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ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
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6.前哨戦


 悠真たちは研究棟から職員室へ戻ってきた。


「助かりました、狩谷先生」

「結果は上々だったけど、あのコモンウェポンの情報を教えたのも辰吉先生だし……今回、僕はなんの役にも立てなかったね」


 申し訳なさげに苦笑する狩谷。


「そんなことありませんよ。先生が一緒にいてくれた方が何かとスムーズにことが運ぶので、ありがたいです」


 事実、狩谷が一緒だったからこそ研究棟への当日訪問もスムーズにいった感がある。オルガと二人、生徒だけで足を運んでいたら、まともに話を聞いてもらえるまでに時間を要しただろう。


 狩谷が照れ臭そうな顔をする。


「はは、七崎君はできた生徒だなぁ……とにかく、今回も僕は君を応援しているよ。まあ、前回のような自主休学がどうこうみたいな無茶な条件はないみたいだし、今回は安心して観られそうだね」


 できるだけ余計な心配をかけたくないので、放送の撤回といった細かな点は彼に伝えていなかった。


「生徒たちの大半は、俺が勝つとは思っていないようですがね」

「蘇芳君はあの柘榴塀君をまったく寄せつけずに完勝するほどの実力だからねぇ……でも、なんだか僕は七崎君に期待しているんだ。その、さ……笑われるかもしれないけど……勝てる見込みがないと思われている側が前評判をくつがえして勝つのって、正直、男としては燃える展開だと思うんだよ」

「笑いなんてしませんよ。先生の期待に応えられるよう、がんばります」

「あ、もちろん無理は禁物だからね?」

「はい、気をつけます」


 それから職員室で預かってもらっていた鞄を受け取り、狩谷にもう一度礼を言って別れると、悠真たちは昇降口を目指した。


「ところでオルガ、昼休みに生徒会長が教室へ入ってくる直前……何か俺に尋ねかけていなかったか?」

「お、覚えていてくれましたのっ?」


 意外そうなオルガ。彼女は胸に手をあてて、恥じらうような表情を浮かべた。


「あの……七崎くんの好物は何かしらと思いまして……ほら、手料理をごちそうする約束をしたでしょう? わたくしに作れるものでしたら、作ってあげたいなぁと」

「好きな食べ物か……大抵のものは、食べるがな……」


 食べるのに手間や時間のかからないもの、と素直に答えるのもいささか配慮に欠ける気がする。おまえの作るものならなんでも、というのは逆に踏み込みすぎであろう。


「この前スーパーに行った時、担担麺の材料を買っていただろう?」

「き、気づいていましたの!?」

「得意なのか?」

「え? 七崎くんはわたくしに、担担麺を作ってほしいんですの? ええっと、苦手ではありませんが……スパドンと比べれば、下手の横好きレベルですわよ?」

「俺も辛みのうまさが、もっとわかるといいなと思ってな」

「まあ!」


 オルガが目を輝かせた。


「素晴らしい心がけですわ、七崎くん!」


 たゆん


 よほど嬉しい事態だったのか、質量のあるオルガの胸が上へ跳ねた。


 悠真は彼女が過去に和風レストランでうどんに入れていた唐辛子の量を思い出す。


「……辛さの度合いは、初心者向けで頼みたい」

「はい! わかっております!」


 白い頬を薄いピンクに染め、邪気のない笑顔を浮かべるオルガ。普段のさめざめとした月めいた微笑も悪くはないが、燦々と輝く太陽のようなこちらの笑顔の方が、あるいは彼女の本来の笑みなのかもしれなかった。


「では、いつ頃にいたしますか!?」

「明日の特例戦のあとでもいいんだが、また疲労で倒れたらかなわないからな……日曜はどうだ?」


 オルガがまつ毛を伏せ、細い声でつぶやいた。


「もし倒れたら、し、七崎くんでしたら……と、泊まっていってくださってもかまいませんけれど……」


 ここは警戒心の薄さを指摘すべきなのかもしれないが、あえて今のは聞こえなかったふりをしておくことにした。


「ん? 何か言ったか?」

「へ?」


 右手と首をブンブン否定的に振るオルガ。


「いえいえ! な、なんでもありませんわ! はい! では日曜日ですわね! このわたくしに、任せてくださいまし!」


 気心が知れてくるとこの陽気さも悪くないなと思えてきた悠真であった。


 カッ


 その時、靴音が響いた。廊下の対面から数人の生徒がこちらへ歩いてくる。


 先頭を歩いているのは、蘇芳十色。


 引き連れているのは生徒会のメンバーだろう。十色が悠真たちの前で立ち止まる。生徒会メンバーも立ち止まった。悠真たちも足を止める。


「ちょうどよかった。この場で伝えておこう。君の特例戦の条件だが、生徒会メンバー全員から了承をとった」

「そうですか」


「明日の準備に奔走ほんそうしていたのか、七崎悠真?」

「あなたに勝つには――」


 十色の無言の威圧度が増していた。


(そうだった……敬語は、NGだったな)


「おまえに勝つためには、できるだけの準備はしておきたいからな」

「僕の槍の攻撃に耐えられそうなコモンウェポンは見つかったか?」


(こちらの行動もお見通しか……やれやれ、さすがだな)


「とりあえずは、と言っておくさ。そこそこ良質な武器が手に入った」


 あの槍―― 七〇七槍 ななまるななそうは明日研究棟の人間が試合場へ運び入れてくれるそうだ。可能ならあの場で受け取って使い心地をなじませたかったが、残念ながら個人での持ち出しまでは許可が下りなかった。


「この学園の敷地内で手に入る最上級のコモンウェポンは、おそらく西の研究棟で開発していたという僕の槍の”レプリカ”だろうが……仮にそれを、手に入れたとしても――」


 見透かした瞳で宣告する十色。


「レプリカがオリジナルを超えることは、決してない」


 十色の声には揺らぎがない。その落ち着きぶりは多感な十代の少年とは思えないほど。自分を押し殺すという意味に限れば、真柄弦十郎に通ずるものがある。


「……だろうな」

「だからこそ、僕は明日の特例戦で君にあらゆる戦い方を認めた。しかし君に勝機があるかと問われれば、答えはノーだ。僕に生身での攻撃を易々と当てられると思わない方がいい。あの御子神一也という生徒と、同じように」


 厳粛たる統治者ガバナーの顔つきで、十色は続ける。


「君がどんな戦い方をしようと、すべて打ち砕けるという勝算がある――ゆえに僕は、君に完全なる自由を与えた」

「大した自信だな」


「自信ではない。これはだ」


 フン


 確信を示した十色に対し、悠真は鼻を鳴らす。


「確信か……一つ教えておいてやろう、蘇芳十色。今回の特例戦、おまえは一つ大きなミスを犯しているかもしれんぞ」

「その大きなミスとやらがどんなものか、楽しみにしているさ」


 一切動じず受け流すと、十色は覇気を抑えた調子で言った。


「先日の小平太との特例戦は、見事だった」


 世辞ではない。彼は心から、小平太との特例戦を称えている。


「しかし同時に、あの特例戦で七崎悠真の弱点も見えたと言っておこう。その弱点は当然、例の殻識生の弱点とは違うものだ」


(ふむ……俺の弱点、か)


 これで互いに相手のウィークポイントを発見したと宣言し合った形となった。


(明日の特例戦……両者の見い出した弱点がどう影響してくるかも、試合の流れを分ける重要なポイントとなりそうだな……)


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