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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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20.蠅の王の誕生


 仕事が片づいたのでこれから向かうと久住から連絡が入ったので、真柄たちは元々三人で集まる予定だった店へ場所を変えた。


 居酒屋とバーの中間くらいのイメージの店だった。客層もさっきの店と比べて空気がゆるい印象がある。真柄としては、先ほどの店よりはくつろげそうだった。


「すまない、待たせたな」


 氷崎とソフトドリンクを飲みながら奥の個室で待っていると、スーツ姿の久住が到着した。適当にメニューの料理を見繕い、真柄は二人に何を飲むか尋ねた。


「じゃあ、アタシはビールで」

「ん? そうだな……では、わたしは焼酎を頼む」


 店員を呼び、料理、それから二人のアルコールと自分の分のウーロン茶を注文する。席は、真柄の対面に久住と氷崎が並んで座る形となっていた。


「忙しいみたいだな、久住」

「立場上これも仕方ないさ。しかし今日は本当に遅れてすまなかった……わたしから言い出した話なのにな」

「かまわないさ。昔から、俺が遅刻を咎めたことがあったか?」

「だから、わたしは君の寛容に甘えたくないんだよ。相手の寛容に甘えはじめたら、それは堕落だからね」

「堕落とか、彩月はいつも比喩が大げさなのよ」


 久住の言葉に横槍を入れた氷崎に対し、真柄が言う。


「久住は大げさというより、自分に厳しいだけだろう」

「真柄君がいるとかばってくれる人がいるからいいわね、彩月?」

「うっ……」


 何かごまかそうと久住はタバコのパッケージを取り出しかけたが、しかし、ハッとなってやめた。いかんいかん、と久住が眉根にシワを寄せる。


「吸わないのか? 俺は、かまわないが」

「いや、飲食店では吸わないようにしているんだ。今のは、つい癖でな」

「じゃ、アタシも遠慮しておこうかな」

「む? 君にまでわたしのポリシーを押しつけるつもりはないぞ、小夜子?」

「いいのよ。あんまり吸って、真柄君の健康を損ねるのも悪いしね」

「ううむ……それも、そうか」


 昔から久住は氷崎に説得されやすい。あるいは、氷崎の言いくるめ方が巧みなのか。


 料理と酒が来たところで、軽く三人で再会を祝す。そこからしばらくは、浅瀬での昔話に花を咲かせた。当たり障りのない思い出話を楽しみながら、三十分も経過した頃、氷崎が腰を浮かせた。


「それじゃアタシは、そろそろ退散させてもらうわ」

「なんだ? もう帰るのか、小夜子?」

「実は明日、ちょっと早めに出なきゃいけなくてね……でも真柄君との積もる話は、彩月が来る前に楽しんだし。彩月とは、日常的に噛み合わない会話を楽しんでるしね」

「おい小夜子、人聞きが悪いぞ」

「あら? 彩月ってば、心当たりがあるって顔をして。噛み合わないって自覚は、あったわけね?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 会話の応酬で当然のごとく勝利をおさめると、氷崎は「余った分は、昔みたいにどっちかがプールしといて」と言って、自分の分の代金をテーブルに置き去って行った。


 この顔合わせで食事をする時は、誰が支払いを持つとか、そういう細かなやり取りは基本的に存在しない。そういう誰持ちとか割り勘とかいった日本的なつば迫り合いは、学生時代にすでに済ませている。だから、誰も何も言わず”昔通り”に勘定を済ませるのだ。この気の置けない関係性が、真柄は気楽だと感じていた。


 氷崎は去り際、真柄にだけ見えるアングルでウインクを残した。彼女の意図は理解できた。


(俺に気を遣って、先に帰ったというわけか……明日早いというのも嘘だろうな。やれやれ……あいつらしいというか、なんというか)


 とはいえ、誰かが途中で抜けるという場面は過去に何度もあった。なので、久住も気にせず平然と食事を続けている。三人にとっては、もはや見慣れた光景なのだ。


 箸を置き、真柄は聞いた。


「今の生活はどうだ、久住?」

「ん? 悪くはないよ……前にも言ったが、やりがいはある。神経は磨り減るがね。ふふ、もう年齢以上に年を取った気分さ」

「外見の方は二十前後で通用するから、大丈夫だろう」

「む? それはフォローになっているのか?。ただまあ、最近は夜の肌ケアの時間すら面倒になってきたかな……元々、わたしはズボラな性格だからね。君も知ってるだろ?」


 冗談っぽく言う久住。


「身だしなみは、しっかりしているように映るが」

「ふふ、そりゃあそうさ。小夜子がこっちに来てから、口酸っぱく言われ続けたからね……女として身綺麗にするのだけは、忘れるなとさ。わたしが美容に気を使ったところで誰が得するわけでもないのにな……困った奴だよ、小夜子にも」


 それでも律儀に氷崎の言いつけを守るあたりが、久住らしい。


「忙しそうだが、健康の方は大丈夫か?」

「今のところはな……精神的な疲労の方に関して言えば、やや重い気もするがね」

「俺が役立てそうなことがあれば、いつでも頼ってくれ」

「ふふ、かの有名な”ベルゼビュート”にそう言ってもらえると心強いな――っと、すまない。君は”真柄弦十郎”としてわたしの依頼を受けてくれたんだったな……今の発言は、撤回するよ」

「かまわないさ。事実だしな」

「そ、そうか……すまない。その、なんだ……デリカシーがなくて……どうも、気の利かない性格らしくてな……悪いとは、思っているんだが」


 場の雰囲気を変えるため、真柄は冗談っぽさを交えて言った。


「その謝り癖は、直した方がいいな」

「……す、すまない」

「それだ」

「あぅ」


(ベルゼビュート、か……)



     □



 ベルゼビュート。


 蠅の王。


 ひとたびその黒き傭兵が戦場を駆け抜ければ、そこには、死体に群がる大量の蠅が確認される。



”あの悪魔のような男は、まさに蠅の王――ベルゼビュートと呼ぶにふさわしかろう”




 確か”ベルゼビュート”の名づけ親は、とある有名なフランス出身の傭兵だったと聞いている。ちなみに真柄は、その名づけ親に出会ったことはない。


 その傭兵が口にした名が広まったのか、しばらくすると各地で真柄が仕事を行うたびに”ベルゼビュート”の名がついて回るようになった。


 ベルゼビュートは、英語圏では”ベルゼブブ”とも呼ばれる。


 さかのぼれば変遷や変説も確認できるが、主に高位の悪魔として認識されていることが多い。また悪魔の世界では、最高位であるサタンに次ぐ悪魔とも言われる。


 しかし、ある神話においてはバアル・ゼブルと呼ばれる最高位の神であり、気高き主として尊ばれていたという説もあるようだ。


 戦場で名を馳せるにつれ、畏怖する者と憧憬を抱く者の二種類が現れるようになった。ある者はベルゼビュートを恐怖や忌避の対象として捉え、ある者は憧れと尊敬の対象として捉えた。


 また、ある者が”ベルゼビュートは死体の山を築き、その者の魂を蠅たちに集めさせているのだ”と言った。蠅たちに集めさせた魂を吸収し、ベルゼビュートは、今もそうして力を蓄え強くなり続けている……そしていずれ無数の人の魂を喰らった蠅の王には、誰も勝てなくなる――そんな妄想を生ませるほど、当時における”ベルゼビュート”の名は虚と実を行き交う恐怖と伝説を、戦場に撒き散らしていたのである。


 かつてその時代を生きた元傭兵から、真柄はそんな話を聞いたことがあった。その話を聞いた時は、ただ、大げさだなと感じただけだった。


 自分が一人であげた作戦など数える程度しかない。当時あげた功績は、当時の傭兵仲間たちと力を合わせて得たものだ。一人で動くにしても、そこに至るまでのサポートがあってこそ自由に動くことができた。すべてが自分一人の功績ではない。


 ただ、当時の傭兵チームのリーダーはより大きな仕事を取るためにひとり歩きし始めていた”ベルゼビュート”の名を利用していた。だからその名の影響力が膨れ上がっていったのは、当時リーダーであった人物の目論見通りではあったのだ。


 けれど彼のその目論見に対し、真柄は反発することはなかった。


 その名を利用したくばすればいい。その名がこの傭兵団に恩恵をもたらすのなら、存分に使ってくれていい。そう考えていた。


 真柄弦十郎はただ一人の戦士として戦場を駆け抜けただけである。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 少なくとも真柄は、その程度の認識しか持っていなかった。


 持つ必要も、なかった。


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