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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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23.ファイアスターター


 ファイアスターターは前口上を述べるでもなく攻撃してきた。


(自分の価値観を披瀝ひれきしたがるタイプではない、か……多くを語らず、任務の遂行に重きを置くタイプだな)


 真柄は身を低くすると、迫ってきた細い線をかわし、その線をマチェットで切り上げて切断しようとした。


 すると切断できず、マチェットが炎に包まれた。


 咄嗟に手を離す。床に落ちたマチェットは、そのまま燃え尽きて灰になった。


 普通の炎であんな燃え方をするものだろうか。


(これは、普通の炎ではない……)


 魂殻が装着された敵の腕を見る。


(あの男の魂殻能力か……目視の困難な糸状のものを飛ばし、触れた対象を燃え上がらせる能力……霊素で編まれた、魂殻の糸か)


 先ほどソードブレイカーに絡め取られたナイフを拾い上げると、真柄は敵の脇へ回り込もうとする。


 空気を震わす、鋭い振動。


 ホコリ舞う淀んだビル内の空気を斬り裂く魂殻糸を、すんでのところでかわす。そこから一気に、距離を詰める。


 互いの身体にある空間が数センチというところまでファイアスターターとの距離が縮まった。


 その時、ほぼ不可視の糸が曲線を描きつつブーメランのように戻ってきているのに気づく。糸が、真柄の後頭部めがけて迫ってきた。


 真柄は攻撃を諦め、足さばきで糸を回避した。その隙にファイアスターターは、素早く間合いを取った。


 ファイアスターターが声を発する。


「先ほど攻撃に出れば、おまえは燃え死んでいた。優れた判断力だ」


 称賛の言葉にも聞こえたが、感情が希薄なため、心から称賛しているのかはわからない。


 ファイアスターターの指先の動きに気を払いながら、真柄は次の動作準備へ意識を切り替える。


(今ので、あの能力の性質を一つ理解できた……しかし、こうした一撃必殺の手段を持つ相手に油断は禁物……)


 人が人である限りミスは起こりうる。それが、どんなに完璧に近い人間であっても。


 そしてファイアスターターは先ほどの二人よりも洗練された戦闘技術を持っていた。体さばき一つからしても、それは明らかだ。


(この男に対しては、確実に勝つための戦闘の組み立てが必要になりそうだ。さて……)


 気になっているのは、ファイアスターターの目線。


(あの男は、なぜを気にしている……? いや、もしかすると――)


 間合いを取りつつ、真柄は咄嗟に床に落ちていたショットガンを拾おうとした。しかしすかさず、ファイアスターターがそのショットガンへ魂殻糸を飛ばしてきた。


 ショットガンは燃え上がり、灰となった。


(なるほど……)


 ナイフを持ちかえ、真柄が一歩前へ出る。すると魂殻の糸が襲ってきた。


 今度はやや余裕をもって回避。


 そこから敵のペースが上がった。雪崩のごとく糸の奔流が襲いかかってくる。しかし、すべて空振りに終わった。


「ベルゼビュート」


 ファイアスターターが、口を開く。


「本物と見た。ならば――」


 糸の気配が三本に増える。


 次の瞬間――鋭利な糸音しおんが三つ、空気を切り裂きながら襲撃をかけてきた。その直後、爪のごとき三本の糸が、薄明かり差し込む室内を駆け巡る。


 嵐を巻き起こしながら猛襲をかける必殺の糸。


 だが――ことごとく、狙いを外している。


 別段、神業と呼べるような回避とは映るまい。それはむしろ絵面えづらとしては、地味とすら呼べる回避行動だった。あるいは見る者が見れば、逆に、糸の方が真柄を避けているように映ったかもしれない。


 そして、1メートルを切る距離にまで真柄は接近していた。


「間合いだぞ、ファイアスターター」


「距離が縮まれば、回避に使用できる時間も削られる。この近さは死の距離かもしれないぞ、ベルゼビュート」


 ファイアスターターの声に、臆した気配はない。


 ヒュッ


 魂殻糸が、飛んだ。


 同時、真柄は右手のナイフを逆袈裟に斬り上げる。


 鮮血が、舞った。


 宙に血を噴き上げながらも、ファイアスターターが次の動作へと移る気配を発した。真柄は、一瞬で魂殻を左手でつかんで動きをとめる。


 力を入れると、魂殻にヒビが走った。


 ビキッ


「奇遇だな」


 三本の”極弦”。


「俺も、使


 バキィッ!


 ファイアスターターの顔に初めて動揺らしい動揺が走った。


「魂殻を素手で破壊した、だと……?」


 魂殻が、砕け散った。


「ぐっ」


 糸が切れたように、ファイアスターターがうめきと共に膝をついた。


「想像を上回る相手だったか……ごぶっ……」


 吐血するファイアスターター。


「く……最初の動きと比べ、途中から動きが急に変わったのは……なぜだ……?」


 あの出血量では失血死は免れまい。処置が間に合うとも思えなかった。


「気になるのか?」

「……敗因を、知りたい。この戦い……力量差以上の何かが、あった、はず……」


 ナイフを構えながら、真柄は問うた。


「これから、死ぬとしてもか?」

「だからこそ、だ」


 緩くかぶりを振ると、真柄は相手の望みに応えた。


「最初におまえに接近した時……まず、俺は一つ性質を把握した」

「性質?」

「おまえの魂殻糸は、触れたものすべてを発火させる。そして、それは使い手であっても例外ではない……それを、ほぼ確信した」


 真柄が数センチのところまで一時的に接近した際、ファイアスターターはすぐに間合いを取りたがった。


 さらに、糸は明らかに使軌道を選んでいた。


 たっぷりと、安全マージンまで取って。


 触れたものすべてを焼き尽くす霊素の炎。


 それを発生させる魂殻糸。


 しかし強力な能力ほど、それに伴う制約やデメリットを持っていたりする。


 そしてそのデメリットをできるだけ軽減しようとするのは、プロであれば当然の行為であろう。その点で言えば、ファイアスターターはプロだった。


 だからこそ彼の糸の軌道は、予測外まで飛び出すがない。


 ゆえに軌道を読むのは容易だった。


 定石通りの動きをする手練れよりも、定石外の動きをする素人の方が場合によっては対処しずらい。


 それに近いものがあるかもしれない。


 言うなれば、戦いながら常に自分の身の安全も確保できるであったがために、ファイアスターターは攻撃の軌道を読まれてしまったとも言える。


「それと……俺がを拾おうとした時、おまえは急いで糸でそれを妨害しようとした。あれで俺は、糸の速度を把握した」


 ファイアスターターは床に転がっていたショットガンをさりげなく気にし続けていた。


 そこから真柄は”ファイアスターターは遠距離攻撃を嫌がっているのではないか?”という推測に至った――つまり、あの糸の最大射程はそれほど長くない。


 ファイアスターターは、真柄がナイフを拾った時はほとんど反応しなかった。なのに、ショットガンを拾おうとした時は即座に反応した。


 とすれば、真柄がショットガンを拾おうとした場合はで”焼却処理”しにくる――そう踏んだ。


 そして読みは的中し、真柄は糸の”最高速度”を把握した。


 ともあれ、真柄が短い攻防の中で仕掛けていたのは”軌道”と”速度”を把握するための行動だった。


 あとはその得た情報を元にして、戦闘を組み立てていけばいい。


「なる、ほど……しかし……まるで糸の動きが視えているかのような、その察知能力……その時点で、おまえはすでに他の者とは格が違ったと言えるかもな……ベルゼ、ビュート……」


 真柄はマスクの触覚をゆるく指差した。


「こいつがそこそこ、優秀らしくてな」


「見事だ」


 八割がた破壊された魂殻の手甲。その指の部分に一本だけ、魂殻糸が発生していた。


 構えを解かず、真柄は目を細める。


「この距離なら、おまえの糸より俺のナイフの方が速い……おまえも、それはわかっているはずだ」

「ああ」


 次の瞬間、ファイアスターターの全身が燃え上がった。


「知っている」


 魂殻糸を触れさせたのだ。


 自決。


 ファイアスターターは自らの炎で、灰と化した。


(先ほど目の色が変わった時……なんとなく、その選択を選ぶような気はしたがな……)


 少し前まで人体だった灰を眺めながら、真柄は思った。


(見たところ、あの男の左手の小指はおそらく義指……能力を手に入れたあと、自分の小指に糸を触れさせ、自分に効果があるかどうかを確認したのかもしれない……)


 あの発火能力は一見すると一瞬で燃え上がっているように映るが、実はわずかなタイムラグが存在している。


(全身に燃え広がる前に、実験台として使用した小指を切り落とした……あの義指からは、そういった推測もできるか……いずれにせよ、それは魂殻がなければ起きなかった出来事)


 魂殻に選ばれた人間。


 その者は果たして、幸福と言えるのだろうか?


 過ぎたる力は身を滅ぼす。


 秀でた個性や力を持つことは、幸福への道筋を得たのと同義と考えてもよいものなのか?


(そればかりは、俺にもわからない。だが、力を得たからこそ失われずに済んだものもあった……それだけは、確かだ)


 持てる力を使うことに迷いはない。


 ただ、己の道を行くのみ。


 ソードブレイカーを拾うと、真柄は上の階を目指した。


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