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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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18.夜の時間


 オルガが盆にのせて料理を運んできた。麦茶も添えてある。


 エプロンを外しながら、照れくさそうにするオルガ。


「す、スパドンの担担麺と比べると劣るとは思いますが……わたくしなりに、精一杯作りましたわ。どうぞ、食べてみてくださいな」


 湯立つ担担麺をすする。


(む……)


「いかが、でしょうか?」

「うまい」

「本当ですか!?」

「嘘を言っても仕方ないだろう」


 オルガの肩の力が抜けた。


「はぁぁぁ〜っ、よかったですわぁっ」


 味はまろやかで濃厚。ひき肉にもしっかりとした味がついており、軽く焼いたこのひき肉がよいアクセントになっていた。ネギの歯ごたえも食感に豊かな広がりを持たせている。さらに絶妙なごまの風味が、辛味を感じる一歩手前でよい仕事をしていた。


(辛みをかなりおさえてあるせいか、これは食べやすい。スパドンのものと比べると味は濃いめだが、重たい感じはない……)


 料理の勉強を続ければそちらの道もありうるのではないだろうか。


(やれやれ、本当に多才な娘だ……過酷な運命の代わりに、天が二物を与えたのかもな)


 斜め隣に座るオルガの担担麺は色が違った。主に違うのは赤みだ。どうやら悠真の方は要望通り、辛さを控えめにしてくれたらしい。


 担担麺を腹におさめた悠真は手を合わせたあと、後片づけを買って出た。しかし、悠真は客なのだからと断られてしまった。


「はい七崎くん、食後のコーヒーも用意しましたわっ」

「……すまんな、ありがたくいただこう」


 頼んでもいないのに食後のコーヒーが出てきた。驚くべきかいがいしさである。


 オルガも自分の紅茶を用意してから、クッションの上に座った。このあとの久住たちとの食事を考えると適当な時間で帰らなければならないが、まだ雑談をする程度の時間は残っている。


「あの、七崎くん……このあとは、ゆ、ゆっくりできますの?」

「実はこのあと予定があってな。悪いが、八時頃にはおいとまする予定だ」

「そ、そうですか……」


 微笑してはいるが、明らかに気落ちしていた。


(やれやれ……どうにも、ああいう表情には弱い……)


「今度、一緒に食事でも行こうか」

「え?」

「殻識島の外だが、辛い料理が絶品だと評判のタイ料理店があってな」


 オルガの右耳が反応。


「知り合いから評判を聞いて、少し気になっている店なんだ。今度、そこへ一緒に食べに行くのもいいかもと思ったんだが――」

「は、はい! 是非とも、お供させてほしいですわ!」


 一転して輝くオルガの表情。辛さで有名な絶品料理が効いたのか、あるいは七崎悠真と一緒の食事が効いたのか――悠真には、測り切れなかった。


 そのあとはオルガと緩めの雑談を続けた。その中でオルガがジムに通っているということがわかった。殻識島ならではと言うべきか、魂殻の使用も認められているジムとのことである。


 放課後に学園施設で訓練をしている様子がなかったので不思議には思っていたが、深夜までやっているジムで特訓していると知ってその疑問は解消された。ただしジムの月額料金はそこそこ値が張るという。なるだけ彼女が生活費をおさえているのは、主にジム使用料を捻出するためだったようだ。


(黄柳院は、他を切り詰める必要がある額の生活費しか出していないのか。特例戦の疲労を考えると、アルバイトも難しかっただろうしな……)


「学園では主に特例戦の申し込みでトレーニングが中断されてしまうこともありますし……それに、寮に住んでいないわたくしだと、ジムの方が都合がよかったりもするのです」


 距離や利用可能時間の問題があるのだろう。


(ジムの代金くらい出してやりたいところだが、さすがにそれは踏み込みすぎか。おそらくオルガも、性格的に七崎悠真からの金銭的な援助は受け入れまい)


「そういえば話は変わりますけれど……七崎くんは、今回もランキング二位の譲渡を拒否したんですのよね?」

「ああ」

「確か、以前もランキングには興味がないとをおっしゃっていましたけど……七崎くんはやはり、望んでこの学園に来たわけではないのですか?」

「ま、大人の事情というやつだな」


 大人の事情。


 間違いではあるまい。


「ええっと、つまりご両親や周りの方の事情に巻き込まれたわけですわね? 確かに学費は受けられる恩恵に対して驚くほど安いですし、殻識学園の出身だと、進学や就職に有利だとも聞きますから……一部の親からすれば、とても魅力的なのでしょう」


 実際、そういう理由で親から転入を勧められる生徒もいると思われる。ただし悠真の場合は、まったく別の意味での”大人の事情”ではあるが。


 話題の路線を悠真は切り換える。


「それからランキングの件だが……調べてみたら、トーナメントに出場しない場合は自動的にランクの引き下げが行われるらしいな。なら、トーナメントに興味のない俺が一時的に二位の座につく意味もあるまい」


 しかし実際のところ、最終成績には卒業時のランクだけではなく、在学中に変動したランキング順位の分も加味される。だから、仮に一時的にであってもランキング二位につけていたという事実は、実のところしっかり価値があったりもする。


 とはいえ、七崎悠真にはこの先の”進路”というものが存在しない。半年も経てばここから消える可能性は高い。現状、必要だったのは”ランキング二位に勝った”という”結果”であり、ランキング二位の座ではなかった。


 ふと悠真は思った。


(学園から姿を消す時、果たして、俺は名残惜しさを感じるだろうか……)


 さらに時間が経つと、しきりにオルガが時計を気にし始めた。そろそろ帰る時間が迫ってきていた。悠真は立ち上がると、玄関まで行ってドアを開けた。オルガがついてくる。別れ際、悠真は改めて料理の礼を口にした。


「今日の担担麺はうまかった。礼を言う」

「あんなものでよろしければ、いつでもお作りしますわよ? なんなら、し、七崎くんの家まで行って作ってさしあげても……」

「そいつはありがたいな。機会があれば、頼む」


 なるべく穏やかになるよう心がけて、悠真は微笑みを作った。


「それじゃあまた明日、オルガ」


 オルガは、幸福そうに微笑んだ。


「はい、また明日――七崎くん」



     ▽



 家へ戻った悠真は軽くシャワーを浴びてから、隣の部屋で真柄弦十郎の身体に戻った。


 メールチェックを終え、出かける支度をする。酒が入る可能性があるので、今日はタクシーを使うことにした。


 すると、タクシーを頼む直前に着信が入った。


『真柄君?』

「氷崎か」


 声は斑鳩のものではない。もう元の身体に戻っているようだ。


「どうした?」

『実は彩月がちょっと遅れるらしいのよ。だから、一時間くらい開始が遅れそうなんだけど……せっかくだし、その前に二人で少しどう? 店の方は、もうピックアップしてあるから』

「わかった」


 氷崎は、店の場所を伝えると「先に着いたら、お店に入っていていいから」と言って通話を切った。


 そして、家から出たところで今度は久住から着信が入った。


『すまない、真柄……今日の食事の件、行けなくなったわけではないんだが――』

「大丈夫だ。もう氷崎から聞いた」

『む、そうか。その……こっちから時間を指定しておいて、悪いな』

「気にするな。おまえの立場はわかっている。中止にならなかっただけ、ツイてるさ」

『こうして君の懐の広さに甘えてばかりもいられんのだがね……しかし、そう言ってもらえると助かるよ――む? すまない、別件で着信が入ったようだ。どうも、今日は飛び入りの細々した案件が――』


 わずかに口元を綻ばせると、悠真は優しく言った。


「早く、仕事に戻れ」

『……すまない』


 着信を切ると、真柄は呼んだタクシーに乗り、氷崎に指定された店へと向かった。


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[一言] オルガを裏切ってるみたいで胸が痛い
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