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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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3.攻勢の機

 冴の姿が校内へ消えると、場の空気は元に戻った。皆、別世界へ一時的にいざなわれていたかのような反応をしている。


「ふぅ……なんか俺、さっきすげぇ緊張したよ。あれが、圧倒的なカリスマ性ってやつなんかな?」

「すごい迫力だったよな……あんなの、同じ人間とは思えねぇよ」

「改めて思ったけど……五識の申し子って、色々と格が違いすぎるだろ……」

「ああ、さすが冴様」

「黄柳院冴の魂殻に強さで対抗できる人って、この国だと同じ五識の申し子くらいだって聞いたけど……すごすぎるよね。住む世界が、違うっていうか……」

「朱川先輩もヤバいって話は聞くよね。噂だと、どこかの凶悪なテロリストの組織を一人で壊滅させたって話だし……」

「それにしても冴様が黄柳院オルガに話しかけた時は、息が止まるかと思ったぁ……やっぱり、仲がいいって感じじゃないんだね」

「けどやっぱ五識の申し子も、七崎悠真には注目してるみたいだったな」

「そりゃそうさ……ランキング上位には辞退して名を連ねてないらしいけど、転入してからのあの短期間でこの学園の上位三名を倒しちまったんだから……」


 集まる視線を意に介さず、悠真は立ちつくすオルガに声をかけた。


「大丈夫か、オルガ」

「……はい」

「気落ちしているようだな。いつもの元気は、どこに行った?」

「……七崎くん」

「ん?」

「やはりわたくしは……黄柳院の者として、永遠に認められない運命なのかもしれませんわね」

「まあ、そこはトーナメントで優勝してからの話だな」


 悠真は即答した。オルガの白い唇に、わずかばかり血の気が戻る。


「あのお兄さまを前にしても動じないなんて、さすが七崎くんですわね……」

「そんなことはない。俺だってハラハラしていたさ。なんたって相手は、あの黄柳院冴だからな」


 力なく苦笑するオルガ。


「まるでそうは見えませんでしたけど?」

「ポーカーフェイスは得意なのさ。だからにらめっこには、滅法強い」


 オルガに自然な笑みが灯る。


「なんですの、それ?」

「反面、相手を笑わせるのは苦手だがな」


 温かみを取り戻した顔をするオルガ。


「……七崎くんが一緒にいてくれて、よかったですわ」


 今日の昼食は教室に戻って食べるのに切り替え、悠真はオルガとその場を離れた。


「さっきは助け舟を出してやれなくて、すまなかったな」


 かぶりを振るオルガ。


「いいえ、そんなこと気にしないでください……なんたって相手は、あの黄柳院冴なのですから……ね?」


 冗談めかして言うオルガに、悠真は優しく微笑みを返す。


「その調子だ」

「……強がり、ですけれど」

「若いうちは強がりも大切さ」

「それでも、お兄さまの前だと強がれませんわね……」

「黄柳院冴と言えど、俺たちと同じ人間だ。人ならざる怪物というわけではない。それだけは、理解しておくといい」

「ふふ……七崎くんは、この世に怖いものってありますの?」

「怖いもの、か」


 久住彩月の顔が脳裏をよぎる。


「あるさ……俺にも、怖いものくらい」

「……七崎くん?」

「おまえが思っているより、俺は臆病な人間だ」



     ▽



 七崎悠真は午後の魂殻授業を受けていた。


(昼休みの一件で、黄柳院冴とオルガの関係性の一端は垣間見ることができたが……)


 黄柳院冴は七崎悠真にもよい感情を持っていないようだ。ただ、あの様子なら今後向こうから悠真に干渉してくる可能性は低いと考えられる。


(しかし、朱川鏡子郎か……今後あの男が継続して干渉してくるとなると、他の申し子に七崎悠真がマークされる可能性も出てくるな)


 悠真はオルガを眺めた。


 学園内を違和感なく動き回れる人間で、かつ、オルガの置かれた立場を最低限把握している人物が必要となる。


(その条件なら今は一応、ティアを動かすことができるか……現時点でティア・アクロイドが俺を裏切る確率がゼロと考えるのは、客観的に考えれば、あまりに早計だろうが……)


 しかし悠真は、ティアを信頼してもよいと考えていた。


(それに、いざとなれば久住や氷崎を通してやや強引に俺のところの”従業員”を潜入させる手もある……)


 オルガを取り巻く勢力に対し、そろそろこちらから仕掛ける。


 今、悠真はそれを考えていた。


 御子神一也とキュオスの関係性は現在、アイが追っている。


 黄柳院へのスパイは当面、ティアに任せる予定だ。


(なら、俺は”七崎悠真”のデータへのアクセス関連をつついてみるとするか。そっちが片づいたら、アイかティアの仕事を手伝う流れだな)


 どうあれ、いずれはオルガの護衛にも七崎悠真以外の力を割り振る必要がある。彼女の父である黄柳院総牛の手配した護衛が片手落ちの状態だとわかった今、学園外でのオルガの身の安全は十分と言えない。


 さらに五識の申し子の存在が、今の悠真にとってはいささか厄介と言えた。


 彼らに周囲をうろつかれると”七崎悠真”としては動きづらくなる。


 注意すべきなのは悠真に興味を示している朱川鏡子郎だけではない。葉武谷宗彦や青志麻禊にしても、一癖も二癖もありそうな人物だ。


 第一殻識学園に戻ってくる予定が早まったと聞いていたから、彼ら申し子のこの時期の帰参は久住も予定外だったのではないだろうか。


(オルガの代わりの護衛が手配できそうなら、七崎悠真は……近々、欠席がちになるかもしれんな……)


 とはいえ、まだしばらくは学園内でのオルガの護衛を続けるつもりだ。


 今のところ、動くのは放課後以降でいい。


「どうしましたの、七崎くん? ぼーっとして」


 すっかり元通りになったオルガが、前かがみで悠真に微笑みかけた。


「おまえのことを、考えていた」

「へっ!? わ、わたくしのことをっ!? し、七崎くんったら……恥ずかしいですわ……」


(やれやれ……)


 悠真はあごを下げ、かすかに口もとを綻ばせる。


(俺がこの娘に珍しく個人的な”感情移入”をしてしまっているのは、認めなくてはいけないだろうな……)



     ◇



 五識家の四人は、案内された応接室で新設の部隊に関する話し合いを続けていた。


 宗彦がきっちりと仕切ったおかげか、はたまた禊が円滑に話を回したおかげか、車中のような剣呑な空気とはならかった。あるいは話し合いが滞りなく進行したのは、七崎悠真と顔を合わせてからの鏡子郎がどことなく上機嫌だったせいもあるだろうか。


 学園が下校の時間となると、四人も解散することになった。


 ここからは各家の長男としてこなすべき別々の仕事が待っている。


 申し子が集まって話し合う案件は主に学園の授業時間と重なっている。午前中は次期当主としての特別な教育を受け、午後はこうして五識の申し子としての会議をする。これが彼らの日常だった。


 ちなみに彼らは、食事も学園の購買や食堂で提供されるものとは違う。この学園の調理場の一角に、他より豪華な調理器具の揃った仕切りスペースが存在するのは、彼らに料理を提供するためである。


 宗彦がほうじ茶をするる。


「西の連中にも、来年には部隊入りできそうな人材が何人かいたな……今年は難しいが、来年は部隊の人数も増やせそうだ」


 ミルク入りのコーヒーを飲み干し、鏡子郎が言う。


「テメェと虎胤は西寄りだから、二人は向こうに残ってもよかったんじゃねぇか? 今日は虎のやつがいねぇがよ……五人で移動してばっかだと、むさくるしくて仕方ねぇぜ」

「むさくるしいとは、心外だな」


 淡々と文句を言う宗彦。鏡子郎がどかっとソファにもたれ掛る。


「五識の申し子には、一人くれぇ女が生まれてもよかったのかもなぁ……」

「おまえはまず女に興味を持ってから言え、鏡子郎」

「そいつは、オレに興味を抱かせる女がいねぇ世の中の方が悪ぃだろ」

「理想は高いくせに視野が狭いんだよ、キョウは」


 禊がにこやかに棘を刺す。


「るせぇよ、禊」


 タブレット型端末のディスプレイをスワイプしながら宗彦が言う。


「まあ、女の申し子は次の代に期待だな。もっとも今の条件を再現するなら……この中の全員が子を設けるという条件が、必要になるが」

「養子でいいだろ」

「寝言は寝てから言うことだ」

「テメェこそ寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ、宗彦……家が続かねぇよりは、何十倍もマシだろうが。ったく……やっぱ、頭のかてぇテメェは西に置いてくるべきだったかもな」


 険のある物言いだが、今の鏡子郎に昼の車中ほどの刺々しさはない。鏡子郎はいつもあんな感じである。だから、宗彦も禊の対応も慣れたものだ。


 宗彦が湯呑みを置き、すらりと長い足を組む。


「むしろ俺は、西の第二の方が居心地がよかったがな。東はどうも息苦しくてかなわん。空気も悪い」


 葉武谷の本家は西にある。


「だったら、その言葉遣いもお得意の西寄りに直していいんだぜ?」

「残念だが、今は家族の者にしか使わないと決めていてな。おまえたちには、もったいない」

「チッ……そんなんだからテメェは、昔から人の輪に入れねぇんだよ」

「違うな」


 眼鏡の蔓に触れる宗彦。


「俺の方が、入ってやらんのだ」

「ハッ……無愛想野郎が、よく言いやがるぜ」

「冷静沈着と言え、鏡子郎」

「テメェは無愛想が色素沈着してんだよ、宗彦」

「…………」


 悪態をつきつつ、さらにソファへと深く沈み込む鏡子郎。


「ところで、七崎悠真と黄柳院オルガの件だが――」

「新設の部隊に関する黄柳院オルガの件はおまえの好きにしろ、鏡子郎」


 会議が終わってからずっと黙していた冴がそう口を開き、立ち上がる。


「朱川の方で面倒を見るのであれば、黄柳院としては黙認してもよい」


 ダンッ


 鏡子郎が、かかとを卓の上に叩きつけた。


「……最低値の方には、ずいぶんと冷てぇじゃねぇか」

「当然だ。あの男の持つ能力は、部隊の理念に反している。それが黄柳院の意思だ」


 横へ滑る鏡子郎の目が、冴を静かに睨みつけた。


「黄柳院じゃなくてよ、の意思はどうなんだ?」

「愚問だな。そんなものは存在しない。余こそが、黄柳院の意思そのものなのだから」

「……そうかよ」

「会議の時間は過ぎている。先に帰らせてもらうぞ」

「冴」


 退室しかけた冴の背に、鏡子郎が声をかけた。


「黄柳院の意思ってのは、テメェにとってそんなにも大事なもんなのか?」


 普段の鏡子郎と比べ、その声にはどこか真摯な響きがあった。


 冴は粛然ととうを返す。


「他に、何があるというのだ」


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