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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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9.強く正しき者

 ほんの一瞬だけ動じたそぶりのうかがえた十色だったが、彼はすぐ平常心を取り戻した。


 洞察力にすぐれ、心も強い男だ。


「いや……ハッタリだな。特例戦のルールを思い出せばわかる話だ。特例戦において殺傷能力を有する銃器の持ち込みは禁止されている。その銃が本物なら、試合開始前にHALが指摘しているはずだ」


 カランッ


 悠真は、レプリカの拳銃を手から落とした。


「しかし一瞬でも本物だと思ったようだな?」

「一瞬、君ならやりかねないと思ってしまったからね。少なくとも、君はただ者ではないからな」

「ライフルを持った仲間を数人、観客に紛れ込ませている」


 十色の眉が微細に上がった。


「それも、つまらないハッタリだな」

「持たせているのは麻酔銃だ。ルールに記載されている”殺傷能力”は持っていない。仲間にだけわかる合図を俺が送ったら、おまえは撃たれて眠る……それで、おしまいだ」

「だとすれば、キミは勝てるかもしれないな。だが、麻酔銃であっても銃器類の持ち込みは制限されている。HALの目はかいくぐれない……モデルガンは、別だがな。しかしわからないな。なぜそのようなすぐに嘘の露見するハッタリを言う?」

「フン……どの程度、蘇芳十色が動揺する男か見てみたかった。あわよくば、この時点での降参を期待もしたが」

「無駄な努力だ」

「しかし魂殻使いといえど、スナイパーライフルで超遠距離の意識外から額を撃ち抜かれれば死ぬ……」

「ズレた極論を出しての負け惜しみか? だとしたら愚かと言わざるをえないな。ここは、殻識学園だ。ルール内ならともかく、ルール外の話を持ち出すのは無意味だ」


(さて、目的は果たした……あとは……)


 悠真は槍を両手で構える。


「おまえの高潔な精神に比べれば、確かに俺の考えはの側だろうな」

「ほざけ。今の幼稚な小細工は――」


 十色が真っ直ぐ歩いてくる。


「七崎悠真の格を下げただけだったな」


 どこからでも打ってこいと言わんばかりの堂々たる歩調。


 互いの槍の穂先が相手の身体へ届く位置まで、両者の距離が近づいた。


「来ないのか、七崎悠真? ならば、こちらから行くぞ――」


 白銀の槍による瞬速の突き。


 狙いは悠真の右手――魂殻部分。


 悠真は十色の槍の軌道を柄で叩いて逸らした。そして、逸らされた十色の槍の戻しは速い。


 槍同士の攻防が始まる。


 戦台の上で熾烈な突き、打ち合いが繰り広げられる。


「やるな。槍術は、君の得意分野か?」

「さて、どうかな」


 ガッ


 振り下ろされた一撃を、柄で受けとめる十色。


 上段からの斬撃を防がれた悠真は、すかさず槍を戻しながら縦に回転させた。


 ブンッ


 受けとめられた刃とは逆の、柄底を振り上げる。十色は顔を逸らし、柄底の振り上げによるあごへの打撃を回避。


「なるほど、武器の扱いは見事だな。君に強力な魂殻が備わっていたら、間違いなくこの学園で上位に名を連ねていただろう。さて、七崎悠真――」


 十色の瞳が威圧を増す。


は、終わったか?」


 さすがの慧眼。今の攻防で悠真が何をしたかったのかを見破っている。


「ああ、おかげさまでな」


 両者、共に槍の両端をフルに活かした突き合いと叩き合いを繰り返す。しかし、いまだ互いに致命打はなし。


 そして一撃を喰らえばソウルシェルゲージが悠真は、一発たりとも十色の槍の直撃をもらうわけにはいかない。


 ガッ!


 その時だった。


 ついにダメージらしいダメージが入る。


 半透明のディスプレイに表示されたゲージが、わずかに減少。


「油断していたつもりはなかったが……やはり、君の技量はあなどれないようだ」


 悠真の槍の先が、防御を仕損じた十色の心臓部をとらえていた。オルガに聞いたところでは、鎧であっても、人体の急所に近い部位ほどゲージの減りが――わずかではあるが――多いそうだ。


 突き出された槍の柄を十色が掴もうとするよりはやく、悠真は槍を引っ込める。


「三分にも満たないあの攻防で、僕の槍術を分析し尽くすとは……戦闘センスのかたまりのような男だ。槍を合わせれば合わせるほど、君が追いついてくるのが理解できた。同レベルの武器を君が使用していたらと思うと、ゾッとするよ」


 称賛を送ってはいるが、十色の余裕が剥がれることはない。己の勝利を疑っていないのだ。


 それも当然か。まず十色は――まだ、アレを出していないのだから。


「それでも僕の勝利は、揺らがないがな」


 言い放つと同時に突きを繰り出してくる十色。


 背後に、気配が出現。


(出したな……分身を)


 悠真の背後に、槍を振りかぶる十色の分身が出現していた。


 外見こそ十色の姿をしているが、はっきりと”影”だとわかる姿をしている。なので識別は容易だ。


 前後からの同時攻撃。


 悠真は横へ身体を逃がしながら、槍を左右に振って二体の十色の攻撃をギリギリで弾き返す。この七〇七槍は、先ほどのヒットでわかるように攻撃力こそ期待できないが、防御や打ち合いに徹する分には優秀な武器だと言える。並みのコモンウェポンなら、今の時点でヒビの一本くらいは入っていたかもしれない。


(この男、完全に魂殻の操作をモノにしているな……)


「教えてやろう。殻識生の弱点――それを浮き上がらせるのが、この分身ダブルの存在だ」


 二人の十色が並び立ち、別々の構えを取る。


 分身は本体の動きをそのままトレースするわけではない。おそらく十色自身の”こう動かしたい”あるいは”こう動いてほしい”という意思によって動いていると思われる。


 例えるなら、念じるだけで思うように動かせる等身大の戦闘人形バトルドールみたいなものだ。


 別々の構えは能力の厄介さを象徴していた。分身が同一の動きを行うのならまだ戦い易いが、これでは別々の人間を同時に二人相手するに等しい。


「なるほど……これがおまえの言っていた、殻識生の弱点というやつか」

「理解したか。ああ、その通りだ」


 いざ気づいてしまえばシンプルな話である。


 トーナメントや特例戦、模擬戦は一対一の形式で行われる。


 加えて、この学園には一対多や複数で行われる試合が存在していない。


 殻識生の大半が在学中に目標とするのは、ランキング上位に名を連ねること。


 つまりトーナメントでの成績を最重要目標として考えるのだ。


 ゆえにどうしても一対多を想定した訓練を怠りがちになってしまう。


「この分身を発現してまだ僕は一年も経っていない。あの前回トーナメントのあと、適当に逃げられないような条件をつけて何度か特例戦を行ったよ。この学園の秩序のためにね……そして一対二の戦闘に対応しきれずに皆、敗北していった。はねっ返りのそこそこな実力者もいたがね」


 対分身を想定していなかった生徒たちは、ことごとく地に膝をついていったわけだ。


「中には二対一となる能力を卑怯だとののしる者もいたが、これも、戦いというものの一つの現実だ」


 高みから見下ろすようにして十色は言う。


「だが、眼前の現実から目を逸らす行為を僕は止めたりしない。安心するといい。負け惜しみを喚きながらの逃亡を僕は咎めたりはしない。結局その者の道が、ただそこで途切れるだけの話だからな……あとは、その場で永遠に停止したまま、堅実に、穏やかに生きればいい。その者は”現実”を知った。大事なのは、現実という人生の教訓を得たということだ」


 要するに、現実に押し潰された者は口を閉じたまま黙って一生を終えろと言っている。


(一見すると相手に自由を与えているようで、実は自分が追い込みたい袋小路へ相手を追い込んでいる……強者が正論を振りかざす時に多いやり口だな。この男にしてこの論あり、と言ったところか)


「それは遠回しに、俺へ降参をうながしているのか?」

「別にそう受け取ってもらってもかまわない。最初の拳銃での脅しが通用しなかった時点で、すでに君は詰んでいるようにも思えるがな」

「安心しろ。まだ俺の道は、途切れていない」


 悠真の頬を一筋の汗が伝う。


「無論、続行だ」

「そうか……ならば――次は七崎悠真の弱点の正体を、その身をもって教えてやるとしよう」


 二人の蘇芳十色が、無慈悲に襲いかかってきた。


「無惨に砕け散るがいい、七崎悠真」


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