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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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21.最大の不運


「善意を持ってる連中ってのはやりやすくてイイねぇ」


 本隊の四割が集まっている廃ビルの一室。


「私はね、正義の味方には決して負けない自信があるんだよ」


 紫煙を吐き出しながら、黄ばんだ歯を見せてスクリームが微笑む。


「最後の一線を越えまいとしている人間の心の動きほど、読みやすいものはないからね。良心で溢れてる人間に対しては、命乞いや人質も実に有効だ。食いモノにしやすい。世界がもっと善人で溢れてくれれば、仕事もやりやすくなるってものなんだがねぇ……」


 おそらく、スクリームは到着後に襲撃してきた者たちのことを思い出しながらしゃべっているのだろう。


 スクリームの相棒でもある”キリングマシーン”レスターは、銃の点検をしながら賛意を示した。


「その通りだぜ、スクリーム。いたぶるのも善意を持ってる連中の方が楽しいからな……悪人をいたぶっても、善人ほど興奮はできねぇ」


 目をすがめ、レスターは銃をつぶさに点検する。


「どうせ汚すなら、綺麗なカンバスの方が楽しいってもんだ」

「楽しそうだと言えば、ターゲットの女だよ」

「へへ……オルガ・キリュウインか」

「アレには惚れるよ。ターゲットなのが実に惜しい……あの子の画像からは滲み出ていたんだよ、善性が。はぁぁ……ぐちゃぐちゃに、奏でたい……」


 過去にアフリカ大陸方面で海賊をしていた”赤錆”ニックが、用を足して戻ってきた。


「おや? 斬組の連中がいねぇじゃねぇか」


 スクリームが答える。


「彼らなら痺れを切らして出てったよ。捨て身の偵察部隊を送り込んで、まず敵の情報を引き出してから動こうとみんなで決めたのにねぇ」

「キリシマセンジンも、所詮は浅はかな新参者ってわけだ」

「きっと彼らは長生きできないだろうね……何より、敗者に対して慈悲を持つなんて弱者の証拠だからなぁ」


 パキッ


 てのひらの中でいじっていたクルミを、スクリームが割った。


「この作戦が一段落したら……彼らは、私の楽器にしようかなぁ……」


 その時、闇の中で何かが小さく燃え上がった。最も火の近くにいたレスターは驚く。


「おわっ!? なんだっ!?」


「ハエだ」


 古びた資材に腰をおろしていたファイアスターターが口を開いた。


「うるさいから燃やした」

「い、今のはあんたの魂殻の能力なのか……?」


 見れば、ファイアスターターの手に魂殻が装着されている。


「発生させた極細の魂殻糸こんかくし……それに触れたものを発火させる能力だ。糸の操作には自信があるが……もし戦闘中に君たちの仲間が燃え上がっても、おれは責任を持たない。戦闘中、邪魔だけはしてくれるなよ?」

「わ、わかった……」


 飛んでいるハエに命中させるなんてとんでもない精度だ、とレスターは舌を巻く。


 ファイアスターターが小さく舌打ちした。


「どうやらもう一匹、ハエが――」


 ピッ


 あぐらをかき黙々と弁当を食べていた天野虫然が、飛んでいたもう一匹のハエを割り箸の先でつまんだ。ニックが喜色を浮かべて手を打つ。


「オー、ムサシ・ミヤモトーっ!」

「諸説あるがね」


 しわがれた声。


「諸説?」

「人は信じたいものを信じる。それでいい」


 天野虫然はそう返すと、箸でハエを押し潰した。そして予備の割り箸に交換すると、また黙々と弁当を食べる作業へ戻った。ニックが口笛を吹く。


「すげぇな。サムライムービーに出てくる、サムライマスターみたいなじいさんだ」

「で、五識の申し子とかいうサムライ小僧どもはどうする? おれたち全員で迎え撃つのか?」


 レスターは話題を変えた。スクリームが答える。


「それは、まず彼らの能力を把握してからの判断かな……こっちも火傷は避けたいしねぇ。しかし彼らもまだ若いのに不運だよ。このビルに集っているメンバーなら、小国の一つくらいは落とせる。身の程ってのは、知らなくちゃいけない……戦争ごっこの代償は、高くつくだろうねぇ……」

「相手にあの”龍泉”はいないんだろ?」

「ふふん……五識の申し子などと呼ばれようと、所詮は世間知らずなおぼっちゃんの集まりだよ……各地で様々な修羅場を切り抜けてきた私たちとは、比較にならない。真の戦場で得られる経験というのは、そういうものだ」


 スクリームは窓際に立つと、世界の終わりを迎えたあとのような廃墟を眺めた。


「私たちのようなホンモノを敵に回してしまったことが、彼らにとっての最大の不運だ」



     ▽



 音もなく、背後から近づく。


 口を手で塞ぎ、喉をナイフで掻っ切る。


 死体を腕で抱えて物陰に隠す。


 仲間の姿がないことに気づいた誰かが様子を確認しにくる。


 小石を投げる。


 確認しに来た男が、小石があたって音のした方を向く。


 よそ見をしているうちに近づき、叫び声を封じて殺す。


 また、死体を隠す。


 真柄弦十郎は次に敵のブーツを脱がすと、靴底に敵の血を付着させた。それを履き、トラップを作っておいた建物のドアの前まで行くと、そこで自分の靴と履きかえる。


(そろそろ、異常に気づき始める頃合いだろう)


「おい、何かおかしいぞ!」


 予想通り、敵が異常に気づき始めた。


「見ろ! 血のついた足跡があるぞ! あっちに続いている! 敵は負傷しているようだ! 大した実力じゃない! 逃がすな!」


 足跡を辿って行き、そのままあの建物のドアを開ければトラップが作動する。


「よし、この建物の中だ! 行くぞ――え? ぐあぁ!?」

「ぎゃぁぁああああっ!」


 悲鳴を聞きながら、真柄は音を立てずに移動した。


 しばらく敵の一部はこの近辺の捜索に人員を割くだろう。


(敵の中心メンバーの実力がまだ不明な段階では、慎重を期すべきだろうな……特に天野虫然には、今のところやはり気を払うべきか……)


 廃ビルの裏手まで来る。


(殺す前の捕まえた傭兵から得た情報によれば、下水道にも見張りを置いていると言っていた……となると、この裏手から入るべきだろう)


 見張りが、あくびをした。


 すると何かの気配を感じた見張りが振り返った。振り向いた見張りの瞳には、闇に浮かぶ赤い二つの目が映り込んでいる。



     ◇



「なんだかビル内の様子がおかしいぜ、スクリーム」


 ニックが部屋に入ってきた。スクリームがインカムを外す。


「今、私も報告を受けた。侵入者らしい。正体は今のところ不明だが、総牛の私兵だろうねぇ。あの”臓物卿”を倒したのは総牛の私兵という話だし……要するに、そっちが本命だったわけだ。ネームバリューのある五識の申し子をフェイクとして使ったつもりなんだろうけど……愚かだねぇ」


 ニックが納得いかない顔で唸る。


「得た情報を見る限りだと、総牛の私兵があの”臓物卿”を倒したってのはどうもいまいちピンと来ねぇんだがなぁ……」


 タブレットで情報の確認を終えると、レスターは神妙な顔で報告した。


「いや、総牛の私兵は動いてねぇ」

「何?」

「黄柳院からの情報だから、こいつは確かな情報だ」

「なら、申し子の誰かがここへ到達したんだろう」


 レスターは首肯した。


「だろうな。運よく偵察部隊に見つからず辿り着いたってところだろう。ああ、それと……十五分ほど前から連絡のつかないのが、何人か――いや、待て……」


 インカムに触れ、レスターは耳を澄ます。それは、そこかしこに配置している偵察部隊からの報告だった。


「違う。まだ辿り着いてねぇ」

「あ? どういうことだ?」

「五識の申し子は、ここへはまだ誰も来てねぇんだよ」


 レスターは喉が渇いていくのを感じた。


「しかも……侵入者は、たった一人らしい」


 スクリームが目を細めた。


「ふぅん……これは、あれかな……実はあの”龍泉”がこちらを裏切って動いてる……そう考えるべきではないかな?」


 スクリームがそう言うと、ファイアスターターが視線を動かした。三つ目の弁当を食べ終わった天野虫然が、箸を置く。


 欠けた歯をのぞかせ、スクリームが薄気味悪く微笑んだ。


「考えてもみるんだ。このメンバーを相手に勝てる魂殻使いなど、あの”龍泉”くらいじゃないか? ああ、だとしたら……クソッタレ……」


 スクリームが壁に額をぶつけ、何やらブツブツ言い始める。


「嘘だろ……夢みたいだ……あの美しいサエが、ついに……自ら、私の手に――」

「いや、それも違う」


 報告を受けたレスターは、スクリームの言葉を遮った。


「”龍泉”も、動いてねぇ」


 場に据わりの悪い沈黙がおりた。


「なら、誰だ?」


 ニックが言った。


「一体、このビルに侵入している?」


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