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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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12.約束と追跡


「お兄さまが、そんなことを……」


 朝のHRの前に、悠真は冴の伝言をオルガに話した。


「どこの誰かは知らんが、あの黄柳院冴に心変わりを促せる人間がいるらしいな」


 考え込むオルガ。


「やはり、お父さまかしら?」

「さあな……いずれにせよ、俺たちが無闇に黄柳院冴から敵視される心配はなさそうだ。おまえたちも、いずれ……きょうだいらしい関係になれるといいな」

「それは、難しいと思いますわ……わたくしは魂殻の能力だけでなく、何もかもがお兄さまに劣っていますから」


 仮に冴と比べて能力が劣っていたとしても、きょうだいの関係を築くのが難しい理由にはならない。冴とオルガが抱えているのは、もっと複雑なもののはずである。


 しかし悠真はそれをあえて口に出さず、視線をやらぬまま聞いた。


「兄に追いつきたいという気持ちは?」

「もちろん、あります」


(迷いなく答えたか。オルガの好ましい点の一つはこの意志の強さだ。脆いところもあるが……芯は、強い娘だ)


 今は二人の関係にあまり多くを口出しすべきではないだろう、と思っていた。


 もし二人の関係におせっかいを焼くとしても、せめて、オルガを狙う勢力との一連の流れが片づいてからだ。


「と……ところで、七崎くん?」


 編み込んだ髪を弄りながら、オルガが恥ずかしげに視線を逸らす。


「ご――ゴールデンウィークの予定は、今、どんな状態でしょうか?」

「ゴールデンウィーク? いや、今のところは特に予定もないが……どこか、俺と一緒に行きたいところでも?」

「え、ええっ……その……わたくしの通っているジムへ、一緒に来ていただけないかと思いまして」

「ジムに?」


(例の、魂殻用の練習場もあるジムか)


「はい。会員でなくとも、その日の利用料を払えば使用できますので……あっ、もちろんその日の利用料は、わたくしが持ちますわよ?」


(ふむ……当日になったら強引に俺が自分で払う流れにするか。今この場で俺が払うと言い出すと、日本人特有の譲り合いが始まるだろうしな……)


 彼女の財布事情が厳しいのは、知っている。


 悠真は優しく微笑んでみせた。


「俺をジム仲間にしたいのか?」

「そ、そうなったらわたくしも嬉しいですわっ! 七崎くんと一緒にジム通い……はぁ……その関係、とてもよいですわね……」


 うっとりするオルガ。意識が、向こうの世界に飛んでしまっていた。


(ただ、今の反応だと……今回の目的は、違う感じか)


「はっ!」


 オルガが現実へ戻ってきた。


「い、いえ……その、実は他に理由がありますの」

「話してみてくれ」


 疲労感を漂わせるオルガ。


「ジムへ行くと、わたくしを食事や遊興に誘ってくる男性が多くて……このところは、その人数が目に見えて増えて困っているのです」


 悠真は察した。


「本人を実際に連れて行って、断り文句に使っている”恋人”が実在する人物だと、証明しておきたい……といったところか?」


 要するに、黄柳院オルガの恋人は今のところ架空の人物だと思われているわけだ。


「はい……もうわたくしには心に決めた人がいると言っても、信じてもらえないのです」


(その恋人関係にしても、かりそめではあるんだが……)


 オルガによれば、通う距離、設備、利用料などを考えると、今通っているジムと同条件のジムを探すのは難しいという。なので、できるだけ今のジムを使い続けたいそうだ。


「わたくしもなるべく、毅然とした態度でお断りしているのですが」


 オルガが肩を落とす。


「一人、どうしてもその恋人をこの目で見るまでは信じないと、かたくなに引き下がってくれない方がいまして」


(ふむ、そいつは女の扱いに慣れた男かもな……オルガの”ちょろさ”を、感じ取ったか)


 この女なら押し続ければいずれ折れる、とでも思われたのだろう。


 最近のオルガは目に見えてトゲが取れてきている。だから余計にその”ちょろさ”が表面へ出てきてしまっているのかもしれない。


(最近になって誘いをかける男が増えたというのも、誘いやすい程度にはオルガのまとう空気が軟化してきたからだろうな)


 オルガが異性として魅力的なのは言うまでもない。


 風貌は町へ出れば幾人もの男が振り向くレベル。そこに凹凸の激しい異性ウケする身体つきが加わるとなれば、彼女の姿がしばし頭に焼きついて離れなくなっても不思議ではない。


 場合によってはその焼きついてできた火種が、一気に燃え上がることもある。


「わかった、そういうことならつき合おう」

「あ――ありがとうございます、七崎くん!」


 椅子から腰を浮かせ、オルガ抱きついてきた。ふくよかな胸が思いっ切り悠真の顔を圧迫する。


(他のクラスメイトの目も、あるんだが……)


 あるいはこの一種の無防備さも、異性を勘違いさせる要素となっているのかもしれない。だとすると半分は、自業自得でもあるが……。


「ついでに例のタイ料理も、その日に食べに行くか」

「はい! 嬉しいですわ!」

「それと――」

「はい?」

「学校の教室でこの熱烈な抱擁は、やや大胆にすぎるかもな」

「はっ! わたくしったら、つい……っ!」


 あわてふためきながらオルガが抱擁を解く。


 オルガは姿勢よく椅子に座り直すと、


「七崎くんのこととなると、どうも、自分が見えなくなることが多いですわ……しっかり、しませんと……」


 と、自分に言い聞かせるようにしてつぶやいた。


 今の光景を目撃した男子たちが、囁き合いはじめる。


「なんてうらやましいんだ、七崎君っ……ていうか、昨日ハーレムアニメで似たようなシーンを見たばっかりだぞ!? ここは、夢も希望もない現実の世界じゃなかったのか!? あんまりだぁ!」

「しかし、七崎君……あんなことされても照れた様子がまったくないのは、さすがというか、なんというか……」

「はっ!? つ、つまり……あの奇跡のおっぱいを堪能するくらいでは興奮しないくらいの関係にまで、ふ、二人は進んでいる……と?」

「うがぁっ! やめてくれ! その可能性だけは、あえて考えないようにしてたのにぃぃ!」

「永遠に続く格差社会だぁ!」

「トリクルダウンなんて嘘っぱちだーっ!」

「おれたちにもおこぼれをーっ!」


 そんな男子たちを、女子たちは冷えた視線で眺めている。


「トリクルダウンとか、アホくさ……」

「言ってやるな……男子たちは、オルガさんにすべてを賭けていたのよ、その苦しみ、わかってあげなさい……そして今のあたしたちには、カラゴがいる……」

「あたし……朝、廊下を歩いてらっしゃる冴様を見ちゃった……だからもう、今日は…………勝った」

「いや”勝った”って何よ……いや、気持ちはわかるけども」

「宗様がさっきパックのジュース買ってた……そのまま、CMとかにすべきシーンだと思いました」

「あたしは、キョウ様と禊クンが一緒に歩いてるの見た」

「虎ちゃんはまだ来てないのかな?」

「ていうかさ、五人揃うとほんとオーラありすぎだよねー……あれで全員おっきな家の跡取り息子なんでしょ? なんかもう、すべて揃ってるって感じ……」

「やっぱ仲いいのかな? 全員、幼なじみなんでしょ?」

「そりゃ仲はいいでしょ、幼なじみなんだし」


 やはりあのくらいの年齢だと、男女共に異性へ対する興味は強くなるものらしい。


(まあ、いくつになっても異性への興味が尽きないやつだってたくさんいる……下手をすれば、一生なのかもしれんが……)


 自分がそうなりそうで、悠真は少し怖くなった。


 乱れたタイを直しながら、息をつく。


(しかし……ただでさえオルガの身を狙う勢力で手を焼いているのに、次はジムの男たちか……やれやれ……予想外のところで、オルガを狙う勢力が増えたな……)


 それでも、オルガを取り巻く一連の事態の輪郭は鮮明になりつつある。


 ホクホク顔でスマートフォンのスケジュール表を呼び出すオルガを、悠真はぼんやりと眺めた。


(やはり”七崎悠真”としての仕事には、そろそろ終わりが見えてきたと言っていいだろうな……)



     ▽



 今朝は、七崎悠真に用のある人間が何人か接触してきた。


 しかし今は、悠真の方がとある人物に接触しようとしていた。


 そのとある人物に話しかける機をうかがいながら、放課後の廊下を歩く。


 相手も表向きは知らないふりをしているが、尾行には気づいているだろう。というより、悠真はあえて自分の存在を気づかせていた。


(キュオスの送り込んだ御子神一也や、黄柳院の息のかかったティア・アクロイド……普通の殻識生ではない生徒は、実際にいた……そういう意味では、俺も同じだがな……)


 氷崎から受け取ったデータ。


 堅牢なプロテクトのかかった”七崎悠真”のトラップデータへのアクセス履歴。


 転入して早々に特例戦で暴れ回ったせいか、初日からアクセス量は跳ね上がっていた。そしてその中には、隠しデータ――トラップデータの存在に気づき、プロテクトを解除しようとした形跡がいくつかあった。


 しかも”足跡”を残さないように細工していたり、アクセス元を辿られないような工夫もされていた。


 五百旗頭に解析を頼んでみたところ、どれも半可通な知識で使える手ではないことが判明した。


 その中で、特に気になるアクセスがあった。それは、悠真がティア・アクロイドに勝利したあとに行われたアクセス履歴だった。


 それには細かなプロセス一つ一つに玄人の”手触り”が確認できた。たとえば、暗号化解除ソフトにしても一般の世界で出回る代物ではない。こういった情報収集も生業の一環としている者の”技術”だ。今までのものとは性質が違う。


「こんなところで、いいですかね」


 悠真が呼び止めると、その人物は立ち止まった。


「……七崎、悠真」


 普段のその人物とはいささか空気が違っている。そちらが”本身”ということなのだろう。


 二人は、鍵のかかった屋上の手前――踊り場に来ていた。


 互いにまるで暗黙の了解のように、ひと気を避けてここへやって来た。


 追っていた人物が屋上の鍵を開け、屋上へ出る。悠真も続いた。


 屋上には他に誰もいない。


 屋上を通り過ぎる風は、穏やかだった。夕刻の空は薄くオレンジの色を抱きつつある。


(一人くらいは、と思っていたが……)


 消し切れなかった”足跡”を辿っていった結果、ある人物が保有するタブレット端末に行き着いた。


 不正アクセスを行った端末から、数回ほどそのタブレット端末に添付ファイルつきのメールが送られていたのだ。


 メールは添付ファイルごと削除されていたが、五百旗頭が端末をクラッキングし、裏で復元プログラムを走らせメールを復元した。


 メールの件名には、日付のナンバーのあとに”七崎悠真に関する報告書”と記されていた。


(生徒として紛れ込んでいるなら――当然、教師にも一人くらいまじっている可能性は、考えていた……)


「あなたは。コモンウェポンの件で俺に協力してくれました。正直なところ、少し残念に思っていますよ」


 背を向けているその人物に、悠真は言った。


「辰吉先生」


 悠真のクラスの体育の授業を担当している教師――辰吉は、横顔を夕日に照らされながら、ゆっくりと振り向いた。


「まいったね……本当に君は一体何者なんだい、七崎悠真?」


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