表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソード・オブ・ベルゼビュート  作者: 篠崎芳
第二章 SOB シェルターズフィールド ネクストステージ
30/133

1.不死なる白銀王


 七崎悠真が登校すると、正門を抜けた先の並木道でビラを配っている集団がいた。


「お願いしまーすっ! お願いしまぁぁすっ!」


 制服を着ているのでこの学園の生徒である。彼らの顔には覚えがあった。


「この学園のルールを乱す七崎悠真の退学を求める署名活動に、ご協力お願いしまぁすっ! お願いしまーすっ!」


 主な顔ぶれ南野萌を中心とする柘榴塀小平太の取り巻きたち。ただし小平太の姿はない。総出ではないのかもしれないが、あの特例戦の時と比べると寂しい人数だった。両手の指で数えられる程度の人数である。


 最も精力的に登校中の生徒へ話しかけているのは萌だった。しかし彼女のがんばりとは裏腹に足をとめる者は皆無に等しい。


「お願い! この学園の誇りを打ち砕こうとしている七崎悠真の退学を求める署名に、ご協力お願いしまーす!」


「てかさ、聞いた? シバっち今度、キョウ様に告るって」

「え? それほんと? うわー、あたって砕けるの覚悟でキョウ様いっちゃうかー……シバっち、マジで尊敬するわ……」


 萌が歩調を速め、スルーを決め込む女子の二人組に追随。


「せめて署名だけでも、殻識生のとしてお願いしまーすっ!」


「だめだった時のために慰め会の準備しといてやろーね。てかシバっちって、たまーに行動力すごいよね……」


「お話、聞いてくださーい。聞いてますかー?」


「ねー……でも、さすがにキョウ様は攻略ムリっしょ……」


 まるで萌が存在していないかのように会話を続ける女子たち。萌は笑顔を引きつらせながら二人の前に立ち塞がると、力強くビラを差し出した。


「お、ね、が、い、しまぁーっす! あのー、無視しないでね?」


 立ち止まった女子の視線は冷たい。


「邪魔」

「じゃあこのビラだけでも受け取ってくださーい! ていうか、あの七崎悠真の卑怯な特例戦……観ました?」

「は? 七崎? ああ、あれか……」

「何か感じたことありません?」

「いや、フツーにカッコよかったじゃん」

「あー、それは騙されてますねー」


 女子が舌打ち。


「あのさ、おまえいい加減うざいわ。いや、別にいーけどさ……でもそーゆーのやるんなら、身内だけで勝手にやってくんない? ウチらかんけーねーし。正直、目ざわり」

「はぁ!? 何よその言い方!?」


 萌が激昂した。


「小平太はね、アンタらの誇りのために戦ったのよ!? てかアンタ、ほんっとなんなわけ!? 見た目通り、頭悪すぎ!!」

「誇りを守ってほしいとか、別にあたし頼んでねーから。つーか、マジ邪魔」


 どんっ


 通せんぼされた女子が萌を突き飛ばした。


「きゃっ!」


 萌はその場に尻もちをついてしまう。二人組は談笑に戻ると、そのまま萌を無視して通り過ぎた。


「ぱんつ見えてんぞー」

「大また開きしてる萌ちゃん、萌えるわー」


 通りかかった男子が軽いノリで茶化す。萌は屈辱に頬を赤らめ、慌ててスカートを直した。


「萌ちゃん、大丈夫っ!?」

「おい! いま萌さんを茶化したてめーら、あとでぶっ殺すかんな!」

「さっきの恩知らずなバカ女ども、ぶん殴っとけばよかったッスかね?」


 萌は問題ないと他の取り巻きに告げると、砂を払いながら立ち上がった。彼女の拳は、怒りに打ち震えていた。


「くっ……何よ……どいつも、こいつもっ……前はキラキラしながら、小平太に熱狂してたくせに――って……あ、あいつっ!」


 萌が悠真の存在に気づいた。顔に憎悪をみなぎらせて駆け寄ってくる。


「俺に何か用か?」

「ぶっ!」


 ペチャッ


 萌が悠真の頬に唾を吐きかけた。


 一方、微動だにせず無言で見下ろす悠真。


 あえて今のはよけなかった。よければさらに神経を逆なでするだろうと判断したからだ。こういう状態の人間を相手にする場合は、ひたすらに淡々とした応対を続けるに限る。一時的には相手を逆上させてしまうとしても、である。


「朝から不機嫌だな」

「はぁぁ!? 誰のせいだと思ってるわけ!? 無自覚とか、信じらんない!」

「先日の特例戦の結果が引き起こした、おまえたちへの影響のことか?」

「ええ、そうよ! 何もかも、アンタのせいだわっ!」

「フン……あながち否定しきれないところが、苦しいな」


 南野萌の二度目の舌打ちは盛大と呼ぶにふさわしかった。しかし彼女は鼻を鳴らすと、一転して得意げな顔へと変わった。


「ふん、けどね? そうやって調子に乗ってられるのも今のうちよ、七崎悠真……そう遠くない未来、アンタはこの殻識を総べる王によって処刑される!」

「俺の放送がその王とやらの逆鱗に触れたか?」

「その通りよ!」


 下から鼻先に指を突きつけてくる萌。


「アンタのほえ面を拝めるのを、楽しみにしてるわ」


 靴のつま先をご丁寧に足でグリグリと踏みつけるオマケまで残し、萌は取り巻きたちのところへ戻っていった。


(あの執念と負けん気だけは、大したものだな。しかし……柘榴塀小平太が傍にいない今、あの態度がどこかで裏目に出なければいいが……)


 いびつにひん曲がってはいるが、ああいう一本気な人間が悠真はそれほど嫌いではなかった。


 付着した萌の唾をウェットティッシュでぬぐうと、悠真は昇降口を目指した。



     ▽



「朝がた南野先輩に絡まれていたと小耳に挟みましたが、だ、大丈夫だったんですの?」


 昼休みに入ると、オルガが心配そうに尋ねてきた。今朝の件は彼女に話していなかったが、どこかで耳にしたのだろう。


「おまえに話す必要はないと判断した程度には些末さまつなイベントだった。なに、大した話じゃない。少しばかり、因縁をつけられただけだ」

「まあ七崎くんのことですから、巧みにあしらったとは思いますけど……」


 不安の種を解消したオルガは、安堵の顔でカチューシャの位置を直す。そして椅子の上で姿勢を整えた。身だしなみや姿勢には一等気を遣う少女である。


 薄いレモン色の髪をその白い手で二、三度くと、オルガは頬に手をあてて、うっとりした表情を浮かべた。


「はぁぁ……」

「どうした?」

「いえ……昨日のスパドンでの『まろやか担担麺 きわみ』との甘美な出会いを、ふと思い出してしまいまして……きっと、お昼休みになってお腹が空いたからですわね……ほぅ……」


 甘い吐息を漏らし、弁当箱の包みをとくオルガ。恋する乙女の瞳は、弁当箱ではなく、過去の刺激的な出会いの記憶を見つめていた。


「それにしても、オルガは思っていたより食べる方だったんだな」


 反射的に胃へ手を添えるオルガ。表情には恥じらいがあった。


「うぅ……調子にのって食べ過ぎたのは反省しておりますわ。主に、お金の面で……」


 昨日、激辛で有名な店へ辛党のオルガを連れて行った。彼女は『まろやか担担麺 極み』というメニューを三杯も食した。辛さは食欲を引き立てると聞くが、そもそも彼女は元からたくさん食べる方のようだ。


 ちなみに諸説あるらしいが、辛いものは美肌にも効果があると聞く。主に唐辛子の持つ成分や効能、また発汗作用による新陳代謝が理由なのだとか。


(まあ、何より好きなものを好きなように食べるのが、やはり一番の美容効果なのかもしれんがな……もちろんどんなものも、食べ過ぎは毒だが……)


 マガラワークスの従業員の一人によると、美容でも病気でも、最も大敵なのはストレスなのだという。信憑性はともかく、好物の激辛料理がオルガのストレス解消になっているのならそれはそれで喜ばしいことだと言える。


「何度も言うが金の心配はするな。俺は大した趣味もないから、ああいう時くらいしか使いどころがないんだ。おまえが喜んでくれたなら、それは有意義な使い方だしな」

「うぅ……ご、ごちそうさまでしたわ……」


 耳を赤くしてしおらしく面を伏せるオルガ。引きつった笑みの男子がこめかみを震わせ、頬杖をついてる。


「こっちが”ごちそうさま”だってぇの。ふぅ、これもいまだ連綿れんめんと続く格差社会ってやつかねぇ……なんとも、世知辛いですなぁ」


 隣の女子があくびをする。


「格差を嘆く以前に、まだ七崎君が転入してきていない時期というアドバンテージがありながら、黄柳院さんに一度もアプローチをかけなかった時点で、個人的には、ぶっちゃけどうかと思うッスけどね」

「……ご、ごもっともです」

「ま……他人の指摘を素直に受容できるのは、いいことッスけどね」



     ◇



 卵焼きを口へ運びながら、黄柳院オルガは迷っていた。


 悠真には聞きたいことがたくさんあった。


(わたくしが手料理をふるまう件、ちゃんと彼は覚えてくれているのでしょうか……七崎くんはどんな料理が好物なのでしょう……ゴールデンウィークのご予定も、聞きたい……ですが――)


 あれこれ一気に聞きすぎては、がっついているみたいに思われないだろうか?


 そして実のところ本当に質問したいのは、悠真の女性の好みであった。仮に”優しい人”のひと言でもいい。一度、聞いてみたかった。


 オルガは口もとをウェットティッシュで優雅に拭きながら、脳内の天秤のはかりに”GO!”と”NO!”の重しを置いたり、取り除いたりしていた。


 いくべきか、いかざるべきか?


 特に手料理をふるまう件には好機が訪れている。今日は金曜日で、明日から休日の土日。休日なら、彼を誘いやすい(気がする)。


 しかしオルガは自分の人との交際ごとに対する不慣れも自覚していた。


(やはりまだわたくしには、ハードルが高すぎますわね……)


 心の中でため息を吐きながら”NO!”の重しを一つ一つ淡々と積み重ねていく。


 フキフキ


 ウェットティッシュを動かす。


(そういえば七崎くんには、懇意こんいにしている異性はいらっしゃるのかしら……あぁ、でも……この質問も、やはりまだ壁が高いですわぁ〜……っ)


 眉をへにゃっとさせ、肩をしょんぼり落とす。せっかく漂わせていた黄柳院の風格も一緒に、しょんぼり霧散してしまった。


(はぁ……それに、スパドンもまた二人で行きたいですわ……いつになるかはわかりませんけど。お金の方は月に二、三回くらいなら大丈夫ですし……)


「どうした? 悩みごとか?」


 悠真が椅子を席の横へ持ってきた。オルガは口もとを斜めにする。


「悩んでいるのは、誰のせいだと思っていますのっ!?」

「やれやれ、今日はよく責任を問われる日だな……」


 ペリッ


 微苦笑しながら、悠真が栄養補助食品の袋を開ける。


「あ、いえ……七崎くんが悪いわけでは、ないのですけれど……その――」

「今度、また二人で行こうか」

「え?」

「スパドン、と略せばいいんだったか?」

「あっ――」


 胸に熱が灯る。


 天秤に”GO!”の重しが”NO!”以上に、積み重なっていく。


「は、はいっ! もちろん、お供いたしますわっ! あの、七さ――」


 スッ


 悠真が軽く、人さし指を立てた。


「その前に、一つ」

「はい?」

「手料理をごちそうしてくれる件、忘れてないだろうな?」

「ぁっ――ふ、ふんっ! 当然です! わたくしが人と交わした約束を忘れるなど、ありえませんわ!」


 腕を組んでふんぞり返り、胸を張る。


「この黄柳院オルガをあなどってもらっては困りますわね! そんな態度ですと、心証にかかわりますわよ!?」


 黄柳院の者にふさわしい(オルガにとっては)風格のある態度。しかし内心は蒼ざめ、汗顔状態になっていた。


(あぁぁ〜……っ! 本当は、七崎くんにこんな態度を取りたいわけではありませんのにぃぃ〜……っ!)


「すまんな。忘れていなかったのなら、よかった」

「ぁぅ……よ、よかったですわね……」


 肩の力が一気に抜けていき、風格を誇示したポーズが崩れ去る。


 モジモジ


 胸がざわついている影響で、食欲も引っ込んでしまった。ここは、ざわめきの原因を断たねばならない。ゆえに、のどのすぐそこまで出かかっている質問を口にしなくてはならない――いや、なるまい。自分にそう言い聞かせる。


 まずは、ジャブ。


「七崎くん、あの……その料理をごちそうする件なのですが、何か、好きな料理などは――」


 その時、教室の空気が一変したのがわかった。


 オルガもただならぬ気配を即座に察知する。


(この、気配は――)


 一人の男子生徒が、堂々と、しかし静かな歩調で教室に踏み入ってくる。

 この学園に通う者ならほぼ全員が、その男子生徒を知っているであろう。


(生徒会長、蘇芳十色)


 十色が誰をロックオンしているのかを理解した瞬間、オルガは、これから起こる出来事を十中八九推測できた。


「食事中にすまない。放課後でもよかったんだが……君のためを思って、告げるのは少しでも早い方がよいと判断した。それに――君のあの”宣戦布告”も、昼休みだったしな」


 教室中の視線を集める十色は、落ち着き払った態度で言葉を並べた。


「僕は、この学園の生徒会長を務める蘇芳十色という者だ。ああ、君の自己紹介は必要ない。君は今や、この学園では有名人だからな――七崎悠真」


 上級生である十色への礼儀としてか、悠真は腰を浮かせて立ち上がった。わずかだが、十色の方が背が高い。


 整った眉を戦闘的な形へ変化させると、冷厳たる瞳で十色は悠真を上から見据えた。


「まず最初に用件を伝えておこう。蘇芳十色は――」


 出色しゅっしょくの新兵に、学園を統治する”不死なる白銀王イモータルガバナー”が告げた。


「七崎悠真に、特例戦を申し込む」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ここまでオルガをメロメロにしておいてやっぱり護衛依頼が終わったらあっさり別れるのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ