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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第一章 SOB シェルターズフィールド
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4.依頼と再会


 学園の地下通路を行く間、短い会話を交わした。


「見た目はあまり変わってないな、久住」

「君は変わらず世辞が得意らしい。もうイイ年だよ、わたしも」

「世辞を言うのは仕事の時だけだ。これは、仕事ではないからな」


 久住は苦笑した。

 しばらく無言で歩く。

 沈黙を破ったのは、久住だった。


「君は……少し変わったな。話し心地は、昔のままだが」


 久住が微笑む。冷たくて柔らかい、こうの入り交じった粉雪みたいな微笑。


「服や靴が黒ばかりなのも、変わっていないようだ」

「黒が好きでな」


 昔を懐かしむ顔をする久住。


「そうだったな……そう、言っていたね」


 実のところ、黒を選びがちなのは血が目立たないからだった。

 他の理由としては、喪に服しているつもりというのもある。しかし人にはいつも単に色として黒が好きなのだと伝えている。

 これは、久住にも明かす必要のない領域の話だ。


「少し変わったと言ったが、例えば俺のどこが変わった?」


 久住が自分の顎のラインを指でなぞり、次に、唇の周りで指先をクルクル回した。真柄は自分の口元に触れる。


「ああ」


 ヒゲか。


「生やしてる理由を聞いても?」

「適度に顔を隠したいのもあるな。ヒゲの有無で、人相は意外と変わる」


 高度な顔認証システムにかかればあろうがなかろうが一発だが。


「つまり……傭兵時代に面識があった人間に、気づかれたくない?」

「そっちが正解に近いかもな」


 あの頃は大量の偽名を使っていた。

 真柄弦十郎には多くの名がある。”ベルゼビュート”の名を知る者と比べれば、真柄弦十郎の名を知る者は限られていると言える。

 一方で顔を知る者は、名を知る者より多い。コミックに登場するダークヒーローのごとく特製のマスクを着用していた時期もあったが、仲間や仕事の協力者には顔を知られている。


「ヒゲを生やしている男は嫌いか?」

「いいや? わたしはヒゲの有無なんかで人を判断したりしないよ。外見で好悪の印象が変わる世界があるのは、事実だろうがね」


 上手く本意を避けられた気分だった。


「この部屋だ」


 ――ピッ――


 久住が手をかざすと、かざしたパネルの色がグリーンになった。 

 生体認証。

 頑丈そうな扉が開く。


「入ってくれ」


 部屋は長方形。雰囲気からすると来客用の部屋。ソファやローテーブルは機能的かつ質のよいものが揃えられていた。棚や調度品はさほど高くない品のようだが。


「そこに掛けてくれ。ああ、コートはこっちで預かる」

「悪い」


 コートを渡し、ソファに腰掛ける。

 久住はコート掛けから戻ると、立ったまま黒檀の机に寄りかかり腕組みをした。あの立ち方は彼女の昔からの癖である。真柄は懐かしく感じた。


「さて、ただの同窓会なら昔話に花を咲かせたいところなんだが……今の私は、時間が限られてる身でな」

「かまわないさ。今のところは、こうしておまえに会えただけで十分だ」

「悪いな、真柄」


 久住が気まずそうに言う。


「……何か飲むか?」

「いや、けっこうだ」


 前屈みになり、真柄は先を促す。


「本題に入ってくれ」

「性急ですまんね。頼みたい件というのは、とある人物のボディーガードだ」

「期間は?」

「まず、半年」

「長いな」


 言い方からして、契約更新の継続もありうる案件のようだ。


「護衛は一日中でなくていい」

「日中か? それとも、夜や早朝?」

「始業から終業までだ。それ以外の時間は、別の護衛がついている」

「つまり、普段から護衛のついている人物か」


 含みのある表情をする久住。


「護衛というよりは……監視、だろうがな」

「護衛対象の名は?」

「黄柳院オルガと言う、この学園に通う女生徒だ」


 ここで予想していなかった名が飛び出した。


「あのか?」

「そうだ、あの黄柳院だ」


 この国を裏から操っている存在を大別すると、まず二つの名が挙がる。


 旧裏財閥体。

 四〇機関。


 そして旧裏財閥体の元締めが、五識ごしき家と呼ばれる五つの旧家である。その五識家の中で常に中核を担っているのが、黄柳院家だった。


「黄柳院には表向き、年頃の娘はいなかったはずだが」

「表向き? まあ、そうだな」

「分家筋の娘か?」

「いや、違う。黄柳院オルガは、本家の当主である黄柳院総牛そうぎゅうの血を継いでいる」


 真柄はあごヒゲを撫でた。


「……異母か」


 久住が視線を壁へ逃がす。


「そういうことらしい」

「複雑だな」

「あの家は何もかもが複雑さ」


 現在、黄柳院家の子は長男が一人のみとされている。

 表舞台に出てくるのもその長男だけだ。


(しかし、だ……黄柳院の名を持つことを許されているのなら、それは存在が闇に葬られていない証拠だ……事実、黄柳院の名を名乗りながら学園生活を送っている。つまり黄柳院オルガの存在は、秘匿されているわけではない……)


 ここはやはり、異母の子の扱いを黄柳院家側がいまだに決めかねている状態と考えるべきだろうか。


(黄柳院の内部事情に詳しい人間から直接話を聞けるといいが……今の時点だと、それは難しい。相手が、相手だけにな……)


 ツテがないわけでもないが今はまだ動かずにいることにした。

 現時点で下手に外堀をうろつけば、その影響で内堀に入れなくなる危険性もある。


「その娘が狙われている理由は? 次期当主の継承権で揉めて派手なお家騒動でも始まったか?」

「違う……と思う」

「まだそこは曖昧か」

「すまん、これといった確定情報がなくてな。ただ推測によれば、原因は――」


 久住がデスクに手を突く。


「特殊霊素――通称”純霊素ピュアゴースト”」


 聞いたことのない単語だった。


「どういうものなんだ?」

「喩えるなら”ここを掘り進めると、今までのものより高品質の新エネルギーが大量に埋まっているらしい”という話だな」


(その新エネルギーが大量に埋まっている鉱脈が、黄柳院オルガというわけか)


 なるほど。黄柳院家が”黄柳院の者”として黄柳院オルガを監視下に置いておきたい理由は、これかもしれない。


「で、その貴重な資源を狙っている一派や組織があるらしい、と……あるいは、その純霊素の存在自体が面白くない連中が犯人とも考えられるが……」


 魂殻系デバイスで利益を上げている一部の企業からすれば、商売敵という意味では脅威になりうる。強引に手中に収めるか、あるいは……。


(となると目的が拉致か殺害かは、この時点では不明だな)


「実は、その……情けない話だが、詳しいことは私にもわからないんだよ。すまない。白状すると、今回の件は上から内密に指示されたものでな」

「おまえの所属している機関――ヨンマルの人間が使えない案件……つまりおまえやおまえの上司が懸念しているのは、内通者スパイか?」


 さすがだな、と頷く久住。

 ヨンマルには優秀な人材が掃いて捨てるほどいるはずだ。動かせるならヨンマル手製の特務部隊を用いるだろう。


(あるいは、ヨンマルが動いて尻尾を踏むとまずい”虎”がこの件に関係しているか、だな。さらに言えば……久住の上司はいざという時、知らぬ存ぜぬで押し通すことのできる――言うなれば”しっぽ切りのできる者”を使いたいと考えている可能性が高い)


 とはいえ、と真柄は理解を示す。


(黄柳院絡みとなれば、ヨンマルとしては下手に動けないのも事実だろう)


 確かに複雑な案件だ。あまりにも巨大な存在が絡みすぎている。

 通常の依頼なら迷わず断っていた。

 けれど久住彩月の頼みごととあっては、断るわけにもいかない。


 今の久住を見ればわかる。

 この案件で相当頭を悩ませていたのだろう。

 あんな状態の久住に手を貸さない選択肢はない。口うるさい従業員からは”アンタは特定の相手に甘すぎんだよ”と皮肉られるだろうが、もうこの件は受けると腹に決めている。


「ところで俺は教師として学園に潜り込むのか? 時期的にもう担任教師は決まっているだろうし、不自然な担任教師の交代は犯人を警戒させることにもなりそうだが」

「君には、生徒として学園に潜入してもらう」


 これには真柄も一瞬理解が追いつかなかった。


「……おまえも冗談が上手くなったな」

「面食らうのはわかる。だが、冗談ではないんだ。ここから先の説明には、もう一人加わってもらう」

「信頼できる相手か?」

「ああ」


 ――ピッ――


「ちょうど到着したようだな。入ってくれ」


 久住が促すとドアが開き、白衣を着た男が部屋に入ってきた。


「真柄弦十郎……潜入の際、あなたには16才の少年の身体に入ってもらいます」


 身体の線の細い中性的な容姿の男だった。いわゆる優男。

 けれど、ただならぬ存在感がある。

 真柄にはそれがわかった。 

 何者だろうか。


 真柄は久住へ視線を滑らせる。


「この男は?」

「自己紹介を頼む」


 久住に促されて男が微笑む。


「初めまして。ボクは斑鳩透いかるがとおると言います。そうですね、もしくは――」


 顎に手を当てて幾ばくか考え込んでから、男は言った。


「”黒雹くろひょう”と名乗った方が、通りがよいでしょうか?」


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[一言] 江戸の? ……それは黒豹。
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