開し二本の刀を握った。


 普通の刀と魂殻の刀。


 全員が、二刀流。


 否、一人だけ魂殻刀を持たぬ男がいた。優男風の小柄な男だ。その男は一人だけ、場違いと思える緩い空気を発していた。


「斬組はまだ裏の世界でも新参だからな。しかし――」


 骨介が、荒さと繊細さを併せ持つ構えを取った。


「”キリシマセンジン”の名なら、聞いたことがあるのではないか?」


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