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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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18.個人的な事情


 電話の女は殻識島で直接会いたいと申し出た。


 真柄は殻識島へ行き、指定された地下駐車場へ向かった。駐車スペースに車をとめる。


(警戒はしていたが、今のところ襲撃はないな……)


 無闇に誘いに乗るのは不用心極まりないが、真柄としてはここで敵が襲撃してきた方が好都合だった。捕まえて知っている情報を吐かせれば、有益な情報が手に入るかもしれない。最も、黄柳院冴クラスが襲撃をかけてくれば話は違ってくるのだろうが。


「そこの柱の陰にいるのが、例の上司か?」


 先ほどから気配は感じていた。声をかけると、柱の陰から一人の女が出てきた。


「さすがの警戒心ですね。久住から聞いていた通りの人物です」


 男性用のスーツを着た女だった。


 すっとした鼻筋の通った顔立ち。ウェーブがかった髪に、人懐っこそうな瞳。年は二十代半ばくらいだろうか。ともすれば、久住より年下に見える。


「初めまして、真柄弦十郎さん」


 ニコニコと女が握手を求めてくる。話し方は柔らかいが、芯の通った落ち着きがあった。社交性は高そうだ。


「立場的には久住彩月の上司となります、水瀬みなせ兼貞かねさだと申します。あ、よく男みたいな名前だって言われますけど、ご覧の通りれっきとした女ですので」


 握手に応じる。


「真柄弦十郎だ」


 水瀬は薄手の手袋をはめていた。指紋を残さないための配慮だろう。向こうも警戒はしている。


「お会いできて光栄です、ベルゼビュート」


(やはりベルゼビュートであることは知っているか……)


「一人で来たのか?」

「壁に耳あり、障子に目ありですから」


 握手を解く。


「俺に話とは?」

「情報提供を、と思いまして」

「なぜ今さらになって?」

「依頼以上のことをあなたがしてくださっているので。こちらも、そのサポートくらいはと」

「俺から質問してもいいのか?」

「ええ」


 今のところ心のうちは読めない。常時笑顔に近い表情が本心を覆い隠してしまっているのか。この笑顔は彼女なりの渡世術なのかもしれない。


「次の”村の使い”の件は?」

「つかんでいます。”村”とつながりのある身内の話や、黄色い家の不届き者の話も」


 大抵の情報は知っているようだ。


(肝心の部分から切り出すか……)


「おまえは、俺へ黄柳院オルガの護衛を依頼するために久住を利用したのか?」

「はい、利用しました。言い訳はしません」


 はっきりと言い切った。


「久住がおまえに与えられた情報は、わずかのようだが」

「それなら、いざという時に私が全責任を引き受けられますからね」


 問題化した際には、二人は水瀬の目的を知らぬまま上司の指示に従っただけ、という体へもっていくつもりなのだろう。


「殊勝だな」

「上司ですから。責任を取るのは上司の役目です」

「久住を巻き込んでいる事実に変わりはない」

「あなたに対して責任を取れというのなら、私なりにできる努力はしますが?」

「責任を取る相手が違う」

「あなたも、殊勝ですね」


 駐車場内の自動販売機へ行き、本日二本目の缶コーヒーを買う。


「何か飲むか? 俺のおごりだ」

「あ、だったらその『おしるこ〜んぽたーじゅ』を」

「…………」

「何か?」

「いや、別に」


 ガコンッ


 缶を手に取り、少し不意打ち気味に缶を水瀬へ放る。彼女は危なげなくキャッチした。


「ありがとうございます」


(反射神経はいいようだ……今のは、そこそこ人間の反応だった……)


 カチッ


 プルタブを開ける。


「純霊素の正体は知っているのか?」

「いいえ、そこまでは」


(あのホワイトヴィレッジが血眼になって手に入れようとするくらいだ。何かを一変させる力を持ってはいるのだろうが……)


「おまえはなぜ黄柳院オルガにそこまで肩入れする? それともヨンマルには、ホワイトヴィレッジへ純霊素を渡したくない一派がいるのか?」

「いるにはいますが、今のところ”村”とヨンマルが敵対する理由はありません。ヨンマルは敵対を避ける方向のようです」

「なら、個人的事情か」

「はい」


 水瀬が缶の中身に口をつける。ひと息つき、彼女は続けた。


「あの子を守りたいんですよ。あの子が”村”の手に渡れば、人間らしい生活は送れないと考えていいでしょう」


 過去に”変霊素”という特殊霊素を持った人物が、いかにしてホワイトヴィレッジで非人間的な扱いを受けたか。水瀬はそれを話した。


「そんなところへあの子を渡すわけにはいきません」

「ヨンマルに背いてもか」


 水瀬の微笑が形だけになる。


「自分を救ってくれた人間を守ろうとするのは、悪いことですか?」


 何かオルガに救われた過去があるようだ。


「多くを語る必要はないが、おまえとオルガの関係には少し興味があるな」

「私は過去に黄柳院の家に出入りしていた時期がありました。その頃のオルガは、ようやく物心がついたくらいの年齢でした」

「その時のおまえはもうヨンマルに?」

「ええ。昔、ヨンマルと五識家が互いに歩み寄ろうとした時期があったんです。結局、両者の関係は変わらずじまいでしたが」


 今でも火花を散らしつつ一応協力関係を築く努力はしていますけどね、と水瀬はつけ足した。


「オルガとは顔見知りなのか?」

「ええ……当時は、私を姉のように慕ってくれていました。本家の屋敷ではありませんが、まだあの子が黄柳院家の所有する屋敷に住むのを許されていた時代でしたね」


 話を聞く限り、思っていたよりは若くないのかもしれない。ただ、ここで年齢を聞くのも野暮だろう。


(つまりこの女にとってオルガを助けようとするのは、恩返しみたいなものか? 今の話を信じるなら、だが……)


 オルガの護衛停止を切り出してくる可能性も考慮していたが、それはなさそうだ。


「今回の件、ヨンマルは傍観者の立場を?」


 水瀬の誘いに乗ったのは、ヨンマルが完全な敵対関係となるかどうかを探る目的もあった。


「上はそのつもりのようです。ですが私は、見てみぬふりができなかった」


 瞳の奥には純度の高い悔しさがあった。今のは本心のようだ。


「黄柳院にも”村”に協力的な人間がいるらしい。それは知っているか?」

「知っています。目星はつきませんが」


 水瀬が胸ポケットに手を入れ、SDカードを取り出した。それを真柄に差し出す。


「これは?」

「私が個人的に集めた黄柳院家に関するデータです。何かの役に立つかもしれません。念のため、オンライン接続した機器では閲覧しないでください」

「わかった」


 SDカードを電子機器用の小型クリアケースにしまう。


 水瀬が申し訳なさそうな顔をした。


「どうした?」

「すみません……明日の”村の使い”の件で私が直接協力できそうなことはありません。護衛の件にしても、久住と氷崎の協力がなければこれほど上手く偽装できていないはずです。私が一人でできることなど、限られていますから」


 二人が巧みに立ち回っているおかげで、オルガの護衛に関連する動きの真意が上へバレていないのだという。


「あの二人は有能だからな」


 水瀬がニコニコする。


「なんだ?」

「いえ、初めてあなたが笑みを見せたと思いまして」

「あの二人が人から褒められると自分のことのように嬉しくなる……だからつい、口もとも緩む」

「正直なんですね。久住だったら今のは照れてごまかしそうなところですが」


 真柄は鼻を鳴らした。


「あいつは正直だからな」



     ▽



 真柄は車に乗り込むと、水瀬が窓を軽く叩いた。窓を開ける。


「なんだ?」

「連絡先を交換しておきませんか?」

「いや、まだやめておこう。今は俺と関係があるとにおわせる証拠はなるべく残さない方がいい。連絡があれば久住か氷崎を通す。それでいいな?」


 水瀬は了承すると、前かがみになった。


「あのベルゼビュートが味方についてくれるとは思いませんでした。感謝します」

「礼なら久住に言え」

「ふふ、わかりました」

「駐車場を出る時間はずらした方がいいな。最低でも、俺が出てから十分は時間を置け」

「はい、そうします」

「……まだ何か聞きたそうだな」

「なぜあなたはオルガを守るのにこれほど協力的なのですか? 護衛以上のことをあなたはしてくれています」

「俺も、個人的事情だ」


 そう言って窓をしめると、真柄は車を発進させた。



     ▽



 真柄は駐車場を出ると、尾行を警戒しつつ、マガラワークスの事務所の方へ車を走らせた。


(戻ったら早速オフライン専用のPCでデータを閲覧してみるか。ただ、調査の続きは明後日以降になりそうだ)


 明日にはホワイトヴィレッジの送り込んだ本隊がやってくる。


 そのための準備が必要だ。


 本隊が殻識島へ入る時間帯や場所の情報は水瀬から聞いた。また、五百旗頭からもやや遅れて同じ情報が入ってきた。


(情報通りだとすれば、今日の日付が変わった頃にはもう殻識島に入るな……)


 沿岸部の開発放棄地区を寝床の予定にしていることから、敵対者をおびき出すための罠である可能性は高い。ただ、そこに天野虫然を始めとする手練れが複数集まるのなら、潰しておく意味はある。


(しかし、問題もある……敵はどうやら本隊をいくつかに分散させるようだ。もし日付が変わった直後、敵がまとめて動くとなれば……俺一人で潰すには少々、時間がかかる。その間に、オルガを襲撃する部隊が別に動くとなると……カバーし切れるかどうか、微妙なところか……)


 真柄は、車の速度を上げた。


(情報通りなら、本隊の四割を集めた部隊が一つある。天野虫然もここにいるようだ。まずは、これを叩くとするか。その後の動きは、状況に合わせてだな)


 また、この本隊の情報はフェイクで、そこへ気を取られている隙に情報にない別働隊がオルガを拉致するというパターンも十分考えられる。


(その可能性を考慮して、やはりオルガの護衛の方も手は打っておくべきだろう)


 メッセージをティアに送信すると、真柄はそのまま事務所を目指した。



     ◇



「面白い情報をつかんだ」


 葉武谷宗彦が、タブレットをテーブルの中心に置いた。


 青志麻禊が覗き込む。


「ホワイトヴィレッジが、黄柳院オルガを狙ってる?」


 朱川鏡子郎は、ふんぞり返ったままで言った。


「その情報ならオレもつかんだぜ。しかし、おかしいよなぁ? このタイミングで全員、家の方からおとなしくしていろと言いつけられたわけだ?」


 宗彦が眼鏡の蔓に触れる。


「待機命令の発令元は、黄柳院だがな」


 鏡子郎が鼻を鳴らす。


「ホワイトヴィレッジの顔色をうかがってるヨンマルの腰抜けどもはともかく……五識家が及び腰ってのは、こいつはどういうことだろうなぁ?」

「俺としてはおまえの考えを聞かせてもらいたいところだが、鏡子郎」

「黄柳院オルガはオレたちの新設部隊に入れる予定だ」


 鏡子郎は、テーブルをかかとで打った。


「相手がホワイトヴィレッジだろうが、オレは黙って見過ごすつもりはねぇからな」

「待機命令はいいのか?」

「だから言ってんだろ? 黄柳院の意思だけが、五識家の総意ってわけじゃねーんだよ」


 禊が苦笑する。


「まあ五識家は元々、ホワイトヴィレッジとは相性悪いしね」


 宗彦が禊を見る。


「禊もそれでいいのか?」

「キョウがやるっていうなら、僕もつき合うよ。そういう宗彦は?」

「俺はかまわん」


 視線をやらずに、鏡子郎が確認する。


「いいのかよ、宗彦?」

「おまえたちと無茶をやるのはこれが初めてでもないしな。もう慣れたものだ」

「あはは、なんか昔みたいだねー。みんな、あとで家の方から大目玉くらうかな? 下手を打つとこれ、黄柳院を除いた五識家がホワイトヴィレッジと事を構えることになるけど」


 すると鏡子郎は、吐き捨てるように言った。


「ここでホワイトヴィレッジにこびへつらうような五識家なら、次期当主なんざこっちから願い下げだ」

「あはは、それでこそ朱川鏡子郎だねー。それに――」


 薄っすらと目を開く禊。


「宗彦は宗彦で、この件に関わることのメリットを何か見い出してるんでしょ?」

「おまえならそのメリットにもう気づいているはずだがな、禊」

「あはは、宗彦にはかなわないや」

「チッ……相変わらず抜け目のねぇ野郎だぜ、宗彦はよ」


 鏡子郎が悪態をつく。


「この狸野郎が」

「徳川家康は嫌いではない」

「信繁派の俺としては嫌ぇだがな」

「なんだと? そうだったのか」


 落胆の息を冷たく吐く宗彦。


「失望したぞ、鏡子郎」

「あぁ? てめぇ、人の尊敬する武将に何か文句でも――」

「はいはい、つまんないことで喧嘩しない」


 禊が仲裁に入り、場をおさめる。


 宗彦がタブレットを手に取った。


「まったく……家康公の偉大さがわからんとは、悲劇だな。さて……一応、あいつにも意思の確認を――」


 ドアが開く。


 そこには、銀髪の男が立っていた。


「ごめん、すげー遅れた」


 宗彦が息をつく。


「遅いぞ、虎胤」


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