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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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5.黒の技術


「黒雹? あなたが?」

「いかにも」


 愉快がる細目で真柄を眺めながら黒雹――斑鳩が微笑する。


「ボクが、黒雹です」


 突発性三賢人アンチシンギュラリティの一人。


 表情や声にこそ出さなかったが、これには真柄も少しばかり驚いた。

 つき合いのあるレッドページに続き、真柄は正体不明と言われる三賢人のうち二人と直接会話を交わしたことになる(斑鳩透が言葉通りあの黒雹なのだとしたら、だが)。

 ただ、言語化は実を結ばないが、黒雹には奇妙な親近感があった。三賢人独特の空気――レッドページと空気が似ているのだろうか。


「会えて光栄だ、黒雹」

「こちらこそ光栄だよ、真柄弦十郎」


 握手を交わす。指紋を採られないためなのか、斑鳩は極薄の手袋を着用していた。


「君の情報はもう知っているよ。だから、自己紹介は不要。人は一日に使える脳のエネルギーが限られているからね」


(この斑鳩という男――)


 自分を”ベルゼビュート”と呼ばなかった。

 知らないのか。

 あるいは、あえてか。


「さて、と……自己紹介も済んだし、本題へ移ろうか。多忙な学園長に無益な時間を使わせるのも失礼だしね。真柄君だって、ボクと学園長の関係性を丁寧に説明されても退屈だし、興味もないだろう?」

「ないわけではないが、今は本題の話が先だろうな。続けてくれ――」


 浮かせた腰をソファへ戻し、対面に座る斑鳩を値踏みしながら真柄は言った。


「いかにして俺が、生徒としてこの学園に潜入できるようになるのかを」


 真柄の値踏みの視線を、斑鳩は快く受け入れていた。泰然としている。

 これが三賢人か、と真柄は納得する。


(やはり三賢人の一人は、ヨンマルが抱えていたか)


 殻識学園の裏には四〇機関がいる。

 第一殻識学園は殻性者の養成機関として国内最大レベル。そのレベルの高さを支えているのが三賢人の頭脳なのだとすれば、これは誰もが納得する理由だろう。


「ではそれを説明するから、隣の部屋へ来てくれるかい?」


 久住が机から離れ、棚に並んでいる本の背表紙をきっちり七秒押し込んだ。


 カチッ


(隠し扉か。あんな仕掛けは映画の中だけだと皆が思うからこそ、アレは意外とバレなかったりするのかもな)


 とはいえ建物の見取り図を偽装しなければ、見取り図に不自然なスペースができてしまう。さらに建設者の口封じも考慮すれば隠し部屋にはリスクがつきまとう。遥か昔の時代ならともかく、今の時代に関係者を一人残らず闇に葬るわけにもいくまい。


(いや、そうでもないか……久住個人は拒否するだろうが、ヨンマルならやりかねないな)


 キュィーン


 棚がスライドして隠し部屋が現れる。

 久住と斑鳩が先に入り、真柄も続いた。

 部屋は隣の部屋と同程度の広さ。

 真柄はこの部屋へ来る途中に目にした見取り図を思い出す。


(さっきいた部屋が、見取り図では実際より大きく配置されているわけか)


 照明は蛍光色の濃い薄緑色。ラボのような雰囲気だ。

 部屋の中心に二つの細長いケースが並んでいる。ケースとケースは、複数のパイプやケーブルで繋がれていた。

 斑鳩が目の前にスライドしてきたホログラフィックボードを操作すると、ケースを覆う蓋部分が中央から両脇に開いていく。


「これは……生きているのか?」


 培養液めいたもので満たされた水槽ケース内には、目を閉じた少年が入っていた。


「ああ、生きている。君にはこの少年――素体に入ってもらう」


 真柄は理解した。斑鳩は要するに、身体の中身を入れ替えると言っているのだ。

 真柄は腕を組み合わせた。


「SFだな」


 久住が真柄の隣に立つ。


「もう一つ、君がこの素体に入らねばならない理由がある。霊素値計測を受けたことは?」

「ある。俺の霊素値は、ゼロだった」

「殻識学園は霊素値が50ge以上の者でなくては入学できない。これは教師でも同じことだ」


 霊素値は主に ge ゴーストエレメントという単位で表記される。


「霊素に限れば俺たちの時代は氷河期だったからな。理解した。確かに、学園に潜入するためにはこの素体に入る必要がありそうだ」


 真柄は懸念を一つ口にする。


「成功率は?」


 答えたのは、斑鳩。


「自信はある」

「大分昔の作品だが……ハエ男の映画を観たことは?」

「原作も映画も両方あるよ。研究者としてはあの映画はよい自戒になるね。100%という数値は、研究者にとって悪魔だよ」

「情けない話だが……ガキの頃にあの映画を観て以来、転送やら入れ替わりのが怖くなってな。この技術は俺の知る限り、一般では普及していないが――」


 真柄は斑鳩の目を注視する。


「今までどのくらいの人間が成功した?」


 ボードを横に移動させ、斑鳩が答えた。


「一人だけだ」

「そうか」


 斑鳩が試す視線を送ってくる。


「どうする?」

「受けよう」

「決断が早いね」

「一人成功しているなら、十分だ」


 くすっ


 口もとへ手をやって笑いを漏らしたのは、斑鳩だった。思わず吹き出した感じだった。真柄は口端を歪め、鼻を鳴らした。


「三賢人に愉快がってもらえるとは、これまた光栄だな」


「そういうところ変わらないわね、真柄君」


 斑鳩の口調が突然、


「今、あなたは成功した人間の人数を聞いたわね? ふふ……この”魂送定着ソウルスイッチ”に成功した人間は、このボク――いいえ、このアタシ」


 斑鳩透が自分の胸に手をやる。


氷崎小夜子ひょうざきさよこよ」


 つまり”斑鳩透”は、入れ替わった後の名。


 久住の様子を窺う。彼女の顔に驚きはなく、真柄に対し冷静な頷きを一つ返したのみ。反応からして、知っていたようだ。

 そして、斑鳩透が三賢人の一人だと明かされた時よりも、真柄は驚きを禁じ得なかった。


「やれやれ。こいつは、思わぬになったな」


 先ほど覚えた奇妙な親近感にもこれで納得いった。


 氷崎小夜子は、真柄弦十郎と久住彩月の大学時代の共通の友人であった。


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