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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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16.その距離は近くて遠く


「これがおれの知っているすべてだ……話したんだから、おれは見逃してくれるんだよな……?」


 気絶させ生かしておいたジェイコブという男。


 情報を引き出したあと、真柄は彼の額を銃弾で撃ち抜いた。


 この男の人間性はすぐに理解した。今は助かりたくて調子のいいことを言うが、解放されたあとはすぐホワイトヴィレッジへ駆け込むだろう。そして再び敵として戻ってくる。


(意識を取り戻してローガンの死を知った時、この男は”稼げる商売道具を失った”という顔をした。仲間への思いやりは微塵もなかった。まあそれも、傭兵にとっては大事な割り切りだがな……)


 何よりここでジェイコブを逃がせば、オルガの危険が増す。ベルゼビュートが動いているという情報は今のところ、伏せられるところまで伏せておきたい。


 マスクを被り直す。


(とはいえ、ホワイトヴィレッジが俺の存在に気づくのは時間の問題だろう。しかし、生の伝達と非確定情報には雲泥の差がある……)


 もし今回の件を知られたとしても”現れたのは本当に本物なのか?”という非確定の期間が少しでも長いに越したことはない。


「あたしたちも、殺すのか……?」


 辰吉が尋ねた。ローガンが死んだから、もう触手の拘束は解けている。


「いや、黄柳院オルガの味方は殺さない。ローガンたちを襲撃したということは、黄柳院オルガの味方と判断してよさそうだが」

「あ、ああ……その、あんたもオルガの味方なのか? けど、どうしてあの”ベルゼビュート”が……」

「仕事だ」

「そうか。依頼主は……当然、明かせないよな?」

「そうだな。ただし、俺がおまえたちの味方なのは確かだ」


 耳を切り落とされた男を見る。


「その男の耳は上手くすればくっつけられるだろう。急いで治療を受けさせてやれ。それと、他の部屋で捕まっていた連中は無事だ」


 辰吉が指示を出した。無事だった方の女の部下が、支度をし、耳を切られた男と一緒に部屋を出ていく。


 それから真柄は辰吉と話をした。必要な情報の共有をしつつ事態を整理するためだ。当然、辰吉に与える情報は取捨選択したが。


 ホワイトヴィレッジは、純霊素を持つ黄柳院オルガを狙っている。


 そのホワイトヴィレッジと表向き良好関係にあるヨンマル機関は、今回の件で敵に回ることはあっても、おそらく味方になることはない。


 黄柳院には内通者がおり、ホワイトヴィレッジとつながっている。


「要するに、俺たちの味方は圧倒的に少ない」


 ホワイトヴィレッジに対抗できそうなこの国の二大勢力は、決して軽くはない足枷をつけられている状態にある。


(なるほど。久住の上司が内密に依頼をしてきたのは、犯人がホワイトヴィレッジである可能性を考慮していたからか……オルガを守ろうとする行為は、その上司が所属する四〇機関の意に反する行為と言えるからな……)


 四〇機関の部隊が動けない理由もこれなら納得だ。どころか、もし上層部にそんな話を通そうとすれば、久住の上司とやらも目をつけられて余計に身動きが取れなくなるだろう。そうなれば久住や氷崎の動きも鈍る。


(オルガの味方は、今のところ総牛の私兵くらいか……)


 通信機でさらに他の部下へ指示を飛ばすと、辰吉が立ち上がった。


「あんたには借りができたね」

「気にするな」

「それと、あたしたち以外にもオルガの味方がいるんだと知って……なんだか嬉しくなったよ」

「俺が動いていることは、できるだけ伏せておいてもらいたい」

「わかってるさ。ここの後始末は、こっちでやっておくよ」

「助かる」

「ふふ」


 辰吉が微笑んだ。


「どうした?」

「いや……あの伝説のベルゼビュートと会話してるなんて、妙な気分でさ。それに変な話なんだが……なぜかあんたとは、初めて会った気がしないんだよね」


 真柄弦十郎の中に七崎悠真を見たか。


「こんな状況で口説き文句か?」


「よしてくれよ。この年齢としで白馬の王子様にときめくほど、あたしの感性は乙女じゃない」


「”白馬の王子様”なんて単語が飛び出す時点で、十分に 乙女 プリンセスに見えるがな」


「――――っ」


 辰吉が照れ顔になる。あれで意外と純情なのかもしれない。


 真柄はローガンの死体を見た。


(ローガンによれば、これから敵はさらなる攻勢を仕掛けてくる……先発隊である”臓物卿”のチームが一夜で全滅したと知れば、より強力な傭兵や殺し屋を送り込んでくるだろう)


 あのホワイトヴィレッジなら、ローガンの言うように世界中から優秀な傭兵をかき集められるはずだ。


(そいつらの入国に便宜を図っているキュオスの行為をヨンマルが見逃すというのなら、国際指名手配レベルの人間がこの殻識島へ来る可能性もある……)


 闇の中で薄っすらと赤目を光らせながら、真柄は辰吉に別れを告げ、部屋を出た。


 周囲を警戒しながら闇にまぎれる。辰吉の部下たちに気づかれることもなく、打ち捨てられたマンションを離れた。


(総牛がコソコソ動く必要があるとなると……内通者は総牛より権力の強い人間と考えられるか。となるとやはり、皇龍がオルガの存在を消そうと考えているのか……?)


 適当なところまで行ってから真柄はマスクを取った。一応、来た道とは別ルートで目的地を目指す。


(しばらくはティアと五百旗頭以外の人間とは接触しない方がよさそうか……久住や氷崎とも、定期報告以外ではしばらく距離を置く必要があるな……)


 近しい人間に危険が及ぶのは避けたい。当面は一人で動くことになるだろう。


(七崎悠真が欠席する場合は……ティアの存在をほのめかして、久住に連絡を入れる必要がある……)


 おそらく久住と氷崎は敵の正体をまだ知らない。もし正体を知ったなら、真柄への依頼をストップさせる可能性もある――当然、真柄の身を案じてだ。


(ただし依頼をストップしても、もう俺がこの件からおりることはないだろうがな)


 辿り着いた有料駐車場で料金を支払い、真柄は車に乗り込んだ。


 ジェイコブが連絡用に使っていたと思われるスマートフォンとタブレットを助手席に置き、上に布をかぶせる。


(様子からして、辰吉本人も薄々わかっていたようだが……今後送り込まれてくる敵に対して、総牛の私兵では太刀打ちできまい)


 しかし皇龍が敵側に協力的な人物となると、総牛が新たに腕利きの傭兵を雇おうと動くのも難しいだろう。


 となるとオルガの側で敵に対抗できる戦力となるのは、真柄弦十郎とティア・アクロイドくらいになる。


 しかし、ティアは護衛としてオルガについていてもらわねばならない。


 五百旗頭も荒事には慣れているが、さすがに”臓物卿”クラスやそれ以上となると荷が重い。そもそも、彼は調査や電子戦の方で真価を発揮する男だ。


(いざとなったら他の従業員や昔なじみの力を借りる手もあるが……今回は、いけるところまで俺一人で動くべきだろう……)


 今回の相手は周囲の人間を安易に巻き込める相手ではない。


(辰吉たちから漏れない限り、ベルゼビュートの存在がホワイトヴィレッジに知られるまでまだ時間があるはずだ……)


 今のうちに足を運んでおきたい場所があった。


 オルガの笑顔を思い浮かべながら、ハンドルを握る。


(そろそろ、黄柳院の方に探りを入れるべき時期か)



     ◇



「七崎くんの欠席理由なのですが……先生は、何か事情を聞いていますか?」


 朝のHRのあと、黄柳院オルガは担任の狩谷に尋ねた。


「七崎君は、実家に帰らないといけない急用ができたみたいだよ。今朝、連絡があったんだ。しばらく登校できないかもしれないと言っていたね。親族の不幸ではないみたいだから、そこはよかったけど」

「そう、ですか」


 席に戻って一限目の準備を始める。


(七崎くんがいないと、なんだか一日がものすごく物足りない気分になってしまいますわね……)


 そんなオルガとは違い、クラスメイトはいつもと変わらぬ様子で談笑に興じている。


「親が進路のことで最近うざくってさ」

「おれ、オカンにガチャで三万使ったのバレて叱られたわー。で、延々と説教……けど、自分の金なんだからほっといてほしいよなー。つーか爆死したんだから、むしろ資金援助してほしいくらいだわー」

「うちは何か買うと、いちいち口出してくんのがきついんだよなぁ。勝手に掃除すんのも、やめてほしいよ……」

「ぼくんちは嫌いな食材、わかってて食事に入れてくるんだよね……好き嫌いはだめとか言われても、野菜じゃ食欲湧かないよ……」

「ていうか聞いてよ、美香ぁ。この前、ママと一緒に駅前いったら”姉妹?”とか言われてナンパされたんだけどー。うちのママ、若く見えるからさー」

「小鳥んちみたいに、若いママだといいよねぇ……うちはほら、晩婚ってやつ? だからさー……親と一緒にいると”お孫さんですか?”とか言われて萎えるんだよね……」


(親、か……)


 窓の外を眺める。


(お母様……お元気かしら……)



     ◇



 その日、真柄はH県のA島にいた。


 新しそうなチャイムを鳴らすと、一人の女が出てきた。


 金髪と青い目の白人女性。子を産んでそれなりの年月が経過しているはずだが、年齢をまるで感じさせない美しさだった。


 今日は快晴。玄関へ差し込む陽光が女を照らし出すと、その金の髪が黄金のように輝いた。


 警戒心を込めた目で、女が真柄を眺める。


「……何か、ご用でしょうか?」

「私は”榎木津秋彦”といいます」


 偽名を名乗ってから丁寧に会釈し、真柄は尋ねた。


「黄柳院オルガさんのお母様ですね?」


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