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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
39/133

10.ウィークポイント


 槍が、大きく後方へ弾かれた。その勢いに引っ張られ、上半身も後方へ弾かれたような形になる。


「くっ――ここまで、とはな……っ」


 が、弾かれた上体を元に戻した。分身があごを柄底えていで殴打され、顔をのけ反らせる。


 ブンッ


 悠真は斜め水平に槍を回転させた。


 十色が槍を取り回し弾き落とそうとする。だが、悠真の動きはフェイク。


 突き込みが十色の鎧にヒット――かと思われた瞬間、十色が分身と入れ替わった。


 分身はかすかによろけたが、ゲージは減っていない。


 背後からの薙ぎ払いを超低姿勢にたいを落として避けると、悠真は、地面すれすれに槍を水平に振って十色の足を払おうとした。


 しかし再び十色は分身と入れ替わる。すると分身は足を払われて尻餅をついた。改めて元の位置に戻った十色が、突きの連打を散らしながら口を開く。


「貴様、かなり一対複数の戦いに慣れているな……何者だ?」


 一度息を吐いてから、悠真は言った。


「百人のそこそこの戦闘慣れした者を相手にして、一対百で勝てる人間はいると思うか?」

「不可能だ」


 十色は即答。汗を飛ばしながら十色の攻撃を柄で防ぎつつ、悠真はフッと微笑んだ。


「ああ、それが当然の認識だ――ぐっ……」


 悠真のわき腹を分身の槍がかすめた。


(アレの直撃を受けたら、この身体では気絶しかねないな……それに、この男――)


 この気づきで、悠真は蘇芳十色の評価を上げざるをえなかった。


(なるほど……見抜いて、いたか)


 十色と分身が動きを止める。


 悠真の前後を挟み撃ちにした形。


「どうやら自分の弱点は認識していたらしいな、七崎悠真……だが、気づいたところでどうにもならない」


 二体の白銀王が同時に攻撃を開始。


「この勝負、君の負けだ」



     ▽



(七崎くんの、弱点……)


 黄柳院オルガはハラハラしながら特例戦を観戦していた。


 悠真は今、驚くほど洗練された槍さばきで二体の蘇芳十色と互角に戦っている。


 観客が沸く。


「おいおい、おれたちは夢でも見てんのか!? 七崎悠真が会長と分身を相手に二対一で善戦してるぜ!?」

「やばいやばい! 技術だけで会長に対抗できてるって、すごくね!?」

「七崎クン、ホンモノ感あるよねーっ!」


(違いますわ……蘇芳先輩はダメージこそ受けていますが、まだ半分も削られていない。そしてあの分身能力がある限り、七崎くんの攻撃があたる確率も低いまま……このままでは試合終了までにゲージを削り切るのは不可能。生身の攻撃も、蘇芳先輩の警戒心が強いせいで踏み込み切れていないように映る……それに――)


 オルガから見ると、今でこそ善戦しているが、徐々に悠真が押されつつあるように映る。


(七崎くんの汗の量と、あの呼吸の荒さ……やはり、スタミナの消耗が激しいのですわ……)


 槍の重量の問題もあるだろう。さらに二対一で敵を捌いているのだから、体力消費が激しいのは当然とも言える。当然では、あるのだが――オルガは、どこか違和感をぬぐい切れなかった。


(思い返せば、柘榴塀先輩との試合でも七崎くんの疲労は相当なものだった……最初はあの運動量だからと思っていましたけど……しかし何かがずっと引っかかっていたのも事実……一体、何が……)


 観客が盛り上がっている。


「すげぇ技量の高さだ! 七崎は魂殻のゲージもまるで減ってねぇし、時間いっぱいまで粘れれば……こりゃあ、勝てるかもしんねーぞ!」


(いえ……このままの試合展開が続けば、おそらく七崎くんの体力が先に尽きる……あの技量の高さを、もってしても――)


 技量の、高さ?


「!」


 その時、オルガの脳に閃きが走った。


 まさか、と口もとに手をやる。


(まさか……いえ、けれどありえない話ではないですわ……確かにこれなら、七崎くんの過剰な消耗にも納得がいく……ですが、それは……)


 しかし、改めて悠真の戦いを観察し、柘榴塀戦で引っかかっていたものを思い返してみると――つながった、気がした。


(わかりましたわ)


 七崎悠真が頭で思う動きに、身体の方がついてきていないのだ。


 そのズレを、七崎悠真はコンマ数秒の世界で調整しながら戦っているのではないか?


 普通の人間では辿る必要のない戦闘プロセスを辿っているがゆえに、彼は、普通の人間よりも疲労が激しいのではないか?


(戦闘センスだけが爆発的に伸びて、まだ身体の方ができあがっていない……だとすれば、説明もつく……動作を起こすたびに身体が追いついてこない分を調整しながら戦っているから、彼は、あれほど消耗しているのですわっ)


 さらに彼は魂殻へ攻撃をあたるのを避けながら戦っている。


 一方の十色は数回程度の攻撃を受けようが無視して攻撃を続けられる。


 この差は大きい。


 神経をすり減らす度合いが段違いだ。


(むしろそんな状態であんな戦いを持続できている七崎くんの精神力は……一体、どうなっていますの……本当に、キミは――)



     ▽



(気づいてはいた。この身体に入ってから間もないせいか、余裕がなくなってくるとどうしても”真柄弦十郎”の戦闘感覚が出てきてしまう……


それを七崎悠真の身体に合わせていくのは、だ……そう、わかってはいた……)


 七崎悠真の身体では、ある段階をこえると真柄弦十郎の戦闘感覚についていけなくなる。


 身体に慣れる時間がもっとあれば感覚なじませていくことは可能だっただろうが、いかんせん、七崎悠真の身体に入るようになってからまだ日が浅い。


(そして驚くべきは、蘇芳十色が七崎悠真と柘榴塀小平太の特例戦を見ただけで俺の”弱点”に気づいたことだ……この男の戦闘における嗅覚は、本物だな)


「ふぅぅぅ……」


 打ち合いから一時的にのがれると、悠真は調整的に息を吐き出した。


(この男が最初から攻め切らずにどこか持久戦に持ち込もうとしている節があったのは、俺の体力を削ぐためか……)


 十色の額から、彼のすっと通った鼻梁へ一筋の汗が流れた。


「己の弱点に気づきながら、僕とここまでやり合えるだけの技量と体力、精神力には素直に称賛を送ろう。あるいは、一対一の形なら君は勝てたのかもしれないな……だが、忘れないでもらいたい。ここは魂殻使いの集う学園だ。そして魂殻使いとして劣る君は、魂使いの能力によって敗れ去った。つまり正々堂々、君は敗北したと言える」


 十色が申し渡した。


「次のトーナメントに出てくる気があるなら、君が勝ち上がってきた時、再戦を受けよう」


 荒く息をつく悠真に、統治者は憐憫の情を送った。


「今後、君の魂殻が成長するのを祈っている」



     ▽



 黄柳院オルガは歯噛みしていた。


 悔しかった。


 悠真の身体が彼のセンスに追いついてさえいれば、この試合は勝てたような気がした。


(せめて七崎くんにもう少し強い魂殻が、備わってさえいたら……っ!)


 きっと、勝てた。


 会場の空気も変化し、今はもう蘇芳十色の勝利を感じ取っていた。途中から七崎悠真が劣勢に転じていることに皆、気づき始めたのだ。


(いいですわ……次のトーナメントが来るまで、わたくしはすべての特例戦に完勝してみせる……っ! そして、蘇芳先輩に勝ってみせる……っ!)


 オルガは涙をこらえながら、圧倒的な王と対峙する七崎悠真の勇姿をしかと瞳におさめた。


(七崎くんのかたきは、このわたくしが……っ! 必ず……必ず、わたくしが……っ!)


 ぎゅっ


 オルガは、左手で右腕を強く掴んだ。


 大声で悠真に語りかけたくなったのを、我慢するために。


(キミはわたくしに、勇気と希望をくれました。わたくしには、それだけで十分……そう、キミはもう十分に――)


 ふぅぅ


 悠真が、息をついた。


「さすがだな、蘇芳十色」

「ようやく理解したか。そうだ、これが埋めがたい現実の姿……完封試合とならなかっただけ、君は君なりによくやったと思う。そこだけは、誇っていい」

「だが――」

「ん?」



「試合開始からここまでで、ようやくプロセスの一つを、完了することができた」



 十色は鷹揚に切り返す。


「強がりはよせ。時には負けを認める勇気も必要だ。これ以上、格を落とすな……君の気持ちもわかるがな」

「気遣い痛み入る。だが、気遣いは無用だ」

「このおしゃべりは、体力回復のための時間稼ぎか?」

「いや――ただ、勝算を得ただけだけだ」


 十色が眉をひそめる。


「何?」


 カランッ


 悠真のコートから何か筒状のものが落下し、床に転がった。


「言ったはずだ、蘇芳十色」


 何かを感じ取った十色が、解いた構えを元に戻した。


「今回の特例戦……おまえは一つ、大きなミスを犯しているかもしれないと」


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今更ですが。 >勝算を得ただけだけだ → 勝算を得ただけだ
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