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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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7.白と黒の王

「前回トーナメントの僕の準決勝映像は見たか?」

「ああ」


 そうか、と反応する十色。


「明日の特例戦、逃げてくれるなよ」

「心配は無用だ。逃げる必要性のない試合で、逃げる意味はないからな」

「口の減らない男だな」

「そいつはお互い様だろう」


 これ以上は無益とばかりにため息をつくと、十色は話題を切り替えた。


「一つ君に聞きたいことがある、七崎悠真。あのゲリラ放送は僕も聞いていたが……黄柳院オルガは、そこまでして守る価値のある人間なのか?」

「何?」


「僕は、公共的パブリックな秩序は身を挺してでも守る価値があると考えているが――」


 公共的なもの――要するに、彼の言っていた”殻識学園のアイデンティティ”というやつだろう。


 殻識学園は魂殻使いが活躍してこそ輝く場所だ。七崎悠真のように魂殻に頼らず活躍する者は調和を乱すノイズでしかない。ここはベクトルとしては小平太と同じである。


「我が身を犠牲にして個人を守るという考えに、僕は賛同しかねる」

「大切に想う者を必死に守ろうとするのは、悪だと?」

「個人への過剰な執着は、時に人をゆがませる」


 今の十色の目に映っているのは、小平太と萌なのかもしれないと思った。


 十色は続ける。


「さらに君のあの放送が引き起こした結果を見てみるといい。度を越えた個人への執着は、時に公共の秩序すらをも脅かす」


「ゆえにおまえは膨張した個を悪とみなし、公共の敵パブリックエネミーである七崎悠真を叩き潰すわけか――公共の、信奉者として」

「……間違った解釈ではないかもな」

「なるほど、ご立派な信念だ。しかし俺はその信念に従うつもりはない。俺には俺のやるべきことがある」

「そうか。ただ……この一件、君の想う黄柳院オルガにも責があることを忘れるなよ」


 オルガへ向き直る十色。


「君は七崎悠真の行為をよしとした。その時点で、君もこの学園のと言える」

「学園の、敵……? わたくしは、そんなつもりは……」


 オルガから自責と怯えを感じ取った悠真は、十色とオルガの間へ無言で割って入った。


 正しい。


 殻識学園のシステムにとって七崎悠真が害であるという論は、正論と言える。


 彼の言う公共の秩序にとっては。


 蘇芳十色という人間はおおやけの秩序を何よりとうとび、そしてその秩序を乱す個を断罪する者――彼はそう自称しているのだ。


「特例戦を無条件で受ける黄柳院オルガの存在は、生徒たちの能力の底上げに貢献している。だから学園の利益に寄与していると言えた。しかし今回の件で君は今までのプラスを一気にマイナスへと転じさせたんだ。その損なった利益の責任を、君は取れるのか?」


 悠然と息をつく十色。


「僕は別段、女という性別に対し特別な偏見があるわけではない。しかし女という生き物の一部は、男をおかしくさせる魔力のようなものを持っていると感じている……君は、自覚しているか?


 僕の理解する限りすべては、君が無条件で受けた御子神一也との特例戦から始まっている。もしあの乱入がなければ、小平太も七崎悠真に特例戦を挑まなかったのかもしれない……つまり、原因だけを見るなら七崎悠真を揉め事に巻き込んでいるのは、黄柳院オルガとも取れるわけだ」


「わ、わたくしの行動が……七崎くんを、トラブルに……?」

「つまり結果として見れば、七崎悠真の心を揺さぶった黄柳院オルガこそが――」


 次の言葉を察した悠真は淡々と告げた。


「それ以上は言わない方がいいぞ、蘇芳十色」


 だが統治者は澄ました顔で警鐘を払いのけると、声に無慈悲をのせた。



「この学園での七崎悠真の立場を危うくさせている最大要因なんじゃないのか?」



「ぁ――」


 寒気を覚えたみたいにオルガが胸を抱く。


 蒼ざめる彼女は、まるで、冷たいつららを胸元に刺し込まれたような表情をしていた。


「わたくしは、そ、その……ただ……七崎くん、が……」


 ぱしっ


 悠真は重責に耐えかねる表情をするオルガの手を取ると、強く引いた。


「行くぞ、オルガ」

「あ――」


 冷たい手だった。


「まだ明日の準備は終わっていない。だからこれ以上、生徒会長のくだらんご高説につき合うのは時間の無駄だ。何より、すべては俺の側の事情でやっていること……おまえが気にすることなど、何一つない」

「七崎、くん」


 悠真は十色の横に立ち、一度立ち止まる。


「勝利を確信している特例戦だというのにいやに熱くなっているな、蘇芳十色」

「熱くなっているのは、君の方に思えるがな」


 かすかに双眸を細めると、悠真は視線を前へ向けたまま続けた。


「熱くもなるさ。大切に想う者に、いらぬ嫌疑をかけられればな」

「心のこもっていない言葉だ」

「昼休みの時、むしろ問題は俺の方だとおまえは言っていたが……そっちが本音か?」

「さあな。いずれにせよ……恋を理由に戦うなど、まやかしに身を捧げるようなものだ」

「ああ、はたから見ればそうかもな。だが――」


 悠真は視線を滑らせた。まるで、十色を射抜くようにして。


「公共のしもべの皮を被ることでへゆがんだ正当性を与えているどこぞの生徒会長と比べれば、いくらかマシに思えるが」


 その時、十色の瞳が確たる情念をともした。


 静かなる憎悪を放つ彼の瞳が、七崎悠真の瞳をしかと捉え返している。


 けれど悠真が今放った言葉は、動揺を誘うにまでは至らなかったようだ。十色はすぐさま溢れかけた感情を冷静に引っ込める。


 オルガや生徒会のメンバーは、二人がなんの話をしているのかわかっていない顔をしていた。いずれオルガにも説明すべきだろうが、今はその時ではないと悠真はそう判断する。


「今の言葉、取り消せとは言わない。あながち、見当違いでもないかもしれないしな」


 十色は視線を前へ戻すと、静かに、しかし叩きつけるように言った。


「だが、は叩き潰す。慈悲はない。よく覚えておくといい」

「慈悲はない、か。その言葉、そっくりそのまま返させてもらおう」


 互いに視線は交わさず、言葉を放つ。


「……驚くほど、君はぶれないな。感情の制御がとても十代の少年のものとは思えない……あるいは、感情が希薄なだけかもしれないが」

「そいつもお互いさまだな」


 十色が歩き出すと、生徒会のメンバーも彼に続く。


「改めて言う。明日の特例戦――心してかかることだ、七崎悠真」

「フン……おまえの望む結果になるといいがな」

「心配せずとも、そうなるさ」


 歩き去りながら白銀の王は、黒き蠅王へことを切り返した。


「いずれにせよ明日には、すべての答えが出る」


 次話で蘇芳十色戦に入ります。

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