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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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11.闇の世界


 プシュゥゥゥーッ


 床に落ちた筒状のものから、勢いよく灰色の煙が広がっていく。


 蘇芳十色は腕で反射的に口を覆った。


(煙幕、だと……?)


 観客席がざわめきを増す。


 勢力を拡大する煙はついに観客席にまで及ぼうとしたが、戦場いくさばと客席を隔てる手すりの前で消えた。これはバリアウォールの力ではなく、空調によるものである。


 HALがアナウンスを告げる。


『ご安心ください。これは火災ではありません。また、観客の皆さまの健康にいちじるしく害を及ぼす有害物質は煙の中に含まれておりません。繰り返します――』

 

 七崎悠真の姿は煙に包まれ、すでに目視できない。


 煙で完全に姿が隠れる直前、一瞬だけ動き出したように見えたが……。


(意識を集中させても耳でやつの足音が察知できない……あの男は足音を消して移動しているのか? しかし……視界を失った中で、まさかやみくもに仕掛けてくるつもりだとでも?)


 ひとまずの安全を確保すべく、数歩下がって戦台の端を背にしてから、十色は分身を盾のごとく自分の手前へと戻した。


(この期に及んでまだ悪あがきをするか……なんと諦めの悪い男だ。狙いは体力回復か? KO負けを嫌っての……いや、違うな……そんなタイプの男には見えなかった)


 せき込むのを我慢しながら、十色は周囲を警戒する。


(落ち着け……視界を奪われているのは、七崎悠真も同じだ。ならば――)


 まずは斥候代わりとして分身を駆け巡らせる。


 分身なら戦台から落ちようが攻撃を受けようが問題ない。攻撃を受けてもダメージはないし、場外判定アウトフィールドによるゲージペナルティもない。


 分身はダメージの共有がないが、五感の共有もできない。ゆえに視界の共有も不可能である。中継カメラでも持たせれば偵察役として使えるが、今はそんな道具もない。


(しかし、このさして広くもない戦台で分身が走りながら槍を振り回せば、いつか七崎悠真に辿り着くはず……その時に発する物音で、ある程度の位置はつかめる)


 そして好機と感じたら、互いの位置を入れ替えればいい。


 カッ


 足音。


 戦台における自分の現在地を脳内でイメージしつつ、足音めがけて十色は分身を突進させる。


 分身の槍が、戦の風圧をもって灰の煙を斬り裂く。


 空振り。


 すかさず水平に360度、槍を振り回す。


(いない……? すでに逃れたか? ひとまず、一度分身を戻して――)


「――っ!?」


 動かない。


 分身の足が何かに固定されていて、動かない。


(強力な接着剤のような何かで、床に足裏が固定されている!? そうか! 先ほどの足音は、あえてやつが僕に聞かせた罠……っ! あの場所に、僕が誘い込まれたのか……っ)


 十色は理解した。


(やつの、狙いは――)



     ◇



 試合開始直後のレプリカの銃での威嚇には、別の意図があった。


 蘇芳十色が動揺するかを確認したかったという悠真の放った言葉は、実はその通りでもあった。


 ただし悠真が確認したかったのは、分身の性質である。


 あの分身の入れ替わりは果たして、十色の意思によって行われているのか否か?


 まずこれを確認しておきたかった。


 要するに、十色が攻撃を受けそうになると分身はに入れ替わるのか?


 あるいは、入れ替わりは十色自身の反射神経に頼った操作によって行われているのか――それを、確認したかった。


 十色は動揺を見せた。


 もし致命的な攻撃を受けた瞬間に魂殻が”致命傷になる”と判断して自動的に入れ替わるのだとしたら、彼は動揺を一切見せなかったであろう。


 つまり入れ替わりのタイミングは、自動的ではなく、十色自身がタイミングを決めて行っている。


 入れ替わりのタイミングの性質を確認する。


 これが、一つ目のプロセス。




 もう一つは、反射神経のレベルの確認である。


 感覚や身体能力を引き上げる魂殻をまとった彼が、拳銃の弾丸すらもかわせるのか否か?


 反応からして、さすがに拳銃の弾丸をかわすほどの反射神経は持ち合わせていないと判明した。それによって、同時に十色と分身の反応速度の限界も把握できた。少なくとも、真柄弦十郎が出会ってきた一部の怪物たちの領域には達していない。


 反応速度の最大値がわかれば、戦い方を組み立てやすい。


 反射速度の限界値の確認。


 これが、二つ目のプロセス。




 さらに副次的な効果を挙げるなら、黒いコートを着てきた理由を、拳銃を隠しておくためだったと十色に思わせたことだ。


 さすがにこの特例戦にロングコートを着込んでくれば、何か仕込んでいると誰もが思うだろう。


 けれど最初に拳銃を出したことで、それを隠すために着てきたのだと十色は納得した。


 結果、試合時間が経過する中で、次第に十色の意識から他の隠し武器があるかもしれないという警戒は薄れていった。


 また十色は、悠真の指摘した”大きなミス”の正体が”蘇芳十色は銃器の存在を想定していない”だと理解したはずだ。しかしすぐにハッタリだと見破ったことで、もう彼は悠真の”大きなミス”発言を終わったこととして気にしなくなった。


 そこに、油断が生まれたとも言える。




 そして、限られたスタミナを犠牲にしてまで悠真が持続した槍での打ち合い。


 耐久性の高い槍を用意してあえて長時間の打ち合いを挑んだのは、これもやはり分身の性質を確認するためであった。


 分身は試合中、出したり消したりが可能なのか否か?


 長く打ち合ってわかったが、どうやら分身は一度出すとしばらく消すことができないようだった。つまり、いつでも”入れ替わり”はできるが、出したり消したりはできない。


 悠真の推測では、おそらく一度出した分身は魂殻を解除するまで消せない。それが小平太戦で湧いた一つの推察だった。


 実際、十色は小平太戦でも試合終了まで分身を出したままだった。これは悠真との試合中でも同じだった。攪乱戦術として一度消してから別の場所に出現させれば効果的と思われる局面でも、十色はそうしなかった。そんな場面が何度もあった。


 分身はずっと、戦台の上にいた。


 瞬間的に出したり消せたりが可能なら、いずれ最強を名乗るのも不可能ではない能力と言えただろう。


 だが、そう都合よくできてはいないらしい。


 蛍光灯で最も電力を使用するのは電気を点ける瞬間だとよく言われるが、魂殻は解除時こそ最も身体に負担がかかる印象がある。ゆえに何度も解除したり装着したりは難しい。そもそも特例戦のルールおいては、魂殻の解除はイコールで敗北となる。


 ゆえに十色は試合中、魂殻を解除できない。


 一度出した分身は、試合終了まで消すことができないのだ。


(これから入れ替わりをする場合、蘇芳十色はあの特殊定着剤に足を取られた分身と入れ替わらざるをえない……魂殻を、解除しない限りは)


 分身の入れ替わりの性質を確認する。


 これが、三つ目のプロセス。




 もう一つこちらでも得た副産物は、入れ替わりの能力を発動するのにも十色は若干の負荷を受けるという事実だった。


 ダメージは受けずとも、負荷――体力の消耗は起こる。


 柘榴塀小平太が加速攻撃で大きく消耗することを考えれば、十色の入れ替わりにも同じような消耗が発生するのは当然とも言えるが。


 要するに負荷が少ないとは言え、無限に乱発もできない。


(しかしこの状況で混乱して喚き散らしたりしないのは、さすがと言えるな……自制心の強さは、立派なものだ)


 十色に聞かせた足音は、戦台の上に落ちていたモデルガンを放り投げて出した音だった。


 発生した足音を耳にした十色は狙い通り、突進させてもノーリスクだと信じている分身を、迷いなく音の発生地へ急行させた。


 分身の軌道は、意図的に


 蘇芳十色は堅実な男だ。


 視界を奪われたら、まず最も近い戦台の端に移動する。そうしてフィールド外を背にすることで、背後の安全を確保する。その後、盾として分身を手前に戻す。これまでの攻防でも十色は、あえて深く攻め込まずに自分の手前へ盾として分身を戻すことがあった。だから視界を奪われた今回も、同じ行動をする確率が高いと踏んだ。


 その手前の位置から、蘇芳十色なら音の発生した場所へ分身を突進させる。


 ノーリスクだと感じる十色ならば、おそらくは一直線に。


 そして推測は現実となった。


 あとは分身が来るであろう場所に、昨日調達した強力な特殊定着剤の”沼”を用意し、獲物を引きずり込むだけ。


 これは三つ目のプロセスである”分身は魂殻を解除しない限り、出したり消したりはできない”が確認されて、初めて実行できる策である。




(そして、蘇芳十色の戦い方には無駄がない。しかしそれはがない分、読みやすいということでもある。小平太と違って思考に短慮や攻撃の無駄こそないものの、戦いにおいては、その無駄のなさは必ずしも”最善”ではない)


 まれに言われる、錯乱した素人が刃物や銃を使用する方がプロにとっては対処が難しい、というものに近いのかもしれない。


 逆に言えば、型の完成されたプロの攻撃はどう動くかが推測しやすい。


(むしろ、一度完成した型を自分なりに崩し始めてからがプロとしては本番と言えるのかもな……さて――)


 一時的な回避策として、動けない分身と入れ替わる手はあるだろう。


 しかしこれで二対一の構図は完全に崩れた。


 十色の言葉が脳裏をよぎる。


『あるいは、一対一の形なら君は勝てたのかもしれないな』


「さあ――」


 灰色の煙が晴れゆく中、悠真は、槍を構え直した。


「一対一だ、蘇芳十色」


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