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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第三章 SOB アウトフィールド
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1.凱旋


 その日の昼休み、蘇芳十色は出迎えのため校門で待機していた。


 は二学期から復帰と聞いていたが、予定が早まったそうだ。


 五識の申し子たち。


 この殻識学園において隔絶した地位にいる少年たちだ。


 彼らが隔絶しているのは五識の子という血統的地位によるものだけではない。彼らは有する能力も他の殻識生と隔絶している。この第一殻識学園で彼らと張り合える可能性があるとすれば、膨大な霊素量を持つティア・アクロイドくらいだろうか。


(いや……もう一人、霊素値と関係のない次元で渡り合えそうな男がいたな……)


 七崎悠真。


 反面、十色は確信に近い予感を持っている。


 ティア・アクロイドや七崎悠真がいかに戦士として優れていようと、あの申し子たちに勝てるビジョンは見えない。


(特にあの方はもはや、ヒトの域を――)


 その時、一台のリムジンが滑り込んできた。


 車は校門前で停止。


 助手席のドアから人が出てきて、後部座席のドアを開ける。


「はっ、ここもさっぱり変わんねぇな。面白味のねぇ風景だ」


 悪態をつきながら最初に姿を現したのは、朱川鏡子郎。


「俺たちがここを空けていたのは大した期間じゃない。そう簡単に外見そとみが変わられても困るだろう」


 次に降車し鏡子郎と肩を並べるのは、葉武谷宗彦。


 長身の二人がああして並び立つと独特な迫力がある。


「懐かしの我が家って感じだね」


 続き、青志麻禊が降車。


 校門近くの広場のベンチにいた生徒が、降車してきた鏡子郎たちに気づいた。


「――って、あれキョウ様じゃん! 宗様もいる! ちょっと千尋! 今すぐシバっち呼んでくるべきだって!」

「え!? カラゴが戻ってきたの!? ほんとに!?」


 色めいた声がたちまち伝播していく。


 騒がしくなりそうだと思いながら、十色は鏡子郎に歩み寄った。


「出迎えに来ました。くつろげる部屋を用意してあります」

「堅っ苦しいその物言いはまだ治ってねぇみてぇだな、十色」


 そう指摘した鏡子郎に対し、十色は恭しく頭を下げた。


「いえ……五識家の者に対し、無礼があってはいけませんから」

「それより十色よぉ? テメェ……この学園で霊素が最低値の生徒に、特例戦で負けたそうじゃねぇか?」


 鏡子郎が十色を見下ろす。十色の方がわずかばかり鏡子郎より背が低い。


 十色は取り澄まして答えた。


「返す言葉もありません。ランキング二位の自分が最低値の生徒に敗北したのは、事実――ぐっ?」


 十色の腕を鏡子郎が盛大に叩いた。


「辛気臭ぇツラぁしてんじゃねぇよ、十色」

「……学園を統括する立場にある生徒会長としては、あってはならない敗北でした」


 鏡子郎が十色の足にローキックを放つ。

 

 ガッ


「……っ」


 それから鏡子郎が、今度は軽く十色の腕を叩く。


「例の特例戦、試合映像を観たが……安心しな。あの七崎悠真って男に敗北しようが、テメェの価値は一ミリも下がっちゃいねぇよ」

「…………」

「これからもきっちり頼むぜ、生徒会長」

「……はい」

「よし」


 グッ


 任せたと言わんばかりに、十色の肩に力強く手を置く鏡子郎。


 やはりこの人の器にはかなわないな、と十色は思った。


「お優しいことだな、鏡子郎」


 そう言って、気品すら感じさせる動作でゆったりとリムジンから姿を見せたのは黄柳院冴。


「あ? 優しさだと? はっ……今のは、ただの事実だろうが」

「安易な慈悲は敗北者の気を緩ませるだけだ」

「ならテメェは生涯、誰にでも厳しくしてりゃあいい。だが、オレにはオレの主義があるからな」

「……そうだな。不毛な会話は、これまでとしておこう」


 黄柳院冴にあのような不遜な物言いができるのは、この学園ではおそらく朱川鏡子郎くらいであろう。


 他の三人はあれほど冴に食ってかからない。


 十色は気づく。


「鐘白さんの姿が見えませんが……」

「虎胤のやつは、定番の遅刻だよ」


 ポケットに手を突っ込んでリムジンの来た方角を眺めながら、鏡子郎が舌打ちをした。


「あの野郎、いつまで経っても寝坊グセが直りやがらねぇ」

「直す気がないというのが、正しいな」


 宗彦が言い添えた。


「きゃーっ! 虎ちゃんがいないけど、カラゴが来てるーっ!」


 いつの間にか校門の付近には、数えるのも面倒なほどの生徒が集まってきていた。


 主に飛び交うのは、黄色い声。


「あぁ! やっぱりキョウ様、素敵すぎる……っ!」

「あの宗様の冷たそうな顔つきがいつ見てもゾクっとくるんだよねー……ああ、宗様ーっ! こっち見てーっ!」

「禊くーん! ああ、禊くん……かわいい……」

「ちょっと! 禊くんはかわいいじゃなくて、かっこいいのカテゴリーでしょ!?」

「冴様……う……美し、すぎ……ます……う、うーん……ブクブク……」

「ちょっと! 敦子が泡吐いて倒れたんだけど! ていうか、一体いつの時代のリアクションなの!?」

「だめ……冴様は、こ、神々しすぎて直視できない……」


 男子のつぶやきがまじる。


「カラゴがついに、帰ってきてしまった……お、俺たちの時代が終わった……」


 佇まいの見映えのよさや容姿が優れているのもあってか、とかく、五識の申し子たちは異性の気を惹く。


 彼らの行く先々では、これもよく目にする光景だ。


(あるいは彼らの持つカリスマ性のようなものが、嫌でも人を惹きつけてしまうのかもな……本来ならカリスマは、生徒会長のような人の上に立つ者にこそ必要な資質だが……こればかりはな……)


 五識の四人が、歩き出す。


 すると、海が割れるようにして彼らの道が作られた。


 十色は先導などという不敬はせず、召使いのごとく四人のあとに続く。


 先頭から冴、鏡子郎、禊、宗彦と、緩い列をなして歩く。


 その光景は、まるで戦で勝利した武将たちの凱旋のようでもあった。


 同性の十色であっても、華を持つ四人だと感じられる。彼らの存在する場所は、どこであっても煌びやかな舞台と化してしまうのかもしれない。そう思わせるほど、彼らには特別な”何か”がある。


 見飽きた光景とばかりに、鏡子郎が、つまらなそうな顔で髪を後ろに撫でつけた。


「西も東も、こういう小うるせぇとこは変わんねぇな……こっちの生活も、見飽きた光景ばかりじゃねぇといいが……」

「おまえはどこに行っても愚痴ばかりだな、鏡子郎」


 呆れた調子で宗彦が言う。


「こんだけ飽きが溜まってくると、愚痴の一つくらい飛び出すってもんだろ」

「殻識生としての俺たちは宣材にすぎない。そこを理解し、我慢しろ。おまえにはな、鏡子郎……忍耐が足りないんだよ」

「るせーよ、宗彦。オレは煩わしいのが嫌ぇだからな……二重の意味で、オレは切り捨てんのが早ぇんだよ」

「そういえば、第二の女子もキョウには取りつく島すらないってぼやいてたみたいだしねぇ。でもさ……そんなに切り捨てるのが早いと、深い関係を結ぶ可能性すら生まれないんじゃない?」


 禊が軽やかに問いを投げる。


「可能性か……このオレに未知の可能性を感じさせる人間がいりゃあ、是非とも会ってみてぇもんだが――」


 やや離れて自分たちを取り囲む殻識生たちを興味なさげに眺めながら、鏡子郎が続ける。


「どいつもこいつも、可能性は感じねぇ」


 すると、鏡子郎が立ち止まった。


 今ほど昇降口から出てきた二人の生徒。


 二人はビニール袋と弁当の包みを手にしており、五識の申し子たちの見物に来た感じではなかった。


 先頭を歩いていた冴も立ち止まる。宗彦と禊も、それに倣った。


 二人に目を留める鏡子郎が、口の端を吊り上げる。


「いや……可能性を感じる生徒も一応、いるにはいたな……」


 緊迫の鼓動が胸を打ったのを、十色は感じた。


(黄柳院オルガと――)


 朱川鏡子郎の瞳が捉える、二人の生徒。


(七崎悠真)


 当初は第二章で一旦完結にしようかと考えていたのですが、このまま第三章突入としました。もう少しこの物語におつき合いいただけましたら幸いです。

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