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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
55/133

26.ソード・オブ・ベルゼビュート



     △



 昨日、七崎悠真は斑鳩にもう一つ頼みごとをしていた。


 リストを呼び出しソード型コモンウェポンを選別している斑鳩へ、悠真はもう一つの頼みごとを伝えた。


「悪いが、コモンウェポンの霊素値……攻撃力の調整も頼みたい」

「ん? 要するに、コモンウェポンの攻撃力を引き上げるってことかい? うーむ、そいつはなかなか難しい注文だな。今のところ、どうしてもコモンウェポンには限界があるからね。だから、望みに応えられるかというと――」

「いや、逆だ」

「逆?」

「攻撃力を下げてもらいたい」


 斑鳩は数秒、思考を停止していた。 


「なんだって? 攻撃力を下げる? あのティア・アクロイド相手にかい?」

「ああ、そうだ。それと……ティア・アクロイドの過去データから、あの娘の魂殻の最大防御値を可能な限り算出してもらいたい」


 HALが捉えていた放課後の蘇芳十色との戦闘映像からも、得られるデータがあるはずだ。


「戦う相手の防御値を知りたいっていうのはわかるけどね……しかし、あえて攻撃力を下げるっていうのは……」


 斑鳩が、ふぅむ、と唸る。


「まあ君のことだ。何か考えがあるんだろう。で、あえて攻撃力を下げる理由を聞いても?」


 悠真は巻いてあった包帯をほどき、小指をみせた。


「その指……」


 小指は腫れ上がり、内出血を起こしている。


「意識的に威力を抑えて試してみたんだが、七崎悠真の身体では見ての通りだった」


 包帯を巻き直す。 


「それでも今回は、を使わざるをえない相手らしい」

「なるほど。身体への負荷を抑えるために、攻撃力を削るってわけか」

「少し、違うな」


 悠真は蠅の王の貌を覗かせ、真相を告ぐ。


「これは、ティア・アクロイドをの処置だ」



     ▽



 イメージは、糸。


 糸を束ね、最終的にはイメージを一本の弦へと仕立てあげる。


 開始点は、足。


 エネルギーの最大点に到達した時に”弦”は完成する。


 開始点に生じたエネルギーを”1”とする。


 体内で糸を紡ぎ、束ね、段階的に糸の強度を上げていく。


 足の底から、膝、もも、腰、腹、胸へと、糸は太さを増しながら紡がれていく。


 剣を握る右腕を目指し。


 最初に発生した”1”のエネルギーは”2”へ。


 さらにその”2”は”32”へ。


 右腕の先に達する頃、足の底で生まれたエネルギーは、数百倍にまで跳ね上がっている。


 あとはインパクトの瞬間に、その膨張したエネルギーを解き放つだけ。



 ()の名を”極弦きょくげん”。



 極へ達するこの弦を紡ぐための最初のトリガーが、剣型の武器であった。


 しかし問題もある。剣型の武器を使用すると、この弦が無意識に紡がれてしまう。トリガーが意図せず引かれてしまうのだ。


 ゆえに剣を使用する相手は、選ばねばならない。


 かつて”極弦”を知る者はこう言った。


『人体のことわりを超えたその技は、まさに必殺と呼べるだろう。だが、その必殺の性質ゆえに扱いに困る技とも言える』


 必殺。


 自らの制御で命の保証を発行できない凶の


 それが”極弦”の撃である。


 必殺を成立せしめるこの弦を、真柄弦十郎は最大十本まで紡ぐことができた。


 ただし先日の試用感覚からすると、七崎悠真の身体では、おそらくは最大で七本が限界。しかも最大数を紡げば、七崎悠真の身体は修復不能なまでに破壊されるだろう。ティア・アクロイドの生存率も急激に低下する。


 だからこの特例戦で紡ぐのは、三本まで。この本数が、七崎悠真の身体を今後も存続させるための限界本数。真柄弦十郎の身体であれば、連続で数時間放ち続けても、三本であれば身体への影響は皆無に等しい。


 しかし七崎悠真の身体では、一撃が限度。



 十分。



 足から、右腕を目指す一本。


 左手から、足を目指す一本。


 左手と足の両点から、腰を目指す一本。


 王は、三の弦をもって――嵐巻き起こす黒き聖騎士を、討つ。 


 ――ミシッ――


 七崎悠真の身体が、糸を紡ぐ過程で軋みを上げた。


(三本紡げれば上等だ、七崎悠真)



 弦は、極へ。



 超高圧縮の霊素刃を今まさに放たんと、ティア・アクロイドの腕が駆動を開始。


 隙を見つけるのも機先を制すのも至難の強の者。


 だが――糸辿る道筋は、



 蠅王の剣はすでにおのが意識の敷いた王の道筋を、ただ、なぞるだけでいい。



     ◇



 ティア・アクロイドは、なぜ自分が七崎悠真に戦いを挑んだのかを、改めて問い直していた。


 今、七崎悠真は剣を構えている。


 彼が今手にしているものは、勝利を与えぬ剣ルーザーソード


 次にティアが攻撃を仕掛ければ(決断すれば)、この特例戦(茶番) 終結 エンドロールとなる。


 だから、この問い直しユースレスは、無駄な思考ユースレスといえる。


 しかしとめどなく溢れ出る感情ピストンが、思考の弁に詰まった迷いジャンクを押し出した。


 なぜ自分は七崎悠真アレに戦いを挑んだのか?


 楽しめる相手(好敵手)だと思ったから?


 違うノー


 否定ノーであり肯定イエス


 最初は楽しめそうな相手スペシャルトイだと感じた。


 戦い(娯楽)を望んだ。


 今の殻識学園(箱庭)で唯一、自分の望む楽しい光景バトルパラダイスを見せてくれそうな男だと思った。


 しかし思い返せば、もう一つ、自分の中には別の感情アナザーテリトリーが生まれていた気がした。


 それは、漠然とした恐怖シャドウ


 戦いを急いだのはなぜか?


 ティア・アクロイド(聖騎士)特例戦(処刑)の日を急いだのは、なぜか?


 その恐怖シャドウを、一刻も早く、この手にある黒と白モノクロ()で打ち払いたかったからではないか?


 ある夜ティアは、食い入るように《不死なる白銀王(蘇芳十色)》と七崎悠真シャドウの特例戦を観ていた。


 七崎悠真シャドウは、何かが不吉(邪悪)だった。


 直感的に、聖騎士パラディンとして息の根を止める(殲滅する)べきだと思った。


 そうしなければ、いずれ自らの王国ティア・アクロイドが侵略されてしまう気がしたからだ。


 自らの王(最強)であること。


 それがティア・アクロイド(聖なる王国)存在証明レゾンデートル


 精神の王国(寄る辺)


(私は一体、あの男のに心を乱されていたというのでしょうか……)


 渦巻く感情メイルストロムが、絶対命令(必然)として七崎悠真シャドウとの戦いを急がせた。


「――――ッ」


 ティアは意識(王国)から 靄 (迷宮)を取り払い、気を取り直すリカバリー





 ――両手モノクロ霊刃(聖性)を、最大出力アルティメットに――



 ありえない(絶対勝利)



(勝つのは、この私(聖騎士)……聖なる影シャドウに、怯えるのは――)



 解放アタック



(どう見ても悪魔あなたの方です、七崎、悠――――)



「――――――――」



 それは、刹那と呼べるほどの 空隙 エアポケットだった。


 意識に一本の白い閃光が走ったかと思ったその瞬間、味わったことのない未知の衝撃が、ティア・アクロイドの身体を襲った。


(――――、……………………え?)


 気づくと頬に硬い感触。


 魂殻が解除される感覚が続く。


 意識がトぶ直前、自分は攻撃を仕掛けたはずだ。


 だったはずだ。


(突如として出現した強烈な衝撃に、打たれた……?)


 例えば、意識外からスピードの出ている車にでも引かれたら、あんな唐突な衝撃の感覚を味わうのだろうか?


(一撃……? この私が、まさかたった一撃で沈んだとでも……? 何に? あの男に私は、何をされたのですか? この目で追えぬ速度の攻撃が、この世にまだ存在していたなど……)


「ぁッ……ぅ……ぐ……」


 ヒューッ、ヒューッ


 口からは声にならない苦しげな息が、たよりなく漏れるだけ。


 むしろいま意識を保てているのが、不思議なくらいだった。


「おまえの魂殻には、俺の想像以上の防御力があったらしいな……そこは嬉しい誤算だった」


「あっ――」


 あごを持ち上げ、頭上を仰ぐ。



 口もとから血を流す黒き影の王(七崎悠真)が、立っていた。



 会場の歓声が巨大な波へ移り変わってゆく中、HALが勝者の名を告げる。



『勝者、七崎悠真』



     ◇



 全身の痛みは、ひどいものだった。


 右腕は文句と悲鳴の大合唱となっている。右手の指は総じて動かない。


 蘇芳十色の時と同じ甘えの感情が、かすかに悠真の胸の内に湧き上がる。ここで気を失って倒れていいなら、どんなに楽だろうか。


(ここで気絶したら、オルガの胃に穴が空くかもしれんしな。それに、格好もつくまい……しかし――)


 ボロボロになった右手を眺める。


(どうにか全壊は免れたらしい)


 遠のいていた歓声が耳へ戻ってくる。ほとんどの観客が驚愕と興奮を帯びた言葉を発していた。


 ふと、蘇芳十色と目が合う。


 一瞬だけ口もとを綻ばせていた気がした十色だったが、悠真と目が合うと口もとを斜めにし、もう用事は済んだとばかりにいち早く試合場から立ち去った。


 オルガは席から立ち上がり、胸の前で手を組み合わせていた。それほどこの試合中に気を張りつめさせていたのか、その目もとには涙が光っている。


「し、ちさ、きっ……ゆぅ、ま……っ!」


 床を這うティアが意識を取り戻し、立ち上がろうとしていた。


(三本の撃とはいえ、”極弦”の一撃を受けたにもかかわらずもう意識を取り戻したか……大した娘だ)


 悠真は手を差し伸べかけたが、途中でやめた。ティアが、再び意識を失ったからだ。


 ティアが、HALの指示で駆けつけた救護員に運ばれていく。


 悠真は試合場からティアが運ばれていくのを見届けると、戦台に落ちていた剣を、まだ痺れの残る左手で拾う。


 剣には、ヒビが走っていた。


(だがこれで、一つ確証へと近づいた)


 悠真はティア・アクロイドの戦闘能力を思い返しながら、剣の柄を左手で握り込む。


(殻識生としては規格外の霊素値を持ち、そして――)


 ――ピシッ――


(過剰ににこだわる人物)


 ヒビが一本、剣身に追加された。


トーナメントで優勝させないために送り込まれたかは、もはや、ほぼ明白だろう)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 十河さんとの繋がりがあって、面白かったです。十河さんのときやけに描写があっさりしすぎていて、少し物足りなかったですが、こっちはメチャメチャかっこよかったです。 [一言] 極弦シーンがかっこ…
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