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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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17.集


 女の警戒心が強まる。


「……どちらさまですか?」

「オルガさんの知り合いの者です。オルガさんのことで少しお話をうかがいたいのですが――」

「お帰り下さい!」


 ドアが閉まる。


「あの子について話すことは何もありません!」


 予想通りの反応。


 もう一度チャイムを押してみたが、反応は返ってこなかった。


 停めておいた車に引き返しかけた時、正面の家の前に一人の老婆が立っているのを見つけた。


「どうも」

「あの家に何か用かい?」

「あなたはあの家を監視されているのですか?」


 冗談っぽく質問してみる。


「さあね」


(この反応……黄柳院に言われて監視しているわけでは、なさそうだが……)


「あたしの質問に答えな。ここらじゃヨソ者は目立つんだよ。ま……あの女ほどじゃないがね」

「こういう者です」


 偽の名刺を差し出す。名刺を見た老婆が疑り深い目を向ける。


「探偵ぇ?」

「それは”探偵ごっこ”をするために作った偽の名刺です」

「ふん、口先だけは達者そうだね。で、ニセモノの探偵さんはあたしに聞き込みをしたいわけだ?」


 老婆がてのひらを差し出す。


「金をつかませないのかい? 定番だろ?」

「お金を渡された場合、あなたはより警戒するタイプですね?」

「……よくわかってるじゃないか。ほら……あたしが偏屈者だとわかったなら、とっとと帰んな!」


 その時、大きな身体の犬が門の奥から飛び出してきた。


「ワゥゥン! グルルルゥッ!」

「咬まれて狂犬病になっても責任は取らないよ? あんたは”不法侵入”で咬まれたんだ」

「よく訓練された犬だ……飼い主への忠誠心も高い。とても大事にされているようですね」


 真柄は屈むと、威嚇してきた犬をゆっくりと撫でた。すると犬の空気が穏やかになり、クゥ~ンとないて真柄の頬を舐め始めた。


「大事にしているから当然、予防接種もしている。狂犬病の話はハッタリですね? 違いますか?」

「……こいつは驚いたね。多郎丸があたし以外の人間に心を許すとは……あんた、悪人じゃないな?」

「動物好きの悪人かもしれませんよ?」

「ふん……本当の悪人は、はなから悪人ぶったりはしないさ。必死になって善人を装うもんだ。だが、あんたにはその必死さがない」

「たとえば、あなたみたいに?」

「……ふん」


 老婆の空気が和らいだ。


「何が聞きたいんだい?」

「あの家に住んでる女性を個人的な事情で調査しています。彼女の娘と知り合いでしてね。まあ、おせっかいも込みな事情なんですが」

「悪いけど、あれはあたしにもよくわからん女なんだよ。もう十年以上あの家に住んでる。仕事をしてる様子はないね。そのわりに家のリフォームなんかはたまにするし、金に困ってる様子はない。で、たまにおカタい格好をした連中が訪ねて来る。食料や日用品なんかを運んでるみたいだね」


(黄柳院総牛の妾の扱いとしては理解できる範囲の待遇ではある、か……)


「セキュリティも万全って感じだから、お偉いさんかヤクザの情婦じゃないかってみんな噂してるよ」

「なるほど」

「真相は知らんがね。あの女は、近所付き合いも避けてるから」


 老婆が視線を滑らせた。


「それと、あそこのあんたの車をうちの裏手に回しな……ほれ、さっさとする!」


 言われた通り、真柄は車を老婆の家の裏手に回した。


 次に老婆に言われ、彼女の家の中に入った。色あせたカーテンの隙間から、外の様子をうかがう。


 二台の車が連なって近づいてくる。車はオルガの母親の家の前でとまった。男が四人降りてきて、老婆に尋ねる。


「誰かあの家を訪ねてきただろう?」

「もう帰りなさったよ。取りつく島もなく、突っ返されたみたいだけどね」

「そいつの特徴は?」

「男だよ。ありゃあけっこうな年だね。あとはそうさね……まあ、それなりに太ってたな。そんくらいしか覚えてない」

「どっちへ行った?」

「あっち」


 嘘の特徴を伝えたあと、老婆は真柄が車を停めた場所と真逆の方向を指差した。


「おい、行くぞ」


 男たちは車に乗り込み、そのまま走り去った。家から出ると、真柄は礼を言った。


「助かりました」

「あんたの方があいつらより男前だからね。あたしは、男前の方の味方さ」

「玄関に飾ってあったあなたの昔の写真を見ました」

「プライバシーってもんを知らんのか、あんたは」

「今も変わらずお綺麗だ」

「こんなしなびたババアに世辞を言っても、なんも出ないよ?」

「何か出てくるのを期待しているわけではありませんから、今のは世辞ではありません。もう聞きたい情報を聞いたあとですし」

「ふん、口の減らない男だねぇ。あんた、相当な数の女を泣かせてきただろ?」

「本命には、見事にフラれましたがね」


 老婆は鼻を鳴らした。


「馬鹿な女もいたもんだ」



     ▽



 車で橋を渡り、真柄はI島を出た。


 今回はオルガの名前を出した時の反応さえわかればよかった。しかし、老婆のおかげでそれ以上の情報も得られた。


 上々と言える。


 オルガの母親は黄柳院から遠ざけられているが、保護はされているようだ。だが、娘のことについては触れられたくない様子だった。


(ただ、娘への忌避感は感じられなかった……あれは黄柳院に言われて、接触を禁じられているとみてよさそうだが……)


 窓を開け、換気する。


(母親がオルガを殺したがっている線はないと考えてよさそうだな。人の悪い女ではない、と思えた……黄柳院へ権力を行使できる立場にあるとも思えない。むしろ、あれは軟禁状態に近いと言える……)


 心地よい風が窓から吹き込んできた。風が髪を揺らし、肌を撫でる。


(何かが俺の中でつながりそうだが……まだだな……まだ何か、ピースが足りない……)


 キュオスの方は引き続き五百旗頭が調査してくれている。


 その五百旗頭から、連絡が入った。イヤホンマイクのスイッチを押す。


『明日だ』

「明日?」


『明日、使が殻識島に入る』


「向こうの動きも迅速だな」

『先発隊がまさかの初日で壊滅したから、予定を前倒ししたんだろうさ』


 今のところは先手を打てている。だが、疑念もあった。


「オルガの味方をいぶり出すために、連中があえてこちら側へ情報を与えている可能性もあるな」

『先日の件も、総牛の私兵を潰すために向こうがあえて情報を流したと?』


 総牛の私兵を罠に嵌める狙いだった、とも考えられる。


「そうしたらその情報をおまえにつかまれてしまい、結果的に、俺まで伝わってしまった……その線も、考えられる」

『そいつはありえるかもな……言われてみれば、プロテクトのレベルが絶妙な加減だった。やろうと思えば、ネットに転がってるフリーの暗号解読ソフトで解けるレベルの暗号だったからな。なら……今回もその線は、頭に入れといた方がいいだろうぜ』


 信号待ちになる。


「いずれにせよ今回はおまえのおかげで助かっている」

『他の連中は危険に晒せねぇからな』

「あいつらは、まだあっち側の人間だ。こちら側にはなるべく引っ張り込みたくない」


 マガラワークスの従業員は五百旗頭の他に三人いる。だが、真の意味で裏の世界にいるのは真柄と五百旗頭だけだ。


『あいつらが動かせりゃあ確実に仕事は楽になるんだがな……まあ、あのクソ女だけは気に入らねぇが』

「そうは言うが、有能さは認めてるんだろ?」

『認めるしかねぇだろ』


 舌打ちする五百旗頭。


『だから余計に、腹が立つわけだ』


 五百旗頭がこれほど素の感情を向ける人間は珍しい。


『それより、もう一つあんたに伝えておくことがある』

「なんだ?」

『今の時点でわかっている分だが、次に送り込まれる予定の本隊の中に”ファイアスターター”と”キリシマセンジン”。それと――』


 五百旗頭が一拍置いた。


天野虫然あまのちゅうぜんが、いるらしい』


(天野虫然か)


 最初の二人は真柄も初めて知る名だったが、五百旗頭によれば、二人とも裏の世界で名をあげ始めている新星だという。


 天野虫然の方は知っている。生粋の傭兵だ。直接の面識はないが、真柄が傭兵をしていた時代からその名は広く知られている。


「わかった。助かった、アイ」

『幸運を』


 五百旗頭との通話が終わると、着信が入った。サブの方ではなく、プライベート用のスマートフォンの方だった。


(知らない番号だが……)


 信号待ちが終わったので、近くのコンビニの駐車場へ入る。まだコールは続いていた。


 表示されていた番号をネットで検索してみる。迷惑電話のリストには引っかからない。今度は、別の特殊なデータベースに照合してみた。これでも出ない。


 留守番電話サービスに移行。伝言メッセージが残された。


『あなたと親しい女性の上司と言えば、わかるでしょうか?』


 涼しげで柔らかな女の声。記憶にはない声だ。


『お話したいことがあります。折り返しお電話をいただけましたら、ありがたいです』

「…………」


 コンビニで缶コーヒーを買ってくると、真柄は車に戻ってプルタブを開けた。


 缶コーヒー独特のほどよい酸味のきいた甘みと苦みを味わってから、発信ボタンを押す。


『はい』


 電話が繋がる。


「俺に、話があるらしいな」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >車で橋を渡り、真柄はI島を出た。 A島では?
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