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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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12.彼岸の者


 蘇芳十色は口もとを引き締め、歯噛みを隠した。


(あの男、今の分身封じをすべて計算ずくでやったというのかっ……そして狙いはやはり二対一を避け、一対一の状況を作り出すことか)


 分身は部位の着脱が不可能なので逃れるすべはない。そもそも十色の魂殻自体、一度解除しなければ靴を脱ぐなどの脱出法が取れない。そして魂殻の解除は、そのまま自動的に敗北となる。


 持久戦だ。


 持久戦に持ち込めば、勝ち目は十分ある。


 試合終了まで防御を固めればいい。


(いや、待て……)


 七崎悠真の本当の狙いが、防御を固めさせることにあるとしたら?


(落ち着け。こちらは一撃でもあの男の魂殻に直撃させられれば、勝てる……そして七崎悠真の今のスタミナなら、試合終了まで全力攻撃は継続できない。最初から一対一だったならともかく、これまでの攻防でやつは消耗している。ならば、スタミナでは僕に分がある。こちらの有利は、まだ揺らいでいない)


 何か見落としはないか?


 七崎悠真に今、起死回生の策はあるのだろうか?


 視界を阻んでいた煙幕はもう晴れている。凡ミスを犯さなければ、勝てる試合。


「分身攻撃を攻略したくらいで、勝った気になってもらっては困るな。もう手品のタネは尽きたようだし――ここからは望み通り、一対一でやってやろう」


 悠真の突きが飛んできて、槍で受けとめる。


 再び二槍の熾烈な攻防が始まる。


(この勢いっ……まだやつはスタミナを残していたのか? あるいは、もう限界が近いのにやせ我慢をしている? どうにも、表情の読みにくい男だ。だが、本当に手品のタネは尽きたとみえる。そして視界が晴れた今、君は僕にお得意の生身の攻撃を決めることはできない)


 御子神一也に使用したあの締め落としは両手を使う必要がある。


 槍を彼が手放した時が、その攻撃へ移行する合図。対応の時間は十分ある。七崎悠真があの攻撃を行わないのは、彼自身もそれを理解しているからであろう。


(もう一つ可能性があるとすれば、魂殻以外の場所を槍で攻撃することだ。例えば、頭部や腹部……しかし逆に言えば、槍にさえ注意を払っていれば防ぐのは容易ということ――)


 打ち負ける気はしない。


 攻めきれはしないが、守り切る自信はあった。ここは無理をすべきではない。堅実に、勝ちを拾う。結果がすべてだ。


 結果の前には、誰もが最後は崩れ落ちる。


 勝ちさえすれば、


「あえてもう一度言おう」


 ガンッ!


 両者の槍が互いを弾き合う。悠真のロングコートの裾が翻り、わずかに視界を阻んだ。だが十色は意に介さない。


「この勝負、君の――」


 プシュゥゥッ


 目に、何かを噴射された。


「ぐあっ!?」


 思わず目を閉じ、片手で目を覆う十色。


 しみ入るような刺激的な痛みが、両目を侵蝕していく。目から悲鳴のように涙があふれ出してくる。


(催涙スプレー……だとっ!?)



「その隙のなさには恐れったぞ、蘇芳十色」

「きさ、まっ――」

「隙はないが、問題はリズムだな」

「何?」

「おまえの戦闘リズムは、割り込みやすい」

「くっ――」


 その時が、十色の心の制御がついに崩れた瞬間であった。



「卑怯だぞ、七崎悠真!」



「ついにそれを、口にしてしまったな」

「!」

「しかし、おまえの信頼するHALは今まで俺が使用した道具の持ち込みを認めている……つまり、今の俺がしているのはおまえのいう”ルール内”の戦い……おまえが自ら言ったはずだ。ルールさえ遵守するなら、いかなる戦い方でも認めると」

「それは、そうだが――」

「フン、おまえは思考が綺麗すぎるのさ……いいか? いつの時代も、勝利するのはルールを破る者ではない。勝つのは、ルールの抜け穴を見つけた者だ。理不尽に感じるかもしれないが……それが、哀しい現実だ」

「くっ――」


 十色はどうにか目を開こうとする。わずかにまぶたが持ち上がる。


「ぐあぁ!?」


 そこにまた、スプレーを噴射される。


「おまえが犯した大きなミスは、これまでに使用した道具の持ち込みをこの俺に認めてしまったこと……それが、おまえの敗因だ」


「なぜだ!? なぜ君はこんな卑怯な手段を取る!? 君は今、自分で自分の格を下げているんだぞ!? 学園での風評を君は考えないのか!?」


「風評など二の次さ。俺はまず目的さえ果たせればそれでいい。それに、あらかじめ言っておいたはずだ……この試合は、おまえが思っているほどご立派な戦いにはならないと」


(くっ……どうするっ!? 一度、時間稼ぎに分身と入れ替わるか……? いや、やつがもし、ここでの入れ替わりを前提とした策を立てていたら――)


 十色は、疑心暗鬼に近い状態になっていた。


「正直なところ、経験の差を考慮すれば酷な話だとも思うが……しかし、これこそがやはり殻識生の弱点と言えるかもな」

「ぐ、ふっ!?」


 腹を、槍で突かれた。


(しまった……っ! 槍への注意が逸れていた!)


「殻識生はまだ本当の意味での 実戦 なんでもありを、知らない」


(まだだ……っ! まだ、僕は――)


 十色は、瞬間的に意識を集中させた。


(視界は奪われている……だが、まだやりようはある。あの人から教わった方法を、今こそ、実戦で――)


 極限まで神経を、研ぎ澄ます。


(わかる……ぼんやりとした輪郭が、イメージできる……そうか……これが、人の”気配”……)


 ブンッ


 気配へ槍を繰り出す。


 近づきかけた気配が一瞬、離れたのがわかった。


(”視える”……やつの気配から、槍の気配も把握できる……)


「ふむ、気配で俺の位置を読んだか。フン、その域にまで達していたとはな――やはりおまえは、ニセモノではないようだ」


 槍で突かれたみぞおちの痛みを感じながら、十色はより集中して悠真の槍の気配を追った。


(守り切る。槍の気配に、すべての神経を集中させる……あの締め落としへの対処は、やつが槍を手放した気配があった時でいい。やつの、槍にさえ――)


 瞬間、蘇芳十色の意識はブラックアウトした。



     ◇



 あごをかすめた悠真のこぶしを受けた途端、蘇芳十色は、糸が切れたように倒れ込んだ。


 悠真の前には今、意識を失った十色が倒れている。


 意識を失ったところで、十色の魂殻は解除された。


『蘇芳十色の戦闘続行は不可能と判断し、試合を終了します。勝者、七崎悠真』


 ブザーが鳴り、HALが勝者の名を告げた。


 脳の揺さぶりによる、相手を気絶させての勝利。


 これまで行われた派手で苛烈な攻防からすれば、ある意味、あっけない幕切れだったとも言えただろう。


 会場の空気も小平太戦の時とは違っていた。非難こそ飛ばないものの、特に、観客の生徒たちは今複雑な感情に囚われているであろう。


 ルール上問題がなかったとはいえ、煙幕、特殊な液体、果てには相手の視界を奪う催涙スプレーの使用。


 けれど悠真としては、蘇芳十色に現時点で勝つにはこの方法しかなかった。


(結局、用意した策をすべて吐き出す結果となったか……何より、視界を奪われても戦えるレベルにあったのはやや想定外だったな……)


 準備期間が短かったとはいえ、今回の特例戦の条件で他に勝つ方法を思いつけなかったという事実は、同時に、蘇芳十色という男の才幹と力量の高さを物語ってもいる。


 完全に不確定要素を潰して勝算を得る必要があったことからも、蘇芳十色を自分が過小評価していなかった証拠と言える。


 スタミナの問題でゲージを削り切れないだろうことは、途中からわかっていた。


 だから、他の方法で決着をつける必要があった。


(視界を奪い、かつ、片手で握った槍へ意識を完全に集中させる……そうでもしなければ、脳を揺さぶるあごへのあの一撃を確実にあてることはできなかっただろう)


「ん……」


 十色が、意識を取り戻す。頭をおさえながら、彼は上体を起こした。


「くっ……僕は、敗けたのか……」


 彼は自分に起きた出来事をすぐに察したようだった。


「そうか……視界を奪われて、精神が乱れていたとはいえ……君の生身による攻撃が締め落とししかないと決めつけてしまっていたのは、軽率だったな……」


 十色は落ち着いた口調で続けた。


「この勝負、僕の負けだ……敗因は色々考えられるが、七崎悠真という人間の力量を読み切れなかった。それが最大の敗因だろう。確かに、七崎悠真は僕の指定したルール内で戦った……試合中に放った卑怯者という言葉は、撤回しよう」

「意外に素直だな」

「強き者が正しい。競争原理の働くこの学園では、それがすべてだ」

「最も強く正しいのは、全体のシステムやルールを設計する者だがな」

「……そうかもな。だが、そのシステムやルールは遵守する者がいてこそ成立する。そして、それは僕らが形作っているとも言える」


(この男、多くを学べば化けるかもしれんな……)


 悠真は手を差し伸べた。


「……なんのつもりだ、七崎悠真」

「敗者をあざ笑う憐れみ手と感じるなら、容赦なく振り払えばいい」


 パシッ


 差し伸べられた手を迷いなく振り払うと、十色は自力で立ち上がった。


「敗北したとはいえ、僕は今後も生徒会長の任を果たす立場にある……これ以上、つまらない姿を生徒たちに晒すわけにはいかない」

「……そうか」


 悠真は表情一つ変えず、じんとした痺れを放つ手を引っ込めた。


 踵を返し、背を向ける十色。


「君の望み通り、僕と生徒会のメンバーは卒業まで黄柳院オルガに対し特例戦を挑まない。約束通り、これは履行しよう」

「ああ、そいつは助かる」

「それと、これだけは言っておく――」


 敗色はいしょくなど感じさせぬ堂々たる足取りで歩き出した十色は、去り際にひと言、言い残した。


「先ほど君が差し伸べた手を、僕は別に憐れみの手だとは思っていない」




 去り際にいつもひと言残したがる生徒会長。ちなみに生徒会長、当初は女案もあったんですよね。

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