20.アナザーページ
朱川鏡子郎たちは、殻識島の放棄地区に来ていた。
一般車に偽装した改造ワゴンを降りる。運転手に指示を言い渡すと、ワゴンは走り去った。
「ここからは歩きだな」
鏡子郎は双眼鏡を見た。局所的な不動産バブルの残骸。途中で建設が放棄されたものも含め、その建築群は墓標のようにも映る。
光量は少なめだが、所々に不自然な明かりが確認できた。
「一か所には集まってねぇみてぇだな」
「情報通り、分散しているか」
寄せ集めの混成部隊。
誰もが実力者であるだけに中には我の強い者、アクの強い者もいるだろう。
当然ウマの合わない者もいるはずだ。だからああしてグループごとに寝床を離し、仲間同士のトラブルを回避しているのだろう。作戦前に”内紛”が起こってしまっては元も子もない。
逆に考えれば、それでも雇う価値のある者たちが揃っているということだ。
葉武谷宗彦が隣に立つ。
「やはり待ち伏せされるのは前提で動く必要がありそうだな」
「そうだな……オレたちが動くって話は、向こうにはもう伝わってるだろ。それでも連中が場所を変える様子はねぇ……つまり、オレたちを迎え撃つつもりだ」
「そういえば、黄柳院オルガの方には誰かついていなくて大丈夫なのか? 一応、総牛の私兵がついてはいるようだが」
「心配ねぇさ」
「ずいぶん自信があるようだな」
「自信じゃねぇ。こいつは、確信だ」
宗彦たちには話していないが、今日の放課後に電話をしてきた冴が鏡子郎にだけ話した内容があった。
『これは今のところ、おまえだけに話しておくが……今夜から明日の朝にかけて、余は”黄柳院すべて”を守るために全力を尽くす。だから”こちら”は気にするな。これが今の余にできる限界だ。あとはおまえに任せる、鏡子郎』
イントネーションで理解した。
黄柳院オルガの方は、冴が目を光らせておくという宣言。
(他の連中ならともかく、あいつが動くなら問題ねぇだろ……)
「冴か」
あっさりと宗彦が言い当てた。鏡子郎は苦い顔をし、ジト目になる。
「てめぇは察しがよすぎんだよ……」
「長いつき合いだからな」
「けど……てめぇは、よかったのか?」
「家の方の話か? そういうおまえはどうなんだ、鏡子郎?」
「親は別に嫌いじゃねぇが……ま、多少の反抗期くらい目をつぶってもらわねぇとな」
宗彦が眼鏡のフレームに触れる。
「黄柳院を除く四家は、黄柳院の権力が強すぎる状態について内心問題視している。そこを起点に突き崩せば説得も不可能ではなかった。一応、逃げ道も用意しておいたしな」
鐘白や青志麻の家に対しても、虚実織り交ぜた大義名分を宗彦がでっち上げたのだろう。
もしかすると宗彦は、今回の一件を利用して黄柳院に対する四家の力を強める腹づもりなのかもしれない。
「てめぇだけは敵に回したくねぇな、宗彦」
「それは俺もだがな、鏡子郎」
禊と虎胤はすでに別行動を取っている。宗彦ともこれから二手に別れる予定だ。
「今回、あの天野虫然が敵側にいるようだ」
「あとは……ファイアスターターと、キリシマセンジンだったか?」
「天野虫然は言うまでもないが、他の二人も腕利きと評判の殺し屋だな。特にキリシマセンジンはここ数ヵ月で一気にその名が広まっている。それに……あのホワイトヴィレッジが集めた部隊だ。他の者たちも、ただの有象無象ではあるまい」
「はっ、誰だろうが関係ねーよ!」
ギラついた目をしながら、鏡子郎は確信をもって言った。
「どんな相手だろうが……オレたち五識の申し子に勝てる魂殻使いなんざ、いるわけがねぇ」
ほんのわずか、宗彦の口の端が歪む。
「おまえの場合は驕りでないから、少し反応に困るな」
◇
朱川鏡子郎と別れた葉武谷宗彦は、そこかしこに瓦礫が散乱する薄暗い道を、まるで散歩でもするみたいに一人で歩いていた。
(オレたちは、冴の”龍泉”に触れてしまっているからな……今後、あれ以上の魂殻使いと出会うことが果たしてあるのか……)
遠くで銃声がした。
誰かが始めたようだ。
あっちは、鏡子郎が向かった方角である。
(いや、俺の知る限りあの”龍泉”に対抗できそうな魂殻使いが一人だけいたな……)
乾いた銃声と淡く夜闇に揺らぐ装殻の光を眺めながら、宗彦はつぶやいた。
「朱川鏡子郎の魂殻――”四特秘装”」
足音。
よく訓練された動き。
(囲まれたか……)
魂殻を展開。
同時に、発砲音。
ハッと息をのむ気配があった。それは、発砲した者の気配と思われた。
ゾロゾロと銃を構えた男たちが姿を現した。全員、魂殻も展開済みだ。中には銃ではなく、剣型や斧型の魂殻武器を手にしている者もいる。
「申し子の一人だな? 動けば撃つ」
最前列の男が眉根を寄せる。
「それが、おまえの魂殻か?」
宗彦へ発射された弾丸を防いだのは、カバを連想させるメカニカルな動物型の魂殻だった。とはいえ、一般的なカバのイメージと比べると凶暴な印象がある。
「へっ……まさかそのしつけの悪そうなカバが、おめぇさんの魂殻だってか?」
「その通りだ」
宗彦がそう答えると、男たちはゲラゲラと笑い声を上げた。
「ターザンごっこがしてぇなら、どっかのジャングルの沼でそのカバと追っかけっこでもしてな!」
「なるほど、捨て駒か」
「ん? なんだと?」
「どうやら、おまえたちは捨て駒らしい。使えそうなやつがいれば”調教”を考えるのも手かと思ったが……とんだ期待外れ――」
発砲音。
「ぐっ……!?」
それは、宗彦の膝を狙った発砲であった。しかし彼の前には、その膝を守るようにして、ライオン型の魂殻が立ち塞がっていた。
今ほど困惑のうめき声を発したのは、発砲した敵側の男である。
二匹の魂殻。
「な、なんだ……おめぇの魂殻は……? エンゼル型とも、デモニック型とも思えねぇ……いいや、違う……はた目からは、装殻しているようにすら見えねぇ……」
宗彦は身体のどこにも魂殻を装着していない。
「典外魂殻」
「典外魂殻、だと……?」
エンゼル型にもデモニック型にも分類されない魂殻を、典外魂殻と呼ぶ。
「名づけたのはヨンマル機関の連中だがな。そして今のところ俺たち五識の申し子を含めて、世界で八つしか確認されていない魂殻だそうだ」
「へっ……だからどうしたよ? ちょっとばかり特別な魂殻だからって調子に乗るんじゃねぇぞ、このクソガキが……たった二匹のちょっとカタいアニマルもどきで、この数の魂殻使いに勝てると――」
「ァウォォォオオオオオオンッ!」
遠吠え。
狼型の魂殻が、瓦礫の上に現れた。
「な、なんだと……?」
「お、おい……」
「な……なんだってんだよ、こいつは……?」
増えていく。
緑に発光する霊素の粒子。それらが蛍の光のごとく、宗彦の周囲に浮かび上がる。
動物型――獣型の魂殻が次々と出現していく。
抑揚の変わらぬトーンで、宗彦は言った
「たった二匹だと、誰が言った?」
原形となっている動物の名の冠に戦とつけてもよいほど、すべてが戦闘的なフォルムをした動物型の魂殻であった。一般的なイメージだと凶暴な印象のない動物の型ですら、凶暴性を覚えさせるフォルムをしている。
重々しい音を立てながら、地面を踏みしめていく獣型魂殻たち。
「う、撃てぇ!」
敵が一斉に銃撃を開始。しかし獣が盾となり、一発の銃弾すらも宗彦に到達することができない。
「魂殻に有効な、ほ、ホワイトヴィレッジ手製の貴重な霊素弾だぞ……? それが……まったく、効かないだと……?」
「おまえがそいつらを、あ、操っているのか……?」
宗彦が答える。
「こいつらは、半自律型だ。多少は意思を持ってもらないと、調教してもつまらんからな」
あっという間に宗彦の周りが、獣型魂殻で埋め尽くされた。
その光景はまさに獣の要塞と言えた。
典外魂殻――”獣装要塞”。
男たちの方からは、飛び交う怪鳥たちのせいで宗彦の姿はほぼ視認できないだろう。しかし宗彦は、魂殻たちの目を通して相手の姿を見ることができる。
「だ、だからどうしたってんだ!? あぁ!? こっちにはな、あのホワイトヴィレッジのかき集めた腕に覚えのある魂殻使いが揃ってんだよ!」
男たちが、魂殻武器を構える。
獰猛な唸り声が間断なく男たちの鼓膜を刺激している。
男たちの顔がジワジワと恐怖に占拠されていくのがわかった。すでに獣型魂殻の数は、男たちの倍以上の数に膨れ上がっている。
宗彦は片手をポケットに手を入れると、ほんのわずかにズレた眼鏡のフレームの位置をゆったりと直した。
「おまえたちに、調教の価値はないな」
震える右手で剣型魂殻を構える男が、手元のイヤホンマイクを左手の指で掴んだ。
「こ、こちらウォルター! 今すぐ、増援を――」
宗彦は獣たちへ、無慈悲な命を下した。
「やれ」
悲鳴と絶叫が、夜の廃棄地区に響き渡った。
 




