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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
37/133

8.灰色の最低値VS不死なる白銀王


 十色たちが去ったあと、悠真とオルガは昇降口の手前まで歩いた。


「七崎くん……」


 そこでふと、オルガが足をとめた。


「蘇芳先輩がさっき言っていた件……やはりわたくしが、すべての元凶なのかもしれませんわ」

「違うさ」

「わ、わたくしを気遣ってくださっているのはわかります! けれど――」

「黄柳院オルガが仮に原因の一つとなっていたとしても、この一連の流れはおまえのみで構成されていない。視点を広く持つなら、あの特例戦に割り込むと判断した俺にも原因はあるし、俺に特例戦を挑んだ柘榴塀小平太にだって原因はある」


 さとい彼女に対し”黄柳院オルガに一ミリも原因がない”という論は弱い。


「人はわかりやすい追及対象を求めがちだ。だから責任を追及する際は大抵一人の対象に集約されがちだが、現実は複数の要因で起こっていることもしばしばだ……それに――」


 おそらく蘇芳十色が本当の意味でこころよく思っていないのは黄柳院オルガではなく、南野萌である。


「さっきのおまえは、とばっちりを受けただけだ」

「とばっちり、ですか……?」

「まあ、そのあたりのことは明日の特例戦後に話すさ。もっとも、大した話ではないがな」


 昇降口で靴を履きかえる。ちなみにうち履きを着用したまま正門を出ると、センサー感知でログが残るようになっている。


「要するに、おまえへの蘇芳十色の誹謗ひぼうは気にする必要がないということだ。特例戦を無条件で受ける件も、例の取り決めを説明しない限りはああいう受け取り方をされても仕方ない――ほら、靴を履き換えないのか?」

「あ、はいっ……ん、っしょ……」


 前かがみに靴を履きかえる仕草一つをとっても彼女の場合だと上品に映る。


「だがおまえの抱えているものは七崎悠真が知っている。今はそれで十分だと思ってもらえると、ありがたい。七崎悠真はおまえの理解者でありたいし、味方でありたいと思っている。それでは……不十分か?」

「い、いいえっ! キミにそう言ってもらえるだけでわたくしは、十、ぶっ――」


 ガッ


 靴を履こうとしていたオルガが、足をもつれさせてバランスを崩した。つまづいたまま、よろけて悠真の方へ倒れ込んでくる。


「きゃっ!」


 密着しすぎないように、優しく抱き止める悠真。


「大丈夫か?」

「は、はい……ありがとう、ございます……」

「最近思っていたことなんだが、意外とおっちょこちょいなところがあるな、おまえは」


 オルガは恥じらいながらおもてを伏せると、瑞々しくも小さな息を吐いた。


「も、申し訳ありません……」


 動作一つ一つを意識的に上品にしているから、常に気が張ってしまい、ああいうミスが出やすいのかもしれない。


「肩の荷が重いな、おまえも」

「……体重は、む、胸の分も加味されておりますわ!」


 反応に困る弁解だった。


「いや、体重の話をしたわけではないんだが……大丈夫か?」


 自分の勘違いに気づいたオルガが、やってしまったとばかりにしょんぼりとなる。そして彼女は無言で、こくん、としおらしくうなづいた。



     ▽



 最後まで熱ぼったさの抜け切らなかったオルガと正門で別れると、悠真は一度家へ戻った。ちなみにオルガは正門近くで待機していた迎えの車に乗り込み、そのまま帰途へついた。


 悠真は家へ戻るなり、デスクの引き出しの裏に取りつけたホルダーからサブのスマートフォンを取り出した。


(さて、明日の特例戦のためにいくつか調達するものがあるが……)


  隠れ家セーフハウスの在庫リストを呼び出して確認。次に、調達人の連絡先リストを呼び出す。


(足りないものは、調達人に頼む必要があるな……)


 確認を終えると七崎悠真は隣の部屋へ行き、真柄弦十郎の身体に戻った。


 久々の身体の感覚に意識をなじませながら服を着る。それから買っておいたニット帽を被り、同じく準備してあった伊達眼鏡をかける。そしてポケットに財布とスマートフォンを突っ込むと、真柄は”伊武崎健司”の家を出た。


 調達人と会うとなると一定の変装が求められる場合がある。実際は必要なくとも、変装する心構えのない客自体を嫌う調達人もいる。闇のマーケットの者にはそういう気質の人間も少なくない。


 一度、監視の目がないかを確認する。不審な気配や視線はなさそうだった。


『しかし同時に、あの特例戦で七崎悠真の弱点も見えたと言っておこう』


(弱点、か)


 脳内で明日のシミュレーションをしながら、真柄弦十郎は、適度に尾行を警戒しつつ夜の闇へと消えて行った。



     ▽



 翌日。


 七崎悠真と蘇芳十色の特例戦が行われる試合場は、トーナメントで見た映像とさして遜色ない人の入りを見せていた。


 休日であるにもかかわらず、観客席を埋め尽くさんばかりのこの人数。ランキング三位を倒した転入生と、この学園の頂点たる生徒会長の特例戦の話題性は抜群だったと言える。さらにこの殻識学園では生徒の多くが敷地内の学生寮で生活しているため、足を運ぶのが容易い。この”満員御礼”にも納得がいく。


 観客席には黄柳院オルガや南野萌の姿もある。


 また、教師陣や他の学園関係者らしき者の姿も確認できた。今回は狩谷だけでなく辰吉と三宮長という教師の姿もあった。


 試合開始時刻は午前十時。


 現在時刻は九時五十分。あと十分で試合開始だ。


 十色はすでに戦台の試合開始位置についていた。


「おぉ、来たぜ! 七崎悠真だ!」


 ゲートから悠真が現れる。悠真を見るなり、観客が半立ちになって言った。


「あれ? 七崎悠真が、なんか着込んでるな」


 今日、悠真は黒のロングコートを着用していた。裾をなびかせながら、戦台の中央へ歩み寄る。対する十色は、制服姿のまま。


 この学園の制服は霊素伝達を促す特殊素材を使用している。さらに運動用の服としても使用できるよう、できるだけ動きを阻害しないように、かつ吸水性にも優れた作りとなっている。特に、霊素伝達率がよいころから試合では制服を着用する生徒がほとんどである。もちろん、悠真もコートの下は制服である。


 しかしコートの話題はすぐに別の要素によってさらわれてしまった。


「って、七崎悠真の武器……なんか会長の槍に似てないか?」

「言われてみれば、形がほとんど一緒な気がするな」

「つーか七崎、会長と槍で戦おうってのか!?」

「なんで柘榴塀戦で使った鎖鎌にしなかったのかしら?」


 試合開始位置に悠真が到着する。


 観客たちの意識はすっかり悠真のコモンウェポンへ注がれていた。観客たちはしばし、口々に感想を漏らし合っていた。


 悠真が到着するまでの間、十色は俯き気味のまま目を閉じていた。緊張など欠片も感じ取れない。どこにいようと自分はこうして悠然と構えていられる――そう無言で暗にアピールしているようでもあった。


 十色が口を開く。


「そのコモンウェポンを使うであろうことは知っていた。だから、その点について驚きはない。だが、そのコートはどういうつもりかな」

「特例戦のルールさえ遵守するなら、何を持ち込んでも問題はないと聞いていたが?」

「ああ、問題はない。少し気になっただけだ。大方、強靭な特殊繊維あたりで作られたコートか――」


 十色の目が開いていき、ゆったりと、そして冷徹に悠真を見据えた。


「あるいは、隠し武器の持ち込みか」


 こういったコートは彼の言う通り隠し武器の携行に向いている。


「どうあれ、僕の魂殻の前では無力も同然だがな」


 試合開始時間が迫っていた。


 悠真は槍の柄を右手で握り、柄底を床につく。


「ルールとは素晴らしいものだな、蘇芳十色。おかげで今、おまえはそうやって安心していられる」

「ルールはどんなところにも必要なものだ。例えばスポーツ競技は、ルールがあるからこそ見応えのあるものとなる。ルールは破るためにあるとか、ルールに守られているのはホンモノではないなどと、愚かな痴れ言をぬかす者もこの世にはいるが……そういう未成熟な思考の人間には、物事の本質が見えていない」


 バリアウォールが展開され、HALが注意事項を述べ始める。


 十色が魂殻を展開し、悠真も同じく魂殻を展開。


「いいか、七崎悠真? ルールとは秩序だ。そして、その秩序を脅かす未熟者には統治者が思い知らせる必要がある。そう……一度、徹底的に叩き潰す必要があるのさ。秩序の番人の前では、己は圧倒的に無力な存在であると」


「従わせるには、徹底した 調教 ディシプリンが必要だという考えか」


「言葉での説得が無駄な相手に対してはそれしかあるまい。言葉を受け入れる気のない、考えも変える気のない相手を従わせるには――最後は、圧倒的な暴力に訴えるしかない。悲しいがね」

「前時代的だな」

「その考えも古い。この時代だからこそ、だ」


 王の鎧をまとった十色が、白銀の槍を構えた。


 その姿からは、若者のそれとは思えぬ成熟した威厳が放たれている。


「異を唱えるのなら、同じ暴力で統治者たるこの僕を打ち倒せばいいだけの話だ。


 革命者(反逆者)としてな――できるものなら、だが」


 HALが、試合開始を告げる。


 歓声が増した。


「フン、大層なお題目を唱えてはいるが……この試合は、おまえが思っているほどご立派なものにはならんと思うぞ? 意義を持たせるのはけっこうだが、所詮、これは暴力と暴力のぶつかり合いにしかすぎない」

「君と価値観を共有しようとは思わないさ。ただ、この試合の意義を伝えるだけ伝えておきたかった。安心しろ。この試合において僕が慈悲を持たないことに、変わりはない」


 試合開始の合図と同時に、十色が動きをみせた。


「まずは――」


 しかし十色はすぐさま動きにブレーキをかけると、叱責と不平を込めた目つきで悠真を睨み据えた。



「きさ、ま」



 悠真はその場から一歩も動いていない。したのは、左腕の動作のみ。


 観客はその光景を目撃し、声を失っていた。


「鎧がおおっていないのは、腹と頭……小平太のように兜がないのなら、は大きいな」


 七崎悠真が左手で構えているのは――ロングコートから取り出した、オートマチック型の拳銃。


「優秀な魂殻使いだろうがなんだろうが、頭を撃ち抜けば大抵の人間は死ぬ。不死の者ゾンビすら、死ぬそうだ。まあ……拳銃の弾すらも避けられるというのなら、この攻撃も無意味だが――」


 カチャ


 十色の眉間へ狙いを定め直すと、悠真は、わずかに口の端を吊り上げた。


「おまえはどうだろうな、蘇芳十色?」


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