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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
81/133

22.慈悲なき蠅王


 侵入者の存在が発覚してからの敵の動きは早かった。


 ビル内の空気が一気に張りつめたのがわかった。


 角から顔を出した敵のあご下にナイフの刃を突き入れると、頭を抱え込み、こちら側へ身体を移動させる。


 角の向こう側で警戒心が強まった気配があった。


 手りゅう弾を投げ入れる。


「手りゅう弾!」


 角の向こうで切迫した声が上がった。退避の足音が聞こえ始めた直後、爆発。


 左手の廊下から一人、サブマシンガンを手にした男が現れた。手元のナイフを投擲。刃がのどに突き刺さり、男は倒れた。


 ナイフを引き抜いてから男のサブマシンガンを手に取り、真柄は、先ほど手りゅう弾を投げた廊下を真っ直ぐに進んだ。


 歩きながら設置してある監視カメラを銃で次々と破壊していく。


(敵側には今のところ、銃の扱いに自信のある人物と思わせておくか……)


 中途半端に資材やオフィス機器が運び入れられた一室へ入ると、机の物陰から、デモニックタイプの魂殻を展開した男が襲いかかってきた。


 振り向きすらせず、男の額に銃弾を撃ち込む。そしてそのままサブマシンガンをスライドさせ、水平に銃弾をばら撒く。姿を現した魂殻使いたちは、首から上を撃ち抜かれ、順番に倒れていった。


「ば、バケモノ……っ!」


 オフィスに残っていた一人の生存者が後ずさりを始め、踵を返した。


「ひ、ひぃぃいいいいっ!」


 背を向けて走り去ろうとした男の後頭部に銃弾を撃ち込む。


 真柄は、次に監視カメラを見た。


 そして、撃ち抜いた。



     ◇



「野郎……遊んでるつもりか? ずいぶんと、余裕があるみてぇじゃねぇか」


 ニックが忌々しそうに言った。レスターはニックの肩を叩いた。


「まだこいつはおれたちの存在を知らねぇからな。このフルフェイス仮装野郎が心底後悔するのは、これからさ」

「こいつも、あのアホ夫婦みてぇに無様な面白ぇ姿を見せてくれるといいけどな……あの偽善者のサムライもどきどもが邪魔さえしなけりゃあ、もっと面白ぇ見世物になっただろうによー……」


 何か思い出した顔をして、ニックがニヤニヤ笑う。


「そういや……こいつは、おれが海賊だった時代の話なんだがな? 襲った船の乗組員を全員ひざまずかせて、一番上手く命乞いができたやつを一人だけ助けてやるって遊びをやったんだ。あの惨めな命乞いの安売りセールは、本当に最高だったぜ……ま、最後は全員ぶっ殺したんだけどな?」


 レスターは笑ってデスクを叩いた。


「そいつは最高じゃねぇか! やるなぁ、ニック!」

「そっちはなんか笑える話はねぇのか?」

「そうだな……平和に暮らしてた夫婦とガキを捕まえて、ガキが両親を殺したらガキの命だけは助けてやるって遊びをやったことならある……」

「ほー、面白そうじゃねぇか!」

「両親は”気にせず自分たちを殺せ”って大切なガキに優しく健気に語りかけてよぉ? で、こっちでタイムリミットを設けてやったら……ガキが、よーやく親を殺したんだよ! ビービ―泣きながらなぁ!」

「ゲヒャヒャヒャッ! ひっでぇ野郎だ!」

「んで、ガキに両親の墓を掘らせて……結局、そのガキもパパとママと一緒のお墓に入らせてやったのさ。どうだい? おれって、優しいだろぉ?」

「ヒャヒャヒャッ! そいつはマジに優しすぎるぜ、レスター!」


 ニックが哄笑こうしょうすると、レスターは得意げな面持ちになった。


「ん?」


 見ると、戦闘準備をしながら、スクリームがディスプレイを覗き込んでいた。彼は録画映像を巻き戻していく。無言で録画映像を眺め始めたスクリームに、レスターは声をかけた。


「どうだ、スクリーム? この蠅男は一対多の状況にも臆していない……だが、慎重さもある。けっこう、腕は立つやつだな」


 言いながら、レスターはドラッグをのみ込んだ。錠剤をバリボリと噛み砕く。

 兵士の恐怖はドラッグで消すことができる。ドラッグを服用することで、人は機械へと変貌するのだ。”キリングマシーン”レスターにとって恐怖という負の感情は、この世で最も人間に不要なものである。


 そして、恐怖を消し去った自分は無敵の精神を得る。


 喜悦を顔に浮かべ、スクリームがあごを掻いた。


「レスター、ニック……何も思わないのか? くくく……黒のロングコートに、蠅のマスク……あのベルゼビュートの真似ごとをする人間が、まだこの世にいたとはねぇ……」

「ベルゼビュート? 確かに、このイカれ野郎は蠅のマスクを被ってるが……ベルゼビュートは死んだって言われてんだろ?」

「生死が不確定だったからこそ、そのネームバリューを利用しようとしたニセモノが大量に現れた時期があったんだよ。今となっては、ニセモノしかいないと知れ渡ったおかげで、あの格好にはほとんど価値がなくなってしまったがね?」

「へー……要するにこいつは、時代遅れのミーハー野郎ってわけかい」


 ディスプレイから放たれる光で不気味な影を顔面に作りながら、スクリームが感心した。


「ただ、実力は確かだ……いや、相当なものだよ……んん? あれ? もしかして、こいつか……?」


 双眸を細めるスクリーム。 


「何がだ?」

「”臓物卿”を殺したのは、こいつかもしれないねぇ……」


 するとニックが、のどに刺さっていた魚の骨が取れたみたいな顔になった。


「ほら、やっぱり総牛の私兵じゃなかっただろ? おれの勘は、よく当たる」

「総牛の隠し玉か? リストになかった手駒がいたということか……? しかし”臓物卿”の件以降、総牛への監視も強まっているはずだが……」

「まー、誰でもいいさ」


 カメラへ銃を撃つ蠅男の映像を見つめながら、スクリームが頬の肉を歪めた。


「こういうイレギュラーも、悪くはない」

「しかしこいつは、なぜ監視カメラを壊した?」


 戦闘後に壊したのでは、それほど意味がない気もする。


「メッセージだろうねぇ。例えば”引くなら今だぞ”とかかな……?」

「だとすれば、なんとも甘ちゃんな性格の――うおっ!?」


 レスターがなんとはなしに振り向くと、ファイアスターターと天野虫然が並び立ってディスプレイを眺めていた。


 近づいた気配がなかったので、一瞬、肝が冷えた。通信機越しに、次々と傭兵たちの悲痛な叫びが聞こえてくる。


「出るぞ」


 そう短く言い置いて、ファイアスターターが部屋から出て行った。


「お、おい! 勝手に……」


 呼び止めたが、無駄だった。するとニックが「ならおれもそろそろ、狩りに出かけるとするかぁー」と言い、ファイアスターターに続いた。


 視線で問いかけると、スクリームが頷いた。行かせてやれ、という合図だった。レスターは立ち上がった。


「なら、おれも出るぜ。”臓物卿”を殺したやつの首を引き渡せば、ボーナスが出るって話だしな。おれが殺っちまっても、いいよな?」



 戦闘用にキマってる時の相棒へかける、いつものスクリームのジョーク。


「騙しだな」


 ふと、無言だった天野虫然が口を開いた。


「騙し?」


 革の鞘から抜いたマチェットの状態を確かめながら、レスターは聞いた。


「このマスクの男……銃が最も得意分野だと思わせる戦い方を、あえてしている」


 スクリームが、大雑把に拍手した。


「さすがは、天野虫然。見逃さなかったようだね」


 天野虫然が淡々と言う。


「ファイアスターターも気づいていただろう」

「すっげぇ!」


 急にレスターはゲラゲラと笑い出した。


「おい、みんなすげぇじゃねぇか! すごいすごい!」


 幸福感が、湧き上がってきた。


 残留していた恐怖も消失する。


 キマってきた。


 本格的に。


「だが……気づいてようがどうだろうが、関係ねぇよ! 蠅は潰す! 殺す!」


 スクリームがレスターの頭を、両手でつかむ。


「恐怖という感情を失った君は、まさに理想的な殺戮マシーンだ。そう、機械の思考にネガティブな感情など不要……マシーンはパラダイスの中で、幸福に人を殺し続ける」


 スクリームが自分の額を、レスターの額にくっつけた。


「機械の行う殺人に、恐怖の容器は必要ない」

「おれは幸せだ、スクリーム! 蠅は潰す! 殺す!」

「君は、それでいい」



     ▽



 四階のフロアにある一室。


 真柄が敵の傭兵のこめかみからナイフの刃を引き抜き、蹴り飛ばした時だった。


 銃を向ける気配。


「おぉっとぉ! 動くなよぉ? 動いたら……ドパンッといっちまうぜ?」


 ショットガンを構えた赤ひげの男が銃口を向けていた。


「時代遅れのヒーローごっこは楽しかったかい、フェイクベルゼビュート?」


 真柄は動く気配を見せた。しかし、


「もうチェックメイトだっつってんだよ、蠅男ぉっ!」


 激昂しながら男が銃口を前へ突き出してきた。おとなしくその場に立ち止まった真柄を見て、男は平静さを取り戻す。


「いや? この国なら”オウテ”か? まあ、どっちでもいいさ……動けば、そのハロウィンで歓迎されそうな素敵なマスクが顔ごと吹き飛ぶぜ? そら、武器を捨てな……へへ、聞いて驚くなよ? おれはな、あの”赤錆”のニッ――ぐっ!? がっ、ご……っ!?」


 真柄の長い腕が、振り抜いた形になっていた。


 投擲したナイフの刃が、男ののどに突き刺さっている。


「ご、ふっ!? ぐっ!?」


 一矢報いようとしたのか、先ほど”赤錆”と名乗った男は、魂殻と一体化しているショットガンを撃とうとした。


 しかし一瞬で魂殻ごと、真柄に腕をへし折られる。


「ごっ、ぐっ!? ぐ、ご……ご、ぶっ……ぐ、ぶ……っ」


 苦しそうにうめきながら、男は白目を剥いていた。肺に血を吸いこんだのか、壮絶な表情で苦鳴を上げている。


「ぐ、ぶっ! ごぼ、ぼっ! ごっ……ごぉぉ……」


 これまで助けてくれと語っていた目が”今すぐ殺してくれ”へと変わっていく。


 しかし真柄は、無慈悲に放っておいた。


「俺たちみたいな人間は、敵に慈悲を持つ義務はない。そして慈悲を持たぬなら、また慈悲も与えられない……それが、俺たちの定めだろう」


 しばらくすると男は、苦しみ抜いた果てに絶命した。


 最初にこちらが動く気配を見せた時の反応速度で、男の反射神経はおおよそ把握できた。


 あのレベルなら男が撃つよりも自分の投擲速度の方が速い。そう判断した。


(さて、もう一人――)


「ぶっ殺してるぜぇ! 蠅男ぉぉ!」


(上か)


 頭上の天井をぶち抜き、過剰に目の充血した男が降ってきた。


 右手にマチェット、左手にソードブレイカーを手にしている。ソードブレイカーとは、防御に重点を置いた刃物武器である。


「おれは”キリングマシーン”レスターだぁ! あのスクリームの相棒だぁ! 殺す! 殺す、殺す!」


(あの目、何か強力な違法ドラッグを摂取しているようだな)


 先ほど殺した男の喉から引き抜いたナイフで、襲いくるマチェットの力を逃がしつつ、ショットガンを拾う。すると男がソードブレイカーにナイフを引っかけたので、真柄は迷いなくナイフを手放した。


 先ほど死んだ”赤錆”の残したショットガンは古いものだった。気に入って使っていたのだろうか。改造もされている。おそらく、魂殻と合体させて使うことで真価を発揮する武器だったのだろう。


 相手の動きを見極めつつ、スピンコックでリロードしながら、弾がなくなるまで真柄は男に発砲し続けた。男が、未開封の資材箱の陰へ飛び込む。


(あの男が服用しているドラッグ……五感を鋭く研ぎ澄ます効果があるとみてよさそうだな。こちらの発砲直前に、すでに反応していた……そしてあの眼球の動きは、自然の動きではない……)


「驚いたか!? 今のおれは、恐怖を克服した殺戮マシーンだ! 何も怖くない! 幸福なまま、戦える! ぶっ殺せる! 殺す!」

「怖くないわりに、箱の陰に逃げ隠れしているのはなぜだ?」

「そいつはわからねぇ! ああ、でも幸福だ! マシーンになれば恐怖のない世界に行ける! 幸福に包まれたまま殺人ができる! 殺す!」

「恐怖を克服した、か……おまえと同じ方法を取るつもりは微塵もないが、うらやましい話だ」

「おしゃべりしてる暇は、ねぇぜ! なぜならぁ――」


 真柄は、男の動きを察知した。


「すでにこのレスター様は、あんたの背後にいるんだからよぉぉおおおお! もう遅い! 遅い! ぶっ殺してやる、蠅男!」


 ほんの数秒前まで資材箱の向こう側でハイな台詞をしゃべっていた男は、素早く真柄の背後へ回り込んでいた。男がマチェットを振り上げる。


「殺す! 真っ二つだぁ!」

「…………」

「殺、す……殺っ……」


 首だけ動かし、真柄はゆったりと振り向いた。


「どうした?」


「か、身体が……動か、ない……?」

「手が震えているぞ」

「なぜ、だ……? なんで、だよぉ……」

「…………」

「う……こ、これは……まさか、恐怖? ば、馬鹿なっ……おれはマシーンになって、き、恐怖を克服したはずだ! 無敵の殺人機械に、なったはずだっ……なのにおれは、この男に……き、恐怖を感じているのか!?」


「本当の殺人機械は作業のように黙々と人を殺す……連中は感情なんて持たない。おまえのありがたがっているその幸福感すら、やつらは持たない……ベルトコンベアで流れてくる依頼を無感動にチェックし、ただ淡々と処理をする……俺はそこまで感情を殺せないが、そういう人間は何人か知っている」


 男の顔に汗が噴き出す。


「と、止まれ……ととと、止まりやがれぇ、おれの、震えぇぇ! 振りおろせぇ! ほら……この無慈悲なマチェットを、振りおろすんだよぉ!」

「気にするな。機械としての純度がおまえは低かった。これは、それだけの話だ」


 震える男の手から、真柄はゆっくりとマチェットを奪い取った。これからの自分の運命を察したのか、男が目を剥く。


「た、助けてくれっ! よせ……よしてくれ……! まだ、死にたくない……こんなところで、おれはまだ死にたくないんだぁぁ……!」


 男が失禁。


「す、スクリーム! ファイアスターター! 天野! 誰でもいい! 助けてくれぇぇ!」


 助けを求める声は、しかし、寒々しく闇に反響するだけだった。


「臆病な者ほど自分に甘く、他人に厳しいものなのかもな」


 真柄は、マチェットの重さを確かめた。


「ぐっ……慈悲は!? お、おまえも人間だろ!? 慈悲は……慈悲は、ないのかぁぁああああ!?」

「諦めろ」

「た、頼むぅぅ……殺さないでくれぇぇ……っ!」

「おまえは――」


 真柄の目に、慈悲はなく。


「これまでに何度、そう懇願した者たちの願いを受け入れてきた?」


 言って、真柄はマチェットを水平に振り抜いた。


 少しして、男の頭部が床に転がる。その顔は壮絶な恐怖に染まっていた。真柄は無表情で男の顔を見おろしながら、言った。


「俺たちのような人間がまとな死に方を望むのは、筋違いというものだ」


 男の使っていたドラッグは、五感を強化する反面、本能が鈍る性質の代物だったと思われる。


 しかし恐怖という感情は、本来、本能が死を避けるために感じるものだ。


 その恐怖を麻痺させてしまうのは危険だとも言える。確かに戦場での恐怖が薄まるのは時に有用かもしれない。しかしそのせいで逆に死は近づいてしまう。危険な状況や相手を”危険”だと察知できないのだから。


 あるいは男が咄嗟に資材箱の物陰へ飛び込んだのは、あれも本能が恐怖を覚えたせいだったのだろうか。だとすると、男が真柄弦十郎に対して感じた恐怖は、鈍っていた本能すらをも突き動かしてしまったということになる。


 ヒュッ


 空気がかすかに震える音がした直後、首のない男の身体が、不意に燃え上がった。


 自然発火と思える発火現象。


「あてたと、思ったが」


 薄闇の中から、無感動な声がした。


(そうだな……こっちの方が、マシーンに近い……人を人とも思っていない、このトーン……)


 真柄はマチェットを握り直し、機械的な声の主と相対した。


(そして今の発火現象……おそらく、この男が――)


 表情を失った白人の男が、月明かりの照らす舞台に姿を現した。


(ファイアスターターか)


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