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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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11.これまでも、これからも


 葉武谷宗彦と別れたあと、悠真は再び学園内を歩いていた。


 宗彦はこう言い残して立ち去った。


『現状、俺は七崎悠真を肯定こそしないが否定もしない方針でいる。安心しろ。今日は、値踏みに足を運んだだけだ』


(やれやれ……今日はティアと話をするために早く登校したが、まさか五識の申し子につかまるとはな。しかも――)


「待ちなさい!」


 葉武谷宗彦を狩りに慣れた寡黙な狼とするなら、こちらは、吠え癖のついた温室育ちの小型犬だろうか。思わず、そんな印象を抱いてしまった。


「おまえも俺に何か用なのか、南野萌?」

「五識家が中心となって作る予定のスペシャルチームに、小平太の配属が決まったわ!」


(その部隊の話は、こんな場所で無闇に話していい内容でもないと思うが……)


 葉武谷宗彦が口に出すのとは、次元が違う。


(それに……その部隊のメンバーの件は、まだ候補をリストアップしている段階ではないのか?)


 萌の中では、すでに決定事項と認識されているのかもしれない。


「そのスペシャルチームには、優秀な魂殻使いだけが選ばれるんですって。ふふ……あたし、葉武谷先輩から聞いたわ。そのメンバーにおそらく七崎悠真は選出されないだろう、って」


 勝ち誇った顔の萌。


「特例戦をお得意のズルで勝ち上がって調子に乗ってたみたいだけど……ここにきて、ようやく化けの皮が剥がれたわね! これが、生まれ持ったものの違いってやつよ! わかる!? この世界は、血統がすべて! どんな泥臭い努力を重ねたか知らないけど、これが本物の世界よ! あんたみたいな雑種が、本当の意味で上にいける世界じゃない! この殻識学園はね!」


 ひと気のない廊下に、萌の演説が響き渡った。


「この世界は何もかも生まれ持ったもので決まるわ! あんたが手にしているのは所詮、ハリボテの一発芸にすぎない! 最後に勝つのは、魂殻使いとして優れている小平太やあたし! ざまあみろ、七崎悠真! ざまあみ――ざ、まぁ……ぁ……」


(なんだ? 南野萌の様子が……あの目……俺の背後に、何か――)



小五月蠅こうるさいいぞ、女」



 萌の口が、開いたまま閉じなくなった。彼女の口から出る声は勝者の勢いを完全になくし、一転、王にひれ伏す民の震え声へと変質した。


「あ、ぁぁ……っ! 黄柳院……さ、冴……様……っ! な、なぜ……あなたが、こんなところに……っ?」


(……冴?)


 悠真の背後に出現していたのは、黄柳院冴。


(そうか……”龍泉”で、気配を消していたのか)


「余はこの男に話がある」

「えっ!?」


 萌の表情が温度を取り戻す。


「ま、まさかっ……冴様も、場違いと勘違いの体現者のような七崎悠真に、この世界の現実を、突きつけに――ひっ!?」


 冴の放出する氷の威圧が、萌の臓の芯を凍りつかせた。


ね」

「ひぃっ!?」


 今の冴の目つきには、視線だけで相手を射殺しそうな殺意が込められていた。


「今すぐこの場から去ねと言っている。わからんか、女?」


 遥か高みより注がれし、高純度の殺意。


 しかし冴の場合、その殺意にすら品位がまじってしまう。先ほど萌が生まれ持ったものの話をしていたが、そういった意味では、あの品位も黄柳院冴が絶対に手放すことのできない生まれ持ったものなのであろう。


 そう、たとえどんな掃き溜めに堕ちたとしても、きっと黄柳院冴はあの気品を失わない――失うことが、できない。


「ひっ……ひぃぃぃぃっ! お、お許しくださいっ……冴様っ! く、くそぉぉっ……許さない……っ! 七崎悠真……絶対にあんただけは、許さないんだから! 覚えてなさいよ!」


 見事なまでの捨て台詞を残し、萌は駆け去った。


「……下郎め」


 ゴミでも見るような冷たい目で、冴は駆け去る萌を見送った。


(つくづくといた時とは別人だな。これも、黄柳院としての振る舞いか……)


 オルガとは違う”黄柳院”を体現する振る舞い。


 黄柳院の姉妹は背負うものの種類に違いこそあるが、重さで言えば、今は冴の肩にのしかかる荷の方が重そうに感じられた。


「さて、七崎悠真……手短にだが、貴様に話がある」

「今日の朝はやけに、俺へ用のある人が多いようですね。しかも先日、俺とは二度と言葉を交わさないと口にしていた黄柳院先輩が……一体、どんな重大事ですか?」

「なるほど、似合わん敬語だ」

「そう言われるのにも、慣れました」


(挙句、服装まで始末だしな)


 宗彦に開けられたボタンは、今はしっかりしめている。


「余に対して軽薄な物言いは慎め、七崎悠真」


 冴が悠真をめつけた。


「余を、誰だと思っている?」

「すみません」


 冴の態度が軟化する気配は、うかがえない。


 ちなみに中身が真柄弦十郎と同一人物だと悟られないよう、冴と話す時は、普段とは抑揚をやや変えることにしていた。


「声をかけたとはいえ、貴様が路傍の石である現実に変わりはない。ゆめゆめ、それを忘れるな」

「わかりました。それで、俺に話とは?」

「先日の件だ」

「先日の?」

「貴様と黄柳院オルガに対する余の立ち振る舞いが、あまりに狭量だったと……それを、伝えにきた」


(冴……)


「余も忘れていた……恐怖は支配のいち手法として有用だが、恐怖のみで敷かれた王の覇道ほど脆いものはない。それは、歴史が証明している」

「歴史が好きなんですか?」

「歴史とは、同じ轍を踏まぬよう未来の支配者が学ぶべき教訓の集積だ。好嫌こうけんで判断するものではない。歴史とは敵を駆逐する弓矢であり、身を守る盾でもある」

「つまり……黄柳院先輩は謝罪に来たと、理解しても?」

「頭に乗るな」


 冴の声は、冷たい。


「余が心から謝罪を述べる相手など――」


 一瞬、冴は遠くの誰かを想う目をした。


「この世にはたった一人しかいない……貴様には、あの時の余の態度を訂正しに来ただけだ。あくまで”訂正”だ」

「なるほど」

「あの時の狭量な態度は……訂正しよう。余も貴様たちと無闇に敵対するつもりはない。それをこの場で、伝えておく」


 この時、冴の声はかすかに温度を持っていた。冴はやはり、何かを思い出している感じだった。


「あの女――黄柳院オルガには、貴様の方から余の意思を伝えてもらえるか?」

「……わかりました、承ります」


(すぐにオルガへの態度を変えるのは、無理だろう……だが、よくやったな……冴……)


 悠真は、わずかに微笑んで見せた。


「黄柳院先輩がただの怖い人でないと知って、少し安心しました」

「勘違いをするな」


 わずかに和らぎかけた冴の態度は、すぐ元に戻ってしまった。


「こうして余が訂正に出向いたのは、余が我が色を失わぬためだ。余を気まぐれへと導いたのは貴様ではない。もちろん、黄柳院オルガでもない。今回のことは、ある者が……余に、一つの言葉をくれたからだ」

「ある者、ですか?」


 憂いを秘めた顔をする冴。


「それは、貴様の知ることではない。それに今後、余が貴様へ格別の配慮をするわけでもない。以後、鏡子郎がある件で勧誘に来るかもしれないが……余は、貴様を認めるつもりもない」


(勧誘……例の部隊のことか。魂殻の力を外へアピールするのが目的の部隊だとすれば、黄柳院冴の立場としては、七崎悠真の入隊を認めるわけにもいくまい……)


「もう一度、念押ししておく――余にとって、貴様が路傍の石であるという事実には、依然なんら変わりはない」


 黄柳院にそぐう無慈悲さを帯び、冴は、悠真に言葉を叩きつけた。


「これまでも、これからもだ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 冴「これまでも、これからもだ」 この言葉が覆る日が待ち遠しい… 楽しく読ませていただいています。
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