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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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8.黄柳院オルガ


 笑いを堪え切れぬといった風に、一人の生徒が吹き出した。


 口元をおさえて笑みを隠そうとしている。手元の端末に視線を落としているので、大方の予想はついた。学園に登録された七崎悠真のデータをさっそく閲覧してみたところ、霊素値が目に入ったのだろう。


 七崎悠真の霊素値は入学条件となるあたいの最低ライン。

 霊素値に限って言えば最下層の底の底。


(確かこの学園にはオフィシャルの序列づけがあるんだったな……圧力的な競争原理の働く環境においては、ヒエラルキーを強く意識する人格が形成されるのは仕方あるまい)


 もっとも悠真にとって学内ランキングなど基本なんの意味も持たない。

 ここへ来た目的はターゲットの護衛。

 参加者の数の限定されたいち学園内の序列など、自分の目的達成に有利に働くならばツールとして利用する、程度の価値しかない。


(学園長の久住の前で今の考えを口にしたら、あいつは苦い顔をするだろうか)


 なんとなくだが、苦笑いしながら『七割くらいは、同感かな』と返してくる気がする。”七割くらい同感”は、同意を求められた久住彩月がよく大学時代に口にしていた返しだ。


「そういやさ、この前も隣のクラスに転入生が来てたよな?」


 後方の席で男子が二人、ヒソヒソ雑談を始める。


「ま、この殻識には定期的に転入生が来るからな。大した驚きはねーよ。でもま……来るなら、せめてかわいい女の子がいいよなぁ」

「おい、これ見ろよ。あの七崎って転入生の、霊素値」

「うわー……この学園って、基準値越えてりゃ誰でもいいのかよ……なんかの間違いで転入しちゃった方がかわいそうだろ、これ……」


 何かの間違いで転入。あながち間違ってもいない評に思える。


「ほらそこ、私語は慎めよーっ」


 狩谷がやんわり注意する。男子たちが「あ、すみません」と言って黙った。


「七崎の席は、あそこの空いてる席だ」

「…………」

「どうした、七崎?」

「いえ」


 一つだけ空席が視界に入っていたから予想はしていた。久住には事前に『席は任せるが、なるだけ目立たない席を頼む』とだけ伝えていた。果たして、意図は正確に伝わっていたのか。


 狩谷に指示された席は、窓際の一番後ろ。


 あの席を目立つ席だと感じるのは、従業員の一人が好んで読む少年漫画の影響だろうか。とはいえ、位置的には悪い席ではない。


 指定された席は護衛対象――黄柳院オルガの真後ろ。


 表情には感情を一切出さず、悠真は指定された席についた。横切る時、オルガは視線を伏せていた。どことなく周囲と距離を置いている雰囲気。


 孤独というよりは、孤高か。


 そう感じられた。ただし彼女がなぜそうあろうとしているのかを推察するには、まだ早い。今はまず観察が必要だ。


(近くで観察できるという意味では、この席も悪くはないな)


 HRが、始まった。



     ▽



 HRが終わると、五分の準備時間ののち一限目へと移行する。

 真柄弦十郎の時代と比べると使用する端末や一部内容は変更されているようだが、根本的な部分は変わっていない。

 適度に真面目な姿勢で授業を受けているフリをしながら、悠真は前に座るオルガを観察していた。


 お手本のような綺麗な座り方。そこに、ひと味ほどの気品をつけ足した感じか。背筋はピンと伸びている。骨の歪みとは縁がなさそうだと思った。


 においは……洗剤の香りが強い。香水のたぐいは使用していないようだ。もう一つのにおいは……おそらくは、彼女が日頃使用しているコンディショナーの香りだろう。


 まだ一限目なので当然なのかもしれないが、集中力は高そうに見える。

 ただ、身体に若干力が入っている印象なのは少し気になった。学園の授業でそう肩肘を張る必要はなさそうだが、彼女なりに何か思うところがあるのだろうか。


(現時点で得られる情報は、こんなところか)


 この時点で特に精査すべき情報はない。

 悠真は模範生を意識しながら、そのまま静かに授業を受けた。



     ▽



 一限目が終わると、悠真はすぐに席から立ち上がった。


「改めての自己紹介になりますが、七崎悠真といいます。よろしくお願いします」


 声をかけたのは当然、黄柳院オルガ。

 護衛対象から信頼を得られれば護衛は実行しやすくなる。

 印象をよくしておくに越したことはない。


 端末をスリープモードに切り替え、オルガが悠真を見上げる。

 こうして間近で見ると、仮に花の精の化身だと紹介されても信じてしまいそうなほど可憐な少女だ。さすがは黄柳院の娘、と言うべきか。

 オルガは、悠真の席の周囲へ視線を彷徨わせた。


「なぜ、わたくしに声を?」


 わずかな警戒心が垣間見える。


(当然と言えば、当然の反応だな)


「前後の席同士ですから。できれば、仲良くしたいと思って」


 本日の澄み渡った青空に勝るとも劣らないほど純度の高い青の瞳ブルーアイズが、七崎悠真の瞳を直視した。


「その、口調」

「口調? 俺の口調が、何か?」

「そんないかにも作った口調で話しかけられても、いい気はしませんわね」


 優れた観察力か、恵まれた直感力か。


「……鋭いな」


 オルガの硬い表情がわずかに和らぐ。


「今の言い方なら、キミらしい気がしますわ」


 見透かしたような視線。真柄弦十郎の存在は知らないと思われるが、人の本質を見抜く力が備わっているらしい。


「年も同じなのですし、無理はしなくてよろしいのですよ? わたくしが黄柳院の名を持つからといって」


 オルガは座る角度を変えると、身体を悠真に対して正面に向けた。黒タイツに包まれた膝は綺麗に揃えられていた。


「では、改めて。わたくしは、黄柳院オルガと申します」


(さて……黄柳院家を知らぬ純朴な少年として振る舞うか、それとも――)


 彼女の鋭さを考慮した結果、下手な演技は見抜かれると判断。

 見抜かれた場合、悪印象を持たれる確率は高い。

 悠真は表層的な嘘を選択肢から外した。


「黄柳院……黄柳院家だな」

「ええ。ですが、わたくしに”黄柳院”を期待しても――」


 オルガが肘を机にのせた。微笑んではいるが、いささか拒否の色を含んだ威圧感を彼女は醸し出していた。


「おそらくは、期待外れになりますわよ?」


 黄柳院とはいえ自分は次期当主を約束された長男でもないので、口説き落としても大した成果にはならない――遠回しに、そう断っている感じがした。

 ふむ、と悠真は一つ唸る。


「では”黄柳院”ではなく”黄柳院オルガ”を期待したら、どうなる?」


 その時、背後の方から思わず笑ってしまったという反応があった。さらに小声で「最低値クンが、それ言っちゃう?」と聞こえた。すでに大方のクラスメイトたちは悠真の情報を調べ、その霊素値を知っているのだろう。

 オルガは一瞬だけ不快そうな顔をしてから、身体を前方へ向けた。彼女は薄い微笑を作ると、長い睫毛を伏せた。


「まさかとは、思いますが……今のは、このわたくしを口説いたつもりだったりするのかしら」

「一応は」

「!」


 ごくわずかながら、オルガの丸い肩が跳ねた。

 端正な横顔を向けていたオルガが視線だけを寄越す。


「……度胸の方は、なかなか据わっているようですわね」

「一つ聞いても?」


 悠真の反応の薄さが気に入らなかったのか、オルガは口もとを斜めにした。


「どうぞ」

「人の価値は、霊素値で決まると思うか?」

「すべてではありませんが、少なくとも、この学園では大きな価値を持ちます」


 嫌みのない笑みを、悠真は口端に浮かべた。


「同感だ」


 同意の言葉を残し、悠真は席へ戻った。

 ここであまりしつこく話しかけても得はない。今のは言うなれば”近所へのご挨拶”だ。


(今はまだ、これでいい)


 悠真は次の授業の準備を始めた。


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