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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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13.似て非なるモノたち


「俺が何者か、ですか」


 悠真は答えた。


「俺は、オルガの味方です」

「……だろうね」

「辰吉先生も、そうなのではないですか? 先生は俺が蘇芳十色に対抗できるコモンウェポンを探している時にも、助言をくれましたし」


 振り返ってみれば、辰吉はオルガに利する行動を取っていた。


「そういえばあの時、君の若い肉体をまさぐらせてもらったねぇ。鍛えられた、イイ身体だった」


 過去に逆セクハラなひと幕があったが、あれは筋肉のつき方を確認していたようだ。


「先生は黄柳院が送り込んだ人間ですか?」

「んー、どうかなぁ? そういう君は、何が目的でこの学園に?」

「個人的な事情です」

「ならあたしも個人的な事情だ。世の中、大概のことは個人的な事情ってわけだね」

「俺を放置していたのは七崎悠真がオルガに味方する人間だったから、ですね?」

「かもねー」


 辰吉は決して断言をしない。曖昧な返答ばかりだ。自分側の情報はぼかしつつ、悠真からは情報を引き出そうとしている。


(駆け引きには慣れているようだ。末端の人間とは思えないが)


「現状、俺は先生を敵と判断してはいません」

「んー……あのティア・アクロイドにその霊素値で勝っちゃうおかしな生徒とは、あたしも敵対したくないなぁ」


 目もとだけにっこりと笑う辰吉。


「このあたしの正体を見破っちゃう、謎の多い生徒とも」


(ティア・アクロイドが皇龍とつながっている件を知っているかどうかは、まだ微妙なところだな……その件は一応、まだ伏せておくか……)


 黄柳院は内部で情報の共有が行き届いていない節がある。それはサボっているわけではなく、内部の抱える構造的な問題であろう。


(”黄柳院の意思”も一つに統一し切れていないわけだ。そして、オルガに利する人間を野放しにしておく勢力となると――)


「総牛の手の者ですか」

「……だめだよ、七崎クン?」


 歩み寄る辰吉。


「あの黄柳院のご当主のお名前を、呼び捨てにしちゃあ」


 微動だにしない悠真の額を、辰吉が人差し指で押す。


「めっ、だぞ?」

「…………」


 攻撃を仕掛ける気配はない。


(総牛の名を出した瞬間――わずかだが、目もとに反応があった。この女は、おそらく総牛の息のかかった人間……オルガのいるクラスの体育授業を担当しているのも、偶然ではあるまい)


「おや? 間合いに入ったのに、まったく動じないねぇ? へー……気配まで読めるとなると、やっぱりタダ者じゃないなぁ。なるほど、確かにあんたは普通じゃない。けど、ここから先は――」


 指を離す辰吉。


「あんたが足を踏み入れて、無事に済む領域じゃない」


 辰吉の空気が、一変する。


 それは通告であった。彼女はこう言っている。


 ここから先は、守られた候補生の学び舎(シェルター)内の話ではない。


 ここから先は、命のやり取りをする戦場(アウトフィールド)なのだと。


「今、黄柳院オルガを取り巻く状況は一変しているんだよ」


 辰吉はフェンスに寄りかかると、町の風景を一望した。


実戦ほんものを半端に知っている程度じゃ手も足も出ない連中が……続々と、動きを見せ始めている」


(この口ぶり……総牛は、ホワイトヴィレッジの動きをつかんでいるとみてよさそうだな)


 しかし総牛には、目の上のたんこぶである皇龍の存在がある。


 絶対的な支配者たる黄柳院皇龍。その皇龍に目をつけられるのを覚悟で総牛の振る旗についてくる人間は、果たしてどれほどいるのであろうか?


(むしろ皇龍はオルガが死んでくれた方が好都合なのかもしれん。どうも皇龍の動きには、そんな空気がある……)


 しかし同時に、何が何でもオルガを殺そうとする強い意思が皇龍から見えないのも事実。


(そう……皇龍の動きには、どこか違和感がある。まるで皇龍自身が、心から乗り気ではないかのような……)


 しかし、いまだに黄柳院の頂点として権力を握る皇龍が一体誰に気を配るというのだろうか?


(総牛や冴は面と向かってには皇龍に逆らえない。皇龍の妻は、すでに死去している……皇龍の兄弟も皆、すでにこの世にはいない……)


 やはり黄柳院は一度、深いところまで調べる必要がありそうである。


 辰吉が町を眺めながら、言った。


「この殻識島も、ひっそりと戦場になるだろうね。まあ、この学園にいる限りは大丈夫だろうから……あんたはこの学園の中で、お姫様を守ってやりな」


 少しだけ辰吉に普段の陽気さが戻った。


「それにあんたは、あの子と上手くやれてるみたいだ……何よりあんたが危険に巻き込まれるのを、あの子は望んじゃいないだろ。だから――」


 辰吉の表情が再び、戦士のものへと戻る。


「ここから先はあたしたち大人に任せときな」


(とりあえず、この女がどういう人間かはわかった。そして、オルガの敵ではない……今は、それで十分か)


 沈みゆく夕日を眺める。


(しかし、この世界は残酷だ……こういう人間ほど、早死にするようにできている……)


「ええ、そうですね」


 悠真は了承の意を示す。


「ここから先は確かに、大人が引き受けるべき領域なのかもしれません」



     ◇



(本当に何者なんだろうね、あの子は……あの年齢としで、あの人格と戦闘技術……どれだけ濃密な時をすごしたら、あんな人間ができあがるっていうんだ……)


 辰吉藍は、殻識島の”廃棄地区”にいた。


 総牛の私兵部隊を率い、これからホワイトヴィレッジの雇った傭兵たちの寝床を襲撃する予定となっていた。


 近場に車両を停め、そこからは徒歩で移動した。


 襲撃場所の部屋には一見すると明かりが灯っていない。しかし目を凝らすと薄っすらとだが光が確認できるた。窓を分厚いカーテンで覆い、目立たぬよう最低限の光だけ灯しているのだろう。まるで戦時中である。


(予定通り、今日殻識島に入ったか。聞けば、他の県にボートで乗りつけた別働隊もいるようだね)


 一度、首をひっこめる。


(連中が集結する前に、叩き潰す)


『位置につきました』


 部下の小金井から報告が入った。狙撃できるよう部下を配置し、今は襲撃場所を何人かの狙撃手で取り囲んでいる。


「あいよー。指示があるまで、待機でよろしく」

『了解』


 敵が魂殻使いかどうかは、今のところ不明。


 建物の陰から再度、様子をうかがう。


「表の様子は?」

『見張りが二人です』

「わかった。相手から攻撃されない限りは、指示があるまで動くんじゃないよ?」

『了解』


 中にいる人数もわからない。


 五識家の全面的なバックアップがあれば、衛星による熱源反応感知で人数が把握できるかもしれないが……。


 しかし、皇龍に知られないよう極秘裏に動いている現状、十全のバックアップは期待できない。


(それでもあたしたちは、何度も厳しい任務をやり遂げてきた。だから……根無し草でフラフラしてる傭兵風情とは、純度が違う)


 主への忠誠心に皆、プライドを持っている。金だけで動く傭兵とは覚悟が違うのだ。


(敵の動きに、変化はなし……そろそろ、突入の時間だね)


 通信を入れる。


「そっちはどうだ?」


 返事がない。もう一度、呼びかける。


「小金井、状況を報告しろ」

『アー、ア゛ー』

「……何?」


(なんだ?)


 様子がおかしい。声をおさえつつ、再び呼びかける。


「どうした、小金井っ?」

『しゃべれねーって』


 知らない男の声。神経が急激に、細まる感覚。


「……誰だおまえ? 小金井は……どうした?」


(まさか……見つかった、のか?)


 視線で指示を出しながら、答えを待つ。部下が小声で指示を出し始め、何人かは動き出した。


「あたしはな、小金井を出せと言ってんだよ」

『ア゛ーっ!』


 苦しみを訴える、詰まったような声。


(この声……小金井、なのか? なんだってんだ……いや、待てよ? そんな……まさ、か――)


 辰吉は、手で口をおさえた。


『ぐへはっ、無理ゆーな』


 男がざらついた笑い声をあげた。


『だってこいつ、もう歯と舌がねーんだもんよ。この小金井とかいう男は、もうしゃべれねーんだ』


 愉悦に染まった、濁った男の声。


「て、てめぇ……っ!」

『ア゛ッ――』

「……っ!?」


 小金井の、短い悲鳴。


(殺しやがったな、この野郎――っ)


『日本語、上手だろ』

「てめぇは、殺す」

『次は女がイイな。おめー、美人?』


 辰吉は急いで通信を切ると、冷静になれと自分に言い聞かせた。


 捕まえた相手の歯を容赦なくすべて砕き、舌すらも切り落とすような相手。


 そんなむごいことをしながらも、良心の呵責などまるで感じていないような声だった。


 自分の認識していた”戦場”に生きる者とは、何かが違う。


 自分の知る金のために生きる傭兵とは、何かが違う相手。


「出ろよ、通信」


 今度は、通信機から聞こえてきた声ではなかった。


 いつの間にこんな距離まで詰めていたのか。


 自分はそんなに長く思考していたのか。


 まるで気配を感じなかった。


 辰吉は、構えを取った。


 魂殻を展開。


「あー、エンゼルタイプ……いいねー。女のエンゼルタイプの魂殻は、大抵フォルムがセクシーだから好みなんだ……その現代によみがえったクノイチみたいな感じ、いいねー……」


 丸眼鏡をした、灰色の髪の男。


 年齢は中年といったところか。


 男は純白のスーツを着ていた。


 そしてその顔には、無数のひっかき傷があった。


「ん? この傷が気になるか? これはなー……生きたまま臓物を引きずり出す時、相手が暴れて爪で引っ掻くんだよなー。その爪で引っ掻く時の必死な形相が好きで、どーも引っ掻くのを許しちまう……おれ、ヘンタイだからよー」


 無精ひげを撫でながら、男が、残った方の手で自分の股間を撫でた。


「その時の顔を見てるとよー……おれぁ、いっつも射精しそうになっちまうのさ……臓物にぶっかける前に、イっちまいそうになっちまう……」


 ぶつくさつぶやきながら、男はデモニックタイプの魂殻を展開。どこかイギンチャクを思わせる機械的な腕が、男の腕を覆っている。


 ほぼ十中八九、 非公式 アンオフィシャルの魂殻だろう。


 反射的に辰吉はその名を口にした。


「”臓物卿”ローガン」


 ニタァ


 男――ローガンは、気色悪い笑みを浮かべた。


「有名人も困ったもんだぜ……あとでおめーの血で、その背中の皮にサインしてやるよ。あー、そうそう……この白いスーツはさぁ……どんだけ血で赤く染まるか、仕事のたびに毎回楽しみに――」


 言い終えぬうちに、辰吉は攻撃をしかけた。


「ぐっ!? な、に……っ!?」


 イソギンチャク型の魂殻が花開き、機械的な触手が辰吉を拘束。


「話、聞けよ。おめーけっこう美人で、イイカラダしてけっど……性格の方が、クソだなー」


 ローガンが辰吉の腹を優しく撫でた。辰吉の身体に、おぞ気が走る。


「こいつはきっと引きずり出しがいがあるぜぇ……生意気な時との表情のギャップが、またいいんだよ。生意気な女でも、けっこう”中身”は綺麗なもんだしな……あー、楽しみ」

「くっ……てめ、えっ――つっ!?」


 乾いた音が、響いた。


 ローガンが辰吉の頬を手で打ったのだ。


「うるせーな……温室育ちの飼い犬風情に、おれたちが負けるわけねー。くぐってきた修羅場の数がちげーんだよ、このボケー……」


 そこから辰吉の頬を、さらにローガンが数回叩く。


「ふぅー……おめーの臓物は、どんな色なんだろーな? あぁ……これで作戦決行日までの、いい暇つぶしが手に入った……おーい、クソアマー……聞こえてるかー? いいか、よーく覚えとけー? おめーら、全員――」


 そこから上がった短い悲鳴はすべて、辰吉の知っている部下たちのものであった。


「心も身体も、ぐちゃぐちゃに掻き乱してやっからよ?」



     ▽



 ローガンの潜伏するアジトの近くで、突然、見回りをしていた一人の傭兵が闇に引きずり込まれた。


 その傭兵は、悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。


 濃密な闇の中から現れたのは、黒いロングコートを着た長身の男。


 男はバッグから蠅のマスクを取り出すと、慣れた手つきでそれを被った。


 赤黒い両眼が鈍く不気味に光っている。


 正義の味方ヒーローと呼ぶにはあまりにも悪魔的で、禍々しいマスク。


 蠅男が歩き出す。


(確かにここから先は、が引き受けるべき領域だろうな……)


 蠅男――”ベルゼビュート”は、すでに行われた戦いの痕跡を確認しながら、再び夜闇へとまぎれ込んだ。


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