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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
54/133

25.灰色の最低値VS黒の聖騎士


 翌日、悠真は朝の教室でティア・アクロイドと特例戦をすることになった件をオルガに伝えた。


 ギィッ!


 話を聞き終えるなりオルガは腰を引くと、勢いよく椅子から立ち上がった。


「わたくしが帰ったあとに、そんなことがありましたの!?」


 話を聞いている最中の表情の変化を微妙に愛おしく感じてしまったのを、悠真は不覚に感じた。


「大した話じゃないさ」

「大した話ですわ!」


 前かがみになって顔を近づけ、オルガが小声で囁く。


「あの蘇芳先輩を一切寄せつけずに倒しただなんて、もはや普通の殻識生のレベルではありませんわ」


 十色の名誉を考え、声量を落としたのだろう。オルガが頬を赤くする。


「わ、わたくしを守ってくださるのは嬉しいですけれど……今回は、相手が悪すぎる気がします」

「一筋縄でいかない相手なのは、確かだろうな」

「前回のトーナメントで見た時は、そこまでの実力とは思えませんでしたのに……」

「力をセーブして戦っていたそうだ」


 しょんぼりと肩を落とすオルガ。


「それを見抜けなかったとは……反省ですわね」


 相手に合わせて戦闘能力を下げられる者は、総じて高い技量を持つ。


 ここから、ティアはただ異常な霊素値を持つだけの人間ではないとわかる。戦闘のセンス自体も優れているのだ。


「おまえの戦闘中に本質を見抜く洞察力は、今でも十分だと思うがな」


 過去の特例戦でもオルガは、他の者が気づかぬ点に気づいていた。


「ほ、本当ですか!? は、はぁぁ……っ!」


 ほわぁぁん


 桃色のゆるみ切った空気がオルガから発せられる。


「七崎君に戦闘のことで褒められると、なんだか嬉しいですわねっ」


 オルガはそう言いながら椅子に座り直し、机の上へ身を乗り出した。


 押し出した胸が凶悪に、腕の上へのっかる。罪悪感を宿した男子たちの緩んだ視線が、その一点へと注がれていた。


「くすっ……わたくしの洞察力も、なかなかのモノですわねっ?」


 ウインクしてくるオルガ。


(この無防備さの方にも、その洞察力を働かせてもらえるとありがたいものなんだが……)


 オルガに身を引かせるために、悠真は言った。


「そう顔が近いと照れくさい……少し、離れてくれるか?」

「え? 照れ――は、はい……っ!」


 オルガは後ろへ身を引くと、消え入るような声で「し、七崎くんはあれでもしっかり照れてくれていたのですね……っ」と何やら感動していた。


(やれやれ……)


 話題を切り替える。


「それと一つ……これはあくまで、予感レベルの話ではあるんだが」


 その感覚は、ティア・アクロイドとの特例戦が成立した時になんとなく感じたものだった。予感を確信たらしめる材料は何もない。だが同時にそれは、確信に近い予感であった。


「予感レベルの話? 一体、なんですの?」


 曇り始めた窓の外を眺め、悠真はその予感を口にした。


「七崎悠真がこの学園で特例戦を行うのは、これで最後のような気がするんだ」



     ◇



「大盛況、ですわね」


 放課後の試合場には大勢の観客が詰めかけていた。


 黄柳院オルガの目に映る会場の席が、次々と埋まっていく。


「七崎君の特例戦には、何か惹かれるものがあるんだろうね」


 隣の席に座る狩谷が会場を見渡しながら言った。


「前回の特例戦は、普通の殻識生の視点で見るなら素直には受け入れがたい試合と言えましたわ。ですが今回の特例戦の観客数は、減るどころか増えている……」


 オルガは、戦台の中央で対峙する七崎悠真とティア・アクロイドを眺めた。


(今日の七崎くんの武器は、ソードタイプ……)


「世の中って意外と、受け入れがたいものほど人の心を掴んだりするからね。不満不平が出るってことは、それだけたくさんの人に興味を持たれているって証拠でもあるんだよ」

「俗に言う、悪意より無関心の方が怖いみたいな話でしょうか? わたくしはその理屈、あまり好きではありませんわ……悪意を受けるよりは、放っておいてほしいと思いますもの」

「うーん、そこは人によるだろうね。悪意が集まったとしても、それで注目さえ集められれば勝ちと思う人もいるだろうし」


 ため息が漏れる。オルガは膝に肘をつき、手にあごをのせた。


「わたくしには、ずるい大人の理屈に聞こえます」

「はは……大人は悪意すらをも利用する、って意味で受け取ったのかな?」

「いいえ。大人ほど他人の感情に対して鈍感になるものだ、と聞こえました」


 狩谷が苦笑する。


「うーん、黄柳院さんは大人だなぁ……」


 そんなやり取りをしているうちに、試合開始の時間が迫ってきた。


 観客席には蘇芳十色の姿もあった。会場の隅には、忌々しそうに悠真を睨みつける南野萌の姿も確認できる。教師陣の数も前回より増えていた。


(あれは……? たまに保険室にいる、斑鳩先生?)


 珍しい人物も観戦に来ているものだ、とオルガは思った。


(しかし……ティア・アクロイドがあの蘇芳先輩を一蹴するほどの実力者だったとは、知りませんでしたわね。緻密な試合運びであの”不死なる白銀王”からどうにか勝ちを拾った七崎くんに、勝ち目はありますの……?)


 思い直し、胸に手を置く。


(いいえ……わたくしが彼の勝利を信じなくて、どうするんですの? 七崎くんなら、きっと勝ちますわ。だから――)


 悠真のこの戦いのすべてを見逃さぬよう、気を引き締める。


(この試合からは、絶対に目を逸らしてはなりませんわ)



     ◇



 ティア・アクロイドは今日も笑み一つなく、変わらずクールな面持ちだった。


「前回トーナメントの決勝以上に、会場が盛り上がっている気がしますね」


 対する悠真も、はたから見れば冷静と映っているであろう。しかし内心、穏やかとは言い切れない心持ちであった。


「ランキング一位の真髄が見られるかもしれないと、期待しているからじゃないか?」

「この熱気は違いますね。あなたがランキング一位に勝つのを期待している空気です」


 ティアの真の実力はこれまで隠されていたが、この特例戦が組まれたことから、多くの者がティア・アクロイドには何かがあると感じているのだろう。


 腰に手をあて、ティアが身体をひねる。冷たい目つきの感じと合わさり、それが相手を見下す仕草に映る。あの姿勢は彼女の癖なのだろう。


「ですが、その期待は打ち砕かれます。試合開始から数分と経たないうちに、私がこの会場の空気を一変させますから」


(数分、か)


 ティアが、悠真の小指に目を留める。


「その指は?」

「この試合の準備中に、少しな」

「そうですか。ところで、今日は蘇芳十色戦で使用した槍のコモンウェポンではないのですね?」


 不服そうに、ティアが悠真の剣型のコモンウェポンを見る。


「今この学園には、あれ以上の攻撃力を持ったコモンウェポンはないはずですが……これは、どういう侮辱ですか?」

「侮辱のつもりはないさ。むしろ、おまえへ敬意のあらわれとも言える」



「いいえ、



 まだ試合開始前だというのに、ティアの身体からは霊素が放出されていた。やはり尋常ではない霊素量である。


「侮辱かどうかは、その目で確かめればいい」


「言ったはずですよ? 特例戦とはいえ、はありえると」

「警告か?」

「いいえ、処刑宣告です」


 まるで、肉食の獣を連想させる獰猛な瞳。しかしその獣は決して吼え猛りはしない。


(怒りを覚えはしても、戦闘へ注ぐ意識にはブレがない。普通は怒りを覚えると、意識に隙が生じるものだが……戦闘センスは、やはり一流か)


 煽りで怒りを引き出すのに成功しようとも、それが有利には働ない相手である。逆に怒りによって、意識が研ぎ澄まされるタイプかもしれない。


戦闘狂バトルマニアには必須の才だな。こういう相手はシンプルなだけに厄介だ。だからこそ――)


 手元の両刃剣へ視線をやる。


(これが必要だった)


 ティアが”黒の聖騎士イレギュラーパラディン”を展開。


 試合前の魂殻展開は認められている。


 悠真も、魂殻を展開。


 ティアが闘気をまとい、空気を一変させた。


「”あんな強敵に対して低い霊素値で挑むこと自体に、価値がある”――そんな弱者が好みそうな慰みの理屈を胸にこの場に立っているのなら、深く後悔することになりますよ?」


 立ちのぼる黒き霊素。


 ケタが違う。


 言うなれば、霊素の魔獣。


「まるでわかりませんね。どこをどうすれば、あなたが私に勝てると思えるのかが」


 腰の白と黒の剣を、ティアが二本同時に引き抜く。


 ――バチッ、バチッ――


 彼女の周囲に飛び交う高圧の霊素。その霊素同士が衝突し、霊素の火花を散らしていた。その異様な霊素の濃度は、所詮ランキング二位以下の殻識生など人の世の戦士に過ぎぬ――そう主張しているようにすら思える。


 飛翔する直前の鳥のようなポーズで、モノクロの双剣を構えるティア。


 双剣が霊素に包まれ、まるで帯電しているかのごとく、刃の周囲に霊素の火花が散り始める。


 観客が、ざわつく。


「な、なんだよあれ……? あんな霊素濃度、アリかよ……っ!? おれたちとは、れ、レベルが違いすぎる……」

「もしかして蘇芳先輩って前回トーナメントの時、相手が強すぎるからリタイアしたのか?」

「いや、けど七崎悠真ならやってくれるかもしれないぜ? 今までだって敗色濃厚の試合で、予想をくつがして勝ってきたんだし……」

「そ、そうだよ! 七崎悠真なら、勝てるかも……っ」


 試合開始、五秒前。


「今日は隠し道具をおさめていたあのロングコートも、未着用……ああ、ようやくあなたの意図が読めたかもしれません」


 猛禽類に似た刺すかのごとき目つきで、悠真を射抜くティア。


「昨日のようなひと気のない非公式の場では、勢いあまって私に殺されかねない……しかしこうした公式試合の場なら、命を奪うほどの無茶はしまい――そう読んでの、今日への引き伸ばしだったのでは?」


 今のティアには、すぐにでも飛びかかってきそうな剣呑さがあった。


 HALが、試合開始を告げる。


 ズバァンッ!


 試合開始直後、鋭い弧を描き、黒の霊素刃が戦台の上を駆け抜けた。


「これが侮辱でなくて、なんだというのでしょうか?」


 悠真の腕に届くか届かないの位置を、超速の殺意の刃が、刹那の秒で通り抜けていった。



 唖然となる場内。


 続いて、巨大などよめき。


「うわぁぁっ!? な、なんだよ今のっ!? 柘榴塀小平太の超速撃どころの話じゃねぇぞ!? あんなの、人間が避けられるかよ!」

「試合になってないだろ、これ! もう無効試合にしろって!」

「七崎君、まるで反応できてなかったじゃん!」

「まずいよ! あんな高密度の霊素の刃をまともにくらったら、魂殻解除時のフィードバックでも命の危険があるって!」

「先生、この試合は止めるべきです!」

「七崎悠真でもあれは勝てないよ! 次元が、違いすぎる!」


 反射的になのか、オルガも席から腰を浮かしていた。切迫した表情をしている。


 悠真は、久々に緊張を覚えていた。緊張で噴き出した汗が、頬を伝い落ちる。


(やれやれ……相手が相手だと、こうも神経を磨り減らすものか……)


 ティアの今の攻撃はあてる気がなかった。それは、わかっていた。


 仮にあてる気があっても、今の速度ならばギリギリ


(圧倒的な力を持ってしまうと確かに、悩みが尽きんな……ティア・アクロイド)


 悠真は剣を構える。


 ティアの眉が動いた。


「ほぅ? やる気ですか? そうですね……もしここで潔く負けを認めれば、腕の一本程度で許してあげないことも、ないですが……」


 剣を後方へ引く。


 構えとしては、剣道の脇構えに近い。


 ただし剣を握るのは、後方へ引いた右腕のみ。


 身体を微かによじり、全身の筋肉を


「一つ、言っておく」


 悪魔のごとき凶性を宿した瞳にティア(聖騎士)を捉え、朗々と、七崎悠真(蠅の王)は告げる。


「もし間違っておまえを殺してしまった時は――あの世で、俺を恨んでくれていい」

「……意味が、わかりません」


が成功するかわからない、という意味だ」

「手加、減……? この、私に……?」


 スッ


 ティアの目が、据わる。 


「どこをどう分析しても、今のあなたに勝ちの目などありませんが……」

「驕りが続くと、目も曇るものだ」


 嵐、と呼んでいいのだろうか。


 ティア・アクロイドを取り巻く霊素が猛り、暴れ出し始めた。


「この期に及んで、よくも――」


 据わっていたティアの目が、射殺さんばかりに見開く。



「そんなたわごとを、ほざけるものですね」



 HALが観客たちへ警告を発し、バリアウォールの強度を引き上げた。


 漆黒の霊素が吹き荒れる。


 先の悠真の言葉を、最大の侮辱と受け取ったか。


 天候が変わったと錯覚するほどの、局所的な霊素嵐れいそあらし


「無様に散り消えなさい、七崎悠真」


「これをよけられればおまえの勝ちだ、ティア・アクロイド」


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