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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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5.色の者


 放課後、アイから直接会いたいと連絡が入った。


 マガラワークスの事務所へ戻ると尾行の危険がある。まだ自分の仕事は完了していない。アイからそう言われたので、市内のカフェで会うことになった。


 悠真はオルガと別れると、家に戻って真柄弦十郎の身体と入れ替わった。


 その後少し遅れるとアイから連絡が入ったため、近くの公園で缶コーヒーでも飲みながら今後の計画を整理して時間を潰そうと考えた。


 そんな時、強力な気配を真柄のセンサーが感知した。しかしその気配はしばらくすると”消失”してしまった。違和感のある消え方だった。


(どんなに気配を消す技術に優れていようと、こんなにも急速に消失させられるものなのか……?)


 不審がっていると、背後から声をかけられた。その声の色を真柄は知っていた。


「巨大な気配が急におかしな消え方をしたから、何ごとかと思ったが……そうか、おまえの魂殻の能力か」

「急に現れて、すまなかった。その……車で移動している途中で、おまえの姿を見かけたのだ」


 声をかけた人物が、真柄の名を口にした。


「弦十郎」


 その”少年”は、七崎悠真と学園で相対した時と同じ人物と思えないほどの棘のなさで真柄を見ていた。


「冴」


 真柄は、自分から冴に近寄った。冴から遠慮している空気を感じ取ったからだ。


と会うのも、かなり久しぶりになるか」


 あごのひげを撫でる。


「ひげが生えていても、やはりわかるものか?」

「余がおまえを、見間違えようはずはない」


 真柄を見上げる小柄で華奢な冴。今の冴からは、人を平伏させる圧は消え去っていた。


「そうか……この公園に、何か用事でも?」

「いや……弦十郎を見かけて、車から飛び出してきた」


 真柄は優しく微笑みかけた。


「勝手に飛び出してきて、大丈夫なのか?」


 冴も柔和に微笑み返す。


「案ずるな。これでも余は黄柳院家の次期当主……それなりの権力は持っている」

「なら、いいが」

「その、だな……弦十郎……今、余は一時間ほど余裕がある……ここは、公園だが……」


 かすかな気後れを滲ませる冴。言葉や提案がとめどなく溢れてくるのだが、理性という水門がそれらを強固にせき止めている感じ、とでも言おうか。


(こちらから、迎えの船をやるべきだな……)


「そこのベンチで軽く再会でも祝すか。時間には少し余裕があるんだろう?」


 真柄はそう言って近くのベンチを指差した。奥まった場所で、木陰になっているベンチ。正面以外は木々に囲まれているので、人目も忍びやすいだろう。


「あ、ああ……喜んで、受けよう」


 真柄はベンチに行く前に、移動式の屋台に冴を誘った。


「飲み物はどれにする?」

「……カードは使えるのか?」

「心配するな。ここは、俺が持つ」

「だが――」


 ぽんっ


 冴の頭に、手を置く。


「弦十郎?」


 長身の真柄と冴が並ぶと、その身長差は歴然としている。


「俺と一緒にいる時は、おまえは”王”でなくていい」

「……わかった。弦十郎が、そう言うのであれば」


 冴の表情が緩む。その口もとが自然と綻んだ。


「どうした?」


 長いまつ毛を伏せる冴。陽光が照り返し、そのまつ毛が輝いて見えた。


「弦十郎の手の大きさと温かさは……やはり、安心する」


 くしゃり


 ベロア生地のごとく滑らかな冴の髪を、少しだけ、真柄は乱暴に撫でた。


「これでもか?」


 くすぐったそうに身体を縮めると、冴は少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。


「ああ、これでもだ」


 かすかに、弾んだ声。


(やれやれ、俺の方もひと安心だな……学園で再会した時はやや不安に感じたが……根っこの部分は、変わっていないらしい)



     □



 黄柳院冴との出会いは、真柄弦十郎がヨーロッパで傭兵をしていた頃のことだった。


 当時、主にマンホールチルドレンなのど身寄りのない子どもを攫って売り飛ばす”業務”を生業としている組織があった。


 ボスは”レーヌ”と呼ばれる中年女。”レーヌ”とはフランス語で”女王”を意味する。


 レーヌは人身売買で稼いだ金をつぎ込み、世界中から美少年をコレクションすべく、凄腕の傭兵を雇って強引な拉致を繰り返していた。


 そんなある時、外交のために祖父と共に欧州へ足を運んでいた黄柳院冴がレーヌに狙いをつけられた。


 護衛は黄柳院の私兵と、おまけ程度の”捨て駒”として雇われた現地の傭兵の混成部隊。


 当時は皇龍の身が危ないと考えられていたため、そちらへ護衛の人員を割きすぎたのがアダとなった。しかもレーヌが雇った傭兵は皆、当時腕利きとして知られる熟達の傭兵ばかりだった。


 金さえ積めばどんな仕事でもやる。


 そんな連中が集まっていた。


 黄柳院家の私兵は早々に全滅。混成部隊も、なすすべなく壊滅した。


 そうして黄柳院冴はレーヌに攫われ、行方不明となった。


 しかし、混成部隊の中に名を連ねていた”ガストーネ”というイタリア人男性の名を持つ傭兵が生き残り、冴を攫った車を一人で追っていた。


 レーヌの雇った傭兵は拉致の際の襲撃によって三十四名が命を落としていたが、そのうち三十二人を殺したのは”ガストーネ”という男だった。


 その”ガストーネ”こそ”ベルゼビュート”――真柄弦十郎であった。


 目鼻立ちのせいか、真柄は当時イタリア人と名乗っても通用したため、偽名としてイタリア人名を名乗ることが多かったのである。


 真柄はまず爆弾を仕掛けた車を数台、レーヌの組織のアジトへ突っ込ませた。それから、下水道からアジトに潜入した。


 大部隊に攻撃を受けていると錯覚するほど、次々と組織のメンバーが殺されていき、また深い闇に引きずり込まれていった。


 ボスの部屋の手前まで行くと、ボスのレーヌは混乱し、激昂していた。


「ななな゛な゛ぁ゛っ――なんなのよぉぉおおおおっ!? なんで!? なんで!? どうしてぇぇええええええええっ!?」


 それはオペラ歌手の声量どころの騒ぎではなかった。彼女は目を剥き、歯茎から血を流し、果てしなく絶叫していた。目玉が飛び出るのではないかと思えるほどの叫喚ぶりだった。


「どうしてサエが、よぉぉおおおおっ!? あぁぁああああぁぁぁぁああああああああぁぁぎぃぁぁああああぁぁぐげぇぇぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛―――――――っ!!!」


 真柄は黙したまま、微塵も震えのない静止的な構えを維持し、二発、立て続けけに発砲した。


 弾丸は二発とも、唾を口から撒き散らしながら錯乱するレーヌの後頭部を、無感動に撃ち抜いた。


 服を脱がされる途中だったとおぼしき冴に駆け寄ると、真柄は驚いた。


「……黄柳院冴は、男だと聞いていたが」


 幼い冴は、滑らかな肌の丸い肩を恥じらうように縮めた。冴は力なく項垂れ、膨らみかけの胸もとを抱くようにして隠した。


「余は――」


 それは、恐怖と絶望に震えた声だった。


 そして力なく座るの足元には、奇怪な紋様の描かれた白い手袋が落ちていた。




 これが今年最後の更新となります。2016年の秋頃から不安になりつつ(現在進行形ではありますが)連載を始めたこの作品ですが、お読みくださっている方々にはとても感謝しております。ご感想や評価等でも応援してくださり、ありがとうございました。年内完結も考えていたのですが、とりあえず今のところは来年もまだ続ける予定で書いております。よろしければ来年も、完結までゆるゆると『ソード・オブ・ベルゼビュート』におつき合いいただけましたら嬉しいです。


 それでは、よいお年を。

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