3.久住彩月
第一殻識学園。
ある時発見された新エネルギー”霊素”を持つ十代の若者を集めた特殊養成機関。表向きは高等教育と同一の形態をとっているが、その実態は国益のために働く兵士の養成機関と言っていい。誰も表立ってそう口には出さないが、類似の養成機関を保有する各国の思惑もほぼ同じと言える。
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真柄はガレージへ行き、車に乗り込んだ。
一般に広く普及している乗用車。いざという時、無個性の車種はナンバープレートさえ偽装できれば特定までの時間を遅らせられる。
アクセルを踏み、車がガレージを出る。
国道へ出て、真柄は殻識学園を目指した。
信号待ちになったところでホログラフィックナビゲーションを起動。
真柄はこれから足を運ぶ学園において重要と思われる用語について、道中の時間を使っておさらいすることにした。
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特別なエネルギーである霊素を持つ者たちが発見され始めた頃、とある三人の人物がその霊素を制御、操作する方法を考案した。
彼らは総称して”突発性三賢人”――普段は略称で”三賢人”と呼ばれている。
彼らは数年足らずでその名を轟かせた天才たちだった。
三賢人は次に霊素を具現化させる装置を開発。
この装置によって力を得た者たちは、通称”殻性者”と呼ばれる。
殻性者たちは”魂殻”と呼ばれる武器や鎧を身に纏うことができる。
この魂殻は今も強力な”平和維持兵器”として開発が続けられ、各国は、保有と開発競争に躍起になっていた。
「ただし、魂殻の大元となる技術は三賢人を擁する企業や機関が独占している、か」
信号が青になり、車が滑り出す。
口に出して復唱するのは暗記にいい、と従業員の一人が言っていた。本当だろうか。
三賢人の実名は今をもって公表されていない。一人はこの国にいるとされているが、どの企業や機関に所属しているのかは今も秘匿されている。
ただ、真柄は三賢人のうち一人と連絡を取れる間柄にあった。
その連絡の取れる三賢人の一人も、他の賢人の本名や所在地は知らないそうだ。写真、画像、動画の類も存在しない。彼ら自身がそれらの記録を禁じていたためだ。
知っているのは、互いのコードネームのみ。
レッドページ。
黒雹。
ゼロデイ。
詳細な三賢人の個人情報は真柄が調査能力において最も信頼しているマガラワークスの従業員でも、調べられなかった。彼らの情報は巧みに隠されているようだ。
(といっても、殻性者ではない俺に魂殻はやはり縁の遠い話だがな……まあ、敵側に魂殻使いがいたケースはあったが……)
ハンドルを回す。
(いや……これから赴く学園のことを考えれば、正確には縁遠い話だった、か)
昨今はシステム補助による半自動運転も普及しているが、真柄はまだ運転のすべてを一人で担っていた。システム補助による半自動化は素晴らしい発明だ。しかし、真柄は自分の手や足を存分に動かす運転を好んでいた。
(今や傭兵の世界でも、魂殻使いの割合が増えてきたと聞く。時代ってのは、世の流れには逆らえないものだ。それでいい……過去の遺物は、自然と消え去るだけ……)
殻性者の質は世代によって落差が激しい。
真柄たちの世代は、殻性者のほとんど発生しなかった世代だった。また、十代で霊素の最大値がほぼ決定されるのも、殻性者の特徴であろう。
(その最大値の決定されるこの大事な時期に、殻性者に最高の環境を与える……それが、殻識学園……)
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国道を降りてしばらく行くと、近未来的な建築物の密集した人工島が姿を現す。
島へ架かる銀色の橋を抜けた先に、殻識学園はあった。
一歩先の未来を常に感じさせる雰囲気を持つ人工島――殻識島。
だが真柄には、その”未来”が人工島という病棟に隔離されているようにも感じられた。
ビル群を抜けると、緑が増え始める。
次に姿を現すのは巨大な大学を連想させる建物群と広大な敷地。
事前に調べた外観とも一致している。全体的な印象を述べるなら、シンプルさという土台に、センスという名の彫刻刀で一歩先の近未来感を刻み込んだ感じか。
(ここが、殻識学園か……画像で見るより、迫力があるな)
殻識島は、この殻識学園のためだけに開発が計画された人工島だとも言われている。
真柄は指定された地下駐車場に車を滑り込ませた。
駐車スペースに車を停める。
車を降り、鍵をかける。
この時代においてはもはや趣味の領域へ”片腕”を突っ込んだ腕時計を確認。
約束の約五分前に到着していた。
移動ペースは約十五分前に到着するよう調整するつもりだったが、何度か意識的に信号に引っかかったり、アクセルを踏む力を緩めたりした。
自嘲気味に微笑む。
(俺は、緊張しているのか……?)
まともに緊張するなど、いつ以来だろうか。
(いや、素直に認めるべきだな……どうやら俺は、緊張しているらしい)
最後に記憶に焼きつけた久住彩月の顔が浮かぶ。
(無理もない、か)
道中、あえて久住のことは考えないようにしていた。
運転を誤る危険もあったし、何より思考がぐちゃぐちゃになりそうだったからだ。
久住彩月。
彼女は、大学時代の友人だった。
そして……真柄弦十郎にとっての、苦い初恋の相手でもある。
駐車場の奥のドアが開いて、人が現れた。
真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
静かで理知的な瞳。
だが、その瞳には強固な意志も宿っている。
鋭い眉。
歩を進めるたび、ストレートの長髪が柔らかに揺れた。
気の強そうなクールな表情。
一見した者は、多くが知的な美人という印象を抱くだろうか。
歩き姿は女性的なしなやさがありつつ、堂々として力強い。
いつも背筋が伸びていて、ピシッとした印象の女だった。
スーツ姿がよく似合っている。ああいったキッチリした服装の映える人物だったな、と真柄は懐かしく思った。
ただし、まとわりつく疲労の影だけが、わずかに彼女の美を損なっていた。
近づいてきた人物が、真柄の前で立ち止まる。
「またこうして会えて嬉しいよ、真柄」
「ああ――」
変わってないな、と思った。
この時湧いた感情は、やはり嬉しさだったのか。
「久しぶりだな、久住」