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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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14.そして彼は祈りを捧ぐ


 銃身の先で、傭兵が死体の頬を押した。


”こいつら、黄柳院とかいう家の私兵だったか? ただの雑魚だったな”


 廊下に、二人の傭兵が立っている。


”そこそこイケそうなのが一人いたが、ローガン相手じゃ手も足も出なかったみてぇだ”

”だが、死体の片づけはまたおれたちだろ? 報酬がよくなけりゃこんな仕事、まっぴらごめんだぜ”

”ローガンは獲物を捕らえても基本的におこぼれをくれねぇからなぁ……信じられるか? イイ女が、おれの自慢のモンを突っ込まれもせずに、はらわた引きずり出されて死んでくんだぜ?”

”ハハ、てめぇの貧相なアレがご自慢だと? けど、まあ……クールだったり生意気だったりする女が泣きわめく瞬間はたまんねぇよな”

”毎回、命乞いは楽しい見世物だぜ。クク……今回の女も、楽しめそうだったしな”


 コツンッ


「ン?」


 硬質な音が響いた


「ナンダ?」


 日本語を発し、傭兵が音のした方へ歩いて行く。


「誰カ、ソコニイルノカ?」


 小型の懐中電灯と銃を構え、傭兵が魂殻を展開。警戒しつつ暗がりに入ると、彼は落ちているものを拾い上げた。


「空ノ、弾倉?」


 刹那、傭兵の喉がナイフの刃で横一文字に掻っ切られた。


 傭兵が口をパクパクさせながら抵抗を試みる。しかしその抵抗は、無意味に終わった。


 ドサッ


”おい、何が――”


 もう一人が異変に気づいた時、その眼前には昆虫的な赤い目をした怪物が出現していた。


 怪物が膝で金的を入れつつ、手で男の口を塞ぐ。そして流れるような動作で、喉元を鮮やかに掻っ切った。


 目を剥きながら抵抗を試みる傭兵だったが、やはり何もできなかった。何か動き出そうとすると、そこにはナイフの刃が突き立てられる。


 封殺。


 二人の傭兵の死体は引きずられ、廊下の角の奥の闇溜まりに押し込められた。


 不穏な空気を察知したのか、一人の別の傭兵が足音を忍ばせながら階段をのぼってきた。傭兵がデモニックタイプの魂殻を展開し、銃を構える。


 さっきの二人よりも手練れだ。


 ニオイが違う。


 赤目の怪物がナイフを投擲した。傭兵は咄嗟に魂殻で防ぐ。しかし防いだ途端、今、あごに突きつけられたのがサイレンサーの先端だと気づく。


 パシュ


 沈黙の銃弾が、傭兵の脳天を貫通。


 霊素定着によって消音機能の高められたサイレンサー。基本原理はコモンウェポンとほぼ同じである。基本的にこれは裏で出回っているものだが、性能は折り紙つきだ。


 魂殻の能力を披露する前に傭兵は絶命した。


 主に攻撃特化型と言われるデモニックタイプは防御面が弱いケースが多い。


 どんな能力を持っていようと、剥き出しの頭部に銃弾を撃ち込めば殺せる。戦場で魂殻使いが最も嫌がるのは、超長距離からの狙撃という話もあるくらいだ。


 魂殻の力は必ずしも、絶対的ではない。


 確かに今は魂殻の時代と言えるだろう。しかし、真のトレンドは魂殻と既存武器の併用にあると言える。


 そう、たとえばチェスや将棋の世界が、ヒューマン対AIから、ヒューマン&AI対ヒューマン&AIへ移り変わっていったように。


 しかし魂殻に見初みそめられなかった者は今も、己が持つ既存の力だけを頼りに戦っている。


 前時代的と言われようとも、与えられなかった者は、持てる力で勝利の方程式を描くしかないのだ。


 コツ、コツ


 銃底で壁を叩き、気づかせるために音を発生させる。


”おい、何か物音がしたぞ?”

”……確認してくる”

”気をつけろよ”


 足音が近づく。


”ん? なっ……なんだ? スティーヴが、死んで――”


 ドサッ


”どうした? スティーヴが一体、どうしたって――こ、こいつはっ……ぐぅっ!? ぐっ……ぐぅぅ――”


 さらに二人、赤目の怪物の餌食となる。


 一定の光量を感知すると、ぼんやり赤くなる瞳。


 角や牙を思わせる触覚部位。


 蠅の王。


 闇の世界に生きる住人たちを、さらに深い闇に棲む蠅の王が、静かに呑み込んでいく。



     ◇



 ジェイコブは”臓物卿”ローガンの補佐役の立場にあった。


 はっきり言って、ローガンはイカれている。


 だから他の傭兵は一緒に仕事をするのを嫌がる。しかしローガンの実力は確かだ。それにああ見えて、仕事の達成に関しては意外と真面目なのである。


 仕事の達成と無関係なところでの振る舞いが少々”目に余る”だけだ。


 だがその”目に余る”部分を嫌がる者も多い。


 そこでジェイコブが副官的な立場を引き受け、様々な交渉や調整を行っていた。チームのメンバーも、新顔は全員ジェイコブへ報告を上げてくる。ローガンに対して何かある時も、大抵はまずジェイコブに話す。


 皆、ローガンが恐ろしいのだ。過去に、彼の趣味の時間を邪魔して頭をカチ割られて死んだ者もいた。


 今、ローガンは真剣な顔で語学の勉強をしていた。彼は六か国語の読み書きと七か国語の会話ができる。今の彼の目標は全世界の言語を習得することだそうだ。ここへ来る途中の車内でも、彼は語学の本を熱心に読んでいた。


 習得の目的は、臓物を引きずり出す一連の過程で相手の言葉が理解できないと面白くないからだという。


「言われた通り、二人残して他の捕虜は別の部屋にぶち込んでおきました。監禁中、食事やトイレはどうします?」


 チームの中心メンバーの一人が、ローガンに尋ねた。他のメンバーもローガンの影響か、最近は語学が堪能になってきている。そしてそれは、ジェイコブも例外ではない。


「あー? 食事はやんなくていいや。人間、飲まず食わずでも三日くらいなら死なねぇからな……ああ、排泄は――」

「垂れ流させておけ、ですか?」

「クク、しっかりわかってんじゃあねーか。そうだ……内臓にクソや小便が残ってねぇ方が、お楽しみの時にニオイが気にならねぇからな。汚物はなるべく、出し切っといた方がいい」


 ジェイコブはいまだにローガンの特殊嗜好が理解できない。


 特に今回のあのタツヨシという捕虜はもったいない。これから三日間も待機期間があるなら、普通の男女が普通に行う”お楽しみ”をお願いしたいところだ。


 しかしローガンは、引きずり出す臓物に男の”体液”がまざるのを嫌がる。彼にとって他の男の精液は”穢れ”なのだそうだ。当然、理解できる感覚ではないが。


「にしても今回のターゲット……この黄柳院オルガは、惜しいなぁー……」


 丸眼鏡の位置を直しながら、画像を眺めて嘆息するローガン。


「臓物を引きずり出す前に……そうだな……最低でも一週間は、このカラダを貪りたいところだぜ……」

「ローガン、そのターゲットだけは絶対に生きたままホワイトヴィレッジに引き渡す。今回の取引相手はさすがに契約を違えたらまずい。わかるだろ?」


 ローガンは目端を吊り上げ、舌なめずりをした。


、いいんだろ?」


 珍しいこともあるものだ、とジェイコブは思った。


 今回のターゲットに対しては、あのローガンが一般的な性的欲求を覚えている。最近はもう、普通の性行為には完全に飽きたものだと思っていたが。


「てめ、ぇっ……黄柳院オルガに指一本でも触れてみろ……そん時は、あたしがぶち殺してやる……っ!」


 ベッドの上に拘束された状態で寝転がるタツヨシが、怒気を発した。猿轡をしていないのは、ローガンの意向である。負け犬が吠え猛る姿を見るのが彼は大好きなのだ。


 タツヨシの身体はローガンの魂殻から分離した触手で拘束されていた。あれから抜け出すのは困難だろう。便利な能力だ。


 ローガンは辰吉の髪を掴むと、身体を起こさせた。


「ぁ、ぐ……っ!?」

「おらぁー……もっともっと、キャンキャン逆らえー……あー、楽しーなー」

「ふーっ、ふーっ!」


 息荒く、殺意を込めてローガンを睨みつけるタツヨシ。


「おらー、さっさとおれの要望通りに魂殻展開しろやー……エンゼルタイプの魂殻の姿でいたぶると、燃えるんだよなー……」

「辰吉さんから手を離せっ……この、ゲス野郎っ!」


 この部屋には他にも二人、タツヨシの部下の捕虜がいる。ローガンの指示で男女一人ずつ。今声を上げたのは、男の方である。


「ぐへー、これだよこれ……仲間の深ぁい絆ってやつ。そいつをブチブチと引きちぎるのが、また楽しーんだよなー……まー、でも…………」


 ローガンが、タツヨシの部下に歩み寄った。


「おめーはちっと、うるせーな」

「ぁ――ぐぁっ!?」


 男の部下の耳を、ローガンが厚刃のナイフで切り落とした。


「新条っ! て――てめぇ、ふざけんなっ……!」


 激昂しもがくタツヨシだが、ローガンはそれを見て愉悦を覚えていた。


「部下の躾がなってねーなータツヨシー……あー、痛そー」


 うずくまり痛みにうめくシンジョウという男の頭を踏みつけてから、ローガンが歩き出す。


「どこに行く?」

「クソ」


 トイレらしい。そして、ローガンのは長い。


「ジェイコブ」


 ローガンが奥のトイレに消えたのを確認してから、古株メンバーのビルが声をかけてきた。


「なんだ?」

「隣の部屋に監禁してる女で、好みの女がいた」

「一人、好きにさせろと?」

「あんたからローガンに交渉してくれ」

「わかった。息抜きも必要だろう」

「へへ……やっぱ、ジェイコブは話がわかるよな」

「おい、だったらおれもいいだろ?」


 もう一人の古株であるミゲルが、タバコの煙を吐き出しながら追随した。


「まあ、そこそこ数はいるしな……ローガンには、おれから話しておくさ」

「恩にきるぜ、ジェイコブ」


 まともにローガンへ話を通せる窓口係は自分だけだ。


 そんな自分の立ち位置に、ジェイコブは満足していた。


 ローガンの”臓物卿”ブランドは裏の世界では十分に通用する。この世界から汚れ仕事の需要はなくならない。ローガンさえ手放さなければ、食いっぱぐれることはないだろう。


「んじゃあ、早速――」


 軽快な足取りで、ビルがドアへ向かった。


 自分もあとで適当に肉づきのいいのを見繕ってお楽しみをさせてもらうか、とジェイコブが思った――その瞬間だった。



 ビルが、ドアごと吹き飛ばされた。



「なっ……なんだぁっ!?」


 吹っ飛んできたビルの身体を避けると、ジェイコブは魂殻を展開。


 銃を構えつつビルを横目で確認。


 額が、打ち抜かれている。


「他に襲撃してくる連中がいるなて、聞いてねぇぞっ」

「この件で、ヨンマル機関とかいうのは動かねぇはずだっ……それに、五識家とかいう勢力の連中が、動けば――」


 カランッ


 部屋に何か投げ込まれた。


「グレ、ネード――」


 耳鳴り。


 めまい。


「ぐ、ぁ――ぅ……っ!?」


(スタングレネード……っ!)


「くそっ!? 外の連中は、何をやっていやがったっ!?」

「捕虜を人質にしろ!」

「敵は何人だ!?」


 奥の部屋で待機していたメンバーが騒ぎ始め、飛び出してきた。


 カランッ


 プシュゥゥゥー


 今度は煙が、室内を満たしていく。


 視界が奪われる。


「くそったれがぁ!」


 攻撃力が自慢の魂殻も、これでは無用の長物。決して視界が広いとは言えないこの空間では、下手をすれば味方に攻撃があたってしまう。


 一撃で仲間を葬り去る威力を持つだけに、無闇に使用できない。


「ごほっ! げほっ!」

「声を出すな! 位置を知られる! けほっ!」


 ジェイコブは口に布をあてながら、自分の位置を知られる危険を覚悟で指示を出した。皆、一斉に黙り込む。


「ぎゃっ!」


 メンバーの悲鳴。


「ぐぅっ!?」

「がっ!」


 スモークで視界は確保できていないはずだ。


 なのに敵は、こちらの位置を正確につかんでいる。


(暗視ゴーグル? いや、違う……熱感知ゴーグル、か?)


「聞いてねぇ! こんなやつが敵にいるなんて、聞いてねぇぞぉ!」

「う――うわぁぁああああっ!」


 射撃音。


 視界を奪われた中、ついに恐怖で錯乱したメンバーが堪え切れず発砲した。ジェイコブは姿勢を低くする。


「やめろ、味方にあたる!」

「ぎぇっ!」


 銃声がやむ。


(敵に、やられたか……くそっ……)


 どうにか窓際まで辿りつくと、ジェイコブは窓を開けた。煙が窓の外へ逃げていく。


「生き残ってるやつは、人質を盾にしろっ」


 反応がない。人が動く気配もなかった。


「? おい、人質を――」


 ジェイコブの前に、人影が現れた。


「!?」


 長身の人影。


「なん、だ……おま、えは……?」


 蠅男。


 そうとしか表現できない、赤と黒の出で立ちだった。


「外の、見張りは……?」

「もし――」


 蠅男が、床を指差す。


「地獄というものが、実在するのなら」


 特徴のつかめない声。マスクに、変声器でも仕込んであるのだろうか。


「くっ! くそがっ……おまえ、何者だ? いや、待てよ……まさか――その、蠅のマスクっ!? お、おまえ……」


 ジェイコブは尻もちをつき、後ずさりした。


「嘘だ……ありえねぇ……こんなところに、いるわけがねぇっ! 悪い冗談だろ? ふざ、けんなっ……いるわけがないっ……いる、わけが――」


 これはきっとタチの悪い夢だ。


 そう自分に言い聞かせながら、ジェイコブは唾を乾いた喉へ送り込む。


 蠅男がサイレンサーの先端を突きつけてきた。その左手には、ナイフが握られている。


 ジェイコブは恐る恐る、ぎょろついた目でその悪魔を見上げた。


「あんたの、名は……?」


 すると蠅男は、推察を確定へと導くその名を口にした。


「”ベルゼビュート”」


 その日、ジェイコブは生まれて初めて神に祈った。


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