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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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13.南野萌の憎悪


 後処理を終えて試合場を出た蘇芳十色は、集まってきた生徒会メンバーの応対を終えると、試合後の検査があるからと言って一人で廊下へ出た。


「待ちなさいよ、蘇芳クン!」


 背後から駆け寄って来たのは、南野萌。


「何か用か?」

「学園側に訴えるのよ!」

「誰をだ」

「とぼけないでよ! 七崎悠真に決まってるでしょ!?」

「どんな理由で、何を訴えるんだ?」

「あの卑劣極まりない道具を使った勝利が不当――いえ、不法だと訴えるのよ!」


 萌が前方に回り込み、行く手を阻む。


「生徒会長の蘇芳クンが先頭に立って一大キャンペーンをはれば、みんな絶対アンタ側につくわ! なんたって、生徒会長なんだもの!」

「七崎悠真はルールを守って勝利した。敗北理由を挙げるとすれば、あのような道具の使用を認めた僕のミスだ。今回の特例戦は、それだけの話に過ぎない」

「!」

「そして僕はもう彼と戦うことはないだろう。小耳に挟んだところでは、今後、彼がトーナメントに出てくる可能性も薄そうだしな」

「はぁ何よその情けない言葉!? 生徒会長のくせに、この殻識の誇りはどうでもいいわけ!?」

「彼が今後やり過ぎれば、いずれ僕より上の立場の人間が動くだろう」


 萌の目は憎悪に満ちていた。


「逃げてんじゃないわよ、蘇芳十色!」 


 喉を裂くような恫喝。しかし十色は微塵も動揺せず、持ち前の平常心で軽く受け流す。


「七崎悠真の戦い方に文句があるのなら、まず君が彼に特例戦を挑めばいい。君なりに条件を通してな。それとも、残った取り巻きを使って陰険な嫌がらせでも始めるか?」


(むしろあの男の本領は、そっちの場外での暗躍な気もするがな……)


 いずれにせよ、あれは南野萌がどうこうできる相手ではないだろう。


「な、何よ……この、臆病者! 小平太のかたきはどうすんのよ!?」


 無視して歩き出す十色。


「これから僕は試合後の検査を受ける。悪いが、自分の復讐は自分でやってくれ。君の望む結果とならなかった点については一応謝罪するが、しかし、元より君のために始めた特例戦でもなかったしな」

「待ちなさいよ!」


 パシッ!


 掴まれかけた腕を、十色は鮮やかに払いのけた。


「くっ……ふん、なぁにが生徒会長よ! 立派なこと言ってたわりには、結局ただの負け犬じゃないの! あーあ、小平太だってがっかりするでしょうねぇぇ!?」


 十色の足が止まる。


「自分が格上と認めていた幼なじみが、まさかかたきの一つすら討てないどころか、七崎悠真に負けたのがショックで、腑抜けた臆病者になっちゃったなんてねぇ!」

「……臆病者、か」

「そうよ、アンタは臆病風にふかれた無様な負け犬よ!」

「そうかもしれないな……僕は、自分から逃げていただけなのかもしれない。自分の心の未熟さも、今回の特例戦で身に染みた気がするよ。まだまだ僕も、修行が足りないな」


 萌が十色の脇に立ち、顔を覗き込んでくる。


「あぁらぁ!? アタシの真実の言葉で、ようやく目が覚めたのかしらぁ? ほら、わかったらならさっさと七崎悠真をこの学園から追い出す算段を――」


 ガンッ!


「始、め……」


 勢いよく腕を突き出し、てのひらで十色は廊下の壁を打った。壁際へ追い詰められる形になった萌は、唐突な十色の荒々しい暴挙に困惑をみせる。


「な、何……? 急に……どうした、わけ?」


「僕は、君が憎い」


「え? な、なんで……憎むべきは……し、七崎悠真でしょ!?」

「小平太を長らく放っておいた僕に、君たちの関係へ深く踏み込む資格はない」

「は、はぁ? なんでここで、小平太が出てくるわけぇ?」


 小平太とは小学校まで一緒だったが、十色は中学に上がる時点で親の意向で名高い進学校へ転校した。


 ここで小平太とは一度、疎遠になった。


 再開したのは、約三年後の殻識学園。


 そしてその時小平太の隣には、中学時代から交際を続けている南野萌という女の姿があった。


「だが、おまえの存在が小平太をおかしくさせたのは事実だろう。当然、小平太自身の性格にも問題があるのは理解している……しかしより悪い方へと導いたのは君だと、そう僕は思っている」

「い、意味わかんないし! おかしいのはアンタの頭でしょ!?」


 萌のさえずりは届いていなかった。


「立場的にも資格的にも、僕個人の感情は切り捨てるべきだと思っていた。だが、やはりそれは逃げていただけだった気がする」


「う、うっざ! 自己完結型の唐突な個人語りとかほんとやめてくんない!? キモいんだけど! ていうか、大声出すわよ!? わかってんの!? 試合に負けて自暴自棄になあったアンタに乱暴されそうになったって、学園側に、アタシが訴えたら――」



「喚くな――



「ひっ――」


 氷点下と思えるほど凍ったそのひと言によって、萌は急速にすくみ上がった。身体を小刻みに震わせながら、彼女は、壁に背を擦りながらへなへなとへたり込んだ。


「あ……あ、ぁ……」


 萌を冷然と見おろす十色。統治者としてではなく、彼は、蘇芳十色個人として萌を見おろしていた。


「覚えておけ。僕は、君を個人的に許さない……辛い思いをしたくないのなら、二度と、僕の周りを鬱陶しく飛び回るな」


 この時の十色の表情はどんなものであったのだろうか。


 真実を知る者は、南野萌だけである。


 真実を目にした萌は、目を見開いたまま声を失っていた。この場での回復の見込みはなさそうだ。


 息をつくと、十色は生徒会長の顔に戻った。


「今の法螺ほら話を学園側に訴えてもかまわないが、HALの監視があるのは忘れないことだな。小細工を弄するなら、せめて七崎悠真クラスの小細工ができるようになってからすることだ。でないと逆に、自らの策に溺れるぞ」


 十色は、腰の抜けたらしい南野萌を置き去りにして、その場をあとにした。



     ◇



 試合場を去る七崎悠真を送り出したのは、まばらな拍手だった。


 悠真もこれは予測していたし、惜しみない称賛や万雷ばんらいの拍手を期待して特例戦をしたわけではない。


 退場して試合後の処理を終えると、悠真はコートをハイキングバッグにしまった。バッグを肩に掛け、控え室を出る。


 廊下に出ると、オルガが出迎えてくれた。彼女は悠真が出てくるなり、駆け寄って来た。


「お疲れさまですわ、七崎くんっ」

「……待っていてくれたのか」

「当然ですわ。というより、どうして少し意外そうな顔ですの?」

「いや……」


 あの戦い方でも、愛想は尽かされていなかったらしい。


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