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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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24.羽音


「ぐっ……!?」


 倒れ込みかけた十色が身体を腕で支える。彼の頭に影がおりた。


「正直なところ……期待外れと言わざるをえませんでした、蘇芳十色」


 膝を折る生徒会長を見下ろす、小さな聖騎士。


「ただし現在、この学園であなた以上の対戦者を望むのは難しいでしょう」


 振り向くティアの瞳が七崎悠真を映す。


を、除いては」


 十色を一瞥し、悠真は問うた。


「この場で俺と戦いたいのか、ティア・アクロイド?」

「特例戦を待つ必要がありますか? トーナメントを除き、私は学園へ来る理由がありません。ゆえに、停学を言い渡されても無意味。退学になることも、まずないですから」


 悠真が黙り込んだのを見てか、ティアが訝しげな顔をした。


「何か?」

「強い相手と、戦いたいんだったな?」

「愚問です」

「となると、おまえの期待には応えられそうにないな」

「言葉の意図が、よくわかりませんが」


 フン


 悠真は、鼻を鳴らした。


「特例戦の舞台でなら、おまえにかもしれないという意味だ」


「この場から逃げるための口上ですか」

「いいや、勝つつもりだ。まあ――」


 先ほど十色と分身をねじ伏せたティアの霊素刃による斬撃のスピード。それを戦闘思考に組み込みながら、悠真は構えた。


「この場で毒にも薬にもならん消化不良の試合をしたいというのなら、一応は受けてやるがな」


 ティアが構える気配はない。しばらくすると彼女は、魂殻を解除し、制服姿に戻った。


「……いいでしょう。あなたの言葉を信じて、特例戦まで待つとします。私は長く待つのが嫌いです。特例戦は、明日でかまいませんね?」

「わかった。さて、俺が勝った場合の条件だが――二つ、なんでも俺の言うことを聞いてもらおうか」

「二つ、なんでも言うことを聞く? 面白い人ですね。まさか、私に勝ったあとのことを考えているとは……久々に気概のある敵と出会えて、喜ばしいことですよ。あとはその大口相当の実力が、あるかどうかですが……それから――」


 ティアは一瞬にして悠真の懐にもぐり込むと、下から見上げてきた。少なく見積もっても、今の速度は十色のスピードの五割増しだった。


「なんでも二つなどというつまらない条件は、破棄してけっこうですよ? もしこの私があなたに負けるようなことがあれば、一生涯、あなたの思うままの言いなりになってさしあげましょう」

「ずいぶんと、自分を安く値踏みした条件だな」


「男の人なら、この条件の方がのではありませんか?」


(やれやれ、俺はでかまわないんだがな)


 ちなみに一つは、ティアが卒業までオルガに特例戦を挑まないことである。


「好きにしろ。ただしおまえが負けた時は、必ず約束は守ってもらうぞ」

「当然です」


(仮に破棄されても、それはそれでにはなる……)


「それで、おまえの提示する条件は?」

「叩き潰します」

「……何?」


「あなたに勝ったら、私は、黄柳院オルガを徹底的に叩き潰します」


 もはや突きつける条件ではなく、それは宣言であった。


(意に添わぬ試合をしたら、オルガを完膚なきまでに叩き潰すと脅しているわけか……バトルマニアらしいと言えば、そうなのかもな)


 ティアが離れる。


「私があなたに期待しているのは、私より霊素値や戦闘能力ではるかに劣るはずのあなたから、不思議と、本気を出せば私に勝てるかのような奇妙な戦気が感じられるからです」


 澄み切った黄金の瞳に黒き幻影が映り込む。


「期待外れだけは、やめてくださいね?」


 一度も口もとを綻ばせることなく、ティア・アクロイドは場を立ち去った。


 悠真は十色に手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「……ああ」


 特例戦の時とは違い十色は素直に手を取った。悠真は、十色の身体を引き起こす。


「負傷の程度は?」

「魂殻解除時のフィードバック変換の衝撃を受けただけだ。大した負傷じゃない」

「なぜ勝てないとわかっていながら、あの娘に戦いを挑んだ?」


 登場時、十色の目が語っていた。《この場は僕に任せておく方がだ。君はおとなしく見ていろ》と。


「僕は、生徒会長としての責務を果たしただけだ。大した意味はない。ただ――」


 制服の砂を払いながら、十色は淡々と答えた。


「この僕を破った七崎悠真が、つまらない負け姿をあんな場所で晒すのは面白くないと思ったのも、事実だが」

「ふむ? 俺に肩入れするとは、どういう風の吹き回しだ?」

「勘違いしてもらっては困るな。あくまで僕の都合でやったことだ。決して僕が君を好いているわけではない」

「そいつは失礼。野暮な質問だったらしい」


 十色が息をつく。


「ただ、もし君がティア・アクロイドとやるのなら……一度、あの能力を実際に目にできたのは収穫だったかもな」


 現在、ティア・アクロイドの過去試合は閲覧不可となっている。ティアが面倒くさがるなどして閲覧不可の申請を取り下げなかった場合、最悪、悠真はティア・アクロイドの魂殻能力の一端すら知らぬまま、特例戦を迎えたかもしれない。


「事前情報を元に戦術を組み立てて基礎能力の差を埋めるのが、七崎悠真の得意する戦い方だろう?」

「フン、よく見ているじゃないか」

「まあ……万が一、君があのティア・アクロイドに勝つような奇跡が起こるなら、それはそれで見てみたいものだがな」


 今ほどの魂殻使用の後処理はこちらでやっておくと告げてから、十色は、


「いずれにせよ明日の特例戦は見に行くつもりだ……つまらない試合をしてくれるなよ、七崎悠真」


 と言い残し、その場から立ち去った。



     ▽



「来たね、七崎君」

「急な話で悪かったな、氷崎――いや、斑鳩」


 悠真は斑鳩透のラボを訪れていた。学園では保険医をしている彼だが、敷地内の研究棟にラボも持っている。ただ、斑鳩は学園には基本として不在だと聞いている。外の研究施設にいることの方が多いと聞いた。


「今のところ、殻識でこのボクを呼びつけられる生徒なんて七崎悠真くらいだろうね」

「悪いとは思うが、今回はおまえに頼らざるをえなかった」

「いいよ。昨日は君からレアなプレゼントも貰ったしね。ええっと……口調は、斑鳩透のものでかまわないかな?」

「ああ、かまわない」


 斑鳩透の中身は氷崎小夜子だ。しかし、学園内では斑鳩透のままで通した方がいいだろうと悠真も判断していた。どこに”耳”があるかわからない。


「また特例戦をやるんだって? 姫君を守る騎士様も大変だね」

「騎士はむしろ、相手の方だがな」

「ん? どういう意味だい?」

「ランキング一位の、ティア・アクロイドという女生徒だ」


 斑鳩はピンときた顔をした。


「ああ、あの霊素変異の……”黒の聖騎士イレギュラーパラディン”か。戦闘能力は言わずもがなだが、あの子の霊素値は本当に驚くべき数値だよ。霊素値に限れば、この国に十人いるかどうかの逸材だろうね」

「その逸材と戦うために、力を貸してもらいたい」


 椅子に座る斑鳩が、足を組み替える。


「ボクはどんな協力をすればいいのかな?」

「まずコモンウェポンの手配を頼みたい。まあ……ありふれた型だろうから、この学園にもその型の武器はあると思うが」


 事前に得た情報を元にした戦術で力の差を埋めるのが七崎悠真の得意な戦い方だと、蘇芳十色は言った。


 だが今回の相手は、これまでの特例戦のような小細工で差を埋められる相手ではなさそうだ。


「望みの型は?」


 悠真の脳裏をよぎるのは、羽音鳴らす黒き影。


「ソードタイプの手配を、頼みたい」


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