5.王の槍とレプリカ
日があいて申し訳ありませんでした。調子を崩していたのですが、よくなってきてはいます。まだ本調子ではないのですが、少しずつ投稿の方は再開していきたいと思います。
「うぅん、あの蘇芳君の魂殻と打ち合えるコモンウェポンかぁ……」
職員室に行き事情を話すと、狩谷は悩ましい顔をした。
「お、何センセに相談してんだよー? アツアツ公言カップルぅ〜」
ジャージ姿の辰吉が背後から悠真の首に手を回してきた。彼女は悠真のクラスの体育を担当している女教師だ。
背中に柔らかく押し潰れる感触があった。辰吉の表情を横目で確認する。意識的に押しつけてきていると思われた。目つきがイタズラ心を物語っている。この年の男子学生が無反応も不自然かと思い、悠真はあえて照れた風を装ってため息をついた。
「からかわないでください、辰吉先生……俺は今、狩谷先生に真剣な相談をしているんです」
「んー? にゃかにゃかイイ身体してんじゃねーか、七崎ぃ〜?」
身体をまさぐる辰吉。これは、逆セクハラに該当するのではないか。
「ななな、何を七崎くんに密着しておりますの、辰吉先生っ!?」
耳を紅くしながら目をグルグルさせるオルガ。謎のオーバージェスチャーでわたふたしている。
「うひひぃ〜、イイ男はしっかりつかまえておかないと、こうしてあっさり他の女に取られてしまうのだよ〜。わかったかね、黄柳院さん?」
だらっと脱力しながら悠真の肩へあごをのせる辰吉。
「んふ〜……あのおカタそうな黄柳院さんの新鮮な反応が見られるのは、この大胆なカレシくんのおかげですかなぁ〜?」
その時、狩谷が露骨に大きな咳払いをした。叱責の空咳。
「辰吉先生……僕のクラスの生徒をからかうのも、いい加減にしてください」
「おり? この子たちの体育を受け持っているのは、あたしなんだけどねぇ……んで? 蘇芳十色の魂殻とド突き合いをしてもぶっ壊れないコモンウェポンが、欲しいって?」
話を聞いていたようだ。思案しながら狩谷が天井を仰ぐ。
「あの倉庫にそんな優秀な武器、ありましたかねぇ?」
小平太戦は相手の攻撃が武器にあたらないという前提で戦いを組み立てた。けれど今回は武器同士が攻撃を交わす必要が出てくるため、武器同士の衝突は不可避。
「んー、あの倉庫の武器じゃ生徒会長の槍の対抗馬は荷が重くないかい?」
そこで辰吉が、隠し玉でもあると言わんばかりに得意げな顔をした。
「ただし、それはあの倉庫にある武器の話さね」
「何か他に心当たりがあるんですか、辰吉先生?」
「実はさぁ……教頭が話してるのをちょいと小耳に挟んでね? 研究棟に、面白そうなコモンウェポンがあるらしいんだよ」
ニヤリと笑む辰吉。
「相手が生徒会長なら、特に」
▽
「先日私たちが開発が終了したコモンウェポンを、特例戦で使用したい?」
白衣を着た氷室という男が目を丸くした。
ここは殻識学園の敷地内にある研究棟の一室。
研究棟へは悠真、オルガ、狩谷の三人で向かった。辰吉はまだやるべき仕事があって来られなかった。途中で職員室に入ってきた三宮長という教師によると、辰吉の仕事はもう昨日には終わっていてしかるべき仕事だったのだとか。辰吉は仕事の多さにぶーを垂れながら、悠真たちを送り出した。
研究棟は学園の敷地の西側に位置する建物だ。主に魂殻関連の研究や開発、情報収集、
分析を行っている。ヨンマルと黄柳院の傘下ではあるが、魂殻を扱う企業もたずさわっているはずで、スカウトされた優秀な技術者もいる。
生い茂ったあごひげを撫でながら、氷室は椅子をギシギシ慣らしつつ眼鏡のフレーム位置を直した。
「ええ、まあ……ありますよ? この学園のランキングに名を連ねる生徒の中で最大の攻撃力を持つであろう、蘇芳十色の槍を模したコモンウェポン……あるには、ありますがねぇ……」
氷室によれば、彼の研究チームでは先日までコモンウェポンがオリジナルにどこまで近づけるかという試みを行っていたのだとか。
「ですが、せいぜいひたすら頑丈にするくらいが限界でした。さらには重量が最終的にオリジナルよりも重くなってしまい……やはり、コモンウェポンには限界がありますね。面白い試みではありましたが……オリジナルの性能に近づけるのは、本音を少し漏らすと徒労感もあります。共鳴反応もなければ、魂殻の固有能力も存在しないわけですから」
氷室は肩をすくめ、開発は無駄骨だったとばかりに首をふる。
「ですが、コモンウェポンをこの数値まで引っぱり上げたのはやはりすごいですよ……」
データをタブレット型端末で閲覧していた狩谷が、感心して唸る。彼は端末から視線を上げて悠真に問うた。
「どうかな七崎君? このコモンウェポンなら、あの倉庫にあるものより明らかに頑丈だから蘇芳君の槍とやり合ったとしても、すぐに破壊されることもないと思うんだけど……」
「氷室さん、このコモンウェポン……触ってみてもいいですか?」
「いいよ」
許可を取ってから、悠真は灰色の槍型コモンウェポンを手に取ってみた。
確かに重量はあるが、扱い切れないほどではない。七崎悠真の身体なら一定以上の筋力があるので、普通に戦うだけならさしたる問題もなさそうだ。これより頑丈なコモンウェポンが他にないのであれば、この槍でいきたいところだ。
部屋の隅に立てかけてある西洋剣タイプのコモンウェポンを一瞥する。
(命のやり取りをする敵ならともかく、この学園の生徒を”事故”で殺すわけにもいかんしな……剣を使う時は、最低でも氷崎の協力が必須になるだろう)
ふと悠真は、氷室が眉をしかめてこちらを興味深く睨んでいるのに気づいた。そして氷室は霧が晴れた顔になると、軽快に指を鳴らした。
「そうか! 君、先日の特例戦でランキング三位の相手をコモンウェポンで倒した生徒か!」
入室後、互いに自己紹介をしたのは氷室と狩谷だけだった。さらに入室時から今まで、氷室の視線はオルガに吸い寄せられていた。先ほど説明をしている時も、彼はオルガをチラチラと見ていた。まあ、男なら仕方あるまい。比較できる美人を見慣れていなければ、黄柳院オルガの美しさや性的魅力はいやでも異性の目を惹く。なので、悠真への注意が疎かになっていたのは頷ける。氷崎小夜子のような人物ならともかく、研究者も人間なのだ。
「んー……しかし君がそのコモンウェポンを使うなら、研究室の連中は喜ぶだろうなぁ。多くのコモンウェポンは開発しても使い手がおらず、大体が倉庫行きだからねぇ。作っても晴れ姿が見られないのが普通なんだよ。ただ――」
氷室は椅子の向きを変えるとデスクと対面し、スマートフォンを操作し始めた。
「一応そいつはコモンウェポンとしては一級品の特別なブツだから、上の許可が出ないことにはどうにもねぇ……しかも使いたい日が、明日かぁ……」
ブツブツ言いながらスマートフォンを耳にあてる氷室。
「あ、氷室ですぅ。どうもぉ……あのぅ、先日開発した弐型‐七〇七番の件なんですがぁ……」
馬鹿にへりくだった態度で氷室が電話相手へ話しかける。
返答の待ち時間とおぼしき沈黙を挟みながら、氷室は電話相手とやり取りを続けた。話が進むにつれ、彼の声のトーンは驚きと喜びを帯びながら上がっていく。
「え!? いいんですか!? え? ええ、そうです……使用許可を申し出ているのは、狩谷樹生先生のクラスの七崎悠真という男子生徒で……はい? え? 明日の使用でも問題なし? え? 何を驚いているのかって? いえ、こんな簡単にゴーサインが出るのは珍しいもので……いつもなら、成否はともかく、まず二、三日は検討の時間が……あ、いえ! 上の対応に不服があるとか、そういうわけではございませんので! はいっ……はいっ……え? 手続きはそちらでやる? わ、わかりましたぁ……はーい……お疲れさまでぇす」
通話を終えた氷室が、息継ぎでもするみたいに湯気の消えたコーヒーをひと啜りした。
「明日使用で許可がおりたよ……んー……いつもはもっと時間がかかるんだけどなぁ……」
不思議そうな顔の氷室が横目でオルガを見やる。
「黄柳院の名を出したわけでもないのにねぇ……七崎君って、なんか偉い人とパイプがあったりするの?」
槍の細かな点を確認しながら、悠真は微笑を作った。
「さあ? 狩谷先生の人徳のおかげではないですか?」




