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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
74/133

15.慈悲


「”ベルゼビュート”、だって……?」


 そう口にしたのは辰吉。


 窓際にいた傭兵は倒れ伏している。先ほど仲間に指示を飛ばしていた男だ。


 辰吉は無事だった。捕まっていた他の二人も無事と言えた。床に寝転がった状態だったおかげか、敵の錯乱した傭兵が撃った銃弾にもあたらずに済んだようだ。一人は耳を切り落とされていたが、命に別状はなさそうだった。


 真柄は屈み込み、窓際にいた傭兵を検めはじめる。


 辰吉がハッとした。そして声をおさえ、警告を発した。


「おいあんた、気をつけろっ。ここにはまだ、あの”臓物卿”ローガ――」


 バァンッ!


 奥のドアを破壊し、機械的な触手が飛び出してきた。


「むっ……?」


 襲いかかってきた触手が、振り向いた真柄を拘束。


「おー、こいつは驚いた。おれの自慢のチームが、ほぼ全滅……しかも相手は、あの”ベルゼビュート”ときた……襲撃者は、おめーさん一人か?」

「俺一人だ」

「おれのことを、覚えてるか?」

「有名になったものだな」

「クキキ……おめーさんほどじゃねーさ」



     △



 ローガンとは傭兵時代、同じ仕事を共にしたことがあった。


 その仕事は報酬こそ抜群によかったが、敵の規模や兵士の質を考えれば達成の困難な仕事と言えた。特に敵の傭兵チームの面々の名を目にし、断る者は多かった。


 さらに遂行直前になってから五人も逃亡者が出た。


 これがその仕事のを物語っているだろう(ちなみにその逃亡者たちは契約違反の制裁として、のちに依頼者の雇った殺し屋によって始末された)。


 味方側は敵との戦闘によって八割がやられた。


 敵兵の五割は”ベルゼビュート”――真柄弦十郎が始末した。


 そして四割を始末したのが、ローガンだった。


 まだ息のある敵兵やターゲットが囲っていた女たちに、ローガンは残虐な”尋問”を行おうとした。しかしその時点で尋問など行わずとも、すでに必要な情報は得ていた。


 これ以上の尋問は無意味だと、他の傭兵がローガンの”尋問”を阻止しようとした。


 ローガンはこれに強く反発。


 しかし生き残った味方側の傭兵はほぼ全員、これ以上の尋問を行う必要はないと主張した。


「甘ぇんだよ、おめーらー……あぁ? なら、こいつらを生かして逃がすってのか? 生かしておきゃあ今度はおれたちの身が危なくなるかもしれねぇんだぜ? それにおれぁ依頼主から”尋問”を認められてる……そいつを、報酬として認められてんだよ」


 目的さえ達成したならば、敵側に生存者がいた場合は好きに拷問してよい。


 そんな契約を、ローガンは依頼主と個人的に結んでいた。彼が作戦中に自分の手柄にやたらとこだわったのは、この仕事における自分の功績を主張するためであろう。


 自慢の拷問器具を硬く打ち鳴らしながら、ローガンが他の傭兵たちに凄んだ。ペンチに似た拷問器具には、生存者の親指が挟まれていた。


「おれはなぁ……敵は全員、息の根を止めろと依頼主から言われてんだ。だからおれは、これから仕事を完遂するだけだ。おらー……邪魔ぁすんなー……殺すぞー」


 その時だった。


 立て続けに、甲高い銃声が響き渡った。


 生存していた敵側の人間の額を一人の傭兵――真柄弦十郎が、撃ち抜いたのだ。


 あまりに一瞬で行われたためか、ローガンは止める暇もなかった。


 それまで無言でやり取りを眺めていた真柄が、口を開いた。


「全員を殺せという仕事は、これで達成されたな」

「て、てめー」


 ローガンが詰め寄り、真柄を睨みつける。しかし真柄は、無感動な瞳で静かに見据え返す。


「おまえの個人的な趣味嗜好で行われる無意味な拷問など、俺には時間の無駄としか思えないが」

「嘘をつけよ……今のは、獲物どもへの”思いやり”も込みだろ?」

「だとしたら、どうする?」


 胸倉をつかまれながらも、底なしの闇を思わせる瞳で見据えながら、真柄はローガンに尋ねた。


「俺も、を捨てればいいのか?」


 ピキッ


 歯噛みが強すぎたせいか、ローガンの歯が一本欠けた。歯茎からは血が出ていた。


「今のおれじゃあまだ、おめーを殺せねぇ」


 ローガンもわかっているのだ。この作戦は”ベルゼビュート”がいなければ成功しなかったであろうことを。


 そしてこの目の前にいる男は、明らかに自分と他の傭兵と格が違う。それを彼は理解していた。


「だがいずれ、おめーは殺す……いたぶって殺してやる……殺す」


 あの時のローガンの憎悪に染まった顔を、真柄は今でも忘れていない。



     ▽



「おめーは一部の傭兵の間じゃ、死んだことになってるぜ?」


 ローガンがそう言いながら触手を動かし、蠅のマスクを外す。


「おー……ヒゲが生えちゃあいるが、やっぱホンモノか……それにやっぱいたぶる時は、相手の表情が見えねぇとよー……なぁ?」

「相変わらずのようだな」

「相変わらずじゃねーよ。おれは、進化した」

「……っ」


 真柄が拘束を解こうと動く。しかし、ほどくことができない。ローガンの目つきが愉悦の形に変わる。


「ぐへへー……抜け出せねーだろ? おれの魂殻の拘束から、のがれたやつぁいねー……つーか、おめーさん……まさか、魂殻が使えねーのか?」

「……あいにくな」

「クキキ、時代は変わったわけだ」


 ローガンが両手を広げる。


「おめーはもう過去の人間だぁ……もう今は、魂殻の時代……特におれの魂殻の触手をどうにかしようとするなら、一級品の魂殻でもねーとなー……ん? おめー……ジェイコブを殺してねぇのか?」


 ローガンの口に、笑み込み上げてくる。


「ふ、ふへへっ……ふひっ、ふひひひっ! か、変わってねーなー! おめーさんの、その薄気味悪ぃ”思いやり”はよー……まーだ、ご健在かーっ!」


 拘束からのがれようとしながら、真柄は聞いた。


「おまえが攫おうとしている相手が誰か……わかっているのか?」

「あー? わかってるわかってる……黄柳院オルガ……五識家の中心である黄柳院家の娘だろ?」

「五識家を敵に回せば、恐ろしいことになるぞ?」

「たとえばー……あそこに転がってる女みてぇな雑魚が、襲ってくるってかー?」


 辰吉が「くっ……」と歯噛みする。


「それにやり過ぎれば、この国を裏で動かす機関が黙っていないだろう」

「クキキキ、予想通りの言葉で楽しいぜー……会話の先回りってのは心底、気分がいい……」


 真柄は眉をしかめる。


「どういう意味だ?」

「その機関ってなぁ、ヨンマル機関のことだろ?」

「……知っているのか」

「知ってるも何もよー……おれたちの雇い主であるホワイトヴィレッジとそのヨンマル機関ってのは仲がいいらしくてなー? だからヨンマル機関とやらは、そう簡単に動けねぇらしいんだ……それに、ヨンマル機関と五識家ってのは水面下じゃいがみ合ってんだろ?」

「そうなのか?」

「くひひー……”ベルゼビュート”はよー、情報でも時代に取り残されてんのかー? あーこの情報的優越感……たまんねー……」


 口の端から垂れかけた涎をぬぐい、ローガンが笑む。


「今ぁ……おめーより上だって、感じてるぜー……相手の知らねぇことを話すってのは、本当に気分がいい……あー、嘘だろ? やべぇ……下手すりゃ、このままイキそうだ……」


 ローガンが股間を触る。


「そんなわけで、だ……仮に五識家の娘が危険に晒されても、むしろヨンマル機関には好都合なんだろーぜ。それに”オトモダチ”であるホワイトヴィレッジのご機嫌を無意味に損ねるわけにゃあ、いかんだろー」

「だが、五識家は手強いぞ?」

「メイドのミヤゲに教えてやるよ……今回の黄柳院オルガを拉致する件に関しては、どうやらホワイトヴィレッジに協力的な五識家の人間がいるらしいぜ? それも――」


 ローガンが厚刃のナイフを握り直す。


「その協力的な人間ってのは、黄柳院家の身内だとか聞いたぜー?」


 辰吉が、目を見開く。


「なん、だって……?」

「クカカー……身内に見捨てられてるとは、黄柳院オルガって娘もあわれな娘だよなー? 治安を維持すべきヨンマル機関は見てみぬふり……五識家の中核となっている黄柳院家の内部には、敵がいる……そして、味方側には――こんな雑魚どもしか、いねーときたぁ」


 ミシィッ


「ぅ、ぐ……うあぁっ!?」


 拘束している触手が締まり、辰吉が苦しげにうめく。


「大した味方がいねーあたり、黄柳院オルガってのは人望がまるでねーんだろーな。要するに、嫌われ者ってこった」

「…………」

「しかもホワイトヴィレッジは、確実性を上げるためにさらに増援を送り込むつもりでいる……」


 オルガの持つ純霊素にはそこまでする価値がある、ということか。


「くく……どんなメンツかは知らねーがよ? あのホワイトヴィレッジが本腰を入れて集めたとなれば、みみっちい小国の一つくれぇなら潰せるレベルなんじゃねーのか? ふひひ……ホワイトヴィレッジに集められた連中は、誰かさんと違って、おれの趣味の邪魔をしねぇだろうしよー?」


 ナイフの刃を鈍く光らせ、ローガンが真柄に接近してくる。


「言っただろー? 殺すって……それも、たっぷりいたぶってだ……楽しみだなー?」


 真柄を拘束する触手の締めつけが増す。


「ぐっ……おまえの魂殻がまさか、これほどの性能とはな……」

「おー? いいぜいいぜーっ! もっともっと、このおれを褒めろー……”ベルゼビュート”ぉぉっ……あそこに転がってる雑魚どもと一緒に、たぁっぷりと、可愛がってやるからよー?」

「わからんな」

「ん? 何がだー?」

「なぜホワイトヴィレッジは、そこまでして黄柳院オルガを欲しがっている?」

「あー? おれぁ、そこまでは知らねーよ」

「そうか」


 ミシッ


 触手が締めつける時とは異なる音。


「ならばおまえに、もう用はない」

「あ?」


 真柄を拘束していた触手が、悲鳴を上げ始める。


 ブチッ


「おれの……魂殻の触手、が……っ!? 馬鹿なっ……いくらおめーが、強ぇからって……魂殻使いでもねぇ人間が、魂殻を、な、生身で破壊するなんざっ……」


 千切れた触手が、床に散らばる。


「ローガンという人間を知っていてよかった。おまえは仕事の完遂には忠実な男だが、勝ちを確信すると、自分の感情を優先して行動する」

「……わかった気に、なってんじゃねーぞー?」

「おしゃべりは楽しかったか、ローガン?」


 ナイフを構え直すローガン。攻撃の初期動作を読まれないためか、ナイフの刃先と両腕を適度に動かしている。


「チッ……さっきの追い詰められた姿は、演技だったってのか?」

「最近ある案件で、演技をする機会が増えていてな」


 ローガンが歯噛みする。


 ピキッ


 すると、噛み締めた力の強さで前歯にヒビが入った。


「その常に上に立ってるような余裕が気に入らねー、気に入らねー、気に入らねぇーっ!」


 新たに生成された触手が真柄へ襲いかかった。


 触手を掴み、片手で引きちぎる。


 ブチィッ!


「ぐぉっ!? か、片手で……だとっ!?」


 ねじ切られた触手が、ボタボタと床に落ちる。


「弦は、三本」

「何?」


 ”極弦きょくげん”。


「その触手を引きちぎるために紡ぐ弦は……どうやら、三本で十分だったらしいな」

「あー? ゲンが、どうしたって――いうんだよ、あーっ? この、バケモンがぁーっ!」


 ローガンがナイフで襲いかかる。


 銃を拾うと見せかけたフェイントを仕掛け、それに引っかかったローガンの腕をつかむ。


 グキッ


「ぁっ――がっ!?」


 次の瞬間にはもう、ローガンの魂殻を装着した腕を折っている。ナイフを持った方の腕には”極弦”状態の手刀が決まっていた。


「ぐ、ぁっ!? ぐ……っ!」


 ローガンがナイフを取り落す。真柄はそれを宙でつかむと、逆手で握った。


 刃先を、ローガンのあごに突きつける。


「馬鹿、が……おめー、あのホワイトヴィレッジを敵に回すってことがどんなことか……わかってんのか?」

「承知の上だ」

「イカれてやがる」

「おまえほどじゃないさ」


 ギョロッ


 ローガンが真柄を睨む。


「頼みが、ある」

「…………」

「殺す前に……おれの臓物を引きずり出して、おれの臓物を犯してくれねーか? おれのワタに……ぶっかけてくれても、かまわねぇからよ……」

「…………」

「そしたらおれは、心置きなく、天国へ行くことができる気がする……」


 ”臓物”ローガン。


「へへ、蠅の王よー……悪の側同士、仲良くやろーぜ……?」

「…………」

「どう足掻いたっておめーは……おれと同じ、悪の側だ……」

「確かに、俺は悪の側だ」


 ローガンの瞳に生への希望が灯る。


「どうだ、蠅の王……?」


 悪魔の側だという自覚はある。


「なんなら、おれが口利きをしてやるからよー……おめーも、ホワイトヴィレッジ側に――」

「だからこそ」

「あ?」

「慈悲もない」


 ローガンの身体を、押さえつける。


「ぐ、ぉっ――」


 そして真柄は、あごから頭蓋の奥へ、えぐり込みながらナイフを突き入れた。


「ごっ――ぐぎ、ぎぃ……ぃっ……っ!?」


 血涙を流すローガン。


「ぢ……ぐ、じょっ……ぉ――」


 そうして深い無念の相を顔に刻みながら、ローガンはこと切れた。


「どう足掻こうと、行き先は地獄だろう」


 ナイフを引き抜き、真柄は言った。


「俺も、おまえも」


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