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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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17.ピュア


「女の一人暮らしは危ないことも少なくない。おせっかいかもしれんが、戸締りだけはしっかりしておいた方がいい」

「た、例えば……男性と一緒に住んでいれば、安心なのかもしれませんわね。もちろん、信頼できる男性という条件が必須ですが――」


 チラッ


 うつむいていたオルガは、悠真へ視線を飛ばした。


「この部屋で二人は、やや手狭てぜまな気もするがな」

「相手が好意を持つ男性でしたら、も、問題ありませんわ!」


 ついムキになって反論してしまった。けれど悠真は、いつも通り冷静に返してくる。


「どうかな……最初はそう思っていても、互いの粗が見えてくるようになるとその考えも変わってくるかもしれんぞ? 適度な距離があるからこそ、よい関係を築けるケースもある」


 悠真が、遠くを眺めるように双眸を細める。


「まあ、それでも近づきたいと思うのが恋という概念の正体なのかもな……理屈では、ないのかもしれない」


(……七崎くん?)


 不思議な話だが、今の言葉を口にした悠真が”七崎悠真”だとは思えなかった。しかし、目の前にいるのは確かにまごうことなく七崎悠真である。自分でも、奇妙な感覚だと思った。


(それでも近づきたいと思うのが、恋……)


 オルガは胸に手を当てた。


 ――トクンッ――


(やはりわたくしは、七崎くんに――)


 悠真が時間を確認する。


「実は腹が減っていて、そろそろ黄柳院オルガの手料理を拝みたいんだが……」

「あ――そ、そうでしたわね! すみません、今すぐ取りかかりますわ!」

「急かしたみたいで、悪いな」

「いいえ! 招いた側のわたくしがぼんやりしていたのがいけないのですわ! しばし、お待ちくださいまし!」


 奮起し、オルガは素早くエプロンを身に着けた。


 さっそく料理にとりかかる。


(前に閲覧した恋愛サイトによれば、男性の胃袋をつかめばかなり有利になると……ここは、気合を入れますわ!)


 しかしその意気込みは、すぐにしぼんでしまった。野菜の水切りをしながら、オルガは嘆息する。


(しかし……錯乱していたとはいえ、七崎くんに一糸まとわぬ姿で抱き着いてしまうとは……あぁ、わたくしったらなんとはしたない行為を……)


 ひき肉をサッと炒めながら、眉尻を下げる。


(はぁ……そして七崎くんは、やっぱり冷静なままでしたわね。いえ、あんな状況で欲情をされても、困ると言えば困るのですけれど……ですが、せめてほんの少しくらい鼻の下を伸ばしてくれても――)


 振り返って悠真を見る。何か黙考しているようだった。彼は、考えごとをしている時間が多い気がする。


 意識を自分の方へ向けられていない証拠なのかもしれない、とオルガは少し残念な気分になった。


 実は私服に着替えたあと、何かひと言ほしかった。


(しかし、着ている服もエプロンも新しいものではありませんから……似合っているかと尋ねるのも、いささか変ですし……新しいのは、下着だけ……)


 懐へもぐり込む勢いで悠真の隣に座り、タートルネックの襟を指で下げながら「わたくしの新しいコレ、い、いかがですか……?」とブラの感想を問う自分を想像したところで、オルガはめまいを起こしそうになった。


(あぁっ、これではただのハレンチな女ですわっ!)


「はぁ……」


 しょげながらスープの味見をする。


 ズズッ


 味はバッチリだった。妄想の翼を広げていても料理の手順に間違えはない。塩と砂糖を間違えるような凡ミスもない。


(同世代の男の子とは、一つの部屋に異性と二人きりでいても緊張しないものなのでしょうか……?)


 なんだか、緊張している自分の方がおかしく思えてきた。


(わたくしには、女としての魅力がありませんの……? いえ、でもそうですわよね……殻識学園で、異性としてわたくしに深く関わろうとした男性などこれまでいませんでしたし……きっとわたくしは、誰かの特別になれるような人間ではないのですわ……)


 黄柳院家の者としても、一人の女としても。


 理由はわからないが、ふと、涙があふれそうになった。慌てて目もとをぬぐう。


(い、いけませんわね……わたくしったら、どうしたのかしら……)



     ◇



 視線を感じたが、振り向くともうオルガは料理に戻っていた。


 今は料理をしながら何か考えごとをしているようにも見えるが、何か思案しているのなら邪魔するのも悪いだろう。


 見る限り手際は相当いい。普段から料理をしている証拠だろう。


 ちなみにオルガのエプロン姿は、ややアンバランスに感じられた。高級志向の客を相手にしたコマーシャルのワンシーンみたいな印象がある。要するに、作りものめいて見えるのだ。彼女の浮世離れした空気のせいかもしれない。比喩として適切かどうかは不明だが、幻想世界の中に身を置く天女や天使がエプロンを着て台所に立っているような感覚なのである。


 そんなアンバランスさこそあるが、エプロン姿が似合っていないというわけではなかった。むしろ男であれば、家に二人きりの状態であの後ろ姿を目にしていたら、思わず後ろから抱きつきたくなってしまうに違いない。


 客観的に分析する限り、黄柳院オルガは上品さとセクシャルな魅力を兼ね備えた人物だと言える。


 抱えている黄柳院がらみの事情がなければ、もとの性格の純粋さを考えると、とうの昔に意中の男ができていてもおかしくないように思える。その観点に限れば、黄柳院の者として生まれたのが不幸だったとも言えようか。


 なので、やはり壁は黄柳院の名なのだろう。殻識学園に通う男子ならまず相手が黄柳院の娘というだけで気後れするだろうし、また、もし彼女が一人で街中を歩いていたとしても、ああして浮世離れした雰囲気を普段から放っていれば、やはり気軽に声はかけづらいはずだ。この前一緒に立ち寄ったスーパーの時や、二人で街を歩いた時の周囲の反応がその推理を裏付けているように思われる。


 何よりオルガ自身、日々の特例戦やトーナメントで恋愛どころではなかったのだろうが……。


(そういう意味では、色恋沙汰には免疫が薄いのかもな)


 鋭いところは鋭いが、鈍いところはとことん鈍い――というより、鉄壁だった警戒心が一度解けると驚くほど相手への警戒心がなくなってしまう印象だ。


(黄柳院という壁がなかったら、悪い男にコロっと騙されそうな危うい性格とも言える)


 案外、惚れた弱みでズルズルと相手に引きずられてしまうタイプな気もした。相手に尽くすだけ尽くして、最後は何もかもを搾りとられてから捨てられる――そんな未来もありえそうに思えてしまうくらい、黄柳院オルガは根が純粋な人間なのだ。


(だからこそ、どことなく放っておけないと感じるのかもしれないな……鋭さと鈍さの落差といい、純粋ゆえの危うさといい、少し久住と似たところがあるか……)


 純粋さはよいものだとされるが、同時に、危ういものでもある。


 今のところ黄柳院オルガのみが持つとされる貴重な霊素の存在を、悠真は思い出した。


純霊素ピュアゴースト、か……)


 しばらく待っていると、料理ができあがった。


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[一言] オルガかわいい
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